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2007年7月 4日 (水)

七夕様

小雨パラパラ。雨の合間を縫って町内会に県のたよりなど資料配布。

畑の隅に伸びた竹を切って町内の子供のいる家に配達。町内のお団子屋さんもお客さんに短冊を書いてもらって店頭に飾るようになった。

七夕行事も古い伝統の中に埋もれてしまうのか・・・。幼いころ「兵隊さんになる」と書いた昔が蘇る。伝統は残していきたい。

そういえば恋心を短冊に託したことはなかった。今からでも遅くはないか。恋は永遠のテーマー。思うだけでもいい、夢があってもいいではないか。

言語楼さんが自分のブログで「こころちゃんを偲ぶ会」を取り上げ「アザミの歌」の解説をしてくれた。若干解説が長過ぎて読み切るのに疲れるが参考になった。アザミの歌と城ヶ島の雨が繋がっていたとは知らなかった。

次回コメント会までにはどちらか一曲くらいは吹きたいと思っている。笛は昔を蘇らせ、人の心をくすぐる。神秘の楽器。

終日小雨がポトポト。ナメクジが吾が世の春とばかり横行している。

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コメント

ボランティア先でも笹の葉?に皆の願い事を書いた短冊が沢山飾ってあります。「健康で居られますように」「お母さんの病気が治りますように」とか・・。願い事が叶って欲しいですね。

投稿: お梅 | 2007年7月 4日 (水) 21時04分

昨年の七夕は、国立がんセンターでした。1階に大きな笹があって、「おかあさんのがんをなおしてください」とか「ぼくはパンやさんになりたいです」涙を誘うものばかりでした。ともだちが。「きっと」という短冊をかけてくれたっけ。

投稿: 藍弥生 | 2007年7月 4日 (水) 23時55分

「篠笛の君」へ
  「あざみの歌」と「城ヶ島の雨」が繋がっている、とブログに書いたわけではありません。電子メールで「(あざみの歌といい、城ヶ島の雨といい) 昔の歌はメロディーもいいが、なにより詩がいい。美しい日本語で書かれている。難しい言葉もあるが、それを歌い継ぐことによって文化は伝承されていくのだ、と思います」と書いたので、誤解されたのかもしれません。
  ご指摘にあるように、ブログが長すぎたせいもあります。他の人からも「長いので読むのに大変」という声がありましたので、配信して8時間後に記事の三分の一ほど削って次回回しにし、その旨ブログに「お断り」を書き加えました。「過ちて改むるに憚ることなかれ」というほどの「過ち」ではありませんが、“読者”のご意見を参考にしました。

投稿: 言語楼 | 2007年7月 5日 (木) 00時28分

 篠さんのブログに「恋」がたびたび出てくるのは、なかなかいい。まだまだ元気ということでしょう。
 私の郷里では、「忍ぶ恋」といいますが、明るい恋も涙恋も人生のスパイス、人を思ってこそ人生だ。篠さん七夕飾りには、いっぱい恋歌を書いて、町内会を驚かせてくださいな。
小生はまだまだ未熟でできませんがね。

投稿: 異風坊 | 2007年7月 5日 (木) 09時34分

七夕・・・ことばのひびきもいいですよね。
短冊には書けないけれど 五行歌にしてみたいなあ・・・と ふと 思っています。 

投稿: ふくろう | 2007年7月 5日 (木) 14時22分

七夕を前に五行歌もどきを一首

        忍ぶ恋ゆえに
        短冊にも書けぬ
        わが思い
        せめて篠に託したい
        あすは七夕

投稿: 柊木 惇 | 2007年7月 6日 (金) 00時25分

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