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2007年8月31日 (金)

月見草から思わぬプレゼント

太宰治と月見草の話は8月7日のブログで一度書いた。昨日、その後の続きの話をしたが半信半疑の方もいたので繰り返す。

ブログで月見草を取り上げたとき、太宰治が「富獄百景」の中で「富士には月見草がよく似合う」と書いたのは月見草とオオマツヨイクサと間違えたのでは?。と聞いて、探偵の癖、どのように間違えたのか確認してみようと本棚の奥から太宰治全集を引っ張り出した。

この本は現役時代急な出張に備えた「ヘソクリ」の隠し場所だった。後3年と宣告されて万が一の覚悟を決めた。ガン病棟に入院直前、妻に「太宰治の本の中に少しヘソクリがある。使っていい。(負けてたまるか112ページ・癌病棟入院直前・ヘソクリを渡す)」そんな昔を思い出しながら本を開けてびっくりした。ヘソクリの一部が残っていた。

妻は最後のページを貼り合わせ袋状にしてあったのを見落としていたのだ。大した額ではないが安月給の当時としては大金だった。思わぬ月見草からのプレゼント。バアチャンに夕食をおごり、残りを今回のコメント会に使うことが出来た。長生きはするものだ。

挨拶の時その話しをしたが皆笑い話のように受け止め、半信半疑の人が多かった。

忘れていたヘソクリも最高に有意義なところに使えて、皆さんに歓んで頂いてよかった。太宰治・月見草・そしてガン太郎に改めて感謝。

庭に出るとに時々わか雨で植木の手入れも落ち着かない。

パソコン遊びをしながら、整理の真似事を続ける。

まだどこかに、あるかもしれない?。本棚は7つもある。これからの整理は注意していかなければならない。一冊一冊ずつ見ていくから整理は捗らない。

そんなにあるはずがない・・・。お笑いくださるな。奇跡はまたあるかもしれない。乞うご期待!!。

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2007年8月30日 (木)

JBK・コメント会出席者の方々へ感謝

JBK友の会・コメント会・無事終了。塩爺・松ちゃんのご協力に感謝。

総勢23名。初対面の人もいたが、そんな雰囲気はまったく感じなかった。和気藹々楽しかった。お一人お一人見るととても普段お目にかかることも出来ない人。自己紹介も個性的だった。みんな素晴らしい方ばかりで、別れ難かった。ココロちゃんも来てくれた。元気そうで何より。

ああして一堂に顔を合わせることが出来たのが不思議。突き詰めていくとガン太郎の功績に拠るものが大。

笛竹さん、おしのさんの篠笛、ふくろうさんのオカリナが、一段と雰囲気を神秘的に盛り上げてくださった。いい気になって少し飲んでしまったが名司会の塩爺に煽てられ、最後に「千の風になって」を吹いた。両脇に先生がおられるので緊張・緊張。

会の名前も決まって、次期幹事役も決まった。何時何があってもいい体制が出来た。

帰りはSTトロンさんに自宅まで送ってもらった。

個々には御礼申し上げませんが、皆さん本当に有難うございました。

月見草が6っこも咲いて、嬉しそうに報告を聞いている。今晩はゆっくり眠れそう。

心ある人が

傍にいるだけで

何も言葉を

交わさなくても

雲に乗ったよう

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JBK友の会・コメント会

さあ、「JBK友の会・コメント会」です。

本日12時30分、JR桜木町駅前、ワシントンホテル・5F,ドルフィンの間。

初めての方は、JR桜木町駅改札を、左手{MM21}方向に出て、広場右手のエスカレーターを上がって、正面にあるのが、ワシントンホテル。そこの5階です。

分からなくなった人は、篠笛携帯「090-8000-0879」へ遠慮なくどうぞ。

素敵な出会いが、お待ちしております。篠笛もお会いしたことのない方もおられます。

1~2分程度の簡単なPRを兼ねた自己紹介を考えてきてください。

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2007年8月29日 (水)

朝青龍モンゴルへ

夕べは皆既月食とうとう見ることが出来なかった。今度は3年後という。そのころは雲には邪魔されないところから見られる。でも、余り向こうへ行き過ぎると見られないか? 

雨で大分涼しくなった。畑の野菜たちは大喜び。雨で浮かれ出てきたナメクジ43匹退治。 

お騒がせの朝青龍モンゴルへ。

「このまま帰って来なけりゃいいのよ。親方も相撲協会もマスコミもチヤホヤするから,いい気になっちゃんだよ。強ければいいってもんじゃないよ。なにごとも、礼に始まって礼に終わる。基本をないがしろにするお相撲は国技なんて言えなくなったね。もう見る気しないね。でも、自業自得とはいえ監視役を付けるなんて人権問題じゃない」

居眠りしていても見る処はちゃんと見ている。

梅ちゃんに言われ聞いてみた、バアチャンの一言には文句なし賛成。 

Hさんから秋刀魚をたくさん送ってもらった。孫のところにもお裾分け。秋刀魚は今年初めて。早速、大根買ってきてご馳走になった。

雪割草が暑さ負けか、肥料のやり過ぎか元気がなくなったので少し早いが植え替え。 

通り掛り人からブロッコリーの育て方を聞かれる。余っていた苗を少し分けてあげる。 

強ければ 

いいってもんじゃない 

礼儀・作法 

弁えない奴を 

横綱にしたのは誰だ 

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2007年8月28日 (火)

皆既月食(曇りで見られず)

朝から暑い。起きたとたんに発作。庭掃除、水遣りをしているうちに何とか少し収まる。どうもクーラーの当たり過ぎらしい。30日こんな調子だと一大事と思って、クーラーを止め寝転がる。

Iンさん来訪。Gセンターに来られた帰りとか、立ち話。

半日休んで夕方は庭に出て野菜の面倒を見る気になった。

今宵は皆既月食。早めに入浴、夕食を済ませる。生憎雨なしの雷。

月見草夕べは10個も咲いたのに今晩は3個しか咲かない。月が顔を見せないのが分かるのかもしれない。

心で

想い続けていれば

何時かあそこでみんなに会えるよ

母さんの指先に

まん丸のお月様

あの時は戦死した次兄の遺骨が帰って来る前の晩だった。母はお月様に次兄の面影を思い浮かべていたに違いない。

悲喜こもごも、願いも涙も引き取ってくれたお月様。少しも変わっていない。みんな、どんな土産を待っているのかな・・・。

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2007年8月27日 (月)

安倍内閣発足・声の代走者になった笛

篠笛教室。竹田の子守唄。安宅の松。昨晩、五行歌横浜歌会10周年記念で「千の風になって」「荒城の月」を吹いた。始めはざわ付いて会場が、静かになって曲に合わせてハミングが広まっていった。一本の笛が声の代走者になってくれていることが嬉しかった。そんな報告を先生にした。「心が心に通じたのよ」先生も喜んでくれた。

仲間の一人が農作業の見学に行ったお土産にナスを皆に持ってきてくれた。さぞや重たかったろうに。若い人が行く洋食屋で昼食にお付き合い。

今日も暑かった。まっすぐ帰って、たっぷり昼寝。伸びすぎたナスの枝先を少し剪定。

第2次安倍内閣発足。これで世の中変わるのだろうか?。お手並み拝見。

棚の整理中出てきたメモ帳の中から拾い上げた一言。

「孤独と苦悩に耐え得る者

それを男と称します」

鶴田浩二

華やかそうに見えても孤独と闘っていた男の姿。

明日は皆既月食。でも雲が邪魔をするようだ。

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2007年8月26日 (日)

横浜歌会10周年記念歌会

厳しい暑さは続く。

「横浜歌会10周年記念歌会」12時30分からかながわ県民センター301号室。74名(実質64名)参加。コスモスの仲間2人、探偵仲間1人が参加。

第一席は、浅野征子さん(JBK友の会・コメント会出席予定者)

