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2007年7月28日 (土)

父の命日・親父の遺言

父の命日。父は昭和46年7月27日未明千の風になった。享年83歳。前夜長男と酒を飲んでご機嫌で寝た。朝一緒に寝ていた母が亡くなっているのに気がついた。「50年もわがままを黙って聞いてきたのに、一言も、何も言わずに逝ってしまうなんて・・・」「そばに居て気がつかなかった・切ない・悔しい・・・」と母は取りすがっていつまでも嘆いた。

周りのものはあっけなかったが、見事なJBKだった。まさに、JBKの見本だった。己の最期を思時いつも父を想う。

当時まだ田舎は土葬だった。(寝ている上から土を掛けられのは苦しい。座棺にしてくれ)。というのが遺言で兄が一人で作った。大好きだったどぶろく、特級酒を膝に抱かせた。

警察官になって家を出る前日囲炉裏でどぶろくを飲ませてくれた。その時

「戦場も同じ、出て行けば何があるか分からない。体を大事にしろ。注意するのは(酒)(女)(金)。汚い金に手を出すな。酒は飲んでも飲まれるな。女は、水と同じ、男次第で惠の雨にもなれば、海にも、嵐にも変わる。(魔物)に変身することもある。」

珍しく真剣な話だった。これは親父の遺言となった。何かの時は思い出しているが、まだこの年になっても親父の遺言を卒業できないでいる

特に扱いの難しいおんなの付き合い方などについては(負けてたまるか)235ページ「見事な親父の最期」「親父の遺言」を参照。

今日はどぶろくを買ってきて、畑の枝豆つまみで親父とジックリ呑もう。篠笛を合図に千の風になった人は皆集まればいい。

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コメント

ビールのうまい季節。一杯目を飲む時、たまに思い出すのが、お袋の言葉。「ビールはチビチビ飲んじゃ、うまくない。喉で飲むものだ」。だけど「飲んでも飲まれるな。いくら飲んでも、帰ってきて玄関に立ったときは、背筋を伸ばして戸を開けろ」とも言った。
夫を早く亡くして、子供4人を育てていたお袋にとって、晩御飯の時のビールは唯一の楽しみしみだったのだろう。ビール一本はちょっと多いので、小学生の異風もよく相伴させられた。
篠さんのブログを読んで、どこの親も同じだなと、お袋を思い出した。ありがとう。

投稿: 異風坊 | 2007年7月28日 (土) 11時13分

文字を変えるなんて、すごいテクニック!
父は、枝豆ゆでるのが、得意だったから、一緒に飲んでいたら、いいなあ。

投稿: 藍弥生 | 2007年7月28日 (土) 17時43分

 池知さんからのメールでこのブログを知りました。「ブログ」については、ぼんやり知っていますが、実際に訪問したのは今回が初めてです。「プロフィール」を開けてみても何も表示されないので、腰原大兄のものか分かりませんでしたが、いくつかのエッセイや投稿文の内容からそうと知れました。
 いつもながらの達観と巧みで軽快な表現力に感心するばかりです。
 小生、今春税理士を開業し、先月末に初仕事を行いました。人生の最後に若い人や企業のお手伝いをして少しでも世のお役になれれば本望、という気持ちです。
 これからも時々立ち寄らせていただきます。過去、大変な闘病を克服された不屈魂と
強運により、今後もご発展、ご活躍されますよう祈っております。
 

投稿: 坂入宏正 | 2007年8月25日 (土) 16時55分

坂入さん
お久しぶりです。よくお尋ねくださいました。
税理士業開業おめでとうございます。一度お目にかかりたいと思いつつ、ガン太郎とのお付き合いが始まって、思いが果たせず申し訳なく思っております。
じたばたしても仕方がないのですが、何かしていないと落ち着かないものですから、ブログなんてとんでもないことを始めてしまって、忙しい思いをしております。でも、こうして思いがけずお声を掛けてくださる方がいて励まされています。

碁は相手もいないのであの当時のままです。
一度教えていただきたいですね。
残暑厳しきおりご自愛ください。

投稿: 篠笛 | 2007年8月25日 (土) 18時27分

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