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2007年5月31日 (木)

がん対策推進基本計画案

マスコミ報道によると、

政府のがん対策推進協議会は30日、「がん対策推進基本計画案」を大筋で了承した。患者の声を大幅に取り入れた初のがん対策計画。

今後10年以内に(75歳未満の)がんによる死者率を20%減らす

患者・家族の苦痛軽減と療養生活の質向上

▽放射線療法と化学療法(抗がん剤治療)の充実

▽痛みを軽減する緩和ケアの推進

▽患者の予後などを調査する「がん登録」の整備

などを重点課題に挙げている。

具体的な目標として、
 全国286の拠点病院で5年以内に放射線と化学療法の実施体制を整える。
 全国を358地域に分けた2次医療圏すべてで、5年以内に緩和ケアの専門知識を持つ医師を増やし、複数の緩和ケアチームの整備。
 がん登録は、300カ所程度とみられる実施機関数を増やし、国民の認知度などを調べて対応策をまとめる。
 さらに、
  5年以内にがん検診受診率を50%以上に
  3年以内に2次医療圏すべてに、
   患者・家族の不安や疑問に対応する相談支援センターを整備する
 などの目標も盛り込んでいる。

医療関係者の技術・精神面の再教育は盛り込まれていない。いかに制度が立派でも「心」が伴わなければ意味をなさない。

6月閣議決定の予定だそうだ。

だが、よく見ると75歳以上はこの計画の対象外である。篠は6月誕生日。対象外の仲間入り。年寄りは身の置き所がなくなってきた。

昨日した一本15940円の注射がなんだか身にしみてきた。千の風になる修行しか道はなさそう。

今日は昔一緒にコロシのホシを追っ掛けた探偵仲間、元お偉いさん、現役のブンヤさんも交えて思い出話を楽しむ会。

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2007年5月30日 (水)

五行歌・梅ちゃん・篠笛入選

五行歌・ハマ風6号に梅ちゃんと篠笛の作品が入選した。

松本奇雲 選 梅ちゃんの作

「美しい国」を

説く人に聞きたい

防衛省に昇格させ

憲法九条に手をつけ

次は 何ですか

岡本まさ子 選 篠笛の作

楽しいことって

なーに

素敵な人を

ヒソカニ

想うこと

「素敵な人」って誰? つまらない詮索はしないこと。

余り具体化しない方が夢があっていい。夢をヒソカニ、大切に育てていくのは、自由で無限。人生楽しく生きていくコツ。何もないんじゃ生きている価値ないよ。

始めたばかりだが五行歌も結構楽しいね。

「素敵な人」募集中。

たまには明るいニュースもなくっちゃね。

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2007年5月29日 (火)

「がん治療最前線7月号」

「がん治療最前線7月号」にM先生(篠笛の主治医)が「告知とケアを充実させるチーム医療」の中で談話形式で前立腺がん治療についても考えを述べている。と、コメント仲間から情報を頂いて早速買ってきた。

そこには緩和病棟のO医師、地域医療相談室のW室長と、知っている人の名前も載っていて懐かしくなって読んだが・・・。

喜んでいいのか、悲しんでいいのか、兎に角現実の厳しさを再認識した。

M医師は「がんには、1 治るガン、2 治りにくいガン、3 治らないガンがある」

治るガンは早期がんのこと、、治りにくいガンとは、局所浸潤ガンのこと、治らないガンとは遠隔転移したガンのこと。(ステージ4と言われた篠は何処?)

初期的処置ができずホルモン療法で一時的効果があっても、やがてその治療効果は数年(早ければ2年)で薄れてくる。

「一生治らないガン」とどう付き合わせていくか。

「主治医が適切な時期に、適切な言葉で、時間をかけてより詳しい告知をしていくことが大切」

事実を告知した上で、緩和ケア、在宅ケアの大切さを説いて導いていく。と、受け止めた。(読まれる人によって捉え方は違うかもしれない)

マーカー数値が下がったと喜んでばかりいられない。来るべき時はやがて必ずやって来る。「負けてたまるか」と、踏ん張る気持ちは大切。だが、気力だけで奇跡を生もうとしても限界がある。と、言っているようにも・・・。ふんどしを締め直して、残された余生を悔いなく生きていかなければという思いを新たにした。まだまだ頑張るさ。

兎に角、事実をありのままに見据えて一日一日を生きること。

命の大切さを切実に考えて生きている者がいるのに、一方では自ら蒔いた不始末の後始末も出来ずに自殺していく愚か者もいる。世の中どこか狂っている。

明日はGセンター治療の日。

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2007年5月28日 (月)

篠笛教室

篠笛教室、「ねんねころいち」いつもの通り一人ずつ順番に吹いて打ち上げ。暗譜している人が多いのに驚いた。

先日、こころちゃんのお葬式で吹いた情感が余韻で残っていて吹けたのがよかったらしい。教え上手の先生に褒められた。

幾つになっても褒められると悪い気はしない。単純なものだ。

「上手く吹かなくていい。心で吹いた曲が聞いている人の心に届くように吹ければ最高」

先生にそんなこと言われるとやる気も出てくる。手の痺れも段々酷くなってきて、笛も引退か?なんて考えていたが、駄目なら駄目なりにもう少し続けようという気になった。とは言っても譜面も覚えても次の日は忘れている有様では先が思いやられる。「負けてたまるか」で頑張って、好きな曲10曲くらいは暗譜で吹けるようにしたい。三途の川は長い。

こうして建てた目標を明らかにすることが途中放棄の防止。

ブログもコメントしてくださる方の励ましで止められなくなってしまった。

千の風になる修行は先送り。

万茶さんから達筆で昨日のお礼のはがきが来ていた。

松岡農水大臣自殺(縊死)。このニュースで持ち切り。政治やの末路哀れ。遺族の気持ちは・・・。」

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2007年5月27日 (日)

