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2007年2月28日 (水)

JBK7つの条件

「JBK」(丈夫で、ボケずに、コロリンコ)あくせく生きた人生、せめて三途の川は悠々渡りたい。どうあがいても桜の花の真似はできないが・・・。苦しまず、人に迷惑かけずに、穏やかに幕を下ろし千の風になりたい。今余生のすべてをこの一点に集中して研究・修行中だが確実な道には程遠い。これだけはどうしても不可欠と思う7つの条件。
1 心身ともに(死ぬまで)健康であること
2 日々身辺整理に心がけ、今日できることを明日に残さない。
3 若干の手持ち預金。三途の川も金次第。見舞いに来た孫に電車賃くらい渡したい。
4 遺書作成。リビングウイル。万一の場合、不要な延命処置拒絶意志表示を文章化。
5 運命に逆らわない。病も生きている証拠。無理して生きない。無理して死なない。
6 身の回りの人、特に連れ合いを大事に。あの世で再会しようという心友を持つ。でも、頼り切らない。
7 最期を任せられる主治医を探す。
もう一度増富の冷泉に浸かりなが考えてみるつもり。後はそれぞれで考えてみてください。これも!と思うことがあればお教えください。
「負けてたまるか」221ページ、JBK(安楽死)七つの条件。参照。

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2007年2月27日 (火)

増富第3回修行

今日から第三回増富道場三泊四日の修行。今度はどんな先輩に会えるかそれが楽しみ。ちょっと寒さが戻ってきたのは気がかりだが、植木棚の自動散水装置も何とか作動するようになった。やるだけのことはやった。これで枯れれば仕方がない。バアチャンは旅行気分。あれ持ったか?これ持ったか?色々世話を焼く。荷物になるがノートパソコン・篠笛は持った。

昨日のコスモス五行歌会は横浜歌会の重鎮3人が出向かれ盛会。Gセンター入院中の方も付き添いの方同伴で参加、元気でなかなか鋭いコメントを出されていた。即興で参加者一人二首。

どうやって
言へば
伝えられるのか
迷っているの
好きだよって

重鎮の一人からは素直でいいとお褒めの言葉を貰った。作者が篠とわたって会場がドッと沸いた。みんな想定外だったらしい。評価点数は少なかったが笑いを取ったのはこの日最高だった。まだまだ・・・。と大声で言ってみたかった。

行って来ます。

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2007年2月26日 (月)

円楽師匠引退

笑点の司会をしていた落語家の三遊亭円楽師匠が引退を表明した。脳梗塞で倒れリハビリを続けてかなり回復したが、思うように言葉が続かないらしい。落語家が喋れない!辛いだろうな。もう少し!と惜しむ声が多い。が、引き際が大切と、昨日引退を決めた。

思っていることが喋りたい時喋れない。そのもどかしさ、辛さは、経験があるだけによく分かる。弟子ばかりでなく落語会全体の発展のため、また、同じ病で闘っているもののためにももう一踏ん張り頑張ってもらいたい。

今日は篠笛教室、コスモス(患者会)五行歌講座。帰って自動散水装置の点検。増富行き準備。

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自動散水装置

自動散水装置、業者さんが親子で来て二度目の調整で何とか作動するようになった。水が等分にいきわたる様に鉢の並べ替えをして棚全体がすっきりした。
戻ってきた寒さで、手のしびれも酷く、庭仕事もままならなくTVでラグビー決勝戦観戦。花粉症は医者の薬が効いて何とか対応できている。

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2007年2月25日 (日)

負けるが勝ち・雑草魂

碁大会での成績が芳しくなかった。とブログに書き込んだところ、言語楼さんから「自分が負けるということは、他の仲間に勝つ喜びを与えてあげた、言い換えれば“善行”を施した思えばいいのですよ」と慰めのコメントを頂いた。なるほどと思った。

そう言えば、千の風になった先輩が、4回目の入院が決まって入院前日赤提灯で一杯やった時、「病気も医者助け。死も坊主・葬儀や助け。何もかも人助けだと思えば諦めも付く。神様のやることに間違いはない。世の中無駄なことは何もない」深い溜息と共にやや自嘲気味に漏らしていた。冷たい風が吹いてきた。カラオケが上手かった彼に「千の風になって」を歌わしてみたかった。最近何故か千の風になった人のことが蘇る。

修理したのに自動散水装置の調子が今一。増富行きに備え、植木棚の配置換え。最上段は日当たりは最高だが水不足が心配で可愛いものから順に、日当たりも水も心配のない場所に移動していく。可愛げのないものはどうしても後回しになる。人間社会も同じ。寒さが戻ってきて冬眠から覚めようとしていたイワヒバが戸惑っている。
チンゲン菜は伸びて花の準備を始めている。 去年失敗した葱を少し植え付けてみた。土を掘り起こすとミミズがびっくりしてピョンピョン飛び跳ねていた。ミミズが居る土地は状態がいい証拠。雑草の勢いも凄い。この勢いを貰い受けたいもの。

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2007年2月24日 (土)

碁大会・病友の形見

関内の碁会場で年一回の探偵仲間の碁大会。3段のクラスで打ったが2勝3敗。調子はよくなかった。「あまり勝ち過ぎると人間関係悪くするからな」などと負け惜しみを言って笑われた。碁を打つのにもそれぞれ癖がある。人間性も見ることが出来る癖が、昔と少しも替わっていないのにびっくりするくらい。何時も顔を出す常連が3人も姿を見せなかったのは気がかり。

