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2007年1月31日 (水)

告知を受けてしたこと

「後三年と厳しい宣告を受けた時、何を考え、何をした?」そんな質問を何回も受けてきた。質問者、場所、その時の気分で答えは変わってきた。最近も同じような質問を受けたので昔話を、増富に行き留守中のブログの穴埋めに改めて整理してみた。
当時はガン・イコール死を意味していた。最初はガンを否定したが、徐々に自分の死を考えるようになっていった。
第一段階
1 ガンの否定・病院のはしご                                   職場の健康診断で左肺に小さな影が発見され、最初結核病棟に入院させられた。同病者から「ガンではないか?」と言われ主治医ともめた。病院を飛び出した。健康管理室の医師に救いを求めた。「あなたは強い人だから言うが、90パーセント肺がん。切らねば後3年」最悪の宣告だった。影はがんではないという診断を求めて7箇所も回った。ガンを否定してくれるところはなかった。影はその間も休まず成長を続けていた。                                      2 家の新築                                              手術後遺症で発声機能不能、誤嚥の副作用。職場から退職勧告を受けた。当時公舎に住んでいた。本人が死ねば家族は引き続き居住出来ない。保険を担保にしたりして、入院前に家を新築した。借金返済も終わり只一の財産となった。                                               3 子供の突き放し                                         子供は長男中学3年、長女小学校6年二人とも親父ピッタリで何処に行くにも一緒だった。おやじがいなくなった時一人歩きが出来るように徐々に突き放していった。子供たちは戸惑っていたがだんだん慣れていった。正直寂しかったね。                4 へそくりの引渡し                                         デカは突然ホシを追いかけて出張が飛び込む。そんなときの用心に少ない給料からへそくりを造っていた。入院のときそれを全部バアチャンに引き渡した。退院しても返ってこなかった。今は別口で少し貯めている。                                                5 母宛てのハガキの宛名書き                                  当時母は健在だった。病気のことも入院・手術も知らせなかった。末っ子の俺に先を越されたときの母の悲しみは考えるだけで耐えられなかった。少しでも先延ばしにしようと母宛のハガキの宛名を書いて、時々みんな元気ですと書いて出すようにと子供たちに渡した。

6 遺書作成 、墓地購入、尊厳死協会入会、・・・・

7 妻内職開始 

続きはまた機会を見て・・・。

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コメント

お留守のはずが、毎日きちんきちんと、はいっていますよー。3と5は、涙なしでは、読めないね。へそくり、今度は私にしてみたら?半分こ、しようよ。返ってこないより、よくなあい?
わたしは、死んでも、1回だけは、年賀状、届くようにするんだ。ははは、でも、よく考えたら、今年のが先でしたー。

投稿: 藍弥生 | 2007年2月 1日 (木) 00時35分

70歳の今まで、入院経験は全くなく点滴も怖くて出来ないほどで、病人の気持ちを良く理解できない自分ですが、先日知り合いの奥さんが入院し見舞に行った際「話し相手」の無いことが一番悲しいと聞き時々顔を出そうと思います

投稿: 塩爺 | 2007年2月 1日 (木) 08時43分

「後三年と厳しい宣告」を受けたのに、あれから三十年も生きておられるなんて不思議ですねー。笛を吹いたり、温泉に浸ったぐらいではなかったはずですので、今度秘訣を是非教えて下さい。無事のお帰りを待っています。
 

投稿: 松 | 2007年2月 1日 (木) 10時02分

何気なく開いたら?驚きまし!。読んで私もジーンときました。
がん患者になれば誰でも「なんで私が?何か悪いことしたのかな~」という気分ですね。それからたどる道は男女異なるところもあるが・・。5は同感ですね。思い出すと今も涙です。遺書・・のところ何時かジックリ教えて下さい。私は自分の葬儀は書いて息子に渡してありますが、その通りにやってくれるかが・・気がかりです。

投稿: お梅 | 2007年2月 1日 (木) 10時24分

お留守中の書き込み、ありがとうございます。胸を厚くして読んでいます。涙なくして読めませんが、辛いはずの思いを、それでもどこかが人間的でクスリとわらえてしまうのが篠笛さんの人生の歩き方なんでしょうか?
若い人にも読ませたいです。娘にもこのブログを紹介することにします。藍ちゃん、元町梅林行くときは、ごいっしょしましょうね。

投稿: なっちゃん | 2007年2月 2日 (金) 11時20分

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