「ねぎ坊主」の里帰り

「葱坊主」の手造り絵葉書が届き、驚き・感激した。こころちゃんのお父さんからだった。

「頂いた葱を大事に育てていましたが、このねぎ坊主の花を見ずに逝ってしまいました。皆様に可愛がられ、53歳という若い最後でしたが幸福だったと思います」

写真の中の葱坊主は今にもはじけて、千の風に載って飛んでいきそう。

新しい医師に無農薬野菜を採るように言われた。と聞いて畑の野菜と一緒に万能葱の苗を、「庭先に植えておいて脇芽を欠いて、納豆と一緒に食べると毎日新鮮なのが食べられる」とコメント会のとき渡したことがあった。

何処かにちゃんと生き付いている。改めて、「千の風になって」を思い浮かばせたはがき。

欅、もみじの葉刈りを済ませる。畑の隅のカリンの様子を見に行くと、竹の陰で、「ざくろの花」が秘かに、艶やかに咲いていた。それもたった一輪だけ。ざくろの花に寄り添うように純白の「梅花うつぎ」も咲いていた。

一人で観て終わりにしてしまうのが惜しくなった。早速手ごろに切って、「トラの尾」を添えて、スポーツセンターに行くついでに緩和病棟の万茶さんに届ける。

元気そのもで喜んでくれた。一昨日は雨の中沼津まで家族ドライブして食事を楽しんできたそう。やるもんだ。正直驚いた。

飲めるようになったら鎌倉へ行こうと話して、引き上げる。点滴棒なしでエレベーターまで送ってくれた。えらい気を遣わせてしまった。

コメントに新しく「筑紫次郎」殿が加わってくれた。大歓迎。

ふくろうさん親孝行抜かりなくやってきてください。コメントが寂しくなりますが、お待ち申し上げております。

スポーツセンターはガラガラ。

白鳳が全勝優勝でバアチャンはことのほか大喜び。

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2007年5月26日 (土)

光明寺篠笛の会・寄り道

光明寺開山堂は300人以上の人が押しかけ満員。

流石先生、吹かれる曲全てに心が入っていて痺れた。笛の音に乗って様々な思いが、押し寄せては返っていった。

アンコールで吹いた「まほろば」は、お二人が庭に出て築山の両サイドに別れ、想いを寄せる男女が遥か山の向こうからお互い笛を吹きながら近寄って橋の上で会う演出。なんとも情緒的でみんなが自然に握手を送っていた。新緑の中から聞こえてくる笛の音はまたなんとも言えなかった。笛に釣られたのか橋の下を1メートルもあるような鯉が何匹も泳いでいた。亀も遅れじと後を追いかけていた。

改めて篠笛の奥の深さを知らされた。

知っている顔も何人かいたが皆連れがいて声も掛けられない。帰り鎌倉駅裏通り御成町の小料理屋に寄る。先日、衣笠病院の帰りIさんと一緒だった。3度目である。「無愛想」が看板の女将さんこの前とは打って変わって愛想よく迎えてくれた。カウンターにいた人もこの前いた顔。女将もカウンターの客もKさんから「負けてたまるか」を見せてもらったらしい。おから、ひらめ、野菜の煮付け、どれも旨かった。

不思議なことにこの店を紹介してくれたKさんの昨日が一周忌だったそう。これも何かの導きかもしれない。色々な思い出話が続いた。

「それにしてもよく来てくださった」と女将さんもカウンターにいた人も涙ぐんでいた。一度、Kさんが贔屓にしていた横浜西口の狸小路の赤提灯に皆で行こう。と言うことで引き上げた。

いい人は何処に行っても、いなくなっても、いい人だ。

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鎌倉光明寺・篠笛の会

 鎌倉光明寺で、鯉沼廣行先生・金子弘美先生の篠笛の会、

鯉沼先生は黒澤監督の「乱」NHK大河ドラマ「花の乱」「毛利元就」などで篠笛指導と演奏を担当された方。月一回はは横浜教室で教えてくださっている。

曲目は、篠の音取り、津軽山唄による幻想、おけさ子守歌、京の夜、清水慕情、乱曲、小諸馬子唄、刈干し切唄、千灯路、風聞

早めに出て鎌倉を少し散策の予定。

初夏の一夕古都鎌倉の空気を満喫し、篠笛の音で心を洗い流して来るつもり。

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 鎌倉光明寺で、鯉沼廣行先生・金子弘美先生の篠笛の会、

曲目は、篠の音取り、津軽山唄による幻想、おけさ子守歌、京の夜、清水慕情、乱曲、小諸馬子唄、刈干し切唄、千灯路、風聞

初夏の一夕古都鎌倉

先生は黒澤監督の「乱」NHK大河ドラマ「花の乱」「毛利元就」などで篠笛指導と演奏を担当された方。

あたりの空気を静かに割って流れ出す篠笛の豊かで幻想的な響き。一瞬心洗われる。

早めに出て鎌倉を少し散策の予定。

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2007年5月25日 (金)

「つぶやき」AC提出文

AC文章教室のレポート提出最終日。朝からの雨のお陰で畑にも出られない。課題の「つぶやき」800字を、ブツブツ呟きながら一気に纏めて提出した。

「つぶやき」(提出文)

「ヤブ医者がなんと言おうが、まだ、私は千の風にはならないよ。皆と一緒にいたいよ」人に話すというより自分に言い聞かせるように呟いていたKが千の風になった。

「抗がん剤、放射線やるべきことは全てやった。これ以上は体力が限界」と、去年Kは最終宣告を受けた。医師は宣告で患者を切り捨てる。患者の長く辛い道はそのときから始まる。

逃げ場も、涙の捨て場所もない。残る道は緩和病棟しかないのか。何かあるはずだ。患者会には辛い同じ道を歩んでいる人が他にもいる。

余命告知を受けた立場から、やり場のない涙を共有できればとブログ「JBK・友の会」を立ち上げてみた。癌と闘う人がいつでも自由に覗け、匿名でコメント書き込みに参加できる。少しでも希望、癒しに繋がればという思いだった。

