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2007年1月31日 (水)

告知を受けてしたこと

「後三年と厳しい宣告を受けた時、何を考え、何をした?」そんな質問を何回も受けてきた。質問者、場所、その時の気分で答えは変わってきた。最近も同じような質問を受けたので昔話を、増富に行き留守中のブログの穴埋めに改めて整理してみた。
当時はガン・イコール死を意味していた。最初はガンを否定したが、徐々に自分の死を考えるようになっていった。
第一段階
1 ガンの否定・病院のはしご                                   職場の健康診断で左肺に小さな影が発見され、最初結核病棟に入院させられた。同病者から「ガンではないか?」と言われ主治医ともめた。病院を飛び出した。健康管理室の医師に救いを求めた。「あなたは強い人だから言うが、90パーセント肺がん。切らねば後3年」最悪の宣告だった。影はがんではないという診断を求めて7箇所も回った。ガンを否定してくれるところはなかった。影はその間も休まず成長を続けていた。                                      2 家の新築                                              手術後遺症で発声機能不能、誤嚥の副作用。職場から退職勧告を受けた。当時公舎に住んでいた。本人が死ねば家族は引き続き居住出来ない。保険を担保にしたりして、入院前に家を新築した。借金返済も終わり只一の財産となった。                                               3 子供の突き放し                                         子供は長男中学3年、長女小学校6年二人とも親父ピッタリで何処に行くにも一緒だった。おやじがいなくなった時一人歩きが出来るように徐々に突き放していった。子供たちは戸惑っていたがだんだん慣れていった。正直寂しかったね。                4 へそくりの引渡し                                         デカは突然ホシを追いかけて出張が飛び込む。そんなときの用心に少ない給料からへそくりを造っていた。入院のときそれを全部バアチャンに引き渡した。退院しても返ってこなかった。今は別口で少し貯めている。                                                5 母宛てのハガキの宛名書き                                  当時母は健在だった。病気のことも入院・手術も知らせなかった。末っ子の俺に先を越されたときの母の悲しみは考えるだけで耐えられなかった。少しでも先延ばしにしようと母宛のハガキの宛名を書いて、時々みんな元気ですと書いて出すようにと子供たちに渡した。

6 遺書作成 、墓地購入、尊厳死協会入会、・・・・

7 妻内職開始 

続きはまた機会を見て・・・。

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2007年1月30日 (火)

増富浴槽哲学道場再入学。

今日から3泊4日で増富の浴槽哲学道場に入学。ハイキングシューズ用のソックスも買ってきた。

「温泉でガンが治るの?」真顔で聞き返してくる人がいる。人の気も知らないで・・・。   一方で、チョットやソットで参る玉ではない。「負けてたまるか」の元祖だ。浴槽哲学土産話待ってるよ!。そう言って励ましてくださる方が大勢いて力強い。いつも感謝しています。

この際、何としてもガン太郎に休眠してもらわねばならない。バアチャンは荷物になるからと反対のようだが笛も持った。どこかいい場所を探してガン太郎を笛の音に載せて吹き飛ばしてやる。それとも、子守唄中心で寝かし付けてやろうかな。そんな子供みたいなことを言っているが内心穏やかでないところもある。

心配した知り合いから「前立腺ガン」の本が何冊も送られてきた。ページを開くとあまりいいことは書いてない。色々思い当たることがある。気の弱い人はこれで参ってしまうかもしれない。情報って多すぎると迷うよね。浴槽道場で迷いを断ち切ってくる。

帰ってきたら「元町梅林」希望者が多いから必ず計画します。希望者はコメントに申し込んでください。留守中もブログが送信できるようセットしてみたが自信がない。         2月2日午後には帰ります。

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2007年1月29日 (月)

溜息の捨て場所閉店

昨日目の手術以来2ヶ月ぶりスポーツセンターに行く。「よほど調子が悪いのかと思ったが元気そうで何よりだ」顔見知りがみな同じことを言って挨拶・心配していてくれた。約1時間プールの中で動き回る。約1キロ減量。

帰り馴染みの立ち飲みやに行ったが驚いた。シャッターに、店をたたんだ挨拶文が貼られていた。駅前開発のための立ち退きらしい。仲のいい夫婦で女将さん手作りのオカラ料理はおふくろの味がした。親父さんに一杯ご馳走すると嬉しそうに飲んでくれたのに。