終わって席を作り直して一杯。乾杯の音頭を指名された。2次会を誘われたがなんとなく疲れた。帰りが早いのでバアチャンが驚いていた。

碁には取り分け深い思い出がある。肺の手術を一緒にした英語の先生碁が強い人だった。外来で来た時家に寄って昼食を採ったあと教えてもらった。その先生が4年11ヶ月目に再発、千の風になってしまった。見舞いに行ったとき、既に覚悟が出来ていたのだろう。お墓を買った話をしながら「これ読んで勉強しなよ」と、枕元にあった碁の定石の本をくれた。それが彼と話をした最後となってしまった。本は大事な形見となった。彼がもう少し長生きしていれば、話し相手にもなり碁ももう少し強くなっていた。そんなことをふと思い出すような負けっぷりだった。

春蘭の優しい香りに慰められながら、梅林ツアーなどの連絡。

今日は人権擁護委員の先輩の叙勲祝い。

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2007年2月23日 (金)

孫の誕生会・自動散水装置修理

伊勢佐木町・エルミタージュで、孫二人と三悠会ゆかりの子の合同誕生会。横浜西口で待ち合わせあちこち引きずり回され買い物に付き合う。アワビのステーキは絶品だったが、アルコールは一口も許されなかった。孫に甘すぎるとバアチャンに言われるが「年寄りは嫌われるのに、成長した孫とデイトができるなんて幸せだよ。俺んとこなんて寄り付きもしない」仲間に言われたことが頭の中を過ぎり、財布は軽くなったがそんなに気ならない。3月のデイとも約束してしまった。

植木棚の自動散水装置の修理屋さんが来て直してくれたがチョット気に入らない。水圧の関係か散水に勢いがない。もう一度調整することになった。ゆっくり増富行きをするには自動散水はどうしても必要。何かと出費が嵩む。

今日は関内の碁会場で探偵仲間の碁大会。一番の碁敵のY氏が都合で出られないらしいのは残念。

3月の定期異動が発表になり、仲間の名前が何人か入っていた。昔の職場に行っても知っている顔が居なくなるのは寂しい。

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2007年2月22日 (木)

五行歌横浜歌会一席入選

講演から帰って一休みして五行・横浜歌会に出席した。その甲斐があった。
提出歌が第一席になった。五行歌・横浜歌会に入会して3年目始めての快挙。

イライラしながら
待合室で過ごす
ナガーイ時間
これも
残された短い時間の内

待合室で過ごす長い時間は多かれ少なかれ誰しもが経験のあること。内容から読み手が私だと分かって同情票もあったと思う。
この元歌はハマ風に投稿したものだった。それをブログに載せる記事がなく、この歌を投稿したとブログに載せたところ物書きのプロなどから意外な反響があった。

患者の微妙な心を捉えている。モット大勢の人に読んでもらえ。など、励ましや同感だと言うメールや電話であった。気をよくしてチョット手を加えて横浜歌会に提出した。この道の大先輩からもお褒めのコメントを頂いた。

継続は力なり。物事を人に伝えるには、真実を飾らずありのままを素直に書くこと。デカ長が調書の作成の時教えてくれた言葉が生きていた。
もう少し精進すれば余命告知をされ、追い詰められ微妙に揺れ動く心をさりげなく五行歌に歌えるかもしれない。これでまたやる気が起きてこの会も辞められなくなった。
例によって二次会はお断りして馴染の赤提灯で一人酒。飲めなくなったが今日は無理して祝い酒。お替りの注文に親父が驚いていた。

こんなことしていていいのかな・・・。

孫からデイトの誘いメールが入っていた。

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2007年2月21日 (水)

篠笛・講演

昨晩NHK歌謡コンサートで千の風になってが放送された。いい歌はいつ何処で聞いてもいい。しんみり聞かせてもらった。先日篠笛の先生から「千の風になって」の篠笛用の楽譜を頂いた。先生も何かとお忙しいのにわざわざ造ってくださった。早速吹いてみたがなかなか難しい。三途の川を渡るときは悠々と吹いて逝きたいと根気よく練習することにした。

今日は朝から昔の仲間(手術したばかりで一番落ち込んでいた時期支えてくれたグループ)のところで、100人くらいを対象に昔話をやらせてもらった。演題は「負けてたまるか」にした。何回となくしゃべっていることを主体にするつもりだった、そこのトップやセカンド、知っている人の顔も見えてやっぱり緊張した。みんなが熱心に聞いてくれ気をよくして、篠笛も「島原地方の子守唄」を吹かせてもらって講演予定一時間を少しオーバーしてしまった。

話の途中で副作用の発作の兆しがあったが何とか押し切ることが出来た。中に現にガン闘病中の人もいて「負けてたまるか」を差し上げてきた。講演のあと若い記者の取材もあった。

今日は夕方「五行歌」。スケジュールは結構忙しい。

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2007年2月20日 (火)

コスモス(患者会)辛い話

昨日コスモスに行って先ず驚いた。黒板にJBK友の会のアドレスなどの紹介が丁寧な字で書かれていた。JBKって何ですかと言う質問もあった。

点滴棒を押しながら元気に参加した人もいた。そういう人や余命を宣告された人の体験談には説得力があった。増富温泉体験者の話もあった。地域医療・身近なお医者さん。新薬。副作用。真剣な話が交わされた。
辛い話、理不尽な話、嬉しい話、・・・、追い詰められている話を聞いて、「後三年」と宣告された時を思い出す。切ないだろうな、本人、家族のことなども考えてしまう。特にまだ子供が小さいという若い人には何とかして上げたい。できることなら身代わりになってあげてもいい。出来るはずのないこと、そんなことを考えていると突然コメントを求められる。