毎日の書き換えは大変だが、コメント書き込みも増えて四ヶ月で六百人を超えた。ペンネームでも段々、顔や悩みも分かってきた。

Kが旗振り役になってコメント有志会を開催した。顔を合わせるとつぶやきは、呟きでなくなる。「医師の性格」「ホスピスなら何処」「アメリカで新薬開発」「温泉療法・笑い療法」「リビング・ウイルの書き方」他所では考えられない情報交換から癒しの場に広がった。

だが、現実は厳しかった。セカンドオピニオンの主治医から「この数値でこんなに元気なのは、まさに奇跡だ」と言われ喜んでいたのに、体調が急変し緊急入院六日目突然、千の風になってしまった。享年五十三歳。

Kが企画した三回目のコメント会がお通やと重なった。車椅子でも参加すると言っていたKの遺志を汲んで会を強行し、そこからお通やに参列した。参列者は六百人を越えた。Kの遺志で音楽葬になり、知り合いの歌手が「千の風になって」を繰り返し歌った。

遺族の要望で弔辞に次いで篠笛を吹いた。涙で譜面がかすみ間違った。「しっかり吹いてよ。聞いているよ」Kの優しい呟きが聞こえた。

あの時吹いた篠笛は、千の風に載れただろうか。

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2007年5月24日 (木)

母娘殺害・やり直し裁判

山口県光市

の本村洋さん(30)宅で1999年、妻弥生さん(当時23歳)と長女 夕夏ちゃん(同11か月)が殺害された事件で、殺人罪などに問われ、12で無期 懲役の判決を受けた元会社員(25)(犯行時18歳)の上告審で、最高裁から差し戻された第一回のやり直し裁判が始まった。

殺された妻と娘の遺影を持って傍聴した被害者のご主人の言い分は一言一言胸を打つ。一方21人もの弁護団の言い分はこじ付けで説得力がない。死刑廃止論者ならその一点に絞るべき。それにしても時間が掛かりすぎる。

よいお天気に恵まれ終日畑で過ごす。葱に肥料をやりすぎたらしい、赤錆病が出てきた。なす、キュウリ、モロッコインゲン、枝豆、レタス、トマトなどは今のところは順調。

植木相談2件。

スポーツセンターで1時間、手の痺れは取れない。

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2007年5月23日 (水)

延命処置中止

延命処置を中止した医師が殺人罪で書類送検された。

報道によると、和歌山県立医大病院で、昨年2月脳内出血で救急搬送された88歳の女性の家族からの、強い要望を受けた医師が人工呼吸器を外し、女性は間もなく死亡。警察は医師を、刑事処分を求めない。という意見つきの殺人容疑で書類送検した。

昨年3月富山県の射水市民病院で発覚したケースとは事情が異なるが、医療機器の開発・発展と長寿社会の現代社会では考えさせられる問題。

末期の迎え方については、生き方、宗教などそれぞれ考え方の違いがあるだろう。しかし、一番最後にお世話になった医師に迷惑は掛けたくない。

生まれる時は自分の意思とはまったく関係ないが、最期くらいは自分の意思で締め括りたい。

自分はまだ、と思っていても先方は忘れてはいない。意外に突然やってくることが分かった。誰一人避けて通れない道。「延命処置中止」は「リビングウイル」(生前の遺書)として元気である時に本人が自分の意思で書き残しておくべき時代になってきた。この問題は、JBK友の会4月11日「終末期医療の指針骨子」。3月27日「リビングウイル」で、詳しく述べている。参照。

真夏のような天気。ブロッコリーの後に遅蒔きの枝豆を蒔いてみる。

花の命は短い。綺麗に咲いた孔雀サボテン、写真に写し終えたのを待っていたかのように頭を垂れてきた。そのままにしておけない。静かに欠き取ってやる。

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2007年5月22日 (火)

「ココロちゃん」からのコメント

「ココロちゃん(こころちゃんの長女)」からJBK友の会「千の風の生まれ変わり」へ初コメント。流石はこころちゃんの血を受け継いでいる。「こころがお世話になりました。」と立派な内容で、なんとも言いようがない感激。

皆さんもこころちゃん同様、よろしくご声援ください。

よい天気に誘われて森に行く。獣道の真ん中の切り株に腰を下ろして篠笛練習。千の風、ねんねころいち、荒城の月、ふるさとの、中国地方の子守唄・・・思いっきり吹いた。気持ちよかった。しばらく吹いていると周りに「カラス」と「ウグイス」が集まってきてうるさく鳴きだした。キット、縄張り荒らしが来たと思ってみんなで警戒に来たのだと思う。笛をやめるとどこかにいってしまった。

安曇野の山で吹いたときもカラスやウグイスが集まってきた。この森でも前に同じようなことがあったから偶然ではないと思う。

参ったのは「藪蚊」まだ蚊が出る時期ではないと思って蚊取り線香用意していかなかった。追っ払っても追っ払ってもしつっこい。千の風になった人の生まれ変わりかもしれない、と思うと叩き潰すことも出来ない。「藪蚊」に追われ腰を上げた。

「藪蚊」の出現で30年前の「東慶寺の幻の話し相手」が蘇った。「負けてたまるか」を読まれた方から、あの人どうなったの?と必ず聞かれる。いまだに幻の話し相手のまま。

犬の散歩の人が、獣道の真ん中で吹いていて通ることが出来ず途中で休んで聞いていたらしい。「聞かせてもらいました」と会釈して立ち去った。

孔雀サボテンを現像してはがきを書いた。

スポーツセンターで1時間水遊び。1キロ減量。

朝青竜が負けバアチャンは手を叩いて喜んでいた。

プロ野球今日から交流戦。

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2007年5月21日 (月)

千の風の生まれ変わり

昨晩松本の姉に孔雀サボテンが咲いた報告をした。実はこのサボテンは姉の家から嫁いできたもの。

花好きの姉と花談義の途中、突然姉が思い出したように「あの人どうう?」と聞かれた。

「あの人」とはこころちゃんのことだ。先月(4月28日)安曇野の小学校の同窓会に出席した帰り姉の家に一泊した。その時こころちゃんから「よい方を期待していた検査結果が、逆に、かなり厳しいものだった。医者を変える」と電話があった。元気で大きな、はっきりした声で、側にいた姉にも全部聞こえたようだ。