また一軒溜息の捨て場所がなくなってしまった。お陰でアルコールなしで帰ることが出来た。こうして身の回りがだんだん寂しくなっていく。

夕べ偶然テレビで「元町梅林」のことをやっていた。

今日は篠笛教室。大先生だ。何も練習してない。弱ったな。

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2007年1月28日 (日)

元町梅林で命の洗濯

元ジャーナリストのY氏主催でいろんなメンバーの集まりの新年会。猪年が3人いた。それが一回りずつ違う。そんな集まりだったが楽しかった。会場の「元町梅林」は創作日本料理の老舗と言うだけあって出された料理はなんと「28品」一品一品に工夫が凝らしてあって味は抜群、制限時間が2時間では食べ切れなかった。余った物はお土産に包んでくれる。

食べるのに夢中で話ができなかったと言う不満?の声もあった。みなとみらい線終点の元町・中華街駅から徒歩3分。黒澤明映画監督、俳優仲代達也なども常連だったらしい。料金もそんなに高くない。最後女将さん(77歳)が畳に額が付くような丁寧な挨拶で締めくくり。同席の外国人歌手が驚いていた。命の洗濯ができた。ガン太郎も驚いていた。

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告知とセカンドオピニオン

ふくろう様  コメントありがとうございます。
神戸の大腸がん末期の告知を受けて、落ち込んでいるお知り合いのご主人。大変ですね。約3週間待機、今患者が増えていますから何処でも同じようなものですよ。そんなことでイライラしないことです。逆に3週間待機しても問題ない、緊急性のない病状なのかもしれませんよ。

セカンドオピニオン、医者に遠慮なんか要りませんよ、自分で納得いくまで受けるべきです。私は肺がん手術を決意するまでに7つの病院を回りました。でもね、落ち込んでばかりいてはガン太郎が威張るだけです。病気は「病」と「気」の二つからなっています。病は医者が診てくれますが、気は自分自身で「病気なんかに負けてたまるか」と闘う姿勢を持って立ち向かっていく気力を持つことが肝心です。

篠笛も32年前「肺がん切らなければ後三年」と宣告を受け手術。後遺症で声を失い、一時は自ら千の風になる決心をしたことがあります。でも、家族、周りの人に支えられ、これまで10回入院、14回手術。それでも生きています。去年また質の悪い前立腺がんに住み着かれ、転移の可能性もあり、手術不能。と余命宣告に近いことまで言われ現在内分泌療法という注射と投薬治療を受けております。末期のガンにも効くと人伝に聞いて、藁にも縋る思いで「増富温泉」行きを決心し実行に移しています。効かなくてもともとです。どうせいつかは皆千の風になる運命なんですから。効くと信じてみるのも治療のひとつだと思っています。やれることは先ずやってみましょう。

余計なことを申し上げました。どうぞ、その方に「負けてたまるか」と闘う気持ちをお持ちになるようお伝えください。出来れば病気のことなんか忘れて打ち込めるような趣味を持てればいいと思います。奇跡は信じるところに必ずやってきます。
「ふくろう」さんて、もしかして・・・と思いつつ篠笛のことを知らない人のつもりで,その方に転送してもいいようにいろいろ書きました。風邪引かないように・・・。

お互い「負けてたまるか」の気力を失わないで踏ん張りましょう。

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2007年1月27日 (土)

盆栽と人生(店仕舞い)

好天に恵まれゆっくり植木たちと話し合おうと庭に出た。
そろそろ本格的に棚の整理に取り掛からなければいけない。どの鉢を誰に、などと考えだすと作業は進まない。取り敢えず目立ってきた鉢の雑草取りを始めた。暖冬の影響で雑草の成長は早い。花芽が膨らんできたボケの根元が異常に盛り上がっている。その部分を掘り起こしてみると、拇指頭大のガンが見つかった。

ボケは植え替えの時よほど注意しないとガンが出てくる。全部堀り上げてガンを切り取り消毒してやりたいが、花芽が可愛そうで荒療治はできない。花が終わってからと別棚に移す。ガンを切り取って消毒しても必ず再発する。人間と同じだ。そんなことを考えているものだからアッと言う間に時間は過ぎてしまった。

植木鉢の整理もままならないのだから店仕舞いの準備などおぼつかないのは無理のないこと。またも植木に教えられた。
「JBK友の会」のことをあちこちから冷やかしの電話がある。大変なことを始めてしまった・・・。そう思っても後悔はしていない。

バアチャンが増富に行ってきてから調子がいいと言うので、団体予約がないことを確認月末3泊の予約を取った。冷泉につかりながらゆっくり考えてみよう。

(あまり正直に書き過ぎたかな・・・?)