司会者は優しく一人ひとりの愚痴をとことん聞き取り、時には参加者にコメントを振り分けてくる。不意を突かれてなんと言っていいか分からないときがある。咄嗟のことで相談者の心を充分理解しないままの発言で返って相手を混乱させてしまうこともあるかもしれない。色々考えてツイ話が長くなってしまう。奇跡は必ず起きる。奇跡は負けてたまるかの気力で呼び込むもの。と何度も強調した。

1時間も時間オーバー。自転車に乗っても思いつめた人の顔が追いかけてくる。昨日の雨で去年秋蒔いた花が土を押し退け芽をのぞかせてきた。玄関の春蘭も優しい香りで一緒に頑張ろうね!と励ましてくれている。

あの人たちは無事家に帰っただろうか・・・。家族とどんな会話を交わすのだろうか・・・。辛い日々は続く。みんな、ガンなんかに負けたくない。という強い意識を持ってガンと闘っている。どんなガンにも効く新薬の開発!!。話だけでなく本当に奇跡が起きて貰いたいと願わずにはいられない。

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2007年2月19日 (月)

昨日は雨で出鼻をくじかれてTVで東京マラソン見ながら時間をつぶす。雨の日は春蘭の香りの発散も少ない。雨で冬眠していたイワヒバが目を覚ましてきた。でもまだ完全ではない。ウチョウランはどうなったか?。庭作業が忙しくなる前兆。午後晴れ間を見てスポーツセンター、1時間半。パセリの苗を買って帰り、早速植え付ける。

今日は篠笛教室。コスモス(がん患者会)。

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2007年2月18日 (日)

尊厳ある死(新聞記事から)

「尊厳ある死は4割以下」 がん患者の終末医療(2月16日の新聞記事から)
{厚生労働省研究班が調査した全国の約1500病院のうち、「『尊厳ある死』を迎えることができたがん患者は4割以下」と感じている病院が53%に上ることが15日、分かった。患者本人に余命を告知したのは約3割、人工呼吸器の装着など延命処置の希望を確認したのは半数強にとどまっていたことも判明した。

 研究班主任研究者の松島英介・東京医科歯科大大学院助教授は

「患者と家族、医師のコミュニケーションがとれ、最善の治療を探ることが『尊厳ある死』には不可欠。ソーシャルワーカーを配置するなど体制を整えるほか、医師の研修も重要だ」

と指摘している。 調査は昨年11、12月、産科や精神科の専門病院を除く約4900病院に質問票を送り、約3割が回答した。

 「尊厳ある死」を(1)痛みの緩和(2)身体症状緩和(3)精神的援助(4)社会的援助(5)家族支援-の5項目で患者が満足したと病院が判断した場合と規定。該当する患者の割合を尋ねたところ、「2-4割」が27%で最も多く、次いで「1割未満」が26%だった。「5-7割」は21%、「8割以上」は16%。]

因みに日本尊厳死協会では「尊厳死」とは患者が{「不治かつ末期」になったとき、自分の意思で延命治療をやめてもらい,安らかに、人間らしい死をとげること] としている。

尊厳ある死とJBKは切っても切れない関係にある。この数字は医師側から見たもので、妥当であるか否か判断はそれぞれに任せるため記事([ ]内)をそのまま転載した。尊厳ある死なんてそんなに簡単なものではない。逝く人の年齢、環境、宗教、思想などによっても大きく違ってくる。誰も死を語ろうとしないし、考えようとしたがらない。でも一度は遭遇しなければならない重要問題。もう一度JBKを考えてみようと思う。

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土造り・春蘭の香り

昨日は朝から畑仕事。チンゲン菜の後に葱床を作る。「土は生きている」おふくろが繰り返し言っていた言葉を思い出しながら作業を続けた。出来るだけ深く耕し、堆肥、化学肥料、石灰を漉き込む。肥料が多すぎると病気になり勝ちで育たない。苗床造りの如何が作物の成育を左右する。葱は去年失敗している。人間造りより難しい。

久しぶりの本格的労働で汗を流す。通り掛の人が何人も声を掛けて覗いていく。気に入った人にはチンゲン菜を摘んであげる。夕方雨になって程よいところで止めにする。
一休みしている時何処からともなく漂ってくる素晴らしい香りに誘われ辿っていく。庭の片隅の木の下で春蘭が一茎恥かしげに咲いていた。葉の艶もよく、香りで私を引き寄せてくれたと思うと愛おしさは倍増。思わず手に取り上げピンセットで葉に絡む落ち葉を除去。草もむしり取る。花物造りの最高に瞬間だ。

この春蘭は4年前世界ラン展で求めたもので我が家に来て始めて咲いてくれた。早速玄関内に持ち込む。花数は3っだが、二階まで香りは漂ってくる。日が沈むと香りの発散を止め、日が昇るとまた香りを発散し存在感をアッピールする。虫や蜂たちがいない時は花も休むらしい。朝起きるの楽しみが増えた。これから匂い春蘭の花は次から次と咲き競う。春蘭の花の命は割合長い。この素晴らしい香りを千の風に載せて皆さんのところに届けたい。

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2007年2月17日 (土)

