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2007年3月31日 (土)

コメント衆・五行歌で活躍

「JBK友の会」ブログにコメントを書き込んでくれている方々が五行歌で活躍している。

2月28日産経新聞・歌のポケットに「なっちゃん」「藍ちゃん」の二人が並んで入選。
ハマ風NO13号で「ふくろうさん」が入選。
同じくハマ風NO13号英文の部に「梅ちゃん」「ふくろうさん」の二人が入選。(ふくろうさんはダブル入選)
五行歌の奥は深い。みんな色々の角度から人生を見詰めて、さりげなく歌にしている。歌数が多くみんな紹介できないのが残念。
小池先生が「私の好きな8首」の中に篠の歌も入れて下さった。
一日いちにちが
ながーくなったり
短くなったり
残された日々を
数えるようになって

朝から人権相談。悩み事はどこにも誰にも付いて回る。それが人生。アドバイスは出来ても、本人がその気にならなければ他人では解決できないものもある。

風が強く植木棚が心配で赤提灯をパスして早々に帰宅。幾鉢かが風で倒され帰りを黙って待っていた。大きな被害はなかった。
大勢の人の心に春を届け,絆を強めてくれた紅白の桃の花が、役目を果たしほとんどが強い千の風に誘われていってしまった。でも、桃には確実に来年がある。
今度、知り合いがここの区長になった。

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2007年3月30日 (金)

狸のお使い

今回の増富修行で3っ不思議な出会いがあった。
1 篠笛先生
 八王子駅ホームで若い女性に名前を呼ばれた。始めは幻聴かと思った。3回目振り向くと八王子の発表会に行くと言うS.先生だった。双方でびっくりした。バアチャンは先生の京都の演奏会でお会いして顔見知り。直ぐ電車が来て長い話は出来なかった。篠笛を持っているのを気が付いてくれたかな?。

2 千の風になった人の元同僚                                  冷泉につかり瞑想の世界を彷徨っているとき、入ってきた顔に見覚えがあった。そこは元探偵閃くものがあって話し掛けた。キョトンとしていたが篠の声で思い出してくれた。納骨式と食事会の2回お会いしただけで特別話をした訳ではなかったから覚えていないのが普通。話が進んで昼食ドライブに誘われたが、バアチャンが無料の電気マッサージやり過ぎて調子が悪くお断り。残念だった。

3 狸さん。                                              2日目。大通りを途中から獣道を伝って奥に進むと川原に出た。腰を下ろす格好の石を見つけ、さんざん篠笛を吹いた。聞き手は芽吹き直前の木々、黙って聞いてくれた。川のせせらぎが伴奏に加わってくれた。まだ寒さが指を襲い長くは続けられない。       獣道を歩いて帰る途中先方に何か動くものがあった。狸さんだった。笛を聴きに来たのか(まさか?)、散歩途中なのか、一瞬目があった。向こうはびっくりして引き返して行ってしまった。
先輩に話をすると、サルも出てくるらしいが、熊もいるらしい。熊でなくてよかった。狸さんには是非もう一度会って「篠笛を聞きに来たのか?」聞いてみたい。

今日は一日中、法務局で人権相談。帰り道、赤提灯が呼んでいる。飲めなくてもそこに行けば千の風になった仲間に会える。そこの赤提灯は狸のお腹に酒が入るようになった徳利で「子狸一匹」は酒一合、大狸は酒2合を意味する。山で狸が出てきたのはたまには顔を出せよ!と言う千の風の使いだったのかもしれない。理屈をつけて一人酒の旅は続きそう。(狸のお使いは、ブログを書いていて気がついた)

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2007年3月29日 (木)

探偵総集合

増富から帰って植木棚を見てG-センターへ書類を届け、その足で昔の探偵仲間の会へ。若干遅れた。「増富に行っていて、総会のことなんかボケて忘れたのかと思った」ブログを見ている仲間からの第一声。そうそうたるメンバーが95名ほとんどがOB。これだけの名探偵が一線を退いたのだから事件解決も難しくなるわけだ・・・。(と思った)。

先ず、去年の総会以後千の風になった3人の名前が読み上げられ全員起立して黙祷。叙勲者に記念品贈呈。セレモニーは手際のいい司会者の配慮でスムースに終わった。人が多過ぎて昔話も出来ないほど。特に篠の声では無理。でも一通り挨拶代わりに回った。どこに行っても皆が健康のこと気遣ってくれた。話し始めると一人ひとりに様々な思いが蘇る。

G太郎と闘いながら悪と闘っている現役を引き合わせに連れた来た仲間もいた。連れ合いが意識不明で闘病中と言う人もいた。2次会の声を掛けられたが低調にお断り。駅から自転車は流石に疲れがドッと出てきた感じ。増富報告は追々日を改めてすることに。

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2007年3月28日 (水)

メンテナンスでご迷惑

28日分も日日指定で書き込んであったが消えてしまった。3泊4日の増富修行でチョット意外な話もあって帰ってすぐ報告記事書き込もうと思ったが、ブログがメンテナンス中で出鼻をくじかれてしまった。皆さんにもキットご迷惑をおかけしたこと存じます。お詫び申し上げます。

庭の植木たちが痺れを切らしているのでそっち優先。夜は昔の仲間100人くらいの集会があるのでそこにどうしても出席。

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2007年3月27日 (火)

リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)

「リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)を教えてもらいたい」友人から改まった相談を受けた。彼は、あちこち痛んで病院通いが日課となった。両親も高齢でどっちが先に逝くか分からない状態。親戚の法事の時、死について話し合う機会があった。誰もが植物人間になった時いチューブで繋がれ意識のないまま生かされるのは耐えられない。無駄な延命処置で生かされたくない。と言うところまでは一致した。じゃどうするか?で思いつたのがJBKだと言う。

死は人生の総決算だから他人が決めることではない。あくまで本人の意思。と前置きした上で、日本尊厳協会でいう尊厳死と「リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)」をコピーして送った。