問わず語りに状況を話した。

「そんな厳しいことを本人から電話してきたの? 何か本人とは思えない。しっかりした人だね、私なら慌てふためいてあんなに冷静に他人事のように話なんか出来ないよ」連れ合いをガンで亡くし、色々病気持ちで医者通いが絶えない姉は病人の気持ちを良く理解していた。

その後も気になっていて、質問になった。「亡くなられた」と言うと絶句して涙ぐんでしまった。面識もないが電話の声を、生で聞いているだけに他人事とは思えなかったのだ。「信州はまだ、孔雀サボテンは蕾が固い。今咲いたのはその人が生まれ変わって挨拶に来たんだよ」姉なりの慰めだった。

その後パソコン開けると「タンポポの綿毛」を引き継いだ人から「こころちゃんの追悼会を開催する。こころちゃんとのエピソードと篠笛を吹いて下さい」と、メールで講演依頼が入っていた。予定表も見ないで「OK」の返事を出した。やっぱり孔雀サボテンの花はこころちゃんの生まれ変わりなのかもしれない。

挿し木をしてココロちゃん(娘さん)にあげよう。

今日は篠笛教室。最近左手の痺れが酷くなって笛はだんだん無理かもしれない。先生は「ねんねころいち」を、一人ひとり丁寧に教えてくださった。先生もブログ読まれているらしい。「あちこちで吹いているから、自分のものになっているね。でも、教室では譜面を大切にね・・・」なんとも意味深長なお言葉。篠の行動は全部筒抜けだ。先生を交え有志6人で昼食会。ハヤシライスにしたが量が多かった。

珍しく何にも予定なく、孔雀サボテンを写真に写した。コメント会員には花便りでも書こうかな。

スポーツセンターで1時間水遊び。帰って一休みしていると昔仲間に起こされた。

TVで愛知の人質事件の犠牲者のお通やが報じられている。色々言っているが「指揮官不在」を正面切って言う人が見当たらない。同じことはまた起こる。どうする気だろう。

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2007年5月20日 (日)

癌友を偲ぶ会・孔雀サボテン開花

去年亡くなった患者会の仲間Tさんを偲ぶ会。桜木町ワシントンホテル。(17日、こころちゃんが企画して開催したコメント昼食会をやった隣の部屋)Tさんの連れ合い、元同じ職場の同僚で増富でお会いした人、初対面の人、Uちゃんの5人。

先日のコメントの会も今日の偲ぶ会も、ともにガンが介在している。普通では考えられない異色のメンバー。篠の世界は段々、ガン太郎を中心に広まっている。

今日の会も「負けてたまるか」が取り持つ縁だった。癌を宣告されたTさんが「負けてたまるか」を読んで電話してきたのがお付き合いの始まりだった。Tさんは梅ちゃんのお友達だった。

閉園しているのも知らず鎌倉へ寒牡丹を見に行って、帰り食事だけして帰った。その時「荒城の月」など何曲か吹いた。「こころにしみるね。」とシミジミ聞いてくれた。体の調子がよくないのに、篠笛発表会に梅ちゃんと一緒に来てくれた。

きつい治療、保険のきかない高額な医療もガン太郎をやっつけることは出来なかった。在宅ホスピスを選び、連れ合いの方の愛情こもった看病も報われることなく去年千の風になった。

いろんな思い出話で故人を偲んだ。

途中「ねんねころいち」「千の風になって」を吹いた。

夕方、孫が「おじいちゃんのサニーレタスは美味しい」なんてお世辞言いながらレタス、春菊などを取りに来た。

夜になって玄関に取り入た孔雀サボテンが一斉に咲き出した。なんとも言えない見事な花。花の命は短い、セイゼイ3日。千の風になった方々もキット見に来てくれるだろう。窓を少し開けておこう。寝ないでいて一緒に見れたらいいな。

言語楼さんのブログの「散る桜、残る桜も、散る桜」が、何故か、思い浮かんだ一日だった。

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2007年5月19日 (土)

赤カブの花の慰問

雨の合間を縫って畑の草を取っていくと、畑の隅の堆肥集積所の中に淡いピンクの可愛い花を発見。棄てた赤カブの花だった。始めてみる花だった。

以前チンゲン菜の花を喜んでくれた、緩和病棟の万茶さんにと思い、ツボサンゴ、トラの尾、などとともに手の平に乗るくらいに切って届ける。お姉さんがいて二人で喜んでくれた。彼は調子があまりよくなかったらしいのに、いつもの調子で次から次と話題を変えるものだから、また長居をしてしまった。エレベーターまで点滴棒を押して送ってくれた。エレベーターから元気なコスモスの美女二人が飛び出してきた。選手交代。

愛知県で元暴力団員の人質立て籠もり事件で若い警察官が凶弾に倒れた。

撃たれて倒れている警察官を長時間放置したのは、常識的に考えられない。負傷者、その家族関係者はあの長い時間をどんな思いで過ごしたか、指揮官は何を考えていたのか不可解?。

何があったのか分からないが、更にもう一名尊い命を奪われた。指揮官も、仲間も何を考え何をしてのだろうか????。昔関った幾つかの人質立て籠もり事件が蘇る。

篠さんならどうした?どう思う」知り合いのブンヤさんからコメントを求められたが断った。状況も分かりもしないのに軽はずみなコメントは出来ない。年寄りが何か言ったところで何も変わりはしない。

長男主催の遅れたバアチャンの母の日の夕食会。

チョットした相談があったが疲れもあって電話ですませた。

「ねんねころいち」を思い切り吹いた。不思議に疲れは消えていった。

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2007年5月18日 (金)

慈笑院釈清心・告別式

こころちゃんの告別式。こころちゃんは今日から「慈笑院釈清心(じしょういんしゃくしょうしん)」となった。「笑」と「心」の二文字はは故人の希望らしい。

昨晩のお通や参列者は何と600人を越えたそうだ。時間オーバーした訳が理解できた。

今日は家族葬ということで親族の他に、笑い療法士、タンポポ、の関係者と藍ちゃんと篠笛が参列を許された。仏の顔は崩れなく綺麗で安らかそのもの。

人は去っても(赤川和尚の法話の中から)