仲間の定年退職

古い付き合いの仲間が定年退職するというので命を任せ合った探偵11人の集まりに参加した。鹿児島からの参加者もいた。現役で残るのは2人になってしまった。
一人2分の制限で近況・思い出などをしゃべったが、横槍・野次・相槌が話の腰を折ってなかなか前に進まない。コンパニオンが仲介役を買って出る一幕もあった。

アルコールに一切手をつけないのを不思議そうに聞かれ同居人の話をした。いい人から順だから、なかなか順番が回ってこないので待機中。で結んだ。すかさず、「そうだ!」という野次が聞こえた。篠笛を持っていったが吹くタイミングがつかめなかった。

退職する彼とは40年の付き合いで色々の思い出が走馬灯のように駆け巡る。このブログでも取り上げた猫権を守った責任者。席が隣でその時の裏話も聞くことが出来た。

強い絆で結ばれた仲間はお互いが宝物。幾つになっても負けてたまるかの根性はしっかり持っている侍。楽しい時間はあっと言う間に過ぎた。また一人侍が現場から消える。

今日は庭の話し相手に遊んでもらえる。

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2007年2月16日 (金)

追い詰められた五行歌

ブログに夢中になっていてハマ風(五行歌)の投稿日をすっかり忘れていた。優しいHさんからかなりきつい催促メール。即興で送った3首。

待合室で
イライラしながら
過ごす 数時間
これも
残された時間の内

顔色もいいし
大丈夫だよ
他人事だから言える
慰め見舞い言葉
心の中は見えないからね

人生の残り日
告げられ
右往左往
ふと 生き返る
投稿締め切りメール

ガン太郎に居座られて、優しさやゆとりあるものが浮かんでこない。でも、ある程度本心。

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2007年2月15日 (木)

ヘンリー・フォードの言葉

先日Kさんを偲ぶ会で一緒だったM氏からメールが届いた。彼の机の前に張ってある、自動車王ヘンリー・フォードの言葉を見て、JBKに挑戦している篠笛を思ったと、

{年齢を重ねたから「老いる」のではない。
          学ぶことやめた時、人は老いるのだ}

と言う言葉を送ってくれた。誰にでも言えることなので、紹介した。

篠笛流に言い換えると

「病気になったから 千の風になるのではない                                      生きることを諦めたとき 千の風になるのだ 」                    

この彼もブログ「言語楼――B級「高等遊民」の戯言」を開設していると言うので早速開いてみるとなかなか面白い。お暇な方は是非覗いてみてください。JBKはともすれば暗い話になりますが、これは面白く博学になります。

また一つ仕事が増えた。そう言わずに一度覗いてみてください。

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お医者さん

血圧の薬がなくなって行きつけのお医者さんへ。雨の中でも患者が待合室一杯。院長は女医さん。美人だが、チョットとっつきが悪いと言う人もいる。でも、うちのバアチャンが敗血症で診察中に血圧が急降下(55)したとき救急車を手配、他の患者さんを待たせたまま救急病院まで付き添ってくれた。近所の一人暮らしのおばあちゃんが具合が悪くなったときも同じようにしてくれたらしい。

いざという時にチャンとやってくれる。バアチャンが今元気でいられるのは先生のお陰。旦那さんも都内の大学病院の先生でドクター、時々診察に顔を出す。お二人とも親身になって患者のいうことをしっかり聞いてくれる。興味があるのかな、増富のことも聞かれた。

先生には夫婦で日本尊厳死協会に入会していることも話してある。

大病院の有名な先生は忙しすぎるせいもあるが、逆立ちしてもこの先生の真似は出来ない。
根治不能のガン太郎の同居を余儀なくしている篠にはこうして身近に何でも相談できるお医者さんがいることは心強い。千の風になるときの最終切符(死亡診断書)を発行するのも先生だし、JBKの達成には是非こうしたお医者さんが必要になってくる。チョット嫌な話に飛躍しすぎたかな・・・。反省(頭下げている)

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2007年2月14日 (水)

ブログの反響

JBK友の会のブログが口伝に広まって面白半分にしろ急に読者が増えてきた。連休明けのせいか何本も電話が掛かって来た。

「ソプラノ・コンサート。と篠さん。とても想像もできない取り組みだ。どんな顔をして聞いていたのかそれが見たかった」「梅林ツアーは是非声を掛けろ」「このイニシャルの人は?」「温泉って本当に効果あるの?」と半ば冷やかしから、先ず何でも疑って掛かる探偵の癖が抜け切っていないらしい人。古い付き合いの仲間でも最近の篠笛は分からない部分があるようだ。本人だって分からないことがあるのだから当然。

でも、中には「病で苦しんでいる人に見せたい」「負けてたまるか、をもう一度読み直す気になった」「JBKを成し遂げる方法はあるのか、教えてくれ」など真面目な質問もある。

JBKはやろうと思って出来ることじゃない。こっちも聞きたいこと。前に考えていたこともあるが今見ると中途半端。結論ではない。それでもいい今直ぐどうしても何か手掛かりが欲しい方・知りたい方は、「負けてたまるか」221ページ第7章 長生きの秘訣 JBK 7つの条件を参照して、ご意見ください。一緒に考えましょう!。これが解明できたらノーベル賞もの・・・。

梅酒飲み過ぎたらしい。

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2007年2月13日 (火)