日本尊厳死協会の配布資料では「尊厳死」とは「患者が{不治かつ末期}になったとき、自分の意思で延命治療をやめてもらい安らかに、人間らしい死をとげること」だ としている。(安楽死とは別)

尊厳死の宣言書(リビング・ウィル Living Will)原文のまま。 
              

 私は、私の傷病が不治であり、且つ死が迫っている場合に備えて、私の家族、縁者なら
びに私の医療に携わっている方々に次の要望を宣言いたします。

 この宣言書は、私の精神が健全な状態にある時に書いたものであります。

 従って私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、又は撤回する旨の文書を作成しない限り有効であります。

(1)私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命措置は一切おことわりいたします。

(2)但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。そのため、たとえ
ば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても、一向にかまいません。

(3)私が数カ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持措置をとりやめて下さい。

以上、私の宣言による要望を忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げるととも
に、その方々が私の要望に従って下さった行為一切の責任は私自身にあることを附記いたします。

      年  月  日
   自署    印    生年月日
   
篠は自署名したリビング・ウィルを常時携行している。これはある程度の年になった時自ら書くものであって、親が高齢になったから、入院したから、と言う状態になってこれを書かせると言うのには抵抗を感じる。

「死は万人必ず遭遇すること。でも、そのときでは間に合わない。」

何も協会に入会しなくてもこのような内容のものを自筆で書いて置けばいい。財産のある人は遺産相続などのことも遺書として作成しておけばいいと思う。このまま生き続けるわけにはいない。大切なことだから正気のうちに一度は考えておくこと。深く考えると店仕舞いは大変な作業である。増富の冷泉の中で時々こんなことを考えている。葬式に誰が来てくれるかなど、一緒に考えると結構面白い。不謹慎かな?。

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2007年3月26日 (月)

後姿

ぶらぶら歩いていると、タッタッタと駆けるように迫ってきた足音に追い抜かれた。全身ブランド物で武装した女性だった。何気なく見るとコートの襟元からクリーニング店のシールが覗いていた。声を掛けたが、篠の声では一回では届かない。早足で近づいて教えてやった。女性は一瞬何かと身構えたが、言われた意味を理解すると澄ましてシールを取り棄て、何も言わずに立ち去っていった。安物香水の強い匂いが残った。お節介なんかしなけりゃよかった。テレビの影響か街で大和ナデシコが見られなくなった。

鏡なしでは自分の後姿を見ることは出来ない。誰もが、日常生活の中で気がつかないまま同じようなことを繰り返しているのかもしれない。気がついてもわざわざ注意してくれる人は少ない。それを教えてくれたのだと思えばお節介も無駄ではなかった。

人事ではない。出掛け前はよく注意しよう。

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2007年3月25日 (日)

春の差し入れ先の桃開花

クレオパトラさんから桃の花が咲き始めたと嬉しいコメントが入った。いい時期に配達した。庭の桃も増富に行っている間に咲き切ってしまいそう。

QOL主催講演会。二俣川「サンハート・ホール」医療への新たな挑戦」
1「新たな化学療法と腫瘍内科医」 野田和正呼吸器内科部長 
2 「放射線医療の進展と今後」 山下浩介放射線治療科医長
3「がん治療専門施設における看護役割」清水奈緒美地域医療連携室主査
会場から専門的な突っ込んだ質問もあって先生方たじたじとなる場面もあった。参加者は思ったより多かった。こころちゃん、なっちゃんの顔も見えた。他にも知っている人が幾人もいた。篠の肺を手術してくれたドクターもいて挨拶した。

町内会役員会。会場に行くといきなり、「2,3日篠笛が聞こえないから心配していた」と顔見知りのご婦人から声を掛けられた。そう言えば発表会の後練習していない。増富の山中でたっぷり吹いてくることにする。会長は9年目のベテランてきぱき議事を進め一時間20分で終わった。

フィギアスケート美姫ちゃん、真央ちゃんの応援。1位、2位。氷上の花の涙はなんともいえない。二人ともすんなり勝てたわけではない。メダルは「負けてたまるか」の根性と努力の賜物。よくやった!!。家の庭の桃を届けてやりたい!。

今日から増富冷泉修行(3泊4日)風が強く植木たちが心配。

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2007年3月24日 (土)

桃の花の嫁入り

寒さも和らいだ。植え替えをしたり、増富行きを前の棚の配置換え。

「クリニックで見ました。桃の花を一枝頂けませんか、母が大好きな花でしたので、供えてやりたいんです。」突然声を掛けられた。知らない人だった。作業を中止して枝振りのいいところを選んで切ってやった。何度も何度も礼を言って帰って行った。キット千の風の導きに違いない。声を掛けられただけで嬉しかった。一日清清しい気持ちで作業が出来た。

そういえばクレオパトラさんから、頂いた桃の蕾が膨らんできた。咲いたら連絡します。とコメントが入っていた。あちこちで春の差し入れの桃が活躍している。来年はモット一杯咲かせる様研究してみよう。生きていればいいこともあるよ!!。もう少し人間続けてみよう。そう思った。

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2007年3月23日 (金)

有志送別会・春を差し入れ

お世話になった先生の送別会。大和の鈴や。有志6人。庭から持っていった紅白の桃の花をテーブルに飾ってもらった。

鈴やは50年も前の先代からの付き合い。女将さんが山から採ってきたふきのとうなど山菜の天ぷらは美味しかった。飲む人は少なかったが時間の経過と共に話は弾み普段聞けないきわどい話がすんなり聞けた。JBK友の会も話題になった。篠がブログを立ち上げていることを信じなかった蕎麦屋のおやじさんに、店の時代物のパソコンでブログを開いてコメントの書き込み方を教えてきた。

先生は当分単身赴任だそうで、落ち着かれた頃皆で押しかけることでお開きになった。楽しく有意義な送別会だった。

郵便局に行ったついでに、クリニック、薬局、理髪店などに、春の差し入れと言って紅白の桃を届ける。思いのほか喜んでもらえた。

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2007年3月22日 (木)