「倶会一処(くえいっしょ)」とは「この世では、もう会えない。しかし、必ずお浄土で会える」と言う意味。

愛する人、親しい人との別離ほど悲しく寂しいことはありません。しかし、どれほど辛く悲しいことであっても、亡き人からの問いかけを私たち一人ひとりがしっかり受け止めて生きることこそ、残された者の務めではないでしょうか。

人は去っても その人の微笑みは残る

人は去っても その人の温もりは残る

人は去っても その人の言葉は残る

赤川さんの伴奏で小池さんがシャンソンなど明るい歌を何曲か歌った。友人の別れの言葉。千春ちゃんのお母さんへの手紙をタンポポの仲間が代読した。流すまいと思っていた涙が溢れ出てきて仕方がなかった。こんなはずではなかった。

最後まで見送った。

午後3時、こころちゃんの心身を苦しめた癌太郎も一緒に焼かれ、静かに骨壷に収まった。

お父さんがわざわざ寄ってきて「笛有難うございました。心に沁みて泣かされました。あの子も喜んでいます。あの子はいつも腰さんのことを目標にしておりました。是非家にも時々来て吹いてやってください。」と涙でお礼を言われた。

「ねんねころいち」をこころの曲として大事にしていこうと心に決めた。

帰り二俣川からの自転車は、強風に煽られしんどかった。こんなに疲れたのは珍しい。

千の風か、強い風で折角支柱に絡まったモロッコインゲンの蔓が、支柱から外れ地面を彷徨っていた。ソット元に戻してやっていると不思議に風は納まってきた。

夕食後夕闇に向かって「ねんねころいち」を思い切り吹いた。

思い掛けなく、ココロ(こころちゃんの長女)ちゃんから、お礼とねぎらいのメールが入ったいた。これで眠れそう。

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2007年5月17日 (木)

こころちゃん・お通や

安らかな顔で、「こころちゃん」と呼び掛ければ「何よ!」と起き上がってきそうな雰囲気だった。祭壇を中心に思い出の写真が何枚も飾られていた。千の風が好きだったこころちゃん向きに、写真家荒川さんの空や雲の作品が一際目立っていた。これでもかこれでもかと言うほど参列者が続き40分も時間オーバーするほどだった。生前のこころちゃんの活動振りを再認識した。惜しい人を失った。

コメント仲間も何人も見えていた。

弔辞をと言われ一応書いたものを持っていったのが失敗だった。涙でかすんでよく見えなかった。マイクの調子も悪く篠の声では無理だった。篠笛は「ねんねころいち」を吹いた。笛だけにすればよかった。(反省)ふくろうさんはオカリナを、藍ちゃんは立派な挨拶をした。歌手の小池さんは千の風など何曲も歌った。

葬式にしてはいっぷう雰囲気が変わっていた。

お通やより前。本日、こころちゃんが計画したコメント有志昼食会を、強行した。コメント常連の他、元ブンヤさんや探偵さんも参加して、勝手気まま、言いたい放題の会をお通やに合わせて5時間。ブログにも直接きついコメント、ご批判を頂き大変勉強になった。色々見方、言い方、書き方があることを学んだ。

本来日記は人に見せるものでないのだから・・・。と遅すぎる反省。でも、止めるつもりはない。

何かと忙しく、学ぶことの多かった一日だった。

明日は告別式。

疲れた。

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2007年5月16日 (水)

年寄り会・半数が前立腺治療中

昨日の突然の物凄い雷雨は、こころちゃんが怒ったのかも知れない。でも、彼女らしく、直ぐ穏やかになった。

夜になると厚木基地で離着陸(タッチアンドゴー)訓練中のジェット機がコースを外れて時々上空を飛んで騒々しい。こんな中、千の風になったばかりのこころちゃんもまだ慣れないから大変だな。

お偉いさんの送別会20年来のお付き合いのお歴々。一様に重ねた年輪は隠せない。でも、口だけは達者。集まった8人の内3人が前立腺肥大で投薬治療中。「ガンは駄目だが俺のは肥大だから・・・」と話しがあった後「実は俺はその癌で治療中だ」と言ったがみな本気にしなかった。「そういえば元気がないな」と言う人もいた。元気のないのは・・・と話してもみな関係のない人、黙って注ぎ役に回った。

今日は朝から法務局で人権相談。悩み事は千差万別、どこにも存在する。

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2007年5月15日 (火)

こころちゃんからのメッセージ

千の風になって

私のお墓の前で、泣かないで下さい

そこに私はいません 眠ってなんかいません

千の風に  千の風になって

あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ

冬はダイヤのように きらめく雪になる

朝は鳥になって あなたを目覚めさせる

夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないで下さい

そこに私はいません 死んでなんかいません

千の風に  千の風になって

あの大きな空を 吹きわたっています

千の風に  千の風になって

あの大きな空を 吹きわたっています

あの大きな空を 吹きわたっています

千の風になって

作者不詳 日本語誌 新井満

去年秋、友人が亡くなって落ち込んでいた時、こころちゃんがこのCDを黙って送ってくれた。あの時既にこころちゃんは今日の日を予知していたのだろうか。

梅ちゃんからは岩崎ちひろの絵をバックにした「千の風になって ちひろの空」を頂いた。

いま、CDを聞きながら本を読み返している。

緊急入院した次の日見舞った時、「私の葬式は音楽葬にしてもらおうかな・・・」寂しそうに呟いていた。そんな遺志を受けて、通や告別式でこころちゃんが親しくしていた歌手の小池さんがこの曲を歌ってくれるそうだ。その時涙を流さないでいられるだろうか。

こころちゃんのこころに届くような篠笛の練習、ようやくやるべき道を発見した。

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「こころちゃん」千の風に

突然悲しいお知らせです。このブログに「こころ」のペンネームでコメントを書き込んでくださっていた「こころちゃん」が、突然14日未明千の風になってしまわれました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