ソプラノ・ランチ・コンサート

ソプラノ歌手西田さんのランチ・コンサート。麹町る・ぴあの。
初めてのところなので少し早めに家を出た。東京の地下鉄の乗り継ぎは地下道が長くつい地獄を想像してしまった。Iちゃんに「元デカだよ、番地が分かっていりゃ何とかなるさ」と啖呵を切ったが、パソコンで検索した案内地図がなければとても辿り着くことはできなかった。

会場のる・ぴあのはトライアングルと同じ経営者。入り口で満面の笑顔で迎えてくれた。テーブルのあちこちに手入れの行き届いた小物盆栽が。何気なく置かれていた。一鉢一鉢に育てている人の愛情がにじみ出ていた。それだけでもう何も言うことはなかった。料理も心がこもったもので美味しかった。

参加者は60人内男性6人。Iちゃんの義母さんの隣だった。お義母さんは声の出ない私に席替わりましょうか?など何かと気を遣ってくれた。気遣いをしてくださる仕草に優しさが伝わってきて嬉しかった。
西田さんが歌ったのは14曲。早春賦、初恋、この道、千の風になって、など知っている歌も入っていて、歌もスピーチも素晴らしかった。千の風は本番、合唱、アンコールと3回も聞くことが出来た。聞けば聞くほど心を打たれた。千の風になった仲間の顔がいっぱい浮かんで再会出来た。帰り出口で西田さんが「お体にお気をつけて」と握手をして笑顔で送り出してくれた。

ナマのコンサートは始めてだったが、すべて最高だった。たまにはこんな日も必要。また機会があれば参加したい。

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2007年2月12日 (月)

ブログ立ち上げ1ヶ月

ブログを立ち上げて一ヶ月。あっと言う間に時間が過ぎてしまった。若干手違いもあったが、予想以上大勢の方から温かいコメントを書き込んでいただいて毎日が忙しかった。新しい世界ができた。メール、電話も頂いた。色々打ち込んでパソコンのメモリーが一杯になったほど。

店仕舞いをしなければならないのに、店を広げる結果になってしまった。その間増富に2回も行って新しい仲間も出来た。そのお陰かマーカー数値も下がってくれた。

何かに熱中しガン太郎を忘れることは、闘病では大切なことかもしれない。篠笛の練習、植木の手入れ時間が犠牲になるのは仕方のないこと。今年は春が早いから庭は忙しくなりそうだ。とても三途の川へ遊びには行っていられない。余命延長の理由が出来た。

話は飛躍するが週刊誌によると「千の風になって」の作曲が盗作?か、おかしな話が沸き起こっているようだ。あまり有名になり過ぎたせいかも・・。

今日は麹町る・ぴあのでソプラノ歌手西田ちづ子のランチタイムコンサート。連れがいないのが寂しいが、楽しみ。篠笛とはまったく別世界。

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2007年2月11日 (日)

山紫陽花

富士山もすっきり見えて、深夜の雨がうそのよう。朝はまだ肌寒いが手袋なしで庭掃除が出来た。

昨日届いた咲き分けの山紫陽花の植え付けには絶好のお天気。
4年前文章の仲間と箱根に行った際、仙石原湿生園で見た山紫陽花「富士の白雪」の純白の美しさに魅せられた。苗木が欲しかったが売り切れだった。たまたま通信販売で見て1年、2年先のことは考えずに注文してしまった。家の棚に違う種類のが一鉢あるが仲間があった方がいい。と勝手な理屈をつけて今回「羽衣の舞」「海峡」「土佐涼風」なども仲間に入れた。雪割草・ウチョウランなどと寄せ植えを考えている。この花をじっくり眺めたいもの・・・。

心配しているウチョウランはまだ眠っているが、ミセバヤ、大文字草、キキョウなど宿根草は新芽が動き出している。
「新芽が動き出すときは病気も動き出すから要注意」陽気の変動と健康の結び付きを教えてくれた、花が大好きだったおふくろの声が聞こえてくる。何をするにもガン太郎の影が付いて回る。

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2007年2月10日 (土)

涙と溜息の捨て場所

いつもより一時間早くスポーツセンター。ゆっくり水中遊び、サウナ。さっぱりして自転車で帰る途中犬を連れた年寄りを追い抜いた。とたんに後ろから声を掛けられた。二昔前一緒に仕事をした仲間だった。彼のところには退職記念に山取りの松の古木がいっている。先ず松の近況から始まって、一頻り積もる話をした。

二人で時々立ち寄った立ち飲みやの移転先は彼も分からなかった。彼は10歳若い。でも後姿は誰だか分からないほど老人だった。己の後姿は見れないが、およその見当が付いた。年は隠し様がない。

ブログにコメント以外にメールや電話で「患者の涙や溜息の捨て場所に最適。頑張れ!」と励ましの言葉を頂く。癒しばかりではなく逆効果で迷惑掛けているかもしれない。と、ともすれば大変だし一週間おきにしようかという考えに鞭打ってくれる。
そう言えばブログを始めてから治療の副作用の発作が弱くなったような気がする。増富効果もあるのかもしれない。

去年通信販売で申し込んであった、咲き分けの山紫陽花の苗などが届く。「減らすのじゃなかったの?」バアチャンの鋭い指摘は聞き流し、早速植え付けだ。早く春が来ないかな。外はあいにく雨。

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コメントの励まされて感激

何を書こうかな!と考えていたときbuttonさんから、励ましのコメントを頂いて感激。お返事を書き込んだ。どなたか分からずご承諾を得ることも出来ないので無断でこちら側に移動していただき、お返事と一緒に対話形式にして皆さんにも読んで頂くことにした。buttonさんお許しください。