五行歌横浜歌会司会

第33回五行歌横浜歌会で始めて司会を務めた。出席者22名。声が一番心配だったが、先日篠笛発表会に来てくださった先生方が篠の声を心配しマイクを用意してくださった。お陰で途中冗談も交えスムースに時間内に終了できた。
歌会は出席者があらかじめ提出した投稿歌が無記名で印刷配布され、それに各人が持ち点を投票し点数の一番多かった人が次回の司会を務めることになっている。

色々面白い・いい歌があったがJBK友の会にコメントを書き込んでくれている藍ちゃんのお父さんを偲んだ歌が見事第一席になった。
篠笛発表会の紋付袴も話題になった。衣装代占めて60万円に皆驚いていた。篠笛発表会に来てくれた人が篠笛を盛り込んで歌を作って投稿してくれた。歌に詠まれたのは生まれて初めて、冥土へよい土産が出来た。この会の人はみんな個性豊かで人情味厚く素晴らしい人ばかり。いい会に入った。マイクがあれば司会も心配なくなった。今度からはいい歌を作ろう。(ホント?)
ブログを読んでいる人もいて立ち上げて間がないのにコメントが多いのに驚いていた。

7月1日鎌倉で開催の朗読会で一曲吹いてくれと嬉しい依頼もあった。それまでは元気でいなければならなくなった。反省会に誘われたが余計な気遣いは申し訳ないと、お断りして西口の赤提灯で一人酒。でも今日は祭日で馴染の店が2件も休みだった。飲んではいけない酒も赤提灯でまったく口にしないわけにはいかない。千の風の仲間と乾杯用に一杯口にした。久しぶりいい気分。

篠の本日の投稿歌
風よ 風
消さないで
笛の音に揺らぐ
残り火を
一番星に届けてよ
篠を知っている人がお情けで点数入れてくれて中位だった。

今日は、残っている鉢の植え替え。お世話になった先生の送別会。

出掛けてばかりいるものだから、バアチャンは体を休めていればガン太郎も休むと思い込んでいるようで、ブツブツ言っている。心配してくれているんだ。と黙って聞き流している。これが仲良しの大切なコツ。

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2007年3月21日 (水)

免疫細胞、ガン広げる案内人

「免疫細胞、ガン広げる案内人」                                 朝日新聞07,3,19第二社会面に驚くべき記事が載っていた。(要点抜粋)

がん細胞が周りにじわじわと広がっていく「浸潤」現象を起こすカギとなるのは「未分化骨髄球」と言う免疫系の細胞であることを京都大学院の武藤誠教授(遺伝薬理学)と湊長博教授(免疫学)らのグループが見つけた。
つまり、これまでガンを攻撃する「味方」と思われていた免疫系の細胞が、ガンと協力する「敵」だったことになり、がん治療の考え方を変えかねない発見と言えそうだ。

湊教授談「免疫系細胞がガンの周辺に集まることは知られていたが、それはガンを攻撃するものと考えられていた。しかし、実はがん細胞に呼び寄せられ、がん細胞が回りに広がっていく浸潤現象の「水先案内人」のような役割をしていた」

専門的なことは分からないが、吃驚するような高価な免疫療法が逆効果となるということらしい。がん患者にとっては由々しき重大問題だ。

郵便局に紅白の桃の花を届ける。終日写真整理。安曇野はマイナス7度、真冬に戻ってしまったらしい。そういえば庭のイワヒバ冬眠から覚める途中で、寒さが戻って戸惑っている。今日は五行歌会の初めての司会。(昨夜メンテナンスで一時アクセスできなかった。)

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2007年3月20日 (火)

畑仕事大童・猫の手も借りたい

篠笛教室。発表会の疲れで休んだ人もいた。家の近くのお団子やさんで買って行った桜餅で反省会。先生総括「みんな本番に強いね。こんなにスムースに進行したのはみんなの協力の賜物」

「疲れてるね。少し休養した方がいいよ。毎日書き換えるブログは珍しいらしい。一週間交代くらいにしたらどう」と言われた。確かに馬鹿に疲れる。色々手を広げすぎたのは分かっている。でも、始めてしまったもの今更引込める訳にはいかない。毎日コメント書き込んで下さる人も出来たし。昨日は6人もコメント書き込んでくださった。たとえ一行でも頑張ってみよう!。

帰るのが早く時間があって少し早いがキュウリの床を作ってみた。今年はバアチャンの注文でモロッコインゲンにも挑戦してみるつもり。孫は「ジイチャンの枝豆が美味しかったから沢山造ってね」と特別注文。無農薬野菜の注文は他にもあって今年は忙しい。張り合いがある。狭い畑で野菜を重視すると植木類が邪魔になってくる。配置に苦労する。なんだかんだと言っても庭仕事をしている時が一番気疲れせず、免疫力アップに繋がる。     「植物は正直。絶対嘘をつかない。裏切らない。人間には真似はできない」

ホウレン草の後、畑を耕して堆肥を漉き込み少し休ませる。耕すと決まって何処からか猫がトイレ代わりにやってくる。匂いは強烈だし、折角出てきた野菜の芽もひとたまりもない。動物愛護なんて言っていられない。動けない植物にも「植物権」がある。行儀の悪い猫の撃退も仕事。やらなければならないことがあり過ぎる。

「千の風」も是非ものにしたい。今度の五行歌会は司会。今年は町内会の役員。年中無休のガン太郎が気にならな訳ではないが、あいつと遊んでいる暇はなさそう。「猫の手も借りたい」

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2007年3月19日 (月)

篠笛発表会・孫の手伝い

8時、約束通り孫と孫のボーイフレンドが迎えに来て、篠笛発表会会場の久良岐能舞台まで送ってくれた。人手も足りないこことから二人に受付を手伝ってもらった。皆異口同音に「素晴らしいお孫さん」と褒めてくれた。助かった。孫は夜家庭教師で教えた子が志望高校に合格しその家族に合格祝いに招待されていると張り切っていた。子供だと思っていたが知らないところで成長している。

