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2007年4月28日 (土)

故郷・安曇野紹介

篠笛のふるさとは信州・安曇野。旧北安曇郡広津村である。信濃川の上流梓川と女鳥羽川が合流した犀川の畔である。交通の便は昔はJR明科駅からバスが数本出ていたが過疎化が進み廃止となった。タクシーで4000円前後。

犀川はダムが出来るまでは鮭も上がって来る綺麗な川だった。山に囲まれた小さな村落で犀川の川原は子供たちの主な遊び場だった。川の流れは急で上流で子供がおぼれたことから、一時川遊びが禁止された。それを破ったことが先生にバレテ仲間全員廊下に立たされたことがあった。仲間はずれにした疎開の子がチクッタことが後で分かった。

小学校は海抜1200メートルの山の頂上近くにあった。小さな子度は無理と、村には集落ごとに分教場があって小学校4年までは分教場に通った。本校へは急な坂道を約4キロ集団で通った。どこにもガキ大将がいてすべてを仕切っていた。冬場は登校途中寄り道をして野うさぎを獲る罠を仕掛けていた。

中学校は郡に一つ大町にあった。通学手段は二つの山を16キロ徒歩以外なかった。一時期朝4時に起きてお袋が造ってくれたおやきを食べながら通った。無理して学校に行っても出征兵士の留守宅に勤労奉仕が幾日も続いた。授業は苦手だったが農作業は得意だった。「負けてたまるか」の気力・体力はその時代鍛えたものだ。

通学路途中に戦死した兄の恋人がいて時々お菓子や、ノートをもらった。優しくて綺麗な人だった。

故郷にはいろんな思い出が一杯詰まっていて書き切れない。千の風になった時はここが活動の中心になるような気がする。

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コメント

私にとっての安曇野は矢張り北アルプスの山々ですね。五竜岳・燕岳・有明山らと槍ヶ岳です。黙々と登ったあの青春時代にタイムスリップです。あのときは、年をとったら「山小屋で過ごそう」な~んて思っていましたが・・現実は?

投稿: お梅 | 2007年4月28日 (土) 07時05分

活動の中心、鶴見もいれてよ、ね!お兄さんの恋人って言うの、ドラマだね。哀しい幸せ、だね。

投稿: 藍弥生 | 2007年4月29日 (日) 01時09分

過疎化でバスが廃止され、タクシーで4000円もかかるとは……。深い諦めを込めた深い悲しみを感じますね。
物価の安いタイで暮す有難み。バスはバンコク全市一律で約30円。但しクーラーなし(クーラーバスは距離により40~60円)。
タクシーも初乗り約130円。日本で4000円なら、多分、400円くらゐでせう。
無論、人口1000万人近いバンコクの話で、地方の過疎化は多分、日本と同じかも。

投稿: 大口 同遊 | 2007年4月29日 (日) 15時14分

先生、タイからのコメント光栄です。
タイに移住したくなりました。千の風になったらお邪魔しますからよろしくお願いいたします。

投稿: 篠笛 | 2007年4月29日 (日) 19時50分

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