感謝の表現も

数多あるが

すなおに届く

「ありがとう」の言葉が

一番いい

篠の提出歌は先日ここで披露した

千の風になったはずの

仲間が

語り掛けてくる

赤提灯の

カウンター

中休み前に、篠笛2曲演奏。「千の風になって」「荒城の月」を吹いた。歌の方はともかく篠笛は評判がよかったようだ(?)2次会は低調にお断りして一人で馴染の赤提灯。誰もいなかった。

故障したクーラー新品と取替え。これで少しは暑さにも耐えられる。贅沢になったものだ。

バアチャンは昨日クーラーに当たり過ぎて、夕食後不調を訴えたが、何とか快復。

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2007年8月25日 (土)

千の風から風鈴の絵手紙

朝から暑かった。バアチャン、クリニックの順番撮り。1番でバアチャンはご機嫌。行って来ただけで汗びっしょり。

書棚の整理。大変。目を瞑って棄てるより他に処置なし。

書棚を整理していると、梅ちゃんのお友達で千の風になった人から頂いた「風鈴」の絵手紙が出てきた。暑さに負けないで頑張って!と綺麗な字で、絵も素敵。確かこれが最後になってしまったと思う。それにしても今出てくるなんて何かの因縁。

今晩はお月様も出てきたし月見草も咲いているから、千の風になって来ているかもしれない。

明日は五行歌「横浜歌会10周年記念歌会」12時30分からかながわ県民センター301号室。74名の参加。

篠笛2曲演奏。「千の風になって」「子守唄」を吹く予定。

何処か遠くの方で花火を揚げている。音だけが聞こえてくる。

今日は碁のお師匠さんからコメントを頂いた。久しぶり、懐かしい。

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風鈴と月見草

クーラーが故障して、暑さを一段と感じる。今日も暑いらしい。

誕生日のプレゼントに孫とそれぞれのフレンドからもプレゼントを貰った。

その中に「風鈴」があった。秋になってから付けようと思って忘れていた。身辺整理で見つけ早速軒先に取り付けた。

風鈴の下に月見草を一鉢置いた。風鈴が千の風に揺られ鳴るたび、月見草も一緒に揺れて遊んでいる。なんとも情緒的。

風鈴を鳴らしている短冊は休むことを知らず揺れ続けている。風が絶え間なく吹いていることに今まで気が付かなかった。

ここは丘の山頂で見晴らしもいいし、裏からは富士山も見える。風の通り道になっている。大勢のの人が訪ねて来てくれていると思うと、想いは尚更。まさに「秋心」

千の風

風鈴と月見草を

相手に

戯れている

秋心

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2007年8月24日 (金)

秋心

目が覚めると、遥か遠くで雷が鳴り久しぶり朝から小雨。思いっきり一雨降ればすっきりするだろうに何か思わせぶりにしぶしぶ降って昼には上がってしまった。(23日) 

暑さに負けて、エアコンがパンク。リモコンが効かなくなった。日曜日でないと取替えは出来ないそう。日中は仕方なくバアチャンの部屋。どうも落ち着かない。物置から扇風機を出してきた。 

先週は玄関のドアーのカギが故障。主がだらしがなくなると何もかもガタが来る。

高校野球が終わったのにまだ暑さは続くというのに・・・。

窓を開けると千の風が風鈴鳴らしながらさわやかに語り掛けてくる。

Gセンターに転院して丁度1年が過ぎた。色々あった・・・・。ありすぎた。 

この一年振り返ってみて一番の変化は「JBK友の会」である。恥も外聞もなくその日その日の心の動きを整理のつもりで書き込むようになった。コメント・メール・電話・手紙・大勢の方から励ましを戴いている。 

身辺整理どころではなくなってしまった。むしろ複雑にしてしまった。残りは段々少なくなっていくというのに、まったく進んでいない。植木棚は挿し木で鉢は逆に増えてしまった。月見草の種蒔きも考えている。

クーラーが新しくなって、コメント会が終わってから真剣に取り組もう。そんな反省も時は真剣にすることもある。

クリニックから眠剤を貰ってきた。先生何も言わずに処方箋を出してくれた。 

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2007年8月23日 (木)

佐賀北高校・奇跡の逆転優勝

Gセンター

Gセンター。相変わらず待合室は不安を抱える顔で一杯。

40台の人に家族が5人も付き添った一団が目を引いた。病人に皆が気を遣っているが、本人はうわの空。小学生くらいの女の子はことの重大さが分かっていないようだ。皆が揃ったことにはしゃいでいる。

後3年と宣告され入院した昔を思い出した。おばあちゃんは何も言えず汗とともにしきりに涙を拭いていた。そんな姿に昔のオフクロが重なった。これからが勝負。おばあちゃんに笑顔が戻るのを祈った。

待っている人が多い割合には、予約時間少し過ぎに呼ばれた。「お変わりありませんか?」「特にないですね」検査がないからそれで終わり。コツシンチの予約を取る。

時間が早かったので病棟に、Yさん、Oさんを尋ねる。Yさんは退院。Oさんは散歩中で会えなかった。

本日の治療費〆て、30、410円也。

第89回高校野球決勝戦。

8回まで4点リードされ1安打に抑えられていた佐賀北高校、8回に満塁ホームランで5:4で劇的な初優勝。最後まで諦めなかった奇跡の逆転勝利に感激。まさに野球は筋書きのないドラマ。エラーや押し出しでなくホームランで決着したことがよかった。敗れた方も諦めが付く。

野球特待生の集団ではなく公立高校だったことにも意義がある。

いい試合だった。

奇跡を信じる勇気と希望、そして感動を与えてもらった。

気分のいいところでスポーツセンターで汗を流しながら水遊び。体重が1時間で約1キロ減った

暑さと風でほとんどのイワヒバが丸まってしまった。

また、強い風で折角開いた月見草の花弁が一枚吹き飛ばされてしまった。この花はか弱い。だから愛おしいのかも・・・。

最近よく

母さんの

夢を見る

何も言わない

心配しているのかな

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2007年8月22日 (水)

岩ヒバ(蘇生草)に想いを寄せる親心

こころちゃんのお父さんから信州車山で写した写真ハガキに丁寧な字で書かれた残暑見舞いを戴いた。

篠が8月15日靖国神社参拝したとき、お父さんは神奈川県代表として武道館で行われた慰霊祭に出席したという。「皆さんにお世話になったあの子が若くして逝ってしまって早くも3ヶ月。皆さんの励ましで少しずつ元気を取り戻しています。戴いて来た「岩ヒバ」が青々と元気に育っています」

もう3月も過ぎたのか・・・。

別名「蘇生草」の「岩ヒバ」に「もしや・・・」の想いを寄せる親心に応える言葉がない。。

暑い暑いといっても朝晩は秋風が肌を和ませる。庭掃除をしていると蝉の亡骸が多くなってきた。

Gセンター診察日。

警視庁警察官知り合い女性と拳銃で無理心中。世の中どこか狂っている。

アリの

行列の先に

横たわる

蝉の

亡き骸

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2007年8月21日 (火)

那覇空港で中華航空機炎上

沖縄那覇空港で中華航空機炎上 

20日午前10時32分ころ、台北から沖縄那覇空港に到着した中華航空機が着陸直後爆発炎上。幸い乗客乗員565人は避難して一人も死者がなかったことはまさに奇跡。あれが空中であったらと想像するだけでぞっとする。

事故原因の究明が待たれる。

昔厚木飛行場で米軍の最新式の「対潜哨戒機」が修理中爆発作業員3人が犠牲になった爆発事故の捜査を担当したことがあった。原因は、本来石油であるべき燃料が他の空港で給油した際「航空燃料」になっていたことだった。飛行機は全て航空燃料でと思っていたが、「石油」とは意外な結果に驚いたことが蘇った。大勢の人命に関わること。人為的なミスがあってはならない。

これで、宮崎のブルーベリー農園視察に行く気になっていたバアチャンがビビッて仕舞った。説得な相当時間が掛かりそう。

お騒がせ中の朝青龍は「隔離性障害」でモンゴルでの治療になりそう。「親方も、相撲協会もだらしがない。国技が泣いている」とバアチャンは不満。

午後人生出張相談。 

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2007年8月20日 (月)