横浜五行歌会の偉い先生が3人、それに体調がよくないのにコスモスの仲間も応援に駆けつけてくれた。寒い入り口で受付をやって冷え切ったのと出掛けに花粉症の薬を飲んだのがいけなかったようだ。手の痺れなど体調異変、途中まずったところもあったが知らん振りして吹き切った。「出だしと終わりがパッチリ決まっていた」と先生は褒めて。(完全お世辞)くれた。皆、去年と同じ、笛より紋付袴姿を褒めてくれた。

難しい曲を見事にこなした夫婦もいた。ベテランの十年選手でも音色が途切れるところがあった。「笛は生き物。無心で」先生の教えを改めて痛感した。
発表者50人。反省会は欠席。今年の大きなイベントの一つが終わった。慣れない着物で疲れた。
篠笛教室。医者通い。

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2007年3月18日 (日)

篠笛発表会・かながわQOL研究会

篠笛発表会、横浜久良岐能舞台。紋付・袴を着るのは3度目。着付けは近所の美容室の先生。一財産掛けただけあって見栄えはいいらしい、皆笛を褒めずに紋付袴を褒めてくれる。演奏曲目は「ふるさとの・晩鐘」何度吹いても思うように吹けない。出たとこ勝負「無心」になって吹くことが出来るかどうか。

今年はクラス当番で会場の整備・受け付け・進行すべてをやることになっているため集合時間が早い。孫がボーイフレンドと送ってくれる。孫は先生の京都発表会の時バアチャンと同行して先生ご夫妻と顔見知り。終わってからの反省会の乾杯の音頭をすることになっているから途中で逃げるわけにはいかない。

第62回かながわ・がんQOL研究会に出席。
「サブリメントの功罪について、がん補完代替療法の観点から」金沢大学鈴木信孝教授
「最近の音楽療法について」音楽療法家那須弓子先生
二人の話を聞いた。鈴木教授の話は面白かった。
トマト、ピーナツの皮が健康にいいということが頭に残った。
かなりの盛会だった。こころちゃん、なっちゃんの顔も見えた。

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2007年3月17日 (土)

ブログ・ファン

近くの医院にバアチャンと二人分の薬を貰いに行った。「フカヒレ・ラーメン食べたいですね」いきなりナースに声を掛けられた。先日孫と横浜西口で昼食にフカヒレ・ラーメンを食べたとブログに書き込んだのを見たと分かった。意外なところにブログ・ファンが出来た。そういえばこの前の時自分で宣伝したんだ。コメントの書き方を伝授。

ブログ立ち上げて2ヶ月、アッと言う間だった。大変だが生活に確実な変化を与えた。「よく続くね・・。余命告知されてどんな生活しているのか興味津々。毎朝ブログ開くのが楽しみ。書き込みがないと正直心配になる。それにしても色々会合が続くじゃないか。何でもいい兎に角元気で、ガンにもなれない奴に何を言われても気にせずこのまま日記風に書き続けろ。継続は力なり!」悪友の冷やかしも好意的に変化。この人、コメントは絶対書かないが言う事はそのものずばり。色々アドバイスしてくれる。

ブログ仲間との集いも出来て、マアマア順調といところか。でも、最近書けないことが多くなった。今後何を書いていくか課題は多い。
寒い。庭にも出られない。紅白の桃の花を切り取って美容室に紋付・袴の着付けを依頼に行く。当日は孫がボーイフレンドと発表会会場まで送ってくれることになった。手の痺れを気にしながら篠笛の練習をしてみた。発作を気にせず「無心」になり切れるかどうかが勝負。

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2007年3月16日 (金)

JBK友の会有志初会合

JBK友の会」有志(8人)の集い。元町梅林。料理も豊富。篠はみなを知っているがそれぞれは初対面の人もいた。不思議なことに根っこはガンで繋がっている。更に結びつきを強めているのはブログである。勝手気ままな自己紹介に突込みが入ったり、話題も愛、がん治療のあり方、尊厳死・安楽死とバライティーに富んでいた。

「放射線・抗がん剤総べてやって、治療を打ち切ると言う時、今後について医師から何のホローもなかった」と言う体験談には皆が一斉におかしいと声を出していた。でも、その人が自分で探した次の医師から「この状態でこんなに明るく元気なのは不思議」と言われた。「奇跡の患者を目指して前向きに生きている」と結んだのが強く心に残った。

普通のところでは話題に載せるのも憚られる話をみな辛い峠を越えているだけに、淡々と時には笑顔を交えて話し合った。

楽しい時間はアット言う間に過ぎた。時間制限でなければ何時間でも飽きない会合だった。誰言うともなく近いうちにまた集まろうと言うことで解散になった。食べ切れない幾品かをお土産にしてもらった。外には降り出した雨の中、次のお客が並んで待っていた。

篠笛式長生きの秘訣。第一に「嫌なやつと付き合わないこと」を挙げているが、いい人とのお付き合いは、ストレス解消・免疫力アップ、寿命が伸びること確実。そういえば告げられた余命のことすっかり忘れていた。駅から雨に打たれながら自転車は堪えた。思わぬ土産にバアチャンがことの他喜んでいた。今日は植え替えを真剣に取り組もう。それに篠笛の練習もしなければ発表会は18日だ。

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2007年3月15日 (木)

人権相談・筋道論

朝食を終えて庭で植え替えをしようとしていたところ、「今日は相談日じゃないの」バアチャンから言われるまで、法務局の一日相談当番をすっかり忘れていた。物忘れは確実のものと実証。でも何とか間に合った。隣席の方の優しく、相手の立場になり切った相談対応は勉強になった。