「はじめまして!
とは言ってもこのブログに書かせていただくのは初めてですが、篠笛さんのコワーイ顔とはもう10年ぐらいになるかな?
「こんどは体の〇〇が危ない、××が悪い‥」とおっしゃりながらも意欲的に毎日を送っていらして、うれしい限りです。ちょっとお会いしていない間に前立腺がんの告知も受けられていたのですね。
このブログは、とても読み易いですよ(^o^)/~  同じような病気で精神的に暗ーくなっている方に、このブログを読ませてあげたいです。
☆余談ですが、このブログのデザイン(オレンジ色の縫い目)を選ばれたことに篠笛さんのセンスを感じました。 投稿 button | 2007/02/09 22:54:44」

「button さん
コメントありがとう。あなたの一言大変嬉しく力になります。
正直言って今回はかなり参っているんです。でも、「後3年と宣告され32年生きている」を表看板にしてきましたから、ここで参るわけにはいかない。と、こんなこと始めてみました。
同じ病に苦しんでいる人が一人でも希望を棄てないで一日一日を大切に生き抜かれたら・・・なんて大それた考えですかね。
でも、JBKは誰でも考えていることで、結構ファンが出来てきたようです。奇跡が起きて元気になった人たちとお会いできたら最高だと、それを祈り、信じ、夢に見て恥を忍んで書いているんです。
今、他に進むべき道があったら教えてください。
またコメントで応援してください。お待ちしております。お顔が見えないのはチョット寂しいですが嬉しかったです。どなたか何人かの方を想像しながらチョット胸をときめきさせております。ありがとう。お休みなさい。投稿 篠笛 | 2007/02/09 23:30:43」

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2007年2月 9日 (金)

ナースの一言

昨日病院は馴染めないと書いたけど、ホッとする一幕もあった。(いいことだってあったでしょう!と知り合いからお叱りの電話で追加)
入り口で診察券を差し込んで受け付け表を持って外来窓口。まだIT化に馴染んでいない受け付け嬢と色々遣り合って、ナガーイ行列を経て採血。一旦診察券を出してしまうといつお呼びが掛かるのか分からない。トイレにも行けない。待合室で周りの人のこそこそ話す愚痴、嘆き、溜息を聞きながら呼ばれるのを待つこと約2時間、中待合室で30分。診察2,3分。また待ってようやく本番の注射。

「ながーく待たせてごめんね。今日は混んでたね。アルコール大丈夫ですか。チョット、チクリしますよ。待たせてごめんね。お大事に。」

誰にでもそう言う台詞を繰り返しているのかもしれないが、本質的な優しさがにじみ出ていた。それまでのモヤモヤがフット消えた。チョットした思いやり、優しさが落ち込んだ心を癒してくれる。

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2007年2月 8日 (木)

仲間

昔、立場は違うが一緒にホシを追ったマスコミの人たち10人と馴染みの赤チョウチン座敷(?)で、去年亡くなったKちゃんを偲ぶ会と篠笛を励ます会。忙しいところを遠方から参加してくれた人。30年ぶりの人。お互いは初対面と言う人もいた。

少し飲んでしまったが、笛も吹かせてもらった。コメントの書き込みはないがブログを見ている人もいた。少しきつい話もあったが昔話に花が咲き、時間の経つのを忘れ本当に楽しい集まりだった。年寄りのためにタクシーまで気遣ってもらった。

女将さんが「会社違うのに、いい仲間が大勢いて幸せだね」と羨ましがっていた。心は心に通じる。

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馴染めないGセンター・野鳥対策

いつ行ってもGセンターの雰囲気には馴染めない。混んでいて、8時に行って終わったのは12時。結果はマーカー数値が少し下がっていた。その間に知っている人6人に会った。一言ずつ挨拶程度の言葉を交わしただけ。お互い泣き言言ってもそれが何の役にも立たないことを知っているから・・。詳しく話したいが話さない。聞きたいが聞かない。診察の時間がまちまちでミニJBK友の会は出来なかった。

昨日のこころちゃんのコメント胸が痛んで何も言えない。そんな話本当にあったの?と聞き直したいくらい。でも、心無い医師の次に、優しい医師に出会えて本当によかった。昨日Gセンターで顔見たけど笑顔はいつもとちっとも変わっていない。あの笑顔にいつも救われる。流石笑い療法士だ。

なっちゃんもご夫婦でみえていたが笑顔で帰って行かれた。

病気と対決するのは医師ではない。ガン太郎と立ち向かうのは、基本は患者本人の「気」だからね。自己免疫力を信じて「負けてたまるか」と明るく前向きで行こう。そんな気持ちを新たにした。でもなんとなく疲れてスポーツセンターはお休み。

チンゲン菜、ホウレン草の次に楽しみしているブロッコリーの葉を野鳥が目をつけ、2,3日の間に2株ばかり丸坊主にされてしまった。鳥も美味しいものは知っている。去年秋から堆肥をやって農薬使えないから毎日虫をつぶし丹精こめて育ててきたものを鳥にやるわけにはいかない。ネットを張る。今度は網にかかっても助けてはやらいぞ!でも鳩は篠の直ぐ側で植木にやった水を飲んでいる。この鳩が網に掛かったら困る。掛からないように祈る。

