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2007年3月 6日 (火)

闘病に鈍感力

闘病は鈍感力で。
小泉元首相が支持率低下にあえぐ阿部政権に対して「目先のことは鈍感になれ。鈍感力が大事だ」と助言したことから、鈍感と言う言葉の意味がこれまでとはちょっと違う意味合いを持って使われる様になった。
元々は作家の渡辺淳一が集英社から出したエッセイ「鈍感力」にあるらしい。あちこち探したが「鈍感力」は目下のところ売り切れ。渡辺淳一が雑誌社の対談などで語っている「鈍感力」を、まとめてみた。

「鈍感力というのは,これまでなにか悪いマイナスイメージのものと思われ勝ちだった。そんなことはない。ヒリヒリと傷つき易い、鋭く敏感なものより、大抵のことではへこたれない、鈍く逞しいものこそ、現代を生き抜く力であり、知恵でもある。

たとえば会社で上司から叱られたり、なにか嫌なことがあってもすぐ忘れて、前向きに進んでいける人、肉体的にも、よく眠れて、目覚めもよく、なんでも好き嫌いなく食べて消化できる。こういう力こそ、本来の才能を育み、大きく花開かせる原動力になる。ここぞというときには周りの雑音を気にしないでやり抜く集中力。それなりの仕事をしてきた人は皆鈍感力の持ち主。

男女の間だってお互いある程度鈍感でないと上手くいかない。キリキリ神経ばかり研ぎすましていては、相手の嫌なところばかりが目について直ぐに駄目になってしまう。
鈍感力を鍛えるには自分に自信を持たなければならない。日頃から様々な人と付き合い、人を知ることが大切。人に揉まれていく中で自分はこれでいいんだという自信が育っていく」

この方式で行くとガン太郎との付き合いも鈍感力方式が的を得ていると言える。数値や医師の言うことに一喜一憂するのはガン太郎の思う壺。「自由奔放、勝手気ままが長生きの秘訣。」と言うO先生の説とマッチする。篠笛の生き方は間違っていない。

とはいいながら最近チョット薄らいできた「副作用」がまた、ぶり返してきた。花粉症の薬を併用しているせいか?な。鈍感力が低下したのか、色々考えるようになった。

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コメント

小泉元首相の発言と作家渡辺氏の言わんとする「鈍感力」は違う!と論争も出ましたね~。安倍さんにはこれ以上鈍感になっては困るけれど、今の特に若者は図太くなく神経が細いのかな~。私は先日もGセンターの医師から「もっとリラックスして生きないと胃の病気になるよ」なんてアドバイスさましたら・・胃ガン?心配になりました。

投稿: お梅 | 2007年3月 6日 (火) 06時22分

きっと、好きなこと、夢中になれることがあると、ほかの事に、鈍感になれるのかも?ね。分散できるって言うか・・・。父は、温泉が好きだったから、がんのことも気になっていたんだろうけど、温泉のこと、考えていたんだろうな。ほんとは、そうじゃなくっても、そうかもって、家族に思わせてくれたんだろうな。

投稿: 藍弥生 | 2007年3月 6日 (火) 08時31分

悪気なく騙し、気づかないように騙される。藍ちゃんのお父さんと家族の間ではお互いを気遣い納得した暗黙の了解があったかもしれない。だから静かに千の風になれたのだと思う。千の風になった時お父さんに聞いてみるね。

投稿: 探偵長 | 2007年3月 6日 (火) 08時53分

「鈍感力」について 大変勉強になりました。ただ単に 「鈍感」というのと 「鈍感力」とは 感じ方が随分違うように思いますが?
ことばって 面白いですね・・・

投稿: ふくろう | 2007年3月 6日 (火) 09時07分

例えば栄養もこれがいいからといってそればかり摂取していたら偏食になってしまいますよね。心も「敏感力」と「鈍感力」をバランスよくもっていることが理想なのかも。本当の鈍感になってはダメですね。
先日、東洋医学科のT先生が「がんも自分の細胞。嫌ったりいじめたりしないで仲良くしてやらないとね」とおっしゃってました。私は今「がんちゃん」と仲良く共存しています。

投稿: こころ | 2007年3月 6日 (火) 13時23分

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