納得して逝ったのだろうか
納得して逝ったのだろうか
昨日がん患者の治療後を記事にした。
二人に一人ががん患者になる時代、いろんな反響があった。
深刻なのは藍チャンの知り合いの方のように働き盛りの人の場合だ。職を失うことは本人だけでなく家族全員の生活が掛かっている。
同じ状態で千の風になったSさんが蘇った。一度紹介したことがあるかもしれないが。
「友人ががん治療後職場復帰を躊躇し家でぶらぶらしている。話し相手になってくれないか」飲み仲間からそんな相談を受けた。仕事も違うし面識はなかったが会って話を聞いた。
彼は四十七歳県警の中堅幹部だった。すい臓癌が発見された時、既に肺に転移していて手術不能の状態だった。大学病院に十か月入院して抗がん剤・放射線治療を許容量以上受けたが、髪の毛が抜け替わっただけ、癌は消えなかった。
病院では「これ以上やることはない。後は本人の免疫力が勝負。最悪の場合数か月」「家に帰って死を待て」それに等しい、事務的な医師の心ない、冷たい余命告知に逃げ出した。治る見込みのない患者は診捨てられる。
職場にも病院から同じ通知が行っているだろう。家に帰ってもやることはない。悶々と過ごすだけ。と言う状態だと発病からそのときまでの経緯を淡々と要領よく話してくれた。
自分の机がなかった
「家でぶらぶらしていても、癌は休んでくれない。このまま黙ってお迎えを待つより、仕事に戻ったらどうか」俺の話に納得して出勤して行った彼から深刻な電話があった。
「先輩から励まされ、思い切って出勤すると私の机に見知らぬ人が座っていた。私の座るところがなかった。私の突然の出勤に驚いた職場では急遽机を用意してくれた」
「重要なポストだから長く空席にして置く訳にいかなかったのだ」
かつて自分が同じような経験をしたとき、友人から宥められた言葉をそのまま伝えた。
開き直った彼はそのまま職場復帰し、余命数か月と告知した医師が驚くほど影が縮小し元気に勤め続けた。
奥さんと一緒に旅行先の土産物を家まで届けてくれたりしていた。
病は眠った振りをしていただけ、徐々に彼の体内で勢力を伸ばしていた。復帰二年目再び骨盤に再発した。職場近くの病院に転院し保険の効かない免疫療法を受けた。高額治療も効果はなかった。二年三か月目、千の風になった。四十七歳だった。柔道選手で礼儀正しいいい人だった。
納得した最期?
「数か月と言われた命を、希望を持って二年三か月生き延び、私たちには掛け替えのない日々でした。旅行や田舎の人達との対話など、よい思い出もいっぱいできました。欲を言えば切りがありません。納得して逝きました」
葬儀場で、慰めようとした奥さんから逆に慰められた。
亡くなられる数日前見舞った。「先輩を見習って元気になってもう一度制服を着たい」カーテンを閉め切ったベッドで握手をしながらつぶやいた彼の言葉が今も忘れられない。
本当に彼は納得して旅に出たのだろうか。
諦めを
先に歩かせないで
明日に向かって
今日一日を
楽しく生きてみようよ
退院して出勤すると
自分の机がなかった
復帰を喜んでくれた
仲間の言葉が
虚しく追い掛けてきた


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