ご家族の意思でこれまで連絡できませんでした。

通夜

式場     : 一休庵 久保山斎場

所在地  : 横浜市西区元久保町3-13 市営久保山斎場(火葬場)隣

電話番号 : 045-231-1919

日時   : 5月17日(木) 午後6:00~午後8:00
告別式(18日午前11時30分~午後12時30分)は家族葬にて執り行われるそうです。

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2007年5月14日 (月)

コスモスで篠笛

本日未明突然、「こころちゃん」が千の風になられてしまった。切なくて、悔しくて、悲しい。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

篠笛教室、「ねんねころいち(奈良古謡)」「刈干しきり唄」どちらもなんとなく哀愁があって篠笛向きの歌。先生一人ひとり丁寧に教えてくださった。

コスモス。若い看護師さんが2人勉強にと参加。冒頭からいきなり笛を所望された。教わったばかりの「ねんねころいち」「千の風になって」を吹く。千の風になっては途中から歌い出す人もいた。もっと聞きたいと言う人もいて至極好評。

病室からの参加3人。緩和病棟から参加の万茶さん点滴棒押して奥さん同伴で最初から最後までおられ、緩和病棟の話から、患者会ではタブーとされるお墓の話まで淡々と話され皆を驚かせた。

手術して間がない人。緩和病棟を探している人。一旦やめた治療を再会された人。完全に開きなった人。それぞれの立場で心境を語る。体調不良で途中で帰られる人もいた。毎回この会では人生で大切なことを教えられる。

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2007年5月13日 (日)

ブログに書けないこと

昨日まで「みんな母の日を忘れているらしい」と聞こえるように独り言言っていたバアチャン娘から連絡あって、夕食をおごってもらえることになったと喜んでいる。

孫たちと待ち合わせ。回転すしで昼食。二人の買い物に付き合う。カードが使えない店もあった。

孫に「お友達は大事にしなよ」と勧められ、孫たちと別れてお見舞いに行く。寝ていて話は出来なかった。狭い病室内にお見舞いの花が幾つもあって「邪魔」なくらい。知り合いの、シャンソン歌手の人が3曲歌ってくれたらしい。

家族の他、親戚の人たちも何人か来ていた。神様は突然、残酷なことを平然とやっていく。なす術もなく、奇跡を願いつつ帰途に着いた。

ブログを始めるとき、毎日あったことを出来るだけありのまま書くつもりでいた。だが現実には書きたくても書けない日もある。今日はそんな日だった。

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2007年5月12日 (土)

枝豆に奇跡の願いこめて

バアチャンとクリニックへ。順番取りに自転車で早めに行ったがタッチの差で5番目だった。連休中の土曜日とあって混んでいた。ナースの「くれおぱとら」さん、「シラス食べたいなー」ブログ見ていてくれている。コメント書き込みをお願いする。二人とも大きな変化はないとのこと。

元気に伸びてきたナスの花が2つ咲いた。下枝を3番芽まで欠き取る。キュウリも蔓が少しずつ伸びてきた。サニーレタス夕食用に少し収穫。

枝豆、モロッコインゲン好きだと言っていた孫や仲間に食べて貰おうと、今年はかなり多めに植えた。

緊急入院した仲間に「枝豆できたら一番先に持ってくるから」と約束した。早く元気になって美味しいといって食べてもらいたい。そんな願いを込めて、枝豆には水をたっぷりやった。ジャックと豆の木のように一晩で天まで届いたような、奇跡を願って・・・。願い事が多すぎて神様も迷っているかも・・・。どうしても聞き届けてもらいたい。

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2007年5月11日 (金)

キセキの祈り

緊急入院した仲間の代理人として、美人のお供をして大学病院、市のお偉いさんのところに行く。用事を済ませて仲間の入院先に向かう。

辛さを隠して(薬で抑えているのかもしれない)元気に迎えてくれた。改めて癌太郎のしぶとさを知らされた。奇跡の人になるといった病人の気力の回復、と奇跡を心から祈念。

途中一年前千の風になった飲み友達に教わった無愛想の女将さんの店による。思い出話をしてゆくと先方も思い出してくれた。友達はその店で愛されていたことが分かった。不思議なことにカウンターの人は始めて会う人なのに「負けてたまるか」を知っていた。まるで奇跡のような話だった。横浜西口の赤提灯での再会を誓い合って引き上げる。この話はまた改めて詳しく書く。

今日は疲れた。

久しぶり神様にお願いをした。こころから。奇跡を祈った。早く元気になれよ。

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2007年5月10日 (木)

同居人の活躍

万茶さんから長文の素晴らしいコメント頂いて感激しちゃった。

是非コメント見てください。

昨日の産経新聞の五行歌を読んだ仲間から「勝手気まま。やりたいことやって来たのに、お前さんに未練なんてあったの?人は見かけによらないね」そんな冷やかし電話、メールがあった。そう言われて見ると欲を言えばきりがなさそう。

にわか雨に追われながらイワヒバと山野草の寄せ植えコケ玉造り。何かしていないと落ち着かないのかもしれない。

棚の隅っこで、咲き遅れのピンク深山オダマキが静かに咲いた。はがき用に写真に撮る。

AC練成コースの3月自由課題で余命告知に揺れる最近の状況を1600字に纏めた「余命告知」が、まさかの推薦文になった。文章仲間からお見舞いやらお祝いやら複雑なメール、手紙を頂く。

ここのところ、文章・五行歌ともに素材は同居人の「ガン太郎」がらみ。この同居人が消えてなくなることはなさそう。でも、考えてみると結構こいつも活躍している。暴れなけりゃ家賃は要らない。最期は一緒なんだから。

「馬鹿と鋏は使いよう」

明日は仲間の代理人で忙しそう。

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2007年5月 9日 (水)

五行歌・歌のポケットに搭載

5月9日の産経新聞、歌のポケットに篠の「未練」が登載。

思い切って

棄てたはずなのに

いつの間にか

居座っている

未練

選者(高田明美)評「心に残る事が未練です。未練を沢山持って生きた方が、人生楽しいし、人間らしい。作者は優しさあふれた方です」

IBK達成のための最大の難関は「未練」である。どうやって断ち切るか、悪戦苦闘中。「優しい人」なんて褒められて、恥ずかしいし、棄てようと思っていた未練を持て余してしまう。選者の先生に一度お会いして色々お聞きしてみたい。