友情の締め括りは、ありがとうで

St.トロンさん、亡きお父さんとお友達の素晴らしい友情の話、感動して読ませていただきました。そんな素晴らしいお友達がいたということはお父さんが素晴らしい方だったからですね。友情の大切さを半世紀経った今でも当時の状況そのまま記憶に残されている。お父さんは千の風になってずうっと家族を見守っているんだと感じました。

異風坊さんのコメントにもあるように気持ちがいい、心温まる話でした。

折角のいい話に水を差すようで申し訳ないけど、友情って簡単に言うけど、St.トロンさんの話のようなことは極稀ではないでしょうか。

あなたのお話を読んで、つい、昔を思い出してしまいました。この話は何回もしている話です。

肺手術で声を失って、今後のことを相談しようと病院に来てもらった親友(そう信じていた)から「声が出ないんじゃ職場復帰は無理」といきなりの退職勧告でした。(その友人はSt.トロンさんも知っている人です)人に言っても信じてもらえない話です。でも、結果的にその一言が、「負けてたまるか」と開き直りの繋がったのです。

「友情も、愛情もお互いが対等の状況のとき成り立つものであって、どちらかのバランスが崩れたとき、悲しいかなそれは崩壊する。」(負けてたまるか、4ぺーじ)

あの時以来、ズーっとそんな考えに支配されていました。最近その考えが変わってきました。友達って付き合いの長短ではない。何かを与えたり、与えてもらうものでもない。心と心の触れ合い。心ある人は一回会っただけでも友人になれる。

でも、悲しいけれど人間は生まれてきたとき一人のように、突き詰めていけば一人。

孤独は人間の宿命。

愛情も、友情もお互い代償を求めないこと。迷惑を掛けない。頼らない。

「受けた恩は心に刻め。掛けた情けは水に流せ。」

これが付き合いの基本だと学びました。

今、篠は人が羨むように素晴らしい人に恵まれています。皆篠の心を読み切っている人。こんな幸せをガン太郎が焼いているのかもしれない。神様も残酷なことを平気でなさる。

最期はサヨナラではなく、ありがとう、で締め括りたい。

今日は篠笛教室、早めに行って「千の風になって」を何回も吹いた。

孫の誕生日プレゼントの風鈴が静かに千の風の訪問を告げている。最近チョッとオカシイのかな?

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友情の桃

暑いと言っても風は秋風に変わって早朝は涼しくなって汗も少ない。

山梨の友人から大きく美味しい桃を送ってもらった。お礼の電話で久しぶり昔話に花を咲かせた。奥さんが取り次いだが、電話に出てくるまでに少し時間が掛かった。

彼も足腰が弱ってゴロゴロしていて立ち上がるのが難儀らしい。家から50おメートルのところにスポーツセンターがあるらしい。と聞いて水中歩行を勧めた。早速今日からでも行ってみると、少し元気が出たようだった。

彼とは現役時代柔道仲間、大外狩り、内股、払い腰、が得意だった。勤務が終わってからも道場で汗を流し合った。大磯の吉田元首相私邸や葉山の御用邸の警備など思い出は尽きない。当時まだ「遊郭」が公然と営業をしていたころで先輩に連れられて冷やかして歩いたこともあった。ガン太郎との付き合いは同じくらい。増富湯治は大先輩。

彼は厳しい業務の中を、夜間大学を卒業した努力家。篠も一緒にと誘われたが遊びに夢中で断念した。家庭の事情で志半ばで退職。田舎で盆栽、桃や柿を栽培して毎年贈ってくれる。

肺手術の前日わざわざ見舞いに来てくれた。腹が張って調子が悪いと言うと、大きな手でへそを中心にゆっくりマッサージしてくれた。不思議に腹がゴロゴロと動き出し気分がよくなった。「気が気に伝わったんだ」と説明してくれた。大きな手の温もりの感じは今でもと鮮明に残っている。何でも話せる数少ない話し相手。一度会ってゆっくり昔話をしようということになった。

桃は新鮮で大きくて美味しい。孫たちにも分けてやった。

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2007年8月19日 (日)

五行歌集「宙で寝返り」出版プレゼント

五行歌集「宙で寝返り」出版プレゼント

このブログでも紹介したことがある五行歌の岡本先生が、自費出版した「宙で寝返り」を(神奈川新聞の読者10名)にプレゼントする。(早い者勝ち?)

希望者は、住所、氏名、電話番号を記入して、

251-0873  藤沢市みその台3-3-306 岡本まさ子へ。問い合わせは(090(5991)4273

有隣堂でも売っている。

五行歌をまったく知らない方でも面白く読める、篠笛も推薦する一冊。

この間五行歌機関紙「ハマ風」にコスモスの会員が3人も入選しました。

五行歌は季語も5・7・5などの制限なく、知識や経験は不要、人生を語ればいいのです。ヒソカニ思う人に、そっと心を伝えることも出来ます。

これを機会に「五行歌」を始めてみませんか。

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2007年8月18日 (土)

元探偵のブルーベリー農園

昔の探偵仲間のブルーベリー農園  

8月18日午後6時から30分、探偵仲間「ねんちゃん」こと川崎年冶氏が家族とともに出演したテレビ朝日「人生の楽園」(ブルーベリー農園)を見て感激一塩。 

ねんちゃんの笑顔がなんとも言えない穏やかで、一回りも二周りも大きくなったねんちゃんを見て羨ましくなった。

篠が捜査一課長のとき、横浜市内で強盗犯人を捕まえた大学生が、交番の目の前で犯人に刺し殺される事件があった。グリコ森永事件とともに連日マスコミに報道され、国会でも捜査状況を取り上げられた重大事件だった。 

捜査本部では犯人は「ドヤ街」の人間と目星を付けた。その時ドヤ街へ潜入し、家にも帰らず路上で寝起きして聞き込みを続け、犯人を逮捕したのがねんちゃんだった。連行写真を見た人たちが、どっちが犯人?と言われたほどきつい顔だった。

テレビでねんちゃんが言っていたが捜査一課の刑事には、一旦事件があると家庭を顧みる暇はない。

色々の苦難を乗り越え、第二の人生は家族と共に。彼はその夢を実現するため定年を前に退職。聞き込みで親しくなったブルーべリ-農園経営者の指導を受けて、まったく素人が始めたブルーベリー農園 。今日テレビに出た農場をさらに倍にしようと、土地も購入済みだという。夢は膨らんでいる。

昔の仲間が第二の人生で成功して元気で活躍しているのは何より嬉しい。 

テレビが終わって直ぐ電話をした。見た通りこれからですが是非来てください。と誘いを受けた。元気なうちに一度尋ねて昔話をしたくなった。また一つ楽しみが増えた。 

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地獄への道・20ポイント

極楽への道を書いたところ早く地獄への道も知りたい。と要望があった。

これも一つひとつ、なるほどと納得することばかり。知らず知らずの内に地獄への道を歩んでいるようだ。

仏様は全てお見通しのようだ。

地獄への道 

1  心の暗い人、不愉快に暮らす人 

2  絶えず不満や愚痴の多い人 

3  やる気がなくよくサボる人 

4  無責任な人、法規を守らぬ人 

5  時間も「物」も無駄にする人 

6  陰口が多く人の和を乱す人 

7  卑下する人、自信なく焦る人 

8  信仰心がなく自我の強い人 

9  神仏に無理な願いをする人 

10 心が狭く直ぐ腹を立てる人 

11 暴飲暴食自分を粗末にする人 

12 お金を浪費し賭け事をする人 

13 悪友も道楽も暇も多い人 

14 公徳心なく迷惑を掛ける人 

15 利己的気儘自分本位の人 

16 迷いも取り越し苦労も多い人 

17 欲の深い人、自惚れの強い人 

18 依頼心の強い人、苦労に負ける人 

19 義理より権利を主張する人 

20 貴重な一生を無為に過ごす人 

さてどっちの道を歩んでいるだろうか。修正の効かないものもある。いずれにせよ、極楽へはただでは行けそうもない。全部きれいにすることは至難の業。残された日日は少ないが何とか努力して、皆さんと一緒に極楽への道を進みたい。