重要予定をバアチャンの部屋のカレンダーにも書き込んでおいたのが役に立った。

夕方異業種の方に声を掛けられていて、その方に頭が行ってしまっていたようだ。

始めて行った店だったが中々風流で料理も美味しかった。傍から見ると別世界の高嶺の花的羨ましい職場だと思っていたが・・・。何処の世界も人が集まると派閥、中傷、オベッカ、投書、自己中心的、足の引っ張り合い、は日常茶飯事。濁り水の中で清く正しく正義を貫くことの難しさが話題の中心となった。それをやりぬく道は只一つ、「身を棄てる覚悟」だと言う話し振りは歯切れがよくて気持ちがよかった。(もっと具体的に書けないのが残念)筋を筋として通すことの大変さ・大切さを教わった。もう一つ「馬鹿な上司は敵より怖い」ある先輩の言葉が浮かんだ。

乾杯のビール一杯は手をつけてしまった。

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2007年3月14日 (水)

植え替え・孫の成長

晴天少し肌寒いが万年青の植え替え30鉢。通り掛かった盆栽友達が覗きに来た。株分けしたものをやると、直ぐ引き換えに別のものを持ってきてくれた。先日買ってきた長葱を本植えする。暖かくなったり寒くなったり植物も戸惑っている。珍しくバアチャンが作業場に顔を出す。パセリと万能葱を少し欲しいと言っていたが、「余り静かだから、倒れていないか心配になった」と、本気で様子を見に来たらしい。

夕方孫息子がバアチャンのところにバレンタインのお返しに手作りのケーキとクッキーを持ってきた。予想外に沢山の人から貰って小遣いもないので母親に材料全部買ってもらい、手伝ってもらって造ったらしい。やるもんだ。あちこち配達(?)するのだと、いっぱいオートバイに載せていた。ジーパンが欲しい。と何気なくつぶやいて帰る。(姉が昨日せしめたのを聞いたらしい)。子供だと思っていたが背丈は少し越されてしまった。知恵も付いてきた。

今日も植え替え。夕方珍しい友人から声を掛けられて出かける。何やかやと忙しがって

篠笛練習は棚上げ。大丈夫だろうか?。少し心配になってきた。

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2007年3月13日 (火)

消えてしまったコメント

13日寝ぼけ眼でブログを変更(長すぎたので二つに分列)していたところ、折角頂いたコメントが消えちゃった。生き返らせる方法が分からない。まごまごしています。誰か教えてください。そういえば一度文章の中に文字化けしたものが沢山混入した変な妨害?のような現象がありました。嫌われているのかも・・・。今日は少し冷たいが植え替えに集中。

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コスモス・ジジ馬鹿

コスモスは病室からの参加者が二人。かなり重い、切ない話、チョッピリ嬉しい話、ここに書けない厳しい話、現実をしっかり見据えている人の話・・・。何か一言掛けてあげたいがなまじ慰め言葉は掛けられない。時々見える笑いが救いだった。JBKを覗いている方が何人かいた。書き込みは苦手らしい。見た居てくださる方がいると言うことは励み。   いつもより早く終わった。風が強く植木が幾鉢か倒れていた。

篠笛発表会の練習、まだまだ練習不足、物忘れが響いている?。物忘れと言えばブログを見た優しい人が早速ボールペンを送ってくださった。嬉しいね。仕舞い忘れたボーペンは引き出しの中にあった。(これは内緒・・・)

孫との昼食はジョイナス地下2Fでフカヒレラーメン(1890円)美味しかった!。高島屋でホワイトデーの先渡し、春物の洋服。「高いチョコだね」帰ってからバアチャンに笑われた。孫はジイチャン最近優しくなったね・・・。と満足気、嬉しそうな笑顔が何より。すっかりジジ馬鹿の見本になった。

今日はよい天気植え替えに絶好。

(13日付け、長すぎたので二つに分列。)

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柳原闘病記の反響・コスモス/

柳原闘病記の反響・コスモス

BSで再放送された柳原和子闘病記を見てブログに書き込んだところ色々ご意見を頂いた。幾つか要約して列挙する。現実離れの「物語」として見ていた人が多いようだ。判断はそれぞれにお任せ。

1 「あの人は特別だった。絵に描いた餅。あの治療を受けるには莫大な情報収集・分析・医療機関選定、それから治療費は半端じゃない。一般の人には無理。人事と聞いていた」

2 「インターネットで検索しても情報が氾濫。沢山の情報の中から自分に合ったものを探し出してようやく辿り着いたとしても、お金がないなら駄目だ、と言われ時の惨めさ、ショックは計り知れない」

3 「誰でも受けられないものならあの放送、末期がん患者に希望を与えたと言えるだろうか?いたずらに煽っただけではないか。お金がないから治るものも治せない。では、貧乏人は余りにも惨めではないか。いっそのこと知らない方がよかった。罪作りな話だ」

4 「認可されていないものは医師は教えない。どこで、どのようにしたら同じ治療が受けられるのか。費用はどの位掛かるのか。そんな肝心のところが欠略していた。認可されていない治療・薬の情報入手の限界。」

5 「縋るべきワラがあると言うことが分かったことは、意義がある」

6 「担当の違う複数の医師が患者を交えて難しい治療を話し合うことが現実に可能だろうか。それはさておき、いざと言う時親身になって相談に載ってくださる医師の確保の必要性は認識できた」

結論はまちまち。悲しいが一般的には夢の世界の話。と言うことになりそう。今度生まれてくる時は病気のない国を選ぼう。

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2007年3月12日 (月)

「柳原和子ガンを生き抜く」を観て

TVBSのアンコール放送で「柳原和子ガンを生き抜く・不治の宣告から3年半医師との対決」を見た。あちこちに再発し末期と宣告されたガンが消えてしまった。あの内容が事実ならば、末期と宣告されたがん患者には、貴重なメッセージであり朗報だ。だが、あれだけやってくれる病院や医師に巡り合えるかどうかが問題だと思う。