O先生から搭載されているよ。とメールを頂いて産経新聞買いに、Gセンター売店に行った帰り、万茶さんのところに約束の「負けてたまるか」を届ける。庭からバラ、車輪梅、風露の仲間、タンポポなどを持っていく。

受け付けのおばさんやっぱし「ハラコシ」さんが見えましたよ。と笑って取り次いでくれた。おばさん「写真撮ってやりましょう」と事務所からデジカメを持ってきて、奥さんを交えて撮ってくれた。彼は、元気そのもので圧倒されっ放し。10分のつもりがツイツイ長居してしまった。

その万茶さんから、嫁入りした山野草に最大のお褒めのコメントが入っていて嬉しい。

「負けてたまるか」の在庫がなくなって、QOL事務所のO先生の処に寄ってを3冊譲ってもらう。

久しぶりスポーツセンター1時間水遊び。

「辛くて、入院しました」と別の仲間から厳しいメールが待っていた。

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2007年5月 8日 (火)

花の心

古い仲間の送別会名目の飲み会。「退職金3分っこ」が一しきり話題の中心。

和室の花が余りにも違和感があって、挨拶に来た料亭の主人に、「亡くなった女将さんが生けた花には心があって癒された。花を見て女将さんがいなくなったんだと、実感した」余計な感想を一言。止めていた筈なのに気分がよくて、ひれ酒2杯が効き過ぎた。

昨日貰ってきた山野草10鉢の植え付け。いろんな花が一斉に咲き出した。

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2007年5月 7日 (月)

緩和病棟談話

篠笛教室,大先生。篠笛用に編曲された奈良の古謡「ねんねころいち」を教わる。

帰ってからGセンター緩和病棟の万茶さんにパソコンの接続方法を教わりに行く。ナースステーション受付のおばさんに名前を聞かれ、腰と腹を叩いてコシ、ハラとやって見せると腹を抱えて笑っていた。笑いながら病室に行って、そんな仕草を真似して「ハラコシさんと言う、面白い人が来てますよ」と取り次いでくれた。個室に移っていた。奥さんと娘さんもいて、「丁度出かけるところでした。よいところにきてくださいました」と歓迎してくれた。

庭に咲いていた、たつなみ草の白と紫、チンゲン菜の花などと、花瓶用に楊枝立てを持っていった。花の名前を聞きながら匂いをかいだりして喜んでくれた。

会社の計らいで在宅勤務と言うことで、病室のベッドでパソコン使って仕事もしているそう。その根性に脱帽。手術して抜糸も済まない病人の枕元に来て「退職勧告」したお役所とは大違い。と言う話から一頻りその話で盛り上がった。

自分史を書くという彼に「負けてたまるか」をまだやってなかった。参考に届けることを約束して立ち上がった。運動だからと点滴棒押しながらエレベーターまで送ってくれた。「パワーを下さい」と何回か握手を求められた。

万茶さんと話していると明るくて病人と言う雰囲気がまったく感じられない。「早く来て一緒にやりましょうよ」と、いつも押し捲られっ放しでたじたじ、こっちが元気付けられる。

帰って、植木棚の仲間に病棟報告をしていると、隣の町内の植木好きの奥さんが来て、コケ付き寄せ植えをやる。「是非家に来てみて・・」と言われ自転車で伺い、珍しい山野草を何本か頂いて帰る。減らそうと思ってもこれでは増えるばかり。

孫が家で作ったと「はるまき」などを届けてくれた。

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2007年5月 6日 (日)

雨の鎌倉・シラス料理

孫がテレビで見たシラス料理が食べたいとの注文で雨の鎌倉へ。インターネットで検索した腰越の「しらす屋」に決めた。何年かぶりで江ノ電に乗った。雨の中七里ガ浜海岸ではサーフィンを楽しんでいる人が何人もいた。ここの波打ち際には昔切ない、悔しい涙を一杯拾ってもらった。

腰越駅から左手500メートルくらいのところに目指す店はあった。行列が出来ていて軒下の申込用紙に名前を書いて注文も先にして待つ。「連休中は3時間も待たされた人がいたが今日は雨だから30分も待てばいいだろう」と聞いて躊躇した。そんなに待つなら他の店をと見回すがそれらしい店は見当たらない。前にいた老人夫婦ご主人はかなり短気の方で、「こんなものどこでも食べられる」「注文してしまったのに」とおばあちゃんともめていた。やり取りを聞いて孫が「昔の誰かさんみたい」と笑っていた。

店の入り口に山野草の寄せ植えがあった。何とその中の一本が「浅間風路」で可愛い花を一杯咲かせ微笑んでいた。それを見て他の店を探すのを止め待つことに決めた。店内は田舎の食堂といった雰囲気。20席で一杯。皆、合い席。

「シラスお好み定食・シラスの刺身、天ぷら、佃煮、シラス豆腐、たたみ干し、おしんこ、味噌汁、ご飯お代わりあり、1600円」孫は「カサゴの煮付け1200円」を追加注文。どれも美味しかった。また行って見たい。

雨は止みそうもない。東慶寺の高見順先生のお墓参りをして篠笛を吹くつもりで、笛も持って行ったが中止した。

お腹が一杯になった孫はもう頭をデパートに切り替えていた。江ノ電の中で「私の結婚式に篠笛吹いてね」また念を押された。孫は思い出造りをしているような節が感じられた。そんなところが不憫。高島屋で4点ばかりねだられる。黙ってカードに替わってもらった。「10日からセールで10パーセントオフだからまた来ようね」にも頷いてしまった。娘が車で駅まで迎えに来てくれた。帰ると、声を掛けたが雨だからと断ったのに、少しオカンムリ・・・、のバアチャンから「高いデイト代になったんでしょう!」と皮肉られた。最高に楽しかった。でも、疲れた。

