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2007年3月 7日 (水)

送別会・ボケの始まり?

仲間の一人が定年退職を機に田舎に帰って親孝行するということで当時の偉い人も参加して送別会。年をとってるのはお互い様だが顔を合わせると話は昔に戻って元気。各自一言ずつ送る言葉。酒が入っているから、そんなことも・・と言うような遠慮のない話も飛び出して時間はあっと言う間に過ぎた。心を通じ合った仲間は宝物。
幹事の計らいで篠笛も二曲(晩鐘・荒城の月)吹かせてもらった。意外と好評だった。ブログの愛読者もいて「千の風」をと声が掛かったがまだ其の自信がないので止めた。楽しい夜だった。

最近、テレビを見ていて、認知症のチェックポイントに幾つか心当たりが見つかる。一昨日も篠笛の大先生が来られて発表会のご指導賜った。緊張したせいか立った瞬間発作に襲われ暗譜したつもりが出てこなかった。偉い人に聞かれ時集まった仲間の名前が一人直ぐ思い出せなかった。バアチャンに「最近物忘れが酷いんだが・・・」それとなく聞いてみる。「ジイチャンはおかしくなっても薬のせいに出来るからいいわよね」聞いたことには直接答えず。気になる言い方が返ってくる。

円楽師匠じゃないが潮時を見極めるのは難しい。長生きし過ぎるとJBKも難しくなって来る。無理して生き延びることはない(ホント?)。心にもないことを言うのもボケの始まりらしい。困ったね。

今日はGセンター。また待合室でイライラしながら残り少ない時間をつぶす・・・。

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コメント

「篠笛の君」へ
 
 「最近物忘れが酷いんだ」なんて嘆くなかれ。自覚するのに多少の早い、遅いの違いはあっても、凡人なら誰だって同じ道を通るのですよ。

 「大いなる悲観は大いなる楽観に一致する」という言葉があります。物忘れなんて「大いなる悲観」と深刻ぶるほどのものではないが、要は、心の持ちよう。あることを忘れた場合は、そのあることを憶えていた脳の記憶スペースが空いたのだから、そこに別の知識を覚え込む余裕ができた、と発想の転換をすればいいのではありませんか。
               以前から物忘れが激しい「言語楼」より

投稿: 言語楼 | 2007年3月 7日 (水) 01時32分

言語楼さん、慰めてくださってありがとう。でもね、正直言ってかなり深刻。
今日から発想の転換を試みて、JBKへの道を精進するることにしましょう。
ところで、「鈍感力」小泉元首相の言っている意味と、渡辺淳一の言っている意味が違う・・、といっている説があるようだけど、差し付けなかったらどう違うのか教えてください。

投稿: 篠笛 | 2007年3月 7日 (水) 04時17分

モノ忘れは加齢のと共に誰でもある事と悟りの日々です。人の名前がすぐ出てこない!本当に辛いですね~。夕飯の買い物に行っても「ハテ・・」そこでメモをしていきますが・・そのメモを何処に入れたか・・。結局当初と異なる献立となり・・。日記を溜めると3日前の事も?・・息子は呆れて任天堂のDSを持って来て脳トレをするように言っていますが・・。時折ゲームにハマリますが・・効果?。

投稿: お梅 | 2007年3月 7日 (水) 06時39分

メモ、するようにしてるかな。後は、暗記してても、あんちょこは、おいておくかな。危機管理を徹底して、ぼけにそなえております?デモ・・・落ち着いて考えると・・・そう、困ることもないから少しぼけても、いいんじゃない?義父は、痴呆症でしたが、ぼけたふり、も得意で、かわいい看護婦さんには、何でもさせて、怖い婦長さんには、何にもさせませんでした。結構上手に、使い分けていました。

投稿: 藍弥生 | 2007年3月 7日 (水) 06時48分

「篠笛の君」へ
「鈍感力」について参考になるかもしれないメモを別便でEメールしました。「言語楼」より

投稿: 言語楼 | 2007年3月 7日 (水) 10時33分

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