ごたごたしていた防衛省人事、喧嘩両成敗のような形になりそうだが・・・、こんな輩に日本の防衛も政治も任されない。靖国の英霊が泣いている。

連日猛暑。40,08度。

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2007年8月17日 (金)

昔の探偵仲間がTV出演 (再)

昔の探偵仲間がTV出演

8月18日午後6時から30分、テレビ朝日「人生の楽園」に愛称「ねんちゃん」こと川崎年冶氏が家族とともに出演。

ねんちゃんは探偵仲間。惜しまれながら定年前に退職して故郷宮崎県でブルベリーなど手広く栽培を始めた。

笑顔が素敵な「ねんちゃん」は地域の人たちにも愛され信頼されて活躍している。宮崎ではブルーベリーはまだ珍しいらしく結構お客さんも増えて、またいまの倍近く広げるらしい。土地の値段が驚くほど安い(この辺の300分の一くらいらしい)のにはびっくりした。 

昔の仲間が第二の人生で成功して元気で活躍しているのは何より嬉しい。是非来てくれというので逝く前一度覗いてみたいと思っている。

また一つ楽しみが増えた。

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2007年8月16日 (木)

お盆・五行歌

庭掃除の時、アリの行列を追っていくと蝉の亡骸に辿り着いた。暑さにめげず一生懸命生きていると叫び続けたのに・・・。

今日も暑かった。ニュースではあちこちで熱中症で亡くなっている。

この暑さのせいか折角芽を出してきたモロッコインゲンがほぼ全滅。暑さ対策をまったく取ってなかった。肥料のやり過ぎもあるかも知れない。もう一度挑戦。

バアチャンのTV観戦用の椅子を買いに行く。玄関のカギが故障して鍵やさんに来てもらう。年数経ってくるとあちこちガタが来るのは人間と同じ。

去年の今頃は

あの人も この人も

元気だった

日記なんか

見るんじゃなかった

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極楽(IBK)への道

四国お遍路をしてきた知人から貴重な暑中見舞いを頂いた。「あるお寺さんで{極楽・地獄の岐かれ道}を教えられた。これこそ篠さんが言う{JBK}へ通じる道だと思う、参考に」と、「極楽・地獄の分かれ道」が添付されていた。前にPHPの本で読んだことがあるような気がする。確かにこれこそJBKへの道だと痛感する。一度このお寺さんを訪ねてみたい。

極楽(しあわせ)への道

1 早起きする人、熟睡できる人

2 感謝して真剣に努力する人

3 仕事を趣味に能率を計る人

3 義務も責任も進んで果たす人

5 時間を守る人、礼儀正しい人

6 頼もしい人、融和を計る人

7 人を、自分をも尊敬できる人

8 常に反省して素直に改める人

9 何事も善意に解釈する人

10 注意深い人、決断の早い人

11 心身の健康を心掛ける人

12 質素で金を活かして使う人

13 孝心深い人、恩に報いる人

14 親切で人のためによく尽くす人

15 良心と優しい愛情に満ちた人

16 恥を知る人、偽りのない人

17 信念に徹した人、辛抱強い人

18 どんな苦難も悠々と耐える人

19 生きがいを求め精進する人

20 夢と希望に笑顔で生きる人

地獄(不幸)への道は後日。

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2007年8月15日 (水)

靖国神社参拝

靖国神社参拝

9時30分出発、11時30分靖国神社前到着。

参拝者の間では今朝、小泉元首相が参拝したニュースで持ち切りだった。それに引き換え行くか行かないかもはっきり言えない阿部首相にはあきれてものも言えない。赤紙一枚で召集され、いずれ靖国神社で再会しようと、千の風になって逝った兵士の霊に参拝するのに何も躊躇するものはない。

長い行列が出来ていた。きちんと隊列を作った右翼の団体がいた。その横が何故かすきずきしていてそこに並ぶ。直ぐ前に80代のおばあちゃんを乗せた車椅子を押しているおじいちゃんがいた。右翼団体の先頭で国旗を持った人が、その老夫婦を木陰があればそっちに誘導したり、人混みが押してくると身体で防いだり何かと面倒を見ていた。それがごく自然に出来ていて感動した。

参拝直前12時になって「一分間黙祷」の放送が流れ、皆それに従った。

参拝者の中に老人が少なくなった。いつも軍歌や進軍ラッパを吹いていた「老兵」の姿もなかった。

参拝を終えていつも立ち寄る茶店でビールを買って外の縁台で飲み始めるた。突然「こしさん」と声を掛けられた。毎年一緒になるIさんだった。Iさんは探偵とはまったく畑違いの現在も自治体の要職についておられるが、なぜか気が合って二昔前から参拝を共にしている。

Iさんは大学時代の友人と一緒だった。2人の席に合流。枝豆、焼き鳥などをご馳走になった。昨日娘が焼いてきた「オヤキ」を出して3人で分け合って食べながら色々話をした。

Iさんが昔私が書いてPHPに搭載された「母の茶断ち」のコピーをその友人に送ってあって、その方はわざわざそれを持ってきておられた。それが、一頻り話のつまみになった。母も、兄もキット歓んで見ていたと思う。2人に東京駅まで送ってもらって無事母との約束を果たせた。

それにしても暑かった。無事家に辿りつたのを確認してバアチャンはホッとしていた。

靖国神社参拝は母との約束

靖国神社には次兄が眠っている。母には内緒で手術台に上がった。手術で声を失い電話も掛けられず、田舎にも帰れなくなった。心配した母は靖国神社参拝を口実に二人の姉を従えて上京した。

長い地下鉄の階段を背負った。母は「夢のようだ」と繰り返し言いながら流した涙が首筋に伝わってきた。

その時玉串料を捧げ、何人かの方と昇殿参拝をした。神主さんが祝詞を捧げる時兄の名前を一番先に呼ばれた。それまで、堪えていた涙が一気に噴出した。母の涙は参列者全員に広まった。

家に2泊した。手術したことを隠していたが声が出ないという状態は隠しようがない。だが、母は病気のことも声のことも一言も聞かずに帰った。母の日記に一言、「丈夫ならいい」と書かれていた。

母は田舎に帰って尋ねて来る人毎にその昇殿参拝の感激を語ったという。老齢になって参拝の出来なくなった母の代参は母との約束。親孝行と名の付くことに縁がなかった私のせめてもの親孝行の真似事。後何回参拝できるか分からない。元気なうちはこの約束だけは守っていきたいと思う。こうして元気でいられるのは母たちが守ってくれているからだと思う。

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2007年8月14日 (火)

赤トンボ・オヤキ

赤トンボ

今日も暑かった。あちこちで熱中症で千の風になった。というニュースに怯えて、TVで高校野球応援。神奈川代表の桐光は一旦同点に追いついたが反撃もそれまで。宮崎代表の日南に延長11回9対6で敗退。暑い中よくやった。

庭に出ると、暑い暑いといっても季節の移ろいは進んでいる。赤トンボが一匹ナスの小枝にとまっていた。

子供の頃、安曇野の山中で赤トンボの大群が舞い交う中に立って、人差し指を立ててとまったところを捕まえて種類を言い当てた、遊び仲間も千の風になってしまった。

幼い頃遊びと言えば山に行くか、犀川で泳ぐのが子供の仕事だった。「お盆は泳ぐな。仏様に連れて行かれる」そんなことをまことに信じていたころが懐かしい。

オヤキ

赤トンボが使いだったのか、娘がお盆だから仏様にあげてと、秋茄子で「オヤキ」を作って持ってきた。

昔田舎に帰ると、オフクロが囲炉裏で汗を流しながら造ってくれたオヤキを思い出した。

本物のオヤキは、小麦粉をやや固め(耳たぼの硬さくらい)にこねたカワの中に油、塩で味付けした野沢菜やナスなどを入れて丸め、両面をホウロクで焦がして、囲炉裏の灰の中に埋めその上にオキをかき寄せて蒸し焼きにする。