今日は昔のマスコミの人たち10人ばかりと馴染みのアカチョウチン座敷(?)で、去年亡くなったKちゃんの偲ぶ会と篠笛を励ます会(だ、そうだ)。酒は飲めないが楽しみ。

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2007年2月 7日 (水)

長すぎたブログ

「朝なかなか、ブログの書き込みがないので病気かと心配していたらナガーイので納得した」と、仲間からメールを頂いた。心配してくださって申し訳ないと反省し、頭が下がる。
あまり長いと読み手が疲れる。それが分かっているが。昨日のブログ、どうしても読んでもらいたい人があったし、大切なことだから今のうちに書き残しておこうと書き出したら長くなってしまった。でもまだ言い足りなかった。
昨日暖かさに釣られ、植木棚の修理に備えて、鉢を少し移動してみた、思っていたより大変で途中でストップ。
暖冬で伸び過ぎたチンゲン菜を近所の人にあげた。ありがた迷惑だよ!ってバアチャンは言うが・・。棄てるのも、モッタイナイ。夕方スポーツセンターで軽い運動。

先日増富で,主治医が色々質問しても真剣に話を聞いてくれないと、再発を心配し悩んでいた人に、G-センターの地域医療相談室を紹介した。早速今日相談に来て、為になった。よかった。と大変喜んでメールをくれた。

今日はGセンター通院日。慣れてはいるがなんとなく気が重い。

こころちゃんもGセンターらしい、増富ではすれ違いだが会えるかも。
なっちゃんもご主人の付き添いらしい。主治医は同じだ。待合室でご対面か?

待合室がミニ「JBK友の会」の会合になるかもしれない。お互い、辛い話はしたくないし、聞きたいが聞きたくない。そんな不安定な気持ち。もう遅い、寝ようっと!。

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2007年2月 6日 (火)

最終告知を巡る問題

昨日は大勢の方から建設的なコメントを頂き,参考になりました。有難うございました。ブログ「JBK友の会」が癌と闘う人の情報交換、意見交換、溜息の捨て場所の場に発展し、一人でも多くの人が一日でも長く希望を持った明るい生活が続けられるよう、願いを新たにした。

「放射線、抗がん剤、やるだけのことはやった。これ以上治療方法なし」と医者から最終宣告に等しい告知を受けた所謂「見放された」患者はどうしたらよいのか?        「JBK友の会」を立ち上げて20日余りだが、この問題に関連してこれまでに寄せられたコメント・メールを中心に整理してみた。

1 医師を信頼し、きつい副作用に耐えてきたのに、いきなり、緩和病棟行きを示唆するようなことは絶対許されない。医師はフイルムやカルテから目を離し患者の目を見て、心も診て話して欲しい。

2 不確かでもいい。未承認の薬など何か道があるはず。と、希望を奪わないで欲しい。
3 普段の診察は3分でも我慢する。医療中止の時くらいは病状、治療状況、国内外の抗がん剤情報・・・などあらゆる可能性を含めて時間を掛け納得する説明をして欲しい。   4 世話になった医療関係者に心から感謝して身軽になって千の風になりたい。
5 医師に見捨てられた次に頼るのがパソコンとは情けない。
6 漢方が有効。食事療法を取り入れ「腐るもの」を多く摂取し、免疫力のアップ。
7 温泉療法(増富温泉)はラジウム含有量が世界一。大変効果がある。温泉療養意医があるくらい。
8 病は気から,いつでも、どんなときでも「負けてたまるか」と気力の充実・継続。
9 一緒に同じ涙で語り合える「話し相手」が欲しい。                      10 残された命を、恨み、悔い、悲しみだけで終わらせたくない。たとえ僅かでも可能性があるならそこに賭けてみたい。絶対負けない。

篠笛は「あと三年」と宣告されたが32年も生きている。只生きてきたわけではない。絶望の淵を彷徨ったことも何度かあった。踏みとどまり、生き長らえて来られたのは「負けてたまるか」と踏ん張ったことが今日に繋がった。今また余命告知に近い宣告を受けて「負けてたまるか」を読み直し、「負けてたまるか」と言い聞かせ直している。

昨晩は常識的には、お会いすることさえ不可能な方と親しく話すことが出来た。ブログも話題になった。考えてみると仲を取り次いだのは「ガン太郎」だ。癌になっていなければ出会いもなかった。「ガン太郎」もどこかで応援してくれているのかもしれない。嫌ってばかりいないで大人しく躾て、仲良くしていこう。

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2007年2月 5日 (月)

温泉療法医

なっちゃんのコメントで今医療の中で温泉療法が真剣に取り上げられていることを知りインターネットで検索して驚いた。「温泉療法医」が実在した。ネットには温泉療法の歴史から効能まで何ページにもわたって書かれている。それによると、

「日本温泉気候物理医学会」という立派な学会があって、温泉の療養効果を研究し、2003年に発足された学会主催の「温泉療法医教育研修会」の研修を受講すると「温泉療法医」と認定される。   
温泉療法は古代ギリシャ、ローマ時代からあった。日本でも「日本書紀」「古事記」「万葉集」などに記述があるらしい。火を使用できなかった古代人は「温泉」は貴重で神聖なものだったようだ。
温泉の健康効果として、源泉そのものからは物理的、化学的,変調(ホルモンの分泌・神経系統の調整)効果がある。源泉以外の効果因子として、転地効果、食事効果、運動効果、休養効果があるとしている。兎に角効果があるということ。古代人になったつもりになれば温泉療法は贅沢で最高の療養と言える。
冷泉に身を委ねるのもまったく無駄ではないことが分かった。