患者、医師みんながその気になればガンはやっつけられる。TVはそういっているように見えた。彼女の職業が医療関係のルポライターと言うことから広い人脈がかなり効果的に働いているのではないか?。元職業がら疑いの芽が出てくる。だが、彼女の場合が特別だったと思いたくない。

そう言えばA社のU記者の闘病記出版記念パーティーの時、同席したUの主治医が「ここでこの人を何とかしなければ何を書かれるか分からない。そう思ってみんな必死だった。」と言うような発言が印象的で、ボケ気味の今でも記憶に残っている。その時の発言と柳原和子の場合を結び付けたくはないが・・・。医師も人間、ものを言う患者には特別。と言う印象を拭いきれない。誰でもが同じような治療を受けられる訳ではない。ガン太郎はそんなに簡単な奴ではない。そんな思いと交差する。

兎に角そんなに効果的な治療があるならば、患者自身その気なって一緒にガンと闘ってくれる医師を探さなければならない現況から脱却して、誰でも同じように治療が受けられるようなシステムにしてもらいたい。理屈抜きで、道はあると分かっただけでも朗報である。違う見方をした方もおられるかもしれない。ご意見があれば伺いたい。道を教えてもらいたい。この問題消化不足、もう少しジックリ見直すことにした。

篠笛教室発表会の最終指導。孫と昼食(何か狙われそう・・・)。コスモス。

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2007年3月11日 (日)

植え替え

万年青の植え替え。愛好者が3人も観に来て作業は進まない。それでも、25鉢植え替えできた。まだまだ先は長い。葉の部分よりも根の方はしっかり鉢全体に張っていて元気がいい。去年宣告騒ぎであまり肥料をやらなかったのがよかったのかもしれない。

人間と同じあまり世話を焼きすぎると脆弱になってしまう。今年は特に念入りに、と思うのだがなにしろ数が多いのでそうもいかない。

肺の手術をした翌年友人に教わって松を100本接ぎ木した。苗木を買ってきて朝早くから作業をして風邪を引き込んで一週間寝込んだ。篠のことをよく知っている松。毎年剪定、葉刈り、根つめと痛みつけているが文句一つ言わない。今残っているのは五本。それぞれに風格を付けてきた。一緒に頑張ろう!と声援を送ってくれている。今日は雨で庭仕事はお休み。篠笛の練習に打ち込める。?。

ブログで物忘れしたボールペン探していると書いた。見た人からボールペンの差し入れの申し込みがあった。言ってみるもんだね。でも嬉しいね。今度は何を忘れようかな・・。

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2007年3月10日 (土)

雑感

前日に引き続き、確定申告に取り組む。何とかまとめて郵送までこぎ着けた。領収証で膨れ上がった封筒に局長が驚いていた。何回やってもよく分からない。疲れた。計算が正しければ少しは還付される。

娘と孫が買い物の帰り立ち寄る。バアチャンも一緒に回転寿司で昼食。その足で植木屋に行って肥料などを仕入れる。国会は何をやっているか分からないし、パッとした明るいニュースはないが、先日蒔いた春野菜が芽をだしてきた。植物は絶対うそを吐かないし裏切らない。

最近の物忘れは酷い。今日は、使っている封筒、ボールペン、・・・を時間を掛けて探した。明らかに可笑しい。

特別ブログに書き込むことではないが、毎日何か書くことにしてしまって雑感で誤魔化し。

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2007年3月 9日 (金)

確定申告

確定申告に取り組む。簡単に済むと思ったが身辺整理の煽りで医療費領収書の一部がでどこかに消えてしまった?。シュレッターに入ってしまったものはどうすことも出来ない。数字は人間より扱いやすいと思っていたが一覧表にまとめてるのに大変。少しでも返してもらおうと思うから真剣そのもの。早くまとめなくてはと取り組んでいると、こんな時に限って電話、訪問者があって中断。目を離すとまた最初からやり直し。悪戦苦闘の末何とか見通しが付いてきた。

医療費総合計433,306円。財布が軽くなっていくわけ。ガン太郎の同居が精神面だけでなく生活全般を圧迫してきた。今日は孫が遊びに来る。計算見てもらい、多少間違っても今日は終わりにしたい。

天気がいいのに庭作業も出来なかった。ブログも休むわけにはいかないし・・・。

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2007年3月 8日 (木)

冷たい千の風

2007年3月 8日 (木)

棄てきれない雑念

Gセンターは相変わらずの混雑。心配の看板を背負った顔がビッシリ並んでいた。医師に、もの忘れのことを聞いたが,「こっちの方は順調にいっているから・・・」と笑っただけで質問の答はなかった。ナースが注射する時「この前とは反対の腕にしましょうね。もう、長いですか」「ガン太郎とのお付き合いは、32年になるかな」応えに一瞬キョトンとしているので「付き合いは長い、この病院の名前も変わった」「アッ、私まだ生まれていませんでした」うそみたいな笑顔の会話もあった。そうだ。ナースが驚くほど長生きし過ぎている。

先日の五行歌が効いたのかな。今日はそんなに待たなかった。
会計窓口で保険証を忘れた老人「長いお付き合いじゃないか。この次必ず持ってくるよ」と粘ったが、「それまで現金で10万円・・・」と言われ「今日中に必ずもって来る」と慌てて帰っていった。人事ではない、治療代は馬鹿にならない。今日は血液検査なし、診察・注射・薬だけで3割負担27、080円。
家に帰ると「どこか調子悪いの?」とばあちゃんが心配するほど早かった。風が冷たくて庭仕事は無理。中途半端になっている整理を始めたが長続きしない。合間に「千の風になって」を何回か吹いてみた。繰り返しているうち湧き上がる雑念や未練。お荷物が多過ぎて格好いい風には無理。とても千の風にはなり切れないだろうと悟った。「上手く吹こうと思わず無になること」先生の教えが蘇った。

宣告も人事のように聞き流し、この期に及んでもまだ自分の店仕舞いはズーット先のことだと思っている。行き先は先方任せ、誰でもが千の風になれるわけではない事に気が付いた。暢気そうに見えても、時間があり過ぎると余計なことを考える。こんな時一杯引っ掛けるとスーとするだろうが。紅白の桃の蕾が膨らんできたというのに、病院の空気に触れた日はどこか調子が可笑しい・・・。心の置き場所と現実の距離があり過ぎる。   

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2007年3月 7日 (水)

送別会・ボケの始まり?