オフクロはころあいを見て火箸でコンコンと叩いてその音の感じで焼きあがったかどうかを見分け、フウフウ灰を吹いてから囲炉裏の淵に載せてくれた。

「できたぞや、熱いから気をつけて、いっぺえ食べろや」

オフクロがオヤキを造るのを見ながら色々話をした。焼き立てのオヤキの味はまた格別だった。

娘が作ってきたのは蒸したもので本物とは違うが、オフクロの味がした。

今は田舎でも囲炉裏のある家は少なくなってしまって、本物のオヤキにもお目にかかれなくなった。

お盆だから千の風になった人がいっぱい来ているようだ。

明日は終戦記念日、靖国神社に参拝に行く。腰抜けの政治家はなんだかんだと言っているが。次兄が祭られている靖国神社参拝はオフクロとの約束。暑いからとバアチャンは心配している。

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2007年8月13日 (月)

コスモス定例会

コスモス定例会。

盆だというのに参加者が多く、病室からの参加者が2名、看護士さんも2名参加してくださった。世話人代表のOさんの名司会で、箱根一泊旅行の楽しかった話から始まった。(この旅行、篠は鬼の霍乱で参加できなかった。篠笛聞くのを楽しみにしていたのに・・・。と言ってくれる人もいた。)

「手術後は温泉に行っても家族風呂以外入ったことがなかったが、仲間と一緒だから大浴場に堂々と入れた」。仲間でしか話せない話。

「色々考えていたが、これまでとはまったく違った旅行でよい思い出になった」感慨深く語る人。

抗がん剤副作用で髪の毛が抜け、手造りの帽子の人も明るく、淡々とこれまでの状況。

今月26日2度目の手術をする人は決意するまでの経緯を。

「余命宣告されたが、治療はまったく受けず、ソフトボール一筋に生きていると、ガン太郎も静かになってしまった。医者がびっくりしている」

辛い、悲しい、厳しい、ユーモアー、色々の話が続いた。

体験発表は自己紹介を兼ねた。「アッ廊下で会いましたよね」と同じ病棟で顔を合わせていた人を探し当てて、びっくり、喜び、そんな光景もあって会場全体が和やかに明るい雰囲気になった。かなり厳しい状況の人の顔に明るい笑顔が見られたのが何より。

コスモスに参加してよかった。同じ状況の仲間を発見してホットした一瞬。

笛を吹きたかったが、発作に襲われ止めにした。

月見草相手に「千の風になって」を吹いた。

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原爆被爆体験者の怒りのメッセージ

先日このブログで長崎原爆記念日を取り上げたところ、辛い、悲しい、切ない、被爆体験者のご家族から生々しい被爆体験と、今なお続く後遺症と闘いながら篠笛頑張れとご声援メールを頂いた。
貴重な被爆体験を私独りが聞き流してしまってはならないと、ご本人のご了解を得てメールの原文をそのままコピーして転載することにいたしました。
早速のご承認有難うございました。
どうぞ、亡くなられたご家族の分まで長生きされて「20世紀最大の無差別殺人」の被害者の生の声を世界中に伝えて頂きたい思います。
原爆被爆体験者の怒りのメッセージ
今晩は。連日の猛暑、酷暑の方が正確かもしれませんが、本当にお忙しい毎日を送られているのですね。
JBK友の会のブログ拝見させていただきました。
篠笛さんのブログは、命あるものに対する憐れみの情、それと無常観を読み取ることが出来ました。
お仲間の方のブログも心理描写が本当に生き生きとしてり、私の心にしみこんできます。
コメントを寄せられている方々との強い絆、また、五行歌、囲碁のお仲間との連帯感には感心します。それと、JBKブログを立ち上げ、毎日更新していくエネルギーには驚くばかりです。
ブログのなかに原爆記念日のタイトルがありましたが、私の広島の原爆感についてお知らせします。女房の家族は爆心地から1.5キロメート地点に居住しておりました。
  私の女房は被爆者です。父と2人の兄、姉の4名はは8月6日の朝、外出したまま帰宅せず、 被爆死と断定されました。残っ たのは母と兄1人、姉2人だけでした。
  女房は当日母親の背に抱かれていましたが、閃光の直後、爆風で吹き飛ばされ、 母親は倒壊した家屋の下で失神したそうですが、兵隊に助けられたそうです。
  母は夫や子供を捜して2週間くらい爆心地を中心に探し回りましたが、遺体は どんどん火葬されており、探すことは出来ませんでした。兄と姉の2名は火傷を負い、 熱い、熱いと言いながら川へ入ろうとしましたが、道路は勿論のこと、川には多数の死体が浮遊しているため、兵隊に止められたそうです。
  母は夫や子供が必ず帰ってくると言って倒壊して跡形も無くなった自宅近くにとどまっていたのですが、勿論会えることはありませんでした。それでも諦めることが出来ず、1年位広島に留まり消息を求めて探しておりましたが、とうとう諦めて子供4人を連れ郷里に帰ったのです。その後兄がガンで亡くなり、母も14年前に旅立ってしまいました。
  3人の姉妹のうち、女房と1番上の姉が肺がんで、肺の切除をしております。真ん中の姉もガンではありませんが、病気に悩まされており、寝たきりの義兄の介護の毎日です。
  義母は生前私に、「原爆もつらかったけど、その後の生活の方がつらかった」と自分の子供にも言わなかったことを語ってくれました。
  ある時病床にある義母を見舞ったとき、少しボケが来ており、記憶が蘇えるまで時間がかかりましたが、私に「皆忘れてしまえばあの世に行けるんだけど、この世に執着があるから行けないんだよ」と言ったことが私に対する最後の言葉になってしまいました。
62年経っても放射能障害に悩まされている多くの人がいるのが現実です。自民党のピンボケ閣僚のような「しょうがない」発言は許されません。原爆投下は20世紀最大の無差別殺人であり、ユダヤ虐殺の比ではないと思います。
コスモスの会の緒方さんにお詫びとお礼をお伝えしました。
夫婦共々「負けてたまるか」の根性で頑張ります。
篠笛さんのガン太郎が早々に退散することを願っております。

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2007年8月12日 (日)

秋茄子は嫁に食わすな

キュウリはおしまい。

ナスは切り戻しで新しく出てきた枝に花を咲かせ始めた。「秋茄子は嫁に食わすな」と言われるくらい美味しい秋ナスがこれから採れそう。

庭木のあちこちに蝉の抜け殻が見受けられる。昔は一杯あって羽化の状況も見られたが、段々少なくなってきた。森が少なくなってきたことと、消毒を頻繁にし過ぎるせいかもしれない。

「秋茄子は嫁に食わすな」

語源由来辞典によると、解釈は3通りあって意味がまったく違う。ここは言語楼さんの出番のようだが、誤解のないように3つの解釈の要点を載せる。

1 憎らしい嫁には、美味しい秋茄子を食べさせるのは、もったいない。

2 秋茄子は体を冷やすから、大事な嫁に食べさせるな。

3 秋茄子は種が少ないので、子種ができなくなるから嫁には食べさせるな。

ちなみに篠は(2)を採用。(ホント)、 

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2007年8月11日 (土)

町内会役員会

朝から暑い.庭の掃除・水遣りをしただけで汗びっしょり。

夜。町内会役員会。

議題。防災訓練、敬老の集い。

各役員が担当事項の報告。下手な人ほど長くて分からない。

「盆踊りの会場に、移動式トイレが欲しい」と複数の来場者から要望があったことだけ発言。「検討する」と国会答弁のような回答。

孫が二人揃って昨日のお礼を言いに来て、色々話してゆく。

庭の棚情報

姫月見草

棚から部屋に移した月見草のご機嫌が悪いので、一鉢だけ残してまた棚に戻した。  その時月見草と競うのか「姫月見草」が、可愛い黄色い小さな花(直径7ミリ位)を咲かせているのに気が付いた。

姫月見草は背丈も10センチくらいと余り伸びず、春先咲き始めて肥料・剪定など手入れ次第で一旦休憩したあとまた咲き出して秋口まで咲き続ける。花が小さいから可愛いが、風情、情緒は「月見草」には叶わない。種が飛んで増えるが、突然忍者のように消えてしまうこともある。気難しい。