(何ページもの資料の抜粋で分かり難い点はご容赦ください。)

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2007年2月 4日 (日)

増富山中に木霊した篠笛

二日目穏やかな天候に誘われ、笛を持って一人ハイキング・シューズを履き散歩に出た。目的は坂道を上った一番奥の温泉宿の視察。大通りから脇に反れて坂道を進む。かなりの勾配で息が切れる。途中から車の乗り入れ禁止・舗装もない。足の悪いバアチャンには無理と分かった。

道端の日溜りにコケが生えた石が待っていた。譜面も置けるように二段になっていて、ここで笛を吹きなさいと誘っているよう。誰も人の通らない山道、幾つかの曲を思い切り吹いた。

3月の発表会で吹こうと決めた「晩鐘」を吹き終わったとき突然後ろから拍手に驚いた。奥の宿で入浴を済ませ帰る途中の二人の女性だった。

「この山奥で、ナマの笛を聞かせてもらえるなんてラッキーでした。テレビで夢中になった「笛吹き童子」が蘇り心に染みるよい思い出となりました」一頻り話をした後、去って行く二人の後姿に「島原の子守唄」を吹いた。二人は途中で足を止め手を振って坂を下っていった。二人の姿が見えなくなると急に風が吹き出し、寂しさが漂ってきた。未熟な笛でも山奥で吹くと一味変わって人の心にも届き、千の風にも遭遇し乗せてもらえたかもしれない。満ち足りた気持ちになって二人の後を追った。宿で山で篠笛を聞いた噂が出ていた。

梅ちゃんの歌がハマ風(五行歌機関誌)NO12号に入選し搭載された。選者の言葉を借りると、病気持ちの老犬にわが身を重ねた、なんとも可笑しい、チョッピリ悲しい、歌の風情。ぜひ優しく老犬を見詰め介護する梅ちゃんから紹介してもらいたい。

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2007年2月 3日 (土)

30年前の病友から寒中見舞い

増富留守中に溜まっていた郵便物の一枚の寒中見舞いに新たな力を貰った。

「身内に不幸があって年賀状出せなかった。先日偶然産経新聞「歌のポケット」であなたの入選作を読んだ。お元気でご活躍嬉しく・元気をいただきました。81歳になりましたがまた頑張ります」

そんな内容だった。この方はクリスチャンで、肺がん手術をしたとき同じ病棟で同じ日手術をした。声を失い、退職勧告の追い討ちをを受けて自ら千の風になることも考え、落ち込んでいた時

「そんなことで負けるな。信じれば奇跡は必ず起きる。声だって戻ってくる。自分を信じなさい」と優しく諭し宥めてくれた。闘病記「負けてたまるか」の表題ともなった。

退院後も同じ時期手術した仲間と通院の際家に寄ったり、皆で食事をしてお互い励ましあってきた。癌手術後快癒の目途は5年とされている。みんなで5年経ったら海外旅行をしようと話し合っていたが、纏め役の英語の先生が4年11ヶ月目に再発、千の風になってしまった。それが強いショックでみなで合う機会を失ってしまった。32年経っても覚えてくださったことに感激。新たな闘志を頂いた。お迎えが来る前に是非一度お会いして積もる話がしてみたい。
暖冬で棚の植木が活動を始めている。一つ一つの鉢がそれぞれ頑張れとエールを送ってくれている。ぼやぼやしてはいられない。やらなければならないことが山積みとなっている。

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おかしなコメント・トラックバック

増富に行っている間に、怪しげなものが幾つも書き込まれておりました。友の会メンバーの方からご注意も受けました。帰って直ぐ削除しましたが皆さんに大変ご迷惑おかけいたしました。常連のコメンテーター以外のものは誤って開かないようにお願いいたします。

また何かお気ずきの点がございましたら遠慮なく教えてください。

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2007年2月 2日 (金)

増富報告

増富報告・増富温泉が横浜市大病院の掲示に?
増富3泊4日はゆっくり、のんびり温泉につかって優雅だと言う人もいるが、疲れた。  昨日は粉雪が舞っていた。

団体客が帰った後で比較的客も少なかった。これと言った報告事項はないが、一つだけ。何度か利用している人が増富温泉に来るようになった理由について、知人の話で「横浜市大病院の掲示板(?)に増富温泉のことが載っていた。と聞いて市大病院が認めているなら確かだろうと思って来る気になった」又聞きの又聞きで確認のしようがないが、それだけ有名になっていると言うことだろうと解釈した。何かの間違いだと思うけど市大病院に行った時探してみよう。誰か見た方いますか?おられましたら教えてください。
今日はこの間より一本早いバスで帰った。ブログが心配だったから・・・。帰って直ぐパソコン立ち上げてびっくり、メールが28本も溜まっていた。もっとも10本はいかがわしいもので直ぐ削除。困っちゃうよね。まじめにコメント書き込んでくださった方に感謝と御礼を申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。
本当は送信日を指定で日にち特定の必要のない「長生きの秘訣」「それからどうした?」「これからどうしよう」など下書き書いて、今日まで入れておくつもりだったのがお恥ずかしい話、月が替わるとやり方が分からなかった。
植木棚の自動散水装置が壊れてしまって、困った。早速修理を頼んだがまた思わぬ出費。

本日は取り敢えず帰ってきたという報告のみ。明日からまたよろしくお願いします。

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