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2007年8月20日 (月)

友情の締め括りは、ありがとうで

St.トロンさん、亡きお父さんとお友達の素晴らしい友情の話、感動して読ませていただきました。そんな素晴らしいお友達がいたということはお父さんが素晴らしい方だったからですね。友情の大切さを半世紀経った今でも当時の状況そのまま記憶に残されている。お父さんは千の風になってずうっと家族を見守っているんだと感じました。

異風坊さんのコメントにもあるように気持ちがいい、心温まる話でした。

折角のいい話に水を差すようで申し訳ないけど、友情って簡単に言うけど、St.トロンさんの話のようなことは極稀ではないでしょうか。

あなたのお話を読んで、つい、昔を思い出してしまいました。この話は何回もしている話です。

肺手術で声を失って、今後のことを相談しようと病院に来てもらった親友(そう信じていた)から「声が出ないんじゃ職場復帰は無理」といきなりの退職勧告でした。(その友人はSt.トロンさんも知っている人です)人に言っても信じてもらえない話です。でも、結果的にその一言が、「負けてたまるか」と開き直りの繋がったのです。

「友情も、愛情もお互いが対等の状況のとき成り立つものであって、どちらかのバランスが崩れたとき、悲しいかなそれは崩壊する。」(負けてたまるか、4ぺーじ)

あの時以来、ズーっとそんな考えに支配されていました。最近その考えが変わってきました。友達って付き合いの長短ではない。何かを与えたり、与えてもらうものでもない。心と心の触れ合い。心ある人は一回会っただけでも友人になれる。

でも、悲しいけれど人間は生まれてきたとき一人のように、突き詰めていけば一人。

孤独は人間の宿命。

愛情も、友情もお互い代償を求めないこと。迷惑を掛けない。頼らない。

「受けた恩は心に刻め。掛けた情けは水に流せ。」

これが付き合いの基本だと学びました。

今、篠は人が羨むように素晴らしい人に恵まれています。皆篠の心を読み切っている人。こんな幸せをガン太郎が焼いているのかもしれない。神様も残酷なことを平気でなさる。

最期はサヨナラではなく、ありがとう、で締め括りたい。

今日は篠笛教室、早めに行って「千の風になって」を何回も吹いた。

孫の誕生日プレゼントの風鈴が静かに千の風の訪問を告げている。最近チョッとオカシイのかな?

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