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2007年1月26日 (金)

暖冬異変・ハイキングシューズ

昨日は目医者、手術経過はあまり芳しくないらしい。長女に運転を頼んだところバアチャンと高校入試日のため休みだと言う孫が付いてきて昼食を共にする。ヨモギそばが美味しかった。
国会のニュースなどウンザリ、もう見る気もしない。あそこがガタガタだから世の中全体がおかしくなっている。あちこちの不祥事が収まるはずがない。

昨日買ったハイキングシューズの履き慣らしのためソックスもその靴用に履き替え町内を散歩。逢う人毎が「オッ、元気だね」と声を掛けてくれる。遠足前の子供のようだ。散歩途中植木の相談を受けて一休み。その家の山紫陽花が咲いていた。暖冬の仕業か。おかしくなっているのは人間だけではないらしい。

藍弥生の世界の藍ちゃんの「年間目標シート」見て驚きと感激・感動。忙しさに追われ成り行き任せでやっていると思ったが、ちゃんと計画立てて、反省もして、周りの人に細やかな気配りを忘れない。自己評価までしている。びっしり書かれている目標シートは学ぶこと・教えられことばかりだ。特に目を引いたのは健康面で「死ぬまで、現役、女でいたい」
素直で、正直でいい。接する人に勇気と癒し、幸せをいっぱい与えている藍ちゃんには長生きしてもらいたい。一つ注文つければ、女より「いつまでも、みんなのお母さんでいてもらいたい。」兎に角、やる気と元気貰った。

「JBK友の会」にも新しいコメントの書き込みをしてくださる方が出てきた。ありがたい。

今日は天気もいいし、ハイキングシューズ履いて植木に遊んでもらう。バーちゃんはプール。

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新しいコメント仲間

コメントに新人が二人書き込みをしてくれた。仲間が増えていくのは嬉しい。大歓迎。

厳しいコメントをよろしくお願いいたします。

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2007年1月25日 (木)

昔仲間の新年会

珍しく二人の孫からデイトの誘いがあってイソイソと出かけた。結局買い物の支払い役を勤めさせられる羽目になった。自分でも増富用にハイキングシューズを買った。
二人に別れ、プロの元探偵同志会・新年会に参加。それぞれの顔に皺は増えているが、顔を合わせ話し始めると年を忘れる。

配布された資料に千の風になった人3人の名前が書かれていた。心の中で黙祷を捧げ、乾杯が終わると自慢話に花が咲いて終わりがない。
アルコールの量が上がってくるとこの声の出番はなくなる。黙って話を聞くだけ。勢い注ぎ手になってテーブルを回る。

メーターの上がった老兵が若い人に、なぜ不祥事が絶えないのか?と真剣に詰め寄り、一頻りそのことが話題となった。話を要約すると「使命感・責任感・連帯感の喪失。けじめをつける指導者の不存在」「根性がなくなった」。

「自己保身が優先し、けじめをつけて、叱るべき時に、叱れる指導者がいない」「組織は各人の自覚。指導者が己を棄てて真剣に現実を見詰め、対処しなければ・・」。と言うことに落ち着いた。

臭いものに蓋を閉めるだけでは問題解決の道は開けない。膿は出し切った方がいい。と言う意見もあった。喉が渇いたとき水を飲むような解決策はなさそう。困った!!。

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2007年1月24日 (水)

春の訪れ雪割り草

友人が交配・培養して育てたのを持ってきてくれた雪割り草が棚の下で密かに咲いていた。花の状態から寒さを押し退けて幾日も前から咲いていたのに、直射日光を嫌うので棚の下の奥に方に置いてあって気がつかなかった。淡いピンクの可愛い花で、他の鉢もいくつか蕾を膨らませている。家に来て4年目である。
紅梅も咲き始め、まだ花は少ないが清楚な香りを庭に漂わせている。「思いのまま(梅)」の蕾も赤味を増してきている。

あちこちの鉢の表面から雑草が芽を出し始め、着々と春の訪れを告げている。僅かに覗いている雑草の頭をピンセットでつまんで根を残さないように引き抜く。根を少しでも残すとまた次の芽を出してくる。芽は小さいが根は意外と深い。引き抜いても文句一つ言わない。人間にこの真似は出来ない。