仲間の一人が定年退職を機に田舎に帰って親孝行するということで当時の偉い人も参加して送別会。年をとってるのはお互い様だが顔を合わせると話は昔に戻って元気。各自一言ずつ送る言葉。酒が入っているから、そんなことも・・と言うような遠慮のない話も飛び出して時間はあっと言う間に過ぎた。心を通じ合った仲間は宝物。
幹事の計らいで篠笛も二曲(晩鐘・荒城の月)吹かせてもらった。意外と好評だった。ブログの愛読者もいて「千の風」をと声が掛かったがまだ其の自信がないので止めた。楽しい夜だった。

最近、テレビを見ていて、認知症のチェックポイントに幾つか心当たりが見つかる。一昨日も篠笛の大先生が来られて発表会のご指導賜った。緊張したせいか立った瞬間発作に襲われ暗譜したつもりが出てこなかった。偉い人に聞かれ時集まった仲間の名前が一人直ぐ思い出せなかった。バアチャンに「最近物忘れが酷いんだが・・・」それとなく聞いてみる。「ジイチャンはおかしくなっても薬のせいに出来るからいいわよね」聞いたことには直接答えず。気になる言い方が返ってくる。

円楽師匠じゃないが潮時を見極めるのは難しい。長生きし過ぎるとJBKも難しくなって来る。無理して生き延びることはない(ホント?)。心にもないことを言うのもボケの始まりらしい。困ったね。

今日はGセンター。また待合室でイライラしながら残り少ない時間をつぶす・・・。

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2007年3月 6日 (火)

闘病に鈍感力

闘病は鈍感力で。
小泉元首相が支持率低下にあえぐ阿部政権に対して「目先のことは鈍感になれ。鈍感力が大事だ」と助言したことから、鈍感と言う言葉の意味がこれまでとはちょっと違う意味合いを持って使われる様になった。
元々は作家の渡辺淳一が集英社から出したエッセイ「鈍感力」にあるらしい。あちこち探したが「鈍感力」は目下のところ売り切れ。渡辺淳一が雑誌社の対談などで語っている「鈍感力」を、まとめてみた。

「鈍感力というのは,これまでなにか悪いマイナスイメージのものと思われ勝ちだった。そんなことはない。ヒリヒリと傷つき易い、鋭く敏感なものより、大抵のことではへこたれない、鈍く逞しいものこそ、現代を生き抜く力であり、知恵でもある。

たとえば会社で上司から叱られたり、なにか嫌なことがあってもすぐ忘れて、前向きに進んでいける人、肉体的にも、よく眠れて、目覚めもよく、なんでも好き嫌いなく食べて消化できる。こういう力こそ、本来の才能を育み、大きく花開かせる原動力になる。ここぞというときには周りの雑音を気にしないでやり抜く集中力。それなりの仕事をしてきた人は皆鈍感力の持ち主。

男女の間だってお互いある程度鈍感でないと上手くいかない。キリキリ神経ばかり研ぎすましていては、相手の嫌なところばかりが目について直ぐに駄目になってしまう。
鈍感力を鍛えるには自分に自信を持たなければならない。日頃から様々な人と付き合い、人を知ることが大切。人に揉まれていく中で自分はこれでいいんだという自信が育っていく」

この方式で行くとガン太郎との付き合いも鈍感力方式が的を得ていると言える。数値や医師の言うことに一喜一憂するのはガン太郎の思う壺。「自由奔放、勝手気ままが長生きの秘訣。」と言うO先生の説とマッチする。篠笛の生き方は間違っていない。

とはいいながら最近チョット薄らいできた「副作用」がまた、ぶり返してきた。花粉症の薬を併用しているせいか?な。鈍感力が低下したのか、色々考えるようになった。

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2007年3月 5日 (月)

千の風になっての放送を聴いて

「悲しみが消えた。死が怖くなくなった。亡くなった人を悲しむだけでなくいつも心の中に一緒にいる。忘れないでいつも思い続けることが悲しみを乗り越え生きる勇気に変えていく。そして亡くなった人の分まで生きる決心をした。」

昨日BSで千の風になっての特集の中のコメント。聞いているうち、増富の冷泉につかりながら、千の風になった人たちの会話を思い出した。冷泉に中で1人過ごす一時間。静寂を破って突然普段思いもしないことが顔を出す。思い出さなくてもいいことまで・・・。しんみり考える。同じようにここで深い思いに耽った人たちの顔が浮かんでは沈む。話しかける。応える人。無視する人。様々。
湧き出てくる思い出は時に、楽しく、切なく、悲しく寂しい。

この歌の奥は深い。早く自分の篠笛に載せジックリ聞いてみたい。でも難しい。今日は篠笛教室、18日の発表会の練習。千の風は後回し。

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2007年3月 4日 (日)

最高のおひな祭り

孫の家でおひな祭り。始め、ひな祭りの歌をみんなで合唱した。手巻き寿司、芹のおひたし、ソラマメ、里芋の煮物、蛤のお吸い、お漬物、手作りケーキ、みんなこっちの好みに合わせて造った心のこもった物が並んでいた。高級レストラン、料理店では絶対味わうことが出来ない幸福の味。みんな元気で、孫たちも積極的に後片付け手伝っていた。孫が送り迎え。お盆安曇野のお墓参りの後の計画も話し合った。

長生きしてよかった、もう少し生きていたい!しみじみそう思った。欲には制限がない。

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2007年3月 3日 (土)

おひな祭り

3月2日付けのブログが二つあってご注意を受けた。家の時計では午前0時を回っていたので送信してしまった。単純ミスです。ごめんなさい。見ていてくださる方がいて嬉しいです。