暑い中高校野球は熱戦が続いている。

コメントにまた新しい方が参加してくださった。嬉しい、ありがたい、励みになるね。

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孫達と楽しいデイト

二人の孫がそれぞれのフレンド(彼氏・彼女)を連れて横浜で4対1のデイト。4人は先日の神奈川新聞の花火大会のときも同じメンバーで見物に行った。驚くほど仲がいい。

若い人たちに囲まれると何もかもが新鮮で楽しい。彼氏も彼女も今時珍しくとってもいい子だ。つい、本音が出て「このままズーと仲良くね。」と、念を押すと4人とも笑っていた。

「おじいちゃん、お姉ちゃんの結婚式で篠笛吹くんでしょう。曾孫の顔みたいでしょう?」と、孫息子に心の中まで見透かされている。

三悠会副会長も参加して伊勢佐木町の中華で夕食をご馳走になった。バアチャンにお土産まで頂いた。色々買い物もした。財布は軽くなったが、まさに命の洗濯。

孫たちは大喜び。心の充電、癒し、楽しかった。こう楽しいことばかり続くと千の風になるのがつくづく嫌になる。もう少し「負けてたまるか」で踏ん張ってみるか。本気でそんな気になった。

ガン太郎よおとなしくしていろよ。

横浜駅で孫たちはそれぞれの相手を送るらしい。電車に乗るときは一人になった。

疲れて帰ってくると月見草が水切れ寸前で項垂れていた。日当たりがよすぎるから水切れも早い。早速霧吹きで全体に水を吹きかけてやってから、水が鉢の底から流れ出るまでタップリやった。暫くするとご機嫌を直しいつもと変わらず微笑んでくれた。月が出てくれると最高なんだが・・・。

コメントにまた新しい方が尋ねてくれた。月見草のお陰、嬉しいね。

一日一日の過ぎて行くのが速い。

楽しい一日はアッという間に終わった。

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2007年8月10日 (金)

月見草が「言語楼」に

月見草が言語楼さんのブログ「言語楼」に紹介された。月見草も有名になった。参考までそのさわりの部分を抜粋して紹介。

31号、通巻51号)                            「今日8日は早や立秋。不屈の精神力でガンの病苦と闘っている元刑事のK氏《注》から2日前、暑中見舞い状をいただいた。鬼刑事のイメージとはおよそかけ離れた可憐な「月見草」の写真2枚組みのはがき。1枚は白、もう1枚は淡いピンクの花だった。

月見草というと、黄色い花を思い浮かべがちだ。大の園芸好きのK氏も、知り合いからもらった月見草の苗が育って花咲くまではそう思い込んでいたそうだ。しかし、黄色いのは、月見草ではなく「マツヨイグサ」か「オオマツヨイグサ」だという。花の色はともかく、花の名前は、「月見草」のような、素直な読み方では通じない難しい漢字を充てているものも多い。」

この続きで花の漢字名前の由来などが色々書いてある。興味のある方は是非「言語楼」を覗いて見てください。隠れた教養材料が満載されています。

言語楼さんありがとう。あなたにも月見草の子供を差し上げますからね。

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ポレポレ通信・ガン患者会

ポレポレ通信(患者会タンポポの綿毛機関紙)

こころちゃんが立ち上げた患者会「タンポポの綿毛」の機関紙「ポレポレ通信」を送って頂いた。こころちゃんが千の風になって、新しい世話人の方々が纏められた始めての発行である。A4一枚だが、わが藍ちゃんのイラスト入り五行歌。角田清子さんを偲ぶ会。JBK友の会に寄せられたこころちゃんの長女ココロちゃんの心こもった立派なメッセージ。など内容は豊富。

お盆が近くなってこころちゃんが帰ってきたみたい。

藍ちゃんの五行歌素晴らしいので転載

残り時間は

決められない

だから

いつだって

大切な時間

患者会「コスモス」は毎月(第2月曜日)午後2時から、(今月は13日お盆でも開催予定)県立ガンセンター開催されています。男女制限なし。患者でなくても家族の方も見えています。

婦人の患者会「タンポポの綿毛」は毎月第3水曜日午後1時、県立ガンセンター開催。

誰にも言えない、言っても分かってもらえない。そんな悩みを抱えている方は是非覗いてみてください。難しい手続きはなく無料です。

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2007年8月 9日 (木)

長崎原爆記念日/

長崎原爆記念日

日本人が、世界中の人が忘れてはならない日。

五行歌歌会で時々被爆体験を歌に詠まれる原爆被災者がおられる。

62年過ぎた今もって後遺症に悩んでおられる方も多い。何年経っても悲しみ、痛み、怒りは消えるものではない。

長崎出身なのに、馬鹿な発言をして大臣を棒に振った愚か者もいた。彼を選んだ人々はどんな思いでこの日を迎えているのだろうか。

頭の中を開いて覗いてみたい思いがする。

「平和」は夢の中の話なのだろうか。

昔の探偵仲間がTV出演

8月18日午後6時から30分、テレビ朝日「人生の楽園」に愛称「ねんちゃん」こと川崎年冶氏が家族とともに出演。

ねんちゃんは探偵仲間。惜しまれながら定年前に退職して故郷宮崎県でブルベリーなど手広く栽培を始めた。

地域の人たちにも愛され信頼されて活躍している。宮崎ではブルーベリーはまだ珍しいらしく結構お客さんも増えて、またいまの倍近く広げるらしい。土地の値段が驚くほど安い(この辺の300分の一くらいらしい)のにはびっくりした。 

昔の仲間が第二の人生で成功して元気で活躍しているのは何より嬉しい。是非来てくれというので逝く前一度覗いてみたいと思っている。また一つ楽しみが増えた。

暑いからとバアチャンに日中は庭に出るのを禁止された。先日の熱射病?異変もあることだし、おとなしく言うことを聞くことにしてTVで高校野球。ふるさと代表松商学園は敗退。「見ても結果は同じ。あそこはこれまで何度出ても勝ったことがない。」と言いながら最後まで見ていた。

月見草はフットボールのような種を幾つも付けながら次から次ぎ咲いている。

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2007年8月 8日 (水)

コメント数1000を超える。

重大ニュース。JBK友の会へコメント数1000を超える。

今日何気なくブログの管理室を覗いてその数字に驚いた。

今年1月から始めたJBK友の会なのに、8月8日現在、記事数243、コメント数1014.累計アクセス数29621、一日平均アクセス数142。

コメント数がついに1000通を超えていた。皆さんのご協力に感謝します。ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

継続は力なり。コメントはなくても大勢の方が見ていてくださることが分かって身が引き締まる思い。

千の風になる寸前まで、わが身の辛さを押し隠して、「負けてたまるか」篠さん頑張れ!!とご声援コメントを送ってくださった方もいた。

一度もコメントを書き込んでおられない方、是非この際甘口、辛口なんでも一言書き込んでみませんか。お待ちしております。

コメントを通じてまったく新しい仲間の輪が広まっていく。いろいろ教えて頂くこともあって毎日が楽しくなってきた。千の風になんかなっていられなくなった。

ガン太郎もびっくりしているに違いない。

記念すべき1000番目の方と前後賞は、今度のコメント会で発表します。その際ささやかな記念品を差し上げたいと思います。なにがいいでしょう?。乞うご期待。

続けていきたいね!!!!。(これが本音です)

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2007年8月 7日 (火)

庭の芝刈り

昨日に引き続き暑い。

午後少し涼しくなったころを見計らって庭の芝刈り、面積はそう広くないが芝刈り機がしょっちゅう故障で参った。芝の中に眠っていたトカゲやコオロギの子供がびっくりして逃げ回っていた。可哀想なことをした。