垣根越しに名前も知らない通りがかりのご婦人に新年の挨拶のついでにチンゲン菜、ホウレン草の成長を褒めれ、少しずつ採って差し上げた。春が待ちどうしい。

「JBK友の会」を見た方から、「負けてたまるか」のナマの話を聞きたいと、篠笛付き講演依頼があった。100人くらいの集まりらしいが、忙しくなった。

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2007年1月23日 (火)

長生きの秘訣「無心」(増富報告)

狭い浴槽は人生哲学の勉強の場だった。90歳の古老の何気ない一言。感動が薄れないうちに書き残す。
一見70歳代に見える老人に、若さと長生きの秘訣を尋ねると一言「無心」何気ない答え。無心到達経緯を突っ込むと、「喜怒哀楽はほどほど。己に克つ。欲の放棄。酒はほろ酔い。人とのお付き合いをはじめ、何事にも代償を求めない。いつお迎えがきても悔いはない」共感することばかり。「欲の放棄」一つにしても凡人には出来ない。この先どんなに長生きしても、とてもこの心境には辿り着けない。残念ながら老人とは一度しか会えなかった。一度会っただけなのにまた会いたい!そんな余韻を残す人は稀。学ぶべきことはまだまだいっぱい残っている。

朝、文化放送で藍ちゃんのカエルの話聞いた。オタマジャクシも色々な生き物の生存に貢献していることが分かった。年寄もガン太郎を同居させ、長生きすることで治験など医療に少しは貢献できるかもしれない。くすんでいないで何かに役立とう。

今日は好天気。久しぶり植木と対談この先の人生を教えてもらう。。

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2007年1月22日 (月)

増富温泉の効能

こころちゃんお帰り。「増富の湯」のガン太郎への効き目は少し時間を掛けないとはっきりしないかもしれない。でもあそこで会う先輩たちの話を聞くだけで精神的なストレス解消は計り知れない。その人たちの話を信じることががん太郎に脅威を与えることになり、免疫力アップに繋がっていく。ペットボトルに汲み取ってきた源泉、長持ちしないと言うので冷凍室で氷にしてみた。山梨在住のガン友の話だと金泉閣より徒歩で10分くらい上の(金泉湯)が歴史も建物も古いが源泉に近く一番効能があるという話。篠笛は始め聞き間違いをしていたようだ。ただ、そこは「混湯」とか。それに、金泉閣は旅行会社が企画したツアーが入るようになって、ツアーは女性が多くあの狭い浴槽に13人が詰め込まれたこともあるらしい。

とのバアチャンの報告。色々研究してみる必要がある。兎に角効き目を期待しよう。まずは(負けてたまるか)の気力を充実させよう。

今日は篠笛教室。後、歯医者。

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2007年1月21日 (日)

奇跡の復活(増富土産話)

突発的に襲ってくる不愉快な副作用に脅かされ、「もう少し生きて、JBKで締めくくる」願いをここに絞り、藁に縋る思いで増富温泉に行った。冷泉につかりつつ聞いた難病から立ち直って奇跡の復活を遂げた先輩の話に勇気と希望を貰った。
「脊髄ガン。手術成功率は三分の一、成功しても歩行困難の後遺症の可能性大」「医師を信頼し奇跡を信じるより道はなかった」手術後確かに半年は歩けなかった。リハビリに精魂掛けた結果こうして歩けるようになった。ここの温泉はガンに効くと聞いて毎月1週間から10日来ている。若いときスポーツで鍛えた体力と精神力がものをいった。自分の体は自分で管理、鍛えなければ。大きな手術痕を見せながらの話に、説得力があった。上には上がいるものだ。話を信じてみようという気になった。この人に会えただけでも大きな意味があった。「負けてたまるか」と気合の入れ直しをした。

今朝は特別寒い。3日間留守にして野菜がなくなっていた。ブロッコリー、チンゲン菜、ホウレン草を採って留守を頼んだ隣にも持っていった。「この寒いのに、なぜこんなに出来るの?」と聞かれ「土にも野菜にも愛情こめていますから」答えに奥さん笑って、喜んでいた。午後は孫も野菜を採りに来る。

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2007年1月20日 (土)