畑を覗くと、雨で昨日植え付けた野菜類皆元気で帰りを待っていた。

明日は篠笛教室。

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2007年5月 5日 (土)

山紫陽花の反乱・枝豆蒔き

今朝庭の棚を見てびっくり。幾つもつぼみをつけて花を見られるのも直ぐだと、大事にしてきた山紫陽花がダラーンとお辞儀をしているではないか。完全な水切れだ。そういえば思い当たる、昨日水遣りの途中に植木の相談者が3人も来て中途半端になってしまった。手抜きをしたのに抗議したんだ。やるもんだ。慌てて桶に水を張ってその中にスッポリ入れてやった。3時間ばかりでご機嫌を直してくれた。

昨日ブログの題名に「ボケ」と書いたところ梅ちゃん「木瓜」と勘違いしたらしい。

紫陽花と違って木瓜は一度水切れをすると葉が完全にいかれて回復は無理。手抜きは絶対許さない、頑固者。同じ棚に置かれていても根性が違う。そこが面白い。

明日から雨の予報で急いで、里芋、ヤツガシラを掘り出して植えつけた。

鳩や野鳥にやられるのを覚悟の上で畑の隅に枝豆を追加で蒔いた。鳥除けの案山子を作ろう。

「オジイチャンとこの枝豆、買ったのとはぜんぜん味が違う。チョウ美味しかった」孫からそんなこと言われたのを思い出した。その孫と明日はデイト。雨になりそう

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2007年5月 4日 (金)

ボケがやってきた!!

AC、レポート提出期限。提出先確認のため連絡メールを見ると2000字だと思い込んで書いたのが、1600字だった。慌てて短縮してみたがどうもちぐはぐ。どうせその時出席できるかどうか体調次第。いい加減のところで印刷して出してしまった。帰ってから机の上を片付けると送るべきものが何部か書類の下に残っていた。手の痺れだけではなく頭も痺れている。最近はこんなことが続く、副作用のせいではなくボケが確実に始まっているのかもしれない。

因みにレポートの題名は「残された命」現在の状態を正直に書いたつもり。

午後は植木の相談者が3人も来て何も出来なかった。パソコン教わりに行こうと思っていたのも駄目になった。

孫から日曜日デェートのお誘いメール。生憎雨のようだが、彼女はその方がデパートオンリーになるから喜ぶかもしれない。

高校野球の特待生問題、あきれた話だ。金に操られた格好の子供たちがかわいそうな気もするが、まったく関係ないとは言えない・・。これを機に出直すことが肝心。バアチャンは身内に野球関係者がいたから興味深深。

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2007年5月 3日 (木)

「万茶」さん歓迎

昨日Gセンター緩和病棟に万茶さんをお尋ねした時、常日頃「病人のお見舞いは長くて10分」などと人様には言っておきながら、万茶さんの話術に引き込まれ話が弾んで、ツイツイ長居をしてしまいました。その上ブログのコメント書き込みまで約束してしまって反省しておりました。約束を忘れず、身に余るお褒めのコメントを頂戴して穴があったら入りたいです。コスモスではいつも万茶さんから、みんなが闘病・人生のあり方・物凄いパワーを頂いております。こうしてJBK友の会に参加くださって光栄です。これでまたブログファンが増えること間違いなし。

無理のないところで五行歌でみせる鋭いコメントを期待しております。参加有難うございました。パソコンのことで教えていただきたいこともあるので、近日中にまたお邪魔したいと思っております。

今日は娘の運転でフラワーショップに行って、なす、キュウリ、トマト、枝豆・・・などの苗を買ってきて植えつけました。先に種蒔きしておいたモロッコインゲンなどはチョット伸びすぎてこの先が心配。

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2007年5月 2日 (水)

様々な谷間で

Gセンター診察日。連休の谷間で混んでいた。病気に連休はない。注射。「夏が過ぎた頃入院して検査しましょう」と11回目の入院を告げられた。完治はないのだから検査をしてもと思うのだが、何事も経験。

廊下や待合室で7人もの人に声を掛けられた。結果が良くて嬉しい人、何度目かの入院の申し込みをする人。他所にセカンドオピニオンの手続きをする人。深い谷間の中で様々な顔があった。自慢にならないが、篠もいつの間にか癌病棟の顔になってしまった。

声を掛けてくれた人から、コスモスに積極的に参加している仲間が10F(緩和病棟)に移ったと聞いて見舞う。元気そのものでパソコンやっていて、篠家の畑まで映し出して見せてくれた。病人とは思えない前向きで自分史を作るんだと既に書き溜めたものも見せてくれた。パソコンの扱いは篠より上手、分からないことを聞きに行くところができた。酒も結構いける口らしい。元気になってから、馴染の赤提灯に誘うのが楽しみ。

JBK友の会」の宣伝もした。コメントを書き込むことを約束した。病棟の偉い人、一度一緒にパネリストとして出たことがあったので帰り掛け挨拶したが相手は忘れていた。

コケ付き盆栽を造る。明日は夏野菜の苗を購入してきて植え付け。

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2007年5月 1日 (火)

病気対策・「うさぎがピョン」

JBK友の会」コメンテーター藍さん一家が載っているというので「うさぎがピョン」と言う雑誌の新刊号を買ってきた。

全ページ、ウサギのことばかりの本があるなんて驚き。藍ちゃんの「清水動物病院」が4ページに亘って紹介されている。

藍先生が動物の病気対策のアドバイスをしているが人間にも当てはまることなので無断で転載する。

「病気を治すのは、医師の力だけではない、医師の力が3分の1、飼い主・家族の力が3分の1、動物が本来持っている力が3分の1。それらがすべて合わさって病気は良い方向へも難しい方向へも向かう」

病との闘いは病人だけではない。家族も周りの人も一緒になって闘うことが肝心。なるほどと思って藍ちゃんのコメントには書き込んだ。

家の仲間は活躍している。

小雨の中、植え替えやら盆栽と遊ぶ。

留守中に、見知らない人が「前にイワヒバを貰った」と言って山野草「一人しずか」を名前も言わずに置いていってくれた。また仲間が増えた。

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