終わったところに、孫息子がモロッコインゲンと青ジソを取りに来た。「おじいちゃんのところの野菜は美味しいね。」とお世辞も一人前になってきた。

太宰治が名作「富獄百景」の中で「富士には、月見草が似合う」と言っていることに家の月見草が不満そうで、古い本棚を探して「富獄百景」を読んでみる。暇なんだな。月見草今日も3輪誰かを待つのか黙って咲いている。唯、どうしたことか昨晩咲いた2輪がやや花びらを閉じ始めたもののピンク色にならず、散らずに夜を迎えている。「太宰さんのお陰で月見草も有名になったんだ。昼間咲いている仲間もいるんだから、今更騒がないでといっているのかもしれない」篠がやっていることが分かっているようだ。

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太宰「富獄百景」の月見草

太宰治も月見草をこよなく愛し、太宰の名作「富獄百景」の中で「富士には、月見草がよく似合う」と書いてある。と聞いて、古い本棚の奥の太宰治全集から「富獄百景」を引っ張り出して読んでみた。

太宰治が妻と離婚して作家としての意欲に燃えて昭和13年ころ、山梨県河口湖町の「天下茶屋・峠の茶屋」に滞在した。そこで執筆した太宰の名作と言われる「富獄百景」の中で確かに「富士には、月見草がよく似合う」と書いているが、ここで言う月見草は「黄色のオオマツヨイクサ」のことで厳密に言うと「月見草」ではなさそうである。 

まあ黄色いオオマツヨイクサを月見草と呼ぶこともあるそうだから、まったく間違いではないから目くじらを立てることはないが、チョット一言言いたい気分である。

実はこの花に出会うまでは、篠も黄色い花のオオマツヨイクサを月見草と思っていた。だから「白い花の月見草」と呼んでいたくらゐだから、ここで太宰さんを責める気持ちはまったくない。月見草に代わって一言言うだけ。

「後の説明がなく、純白で穢れを知らない月見草は富士山とよく似合う」なら納得するが、太宰が言う「富士山の山と、立派に相対峙し、みじんもゆるがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたいくらゐ、けなげにすくっと立ってゐた」というイメージは家の月見草には似合わない気がする。

月見草は黙ってソット見るだけ、手も触れることさえできない、気品、可憐、愛おしさ、溢れる花である。まさに「無言の恋」(と篠は思っている)

千の風になったとき太宰さん聞いてみよう。専門家言語楼さんのご意見もお聞きしたい。今晩月見草にも聞いてみる。

「富獄百景」の中でバスに乗った太宰が老婆に教えられて月見草を見たくだりを参考までに原文のまま。

  

「老婆も、私に安心したところがあったのだろう、ぼんやりひとこと、

「おや、月見草。」

そう言って、細い指でもって路傍の一箇所をゆびさした。さっと、バスは過ぎてゆき、私の目には、いま、ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えずに残った。3778米の富士山の山と、立派に相対峙し、みじんもゆるがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたいくらゐ、けなげにすくっと立ってゐたあの月見草は、よかった。 

富士山には、月見草がよく似合ふ。」 

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2007年8月 6日 (月)

PinkyPigletsのライブ

暑い日。篠笛教室。津軽山唄、竹田の子守唄。月見草騒ぎで練習サボって行ったが丁寧に教えてもらった。

先生を交えて有志で昼食。先生始めて旦那の実家のお墓参りに行ったが行きは雷、帰りは台風と大変だったらしい。仲間の一人は、北海道でレンタカー借りて楽しもうとしたのに旦那が、免許証を忘れて折角計画した旅行プランが夢と消えた話。話題は尽きなかった。

暑い中一旦帰って藍ちゃんの長女明日香ちゃんの中学時代からのグループで結成プロデビューしたPinkyPigletsのライブが関内横浜BAYSIS [HP]であり、なんでも経験と参加。院長も来て色々気を遣ってくれた。先生が耳栓用意して行きな。といった意味が分かった。腹の底から突き上げてくる音楽。流石のガン太郎もびっくり。聞いている人歌が分かるのだろうか?

明日香ちゃん全身で頑張って歌っていた。時々目が合うと笑顔で手を振って応える余裕を持っていた。普通ではとても覗けない迫力満点。藍ちゃんが椅子を持ってきてくれて助かった。

篠笛の世界とはまったく違う別世界。終わってから舞台から降りてきて握手したが疲れた様子もなかった。

藍ちゃんは関係者一人ひとりに何かプレゼントしていた。親も大変だ。邦一院長はニコニコ笑顔で優しく見守っていた。

長生きしていれば色々のことを経験する。冥土への逝ったとき藍ちゃんのお父さんにいい土産話が出来た。孫たちなら喜ぶだろう。

終わった後中華街の馴染の店へ足を伸ばし、軽く乾杯。乾杯といっても3人ともほとんどアルコールは駄目だった。初めて経験する記念すべき夜だった。

家では月見草が3輪も咲いて待っていた。

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2007年8月 5日 (日)

月見草便り

月見草便り

月見草にコメントを下さった方に、月見草の暑中お見舞いを差し上げました。純白と桜色の2枚。接写でぶれが目立っていますが、そこがまた素人らしくていい。と言ってください。お返事はコメントで。

ヒッソリと

一夜の命

月見草

誰に捧げる

無言の恋(花言葉)

今晩も雷に震えながら、3輪ヒッソリと咲いている。 待ち人は来るのか?何とか会わせてあげたい。

たった一夜の契り

恥ずかし気に

ピンクに

染めて散る

月見草

モロコシの美味しい食べ方。

「茹でたり蒸かすことはない。皮をむかずに、そのまま電子レンジに入れて、7分。美味しく出来上がり」モロコシを持ってきてくれた友人がバアチャンに教えてくれた。手間も省けるし、美味しい。とバアチャンは大喜び。

スポーツセンターで1時間水遊び。

明日は篠笛教室。月見草に夢中でまったく練習してない。

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「無言の恋」・月見草の花言葉

昨晩はほとんど寝る間もなしに月見草と語り明かした。

日没(月が出るころ)とともに蕾が割れ始め、約一時間で完全開花。夜が明ける前(月が沈むころ)しぼみ始め、日が昇るころには完全に花びらを閉じてしまう。いま9時30分完全にしぼんでしまった。冷房がかわいそう、庭に戻してやることにした。

純白、4弁、直径6センチ。気品に溢れ一夜だけの花だから皆に愛されるのかもしれない。

安曇野の犀川の川原に咲いていた黄色い花の「大待宵草」を月見草と思っていた。それが間違いであったことを昨晩知った。「白い花の月見草」と呼ばなくても「月見草」は本来(白い花)だった。

太宰治も同じ間違えをしているらしい。

虫のいなくなった夜咲き始め、風に揺られて受粉し、虫や喋喋などが飛び出す前に桜色に変身して花びらを閉じてしまう。この神秘な繰り返しで「純白」を守ってきたのかもしれない。

言語楼さんが「月見草」の花言葉は色々あるが篠に相応しいのは「無言の恋」とコメントで教えてくれた。ネットで調べると月見草の花言葉は幾つもあった。

「無言の恋」(あなたを待っています)の他には、「美人」「自由な心」「うつろな愛」「浴槽の美人」が上げられている。竹久夢二もこの花をこよなく愛したそうだ。篠もこれで詩人の仲間入りが出来そう。

この可憐で純粋の真っ白い花を一目見るだけで心が洗われる思い。是非増やして皆さんに差し上げたい。やることがまた増えた。

来年月見草の花の咲くころ、コメント会一泊でいかが?皆さんご期待ください。それまで千の風にはなれそうもない。

月見草に

惹かれて 

千の風 

見送り 

神様お許しを・・・

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2007年8月 4日 (土)

白い花の月見草

文章の仲間から偉い先生から種を頂いたという白い花の月見草の苗を貰って大事に育てていた。

大事にし過ぎて茎がやや軟弱で、腰を曲げている。それでも蕾が段々大きくなってきて、初めて咲く花がどんな花か楽しみだった。ここのところ、朝起きると一番先にその鉢を見に行っていた。今朝見ると花の重みでそばの木の肩に寄り添うように、控え目に微笑んでいる花を見て驚いた。白ではなくなんともいえない淡いピンクと言うより「桜色」の花だった。