増富温泉報告2

3泊目を考えたが雪が降るというので予定どうり帰ることにした。
バス停は旅館の直ぐそばで、そこが始発。早めにバスに乗っていると突然停まった車から、こころちゃんが現れびっくり。バアチャンは美人の出現にまごまごしていた。こころちゃんは今朝友人の車で送ってもらっている途中。種を明かすと、JBK友の会のブログを見て若しかするととバスを覗いたらしい。流石勘がいい。
途中の乗継が上手くいって早めに帰宅。疲れた。源泉をペットボトルに4本詰めてリックに入れてきた。これで・・・。

玄関前の南天の実に掛けてあった網にヒヨドリが引っかかっていた。助けてやろうとすると鋭いくちばしで攻撃してくる。厚手の手袋で体を抑えて絡まっていた網をといてやった。元気よく飛んでいった。一日帰るのが遅れていればヒヨドリはおそらく野良猫にやられていた。
パソコン開いてびっくり。メールが25通も溜まっていた。3分の2がブログ関係。有難く・感激。続きはまた明日。メールのお返事も後で、勘弁してください。ばあちゃんも疲れたようなので今晩は外食。

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増富温泉報告1

増富温泉(2泊3日)
秘境というだけあって横浜からは遠い(9時出発13時30分到着)。韮崎駅は静かな町。駅からバスの便はあるが1日7本しか運転していない。それも特急列車の到着時間と整合性がまったくない。1時間以上待つのでタクシーに乗った。山には雪が残り道路脇には描き寄せられた雪が積まれ、日陰は路面が凍結していて運転手もスピードを落とし慎重。かなり年配の運転手だったが話嫌いか緊張していたせいか、行き先を聞いたときと料金を請求(8950円)したとき意外約50分。ほとんどしゃべらなかった。「韮崎駅から旅館までは山道で日陰は凍結しているから今は止めた方がい」と言うコスモスの仲間の忠告はごもっとも。
増富温泉は戦国時代から「信玄の隠し湯」湯治場として使われてきたらしい。浴室には源泉(35度)と上がり湯の二つの浴槽がある。初めに源泉に30分つかり、上がり湯で暖めて出る。ラジウムのガスは強く危険防止のため窓が少し開けられていて寒風が容赦なく吹き込んできて源泉につかっているときは身動きもままならない。湯口か出ているお湯をコップで3分の1飲む。湯煙を吸うと肺臓の病に効果的などなど、色色の病気と闘ってきた歴戦の有志・先輩が教えてくれる。
旅館の真横を流れている本谷川の河原に高さ10メートルくらいの枠を組み立て夜中川の水を吹きかけて樹氷を造りライトアップしているのが見事。
食事は部屋に運んでくれる。野菜中心でオカズの数も年寄りには食べきれないほど。昼食は別料金、ほうとうとスイトンにした。都合8回入浴。ガン太郎もびっくりしたに違いない。

出発前ここで湯治をしたが、去年千の風になった人のことが頭を過ぎり、その人を知っている人に「もしかしたら会えるかも・・」とメールして出掛けた。ホテルの部屋に入って驚いた、部屋のカレンダーがその人の名前の美容室のものだった。不思議な思いがしてならない。

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2007年1月17日 (水)

増富温泉・五行歌2席に

五行歌2席に

こころちゃん篠笛の五行歌みたい。とよく言ってくれた。昨晩五行歌横浜歌会で見事、2席になってみんなに披露したくてうずうずしていたところ。

思い切って
棄てたはずなのに
いつの間にか
居座っている
未練

身辺整理をしてみると、棄てなければならないものがいっぱいある。なかなか踏ん切りがつかない。そんな思いで造った歌が案外好評だった。

増富温泉

ラジウム含有量が世界一でガンにも効くと言う、山梨県韮崎の「増富温泉」に二泊の予定で出かける。知り合いの記者のお通やの帰り乗ったタクシー運手主から「医者に見離された女房がこの温泉に入って、医者が驚くほどガンが小さくなり元気になった」その話をガン友にしたところ知らなかったのは篠笛だけ。何人もの人が利用していることが分かった。ブログや藍ちゃんのブログ・コメントにも書き込んだのを見て、列車、バス時間表、宿泊施設、入浴方法、温泉が冷泉(35度)だし駅から旅館まで山道で日陰は凍結しているから今は止めた方がいい。と色々とアドバイスを頂いた。暖かくなるまで待っていられない,。ガンに効くなら少しでも早くガン太郎を押さえつけたい。そんな、気持ちの方が強く行くことを決心した。一人旅を覚悟していたが、バアチャンが同行するので話し相手には困らない。出不精のバアチャンが同行を決めた理由は、余命宣告のショックで青木ケ原の樹海にでも行ってしまうんじゃないかという心配が根っこにあるような気がする。
効能がどうのこうのという人もいるが、兎に角少しでもいいと言うことは体が動くうちにやってみること。「あと3年。と宣告されて32年生きている」「負けてたまるか」を看板にしているのだから簡単に降参するわけにはいかない。行って元気のパワーを充電してくる。