今日はこれから孫が迎えにきてくれたので孫の家でおひな祭り。情報によると手巻き寿司らしい。

お天気がいいので畑に小松菜、春菊、サニーレタスを蒔いて見た。畑も休む暇がないとぼやいている。

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2007年3月 2日 (金)

尊厳死(安楽死)事件判決

川崎協同病院:筋弛緩剤事件、医師に2審も有罪
 川崎協同病院(川崎市)で98年11月、気管支ぜんそくで入院中の男性患者(当時58歳)に筋弛緩(しかん)剤を投与して死なせたとして、殺人罪に問われた元同病院医師、須田セツ子被告(52)に対し、東京高裁は28日、懲役3年、執行猶予5年とした1審・横浜地裁判決(05年3月)を破棄し、懲役1年6月、執行猶予3年を言い渡した。

 原田国男裁判長は、1審同様に殺人罪の成立を認め、減刑理由を「呼吸を維持する気管内チューブを抜く際、家族の意思確認を怠ったという1審の認定は誤り」と述べた。懲役1年6月は、事件当時の殺人罪の量刑としては最も短い。

 控訴審では(1)筋弛緩剤投与が死因か(2)患者の死期が切迫し、家族の要請に基づき管を抜いたか--が争点となった。

 判決は(1)について、1審と同じく死因と認定。(2)については「死期が切迫していたと認められない」としながら、家族の要請がなかったとした1審判断を「合理的な疑いが残る」と指摘した。

 一方で「治療中止について法的規範も医療倫理も確立されていない状況で、家族からの要請に決断を迫られた。それを事後的に非難するのは酷な面もある」と情状を酌んだ。

 また、尊厳死の考え方にも触れ「尊厳死の問題を根本的に解決するには法律かガイドラインの策定が必要。司法が抜本的解決を図るような問題ではない」と「国を挙げて議論、検討すべきもの」との見解を示した。(以上インターネットやマスコミ報道内容から)

これは、終末期医療のあり方や、尊厳死やJBKにも重要な意義を持つ判決で、検察、被告両者の今後の出方が注目される。この種の事犯ではいつも死者本人の生前の遺志が問題とされる。世話になった医師に死後迷惑を掛けないためにも「リビング・ウイル(生前の遺書)」を常時携行している。近場の主治医にはその旨いつも話している。其の内容は次回に。

今日は孫のところのひな祭りにバアチャンと二人招待されている。近すぎるせいか二人揃っては久しぶり。

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増富帰還報告

今回の増富は、団体客はすべて女性。男はたった3人。それも挨拶だけで後はだんまりやさん。一人飛び込みできた、バイオリン弾きのお兄さんは中々人もよさそうで話しも上手、モット話たかったが一度会っただけ。浴槽の中に篠笛の音符を持ち込んで暗譜を試みたがあまり効果はなかった感じ。でも二回山に行って小雪の舞う中で千の風と一時間競演した。途中寒さで手がかじかんで諦めた。

バアチャンの情報。「九州から来ている婦人ガンの人が増富に来るようになって調子がよくなって、ついにガンが消えちゃって医者がびっくりしている」女の人だから直接聞くことは出来なかったが、そんな話聞くと嬉しいね。

増富から帰る。自動散水装置はちゃんと作動していて棚の話し相手はみな元気。
パソコン立ち上げてびっくり、着信メール25。ブログも日付け指定もバッチリ。4日間のニュースは先ずなんと言っても「こころちゃんの奇跡の女誕生」。よかった!の一言。この調子だ。藍ちゃんのびっくり腰は大丈夫かな?何時死んでもいい。とは大げさな。世の中いい人から順だからね・・・・?。梅ちゃん、なっちゃんゴミの収集日が減るってマジ?。家は俺がゴミ当番だから。A先生の急逝はびっくり。

先日の講演が、2月27日毎日新聞かながわワイド蘭に写真入で載っているのが送られてきていた。
折角持っていったパソコンの調子が今一。色々書き込んできたものが消えちゃった。旅疲れのようだ。これから棚の仲間ににゆっくり挨拶。身辺整理もポチポチ始めなくっちゃね。

家はいいね。また明日から頑張るからよろしく。

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2007年3月 1日 (木)

がん患者長生きの条件

がん患者長生きの秘密
がん患者の治療後生存率について、神奈川県がんセンター臨床研究所O医師とするグループで研究・調査をした興味ある調査結果を発表している。(信濃毎日新聞平成14年4月21日)この記事は安曇野に墓参りに行った時あずさの中で偶然目にしたもの。

O医師を中心にした研究グループが調査した結果。勝手気まま、自由奔放で活発。わがままだが、何でも積極的に試みたり喋ったりする明るい個性の人ほど長生きしている。
一方で、従順で几帳面、自己主張が下手な真面目な人ほど経過が悪く、死亡率が高かった。
従順な人は、悩みを胸の中に溜め込みやすい。気楽でわがままな人はリラックスしてストレスを解消できているケースが目立つと言う。これを読んだ時、篠のことを言っているのではないかと思った。

グループはガンの予防を三段階に分けている。
第一次予防 禁煙や食事など生活改善で発祥を防ぐ。
第二次予防 検診などでガンを早期発見・早期治療に結びつける。
第三次予防 がん治療後の社会復帰、生存延長、生活の質(QOL)の向上。

患者会などで心のわだかまりなどを思い切り自由に喋ったり、笑ったり、泣いたりすることがQOL向上に役立つ。としている。確かに、患者会に顔を出すようになって、見違えるように元気を取り戻した人が何人もいる。人間心の持ちようで免疫力がアップするらしい。ガン太郎には医療が分からない弱点があるらしい。「負けてたまる」と開き直りが意外に効果があるのかもしれない。ガン太郎と闘うのは患者本人だ。
詳しくは「負けてたまるか」215ページ「自分勝手は長生き最大のポイント」参照。

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