日が射してから写真に収めようとしたが、花の命は短い。朝食後カメラを持って行くと、もう萎んでしまっていた。

キット交配の際近くの別の花粉が混じってしまった自然のいたずらだと思い、早速苗をくれた人に報告した。「夕方の咲き始めは純白で、朝方になると桜色に変身して散る」

と聞いて、今宵は鉢を棚から2階のベランダに移動して観察を開始した。日が落ちてから蕾が風に揺られながら純白の頭を覗かせてきた。なかなかパッとは咲いてくれない。お月様が出てくるのを待っているのかもしれない。

カメラの用意をして戻って来て見ると、4弁の純白の見事な花が咲いていた。棚に行ってみるとそこでも一輪宵闇の中にくっきりと咲いていた。咲くところは見せたくないのかもしれない。

こんな可愛い花だと月見草を歌った歌も変わってくるだろう。

こう云う事があるから山野草を止められない。

花に余り興味を見せないバアチャンも「綺麗だね、何の花」と感嘆していた。

そう言えばこころちゃんが白い月見草って神秘的だ。是非見たい!。と言っていた。咲き始めた花をゆらゆら揺らしているのは千の風のこころちゃんが見に来たのかもしれない。

お月様が出てきたらこの花をお供えして願いごと聞いてもらおう。叶えてくれるかもしれない。今夜は素晴らしい話し相手が出来た。

花に興味を持たない人でもこの花なら好きになってくれると思う。種を採って増やして形見にしよう。

この花か秘かに愛されているのは、宵闇の中でヒッソリ咲いて朝方桜色に変身して散ってしまうからかもしれない。見習いたいが、とても真似はできない。

篠笛で「宵待ち草」を心をこめて何回も吹いた。大きな花は風を受けてゆらゆら揺れて、遊んでくれた。

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2007年8月 3日 (金)

高度ガン医療人材育成

高度ガン医療人材育成(8・2神奈川新聞) 

横浜市立大学は2007年度から、東大、東邦医大と合同で、高度なガン医療の担い手育成に乗り出す。 

診療科の枠を超え、様々なガン疾患に対応できる医師、薬剤師、放射線技師など3っの養成講座を開設する。 

東大を中心とした3大学は主に化学療法や放射線治療の指導的人材の育成を目指す.

横浜市立大学は「これまでは消化器系や泌尿器科系など診療科ごとにがん治療を身に付けていた。今後は横断的に取り組み、ガンの転移などがあっても一人の患者を継続して診療できるようにしたい」としている。 

これまでそうではなかったのか?と思う患者は少なくない。

医療者も真剣にがんに取り組む姿勢を持ったことは何より。大いに期待しよう。それにしても、篠には間に合いそうにない

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片肺と声の命日

30年前の暑い日だった。家族と松本から来てくれた義姉と姉に見送られて手術室に運ばれた。麻酔を打たれ「1から数えて・・・」5までは記憶がある。「5」と数えたのが唯一の財産だった「声」の最期となった。

中国鍼治療で僅か戻った「しわがれ声」がトレードマークになった。

失われた声について「医療ミスではないか」「訴訟を起こせ」などといろいろ言ってくれる人がいた。心が動いたこともあった。日常生活にそんなに不自由は感じない。

お世話になった人たちに迷惑は掛けられない。「丈夫ならいい」おふくろの一言で決着が付いた。

古希を過ぎて始めた篠笛が「声の代走者」となって、嫌だったカラオケ付きの2次会も気ならなくなった。篠笛で新しい世界が生まれた。

近くの森に行って、藪蚊に襲われながら思いっきり笛を吹いた。例によってカラスが寄ってきた。若しかするとカラスは千の風になった仲間の変身かもしれない。フトそう思って(千の風になって)を繰り返し吹いた。藪蚊がしつっこく笛の中まで入ってきて長居は出来なかった。

持ち込みの植木相談2件・いずれも肥料と水のやり過ぎに長雨が原因の根腐れ。かなり高価なものだが手遅れで、手の施しようがない。代わりにと棚のものを欲しがる仕草を見せたが、持ち込まれたものと同じ運命を辿ることがみえみえだから丁重に断った。

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2007年8月 2日 (木)

手術前夜の願い・再度

松本の姉から、お世話になった病気寮中の人に「負けてたまるか」を見舞いに届けた。その人から、[最後まで諦めない勇気と希望を頂いた]とお礼の電話を貰った。そんな電話のついでに昔の手術前後の事が一頻り話題となった。辛く、苦しかった昔が蘇った。

明日(8月3日)は篠の片肺と声の命日。「肺癌。切らねば3年。切れば5年」と宣告され痛い思いをして手術してもその差2年なら切らない。と手術を拒否した。借金して家を新築した後、痛みに耐え兼ね手術台に上った。30年前だった。

手術前夜ガン病棟の屋上に上がった。足早に流れていく雲間から突然顔を覗かせたお月様に、ウサギ年だった母の顔が重なった。母には何も告げずの入院だった。

「手足をもがれてもよいです。どうか母が健在のうち、せめて長男が高校を卒業するまでの命を下さい」

困った時の神頼み、お月様に真剣に祈った。神様は命の代償に声をお召しになって、願いを聞き入れてくださった。無信心の篠に神と奇跡の存在を教え、厳しい新しい人生をお与えになった。(負けてたまるか134ページ「屋上でお月様に捧げた祈り」から)

心掛けが悪いのだろう、またもガン太郎に不法同居された。

「孫の結婚式で篠笛を吹きたい」「JBK」また虫のいい願いをお祈りしているが、

「仏の顔も三度」今度はそう無理なお願いも聞き入れてもらえないかもしれない。台風5号の影響かお月様も顔を見せない。平均寿命も延びたことだし余命も伸ばしてもらえるかもしれない。どんな状況下でも希望を棄てないところが長生きの秘訣。「負けてたまるか」

娘の運転でバアチャンの買い物(オクラ)に付き合い、うなぎ丼昼食。

自民党は馬鹿揺れしている。

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阿久悠さんガンで千の風に

最近テレビでオクラが健康にいいと、やっているのを見たバアチャンから、来年は家でもオクラ作ってよ。とやや真剣の注文。言えば何でも出来ると思っている。

オクラは昔安曇野の実家で「和紙」を作っていたとき、おふくろが、紙の艶出しと繋ぎだとオクラの根っこをどろどろに煮込んで「コウゾ」に混ぜていたのを思い出した。花はハイビスカスに似た綺麗な花だった。でも当時田舎でオクラを食べた記憶はまったくない。

兎に角来年は狭い畑にまた同居人が増えることになる。

あのネバネバがガン太郎を身動きできなくするかもしれない。

友達から送られ来たモロコシを取りに来た娘から、16号線沿いの野菜自動販売機で新鮮なオクラを安く売っているという情報で、ドライブがてら買いに行くことになった。外で昼食を奢らせようという魂胆は見え見えだが付き合うことにした。

作詞家の阿久悠さんが腎臓・尿管ガンで亡くなった。享年70歳。名前の由来は「悪友」から取ったとテレビで言っていた。歌嫌いの篠でも何曲かは諳んじている。いつも、篠の代役で歌ってくれた青森出身の千の風のYちゃん「津軽海峡冬景色」がお得意だった。「いい人から順」は満更出鱈目ではなさそう。そうだと、篠はもう少し残れるかな?そんな他愛のないことも、フット想うこのごろ。

もう今日は8月2日だ・・・。

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2007年8月 1日 (水)

けじめ

ブログのメンテナンス(31日21時から1日15時まで)でおご迷惑お掛けしました。

今晩横浜港で花火大会。孫たちがそれぞれカップルで見物に行った。

昨日畑仕事やり過ぎた感じ。

赤城大臣がようやく辞任。今更手遅れ。こう言う人を2度と選んではならない。

朝青龍2場所出場停止処分。世の中そんなに甘くない。

まだまだけじめを付けなければならないやつがいる。安心して千の風にもなれない。

信州の友人からモロコシを沢山送ってもらった。孫たちにもお裾分け。

「笛竹」原稿再度見直し。

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