« 後姿 | トップページ | メンテナンスでご迷惑 »

2007年3月27日 (火)

リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)

「リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)を教えてもらいたい」友人から改まった相談を受けた。彼は、あちこち痛んで病院通いが日課となった。両親も高齢でどっちが先に逝くか分からない状態。親戚の法事の時、死について話し合う機会があった。誰もが植物人間になった時いチューブで繋がれ意識のないまま生かされるのは耐えられない。無駄な延命処置で生かされたくない。と言うところまでは一致した。じゃどうするか?で思いつたのがJBKだと言う。

死は人生の総決算だから他人が決めることではない。あくまで本人の意思。と前置きした上で、日本尊厳協会でいう尊厳死と「リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)」をコピーして送った。

日本尊厳死協会の配布資料では「尊厳死」とは「患者が{不治かつ末期}になったとき、自分の意思で延命治療をやめてもらい安らかに、人間らしい死をとげること」だ としている。(安楽死とは別)

尊厳死の宣言書(リビング・ウィル Living Will)原文のまま。 
              

 私は、私の傷病が不治であり、且つ死が迫っている場合に備えて、私の家族、縁者なら
びに私の医療に携わっている方々に次の要望を宣言いたします。

 この宣言書は、私の精神が健全な状態にある時に書いたものであります。

 従って私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、又は撤回する旨の文書を作成しない限り有効であります。

(1)私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命措置は一切おことわりいたします。

(2)但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。そのため、たとえ
ば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても、一向にかまいません。

(3)私が数カ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持措置をとりやめて下さい。

以上、私の宣言による要望を忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げるととも
に、その方々が私の要望に従って下さった行為一切の責任は私自身にあることを附記いたします。

      年  月  日
   自署    印    生年月日
   
篠は自署名したリビング・ウィルを常時携行している。これはある程度の年になった時自ら書くものであって、親が高齢になったから、入院したから、と言う状態になってこれを書かせると言うのには抵抗を感じる。

「死は万人必ず遭遇すること。でも、そのときでは間に合わない。」

何も協会に入会しなくてもこのような内容のものを自筆で書いて置けばいい。財産のある人は遺産相続などのことも遺書として作成しておけばいいと思う。このまま生き続けるわけにはいない。大切なことだから正気のうちに一度は考えておくこと。深く考えると店仕舞いは大変な作業である。増富の冷泉の中で時々こんなことを考えている。葬式に誰が来てくれるかなど、一緒に考えると結構面白い。不謹慎かな?。

|

« 後姿 | トップページ | メンテナンスでご迷惑 »

コメント

これ、ほしいなあ。

投稿: 藍ちゃん | 2007年3月29日 (木) 00時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 後姿 | トップページ | メンテナンスでご迷惑 »