「負けてたまるか」もう一度言い聞かせている。

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コメント書き込み感謝

JBK友の会にコメント書き込んでくださる方が増えてきて感激。ニックネームで大体の方はどなたか想像できるが、まったく分からない方もいる。でも、それはそれで、あの方かな、この方かなと想像し普段見えない顔が見えて来て楽しい。

中には悪意のコメントもあるらしい。と注意も頂いた。お気に召さないこと、おかしいと思うことはどんどん書き込んでください。

昨日からブログのメンテナンスなのを知らずあせった。皆さんにもご迷惑をおかけしました。
今晩はこれから五行歌の会の勉強会。

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JBKへ応援メッセージ

新しくブログに挑戦したことに驚きの敬意を表します。子供に頼んでブログを読ませて頂いています。ガンの再発で悩んでいたとき、篠笛さんの『負けてたまるか』には随分励まされ、力を頂いた。今こうして生きていられるのは「負けてたまるか」のお陰です。余命告知で相当落ち込んでいるようだけど、前立腺がんはガンの中でも扱いやすいガンだと聞いている。持ち前の気力でガンを吹き飛ばし、また皆に生きる希望を与えてもらいたい。記事がないときは『負けてたまるか』の抜粋を載せていただきたい。コメントの書き込み方が分からないのでメールにしました。

こんな意味の長い、ありがたい励ましのメールを頂き感激している。失敗はあっても続けていく勇気を貰った。

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「猫権」守ったデカのセンス抜群

16日のこのブログ「JBK友の会」で取り上げた捨て猫の舌を切ったり、生爪を剥がした猫虐待犯人逮捕の反響は大きくTVでも各社が取り上げている。南署では去年から地道な捜査を続けていたらしい。確か昔、幼い少年を殺してさらし首にした事件の犯人も人を殺す前は猫や子犬が対象だったと聞いている。                                   そうした他所の事件を忘れないで教訓として、大きな事件に発展する前に逮捕したことに意義がある。「捨て猫がいじめられたことくらい」で、ことを済ませず、強制捜査に踏み切った捜査指揮官のセンスと勇気・努力に迷探偵も脱帽。敬意と賞賛、そして協力を惜しまない。

「猫権」も守れないやつに人権は任せられない。不祥事を起こすのはホンの一握りの不届きもの。この調子で踏ん張ってもらいたい。猫もヤット成仏でき、招き猫となっって幸運を運んでくるに違いない。

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2007年1月16日 (火)

「猫権」を守った警察、天晴れ

捨て猫を貰ってきて舌を切ったり,生爪を剥がしていた男が南署に逮捕された。余罪もあるらしい。(読売新聞)酷いやつもいるものだ。猫にだって「猫権」がある。この事件は知り合いから話を聞いていて関心を持っていた。犯人が逮捕されよかった。ここのところ警察も不祥事続きだがこうした下町の事件をこまめに解決していくことが信頼回復の道に繋がる。

年のことも考えずブログなんか立ち上げてしまって、ここのところ応対でてんてこ舞い。でもコメントの書き込みをしてくださる人もいて、凄く励みになる。コメントのニックネームも誰だか分かって楽しい。一方だけ「さり」さんの見当がつかない。差し支えなかったら後でメールで教えてください。

藍ちゃんのブログで増冨温泉のこと書き込んだことが切っ掛けとなって、篠笛もバアチャンと二人旅で行くことになった。患者会でもちょっとしたブームになりつつある。今は寒いらしいからガン太郎もびっくりするだろう。

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コスモス(がん患者会)

コスモス(患者会)定例会。病室から参加した人もいた。オコワご飯を作ってきてくださった方がいて皆で戴いた。珍しく初めての方は一人もいなかった。いつものように全員がそれぞれの思いを語った。一人ひとりの話は大変な内容だが淡々と語る。自分の思いを語り、人の話を聞くことが癒しに繋がっている。

明るい話は、ラジウム含有量が世界一だと言う増富温泉の話。一本の注射を打つだけでがん細胞が全滅したと言う夢のような話に「それまでみんな長生きしよう」と全員に笑顔がにじんだ。

しかし、患者会を面倒見てくださった先生の転勤。千の風になった人もいると言う話。などいい話だけではなかった。それが現実。患者会の宿命でもある。皆がいずれ千の風になることを承知しているが顔や態度に出さない。今ある一日一日を明るく楽しく生き元気で再会を誓って解散。

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2007年1月15日 (月)

新米ブログに優しい励ましコメント

ブログを立ち上げたと言っても名ばかり、昨日出来た事が今日はもう出来ない。まだ右往左往しているのが現実。それなのに前宣伝が効きすぎて何人もの方から温かい励ましのコメントを頂き恐縮している。しっかりやらなければという思いを新たにした。

昨日は昼はOB新年会。夜は三悠会有志が高級イタリヤ料理店で、孫の成人式を祝ってくれた。美味しいワインが出たのに、孫は『アルコールは駄目でしょう。おじいちゃんには長生きしてもらわなければね』とコップを取り上げられ、アルコール類は一滴も飲ませてもらえなかった。
今日は篠笛教室、コスモス(がん患者会)と忙しくパソコンに向かう時間がない。ブログを続けるのは大変なことだと分かった。「負けてたまるか」皆さんご支援よろしくお願いいたします。

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2007年1月14日 (日)

三悠会の由来

年寄りが無理してブログ立ち上げて日も浅く手違い続きでまごまごしている。でもコメントの書き込みがあって励まされ頑張る気になった。JBK友の会の母体「三悠会」の由来に触れておく。

三悠会は32年前ガン病棟を退院後再発の不安に怯えながら外来で仲間と顔を合わせているうち、時々食事をしたりお互いの悩みを話し合うようになった。今でもそうだが当時はガン・イコール死を意味していた。快癒のめどを一応術後5年におき、仲間で5年を迎えたとき海外旅行を計画していた。ところがまとめ役だった人が4年11ヶ月目に再発。千の風になってしまった。ショックだった。しばらくは会うのを躊躇っていたが偲ぶ会などしているうち,この会が自然発生的に出来た。纏め役だった身近な人の死を見据え皆ガンのしぶとさと人生の厳しさを知った。会の趣旨は「あくせく生きた人生。せめて三途の川は悠々渡ろう」というもの。口には出さないが皆死が近くに忍び寄っていることを承知している。今流行の患者の会だったわけだ。

去年また、前立腺ガンに取り付かれ、快癒のない内分泌療法を受けるようになった。発見した医師から余命告知に近い宣告を受け動揺は隠せなかった。ガンの悩みを抱える人と共に人生を、JBKを考えて生きたい。こんなことをしながら、恐怖から逃れているのかもしれない。こらからどのくらい本心が書けるか、いつまで続けられるか踏ん張りどころ。

『負けてたまるか』の気持ちだけは持ち続けていきたいもの。

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2007年1月13日 (土)

はなしあいて

桜木町ワシントンホテルで文章を深める会の仲間との新年会。それぞれ一言ずつ話すことになったが、短い時間でも個性が出ていて参考になった。飲む人は少なかったが皆話上手で3時間30分はアットいう間に過ぎた。先生の書かれた何冊かの本を下さると言うので、じゃんけんで決めて頂いた。童心に帰ったようだった。

童謡を歌った人がいて、篠笛を吹かせてもらった。飲んでいるのと、薬の副作用が襲ってきて途中でやめたくなった。でも、3曲も吹いてしまった。花を好きな人が隣りでよかった。

ブログもまだ完全に出来もしないのにいかにも立ち上げたようなことを言ってしまった。そう宣言しないと途中で放棄してしまうからだが、どうなるか分からないが兎に角このまま続けてみることにした。

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JBKとは?

「JBK」は、人生の店仕舞いを「丈夫で、ボケずに、コロリンコ」で締めくくりたい。と言う贅沢で、わがままで、勝手で、実現不可能な道を願い・考える会。最終章を考えるとき誰でもが考え、望む問題。実現には金・地位・名誉・権力一切通用しない。「生きたように死ぬ」などと訳が分からないことを言う人がいる。じゃあ、どのように生きたらいいのか具体的な説明がない。それをじっくり考えて生きたい。

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