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2007年8月15日 (水)

靖国神社参拝

靖国神社参拝

9時30分出発、11時30分靖国神社前到着。

参拝者の間では今朝、小泉元首相が参拝したニュースで持ち切りだった。それに引き換え行くか行かないかもはっきり言えない阿部首相にはあきれてものも言えない。赤紙一枚で召集され、いずれ靖国神社で再会しようと、千の風になって逝った兵士の霊に参拝するのに何も躊躇するものはない。

長い行列が出来ていた。きちんと隊列を作った右翼の団体がいた。その横が何故かすきずきしていてそこに並ぶ。直ぐ前に80代のおばあちゃんを乗せた車椅子を押しているおじいちゃんがいた。右翼団体の先頭で国旗を持った人が、その老夫婦を木陰があればそっちに誘導したり、人混みが押してくると身体で防いだり何かと面倒を見ていた。それがごく自然に出来ていて感動した。

参拝直前12時になって「一分間黙祷」の放送が流れ、皆それに従った。

参拝者の中に老人が少なくなった。いつも軍歌や進軍ラッパを吹いていた「老兵」の姿もなかった。

参拝を終えていつも立ち寄る茶店でビールを買って外の縁台で飲み始めるた。突然「こしさん」と声を掛けられた。毎年一緒になるIさんだった。Iさんは探偵とはまったく畑違いの現在も自治体の要職についておられるが、なぜか気が合って二昔前から参拝を共にしている。

Iさんは大学時代の友人と一緒だった。2人の席に合流。枝豆、焼き鳥などをご馳走になった。昨日娘が焼いてきた「オヤキ」を出して3人で分け合って食べながら色々話をした。

Iさんが昔私が書いてPHPに搭載された「母の茶断ち」のコピーをその友人に送ってあって、その方はわざわざそれを持ってきておられた。それが、一頻り話のつまみになった。母も、兄もキット歓んで見ていたと思う。2人に東京駅まで送ってもらって無事母との約束を果たせた。

それにしても暑かった。無事家に辿りつたのを確認してバアチャンはホッとしていた。

靖国神社参拝は母との約束

靖国神社には次兄が眠っている。母には内緒で手術台に上がった。手術で声を失い電話も掛けられず、田舎にも帰れなくなった。心配した母は靖国神社参拝を口実に二人の姉を従えて上京した。

長い地下鉄の階段を背負った。母は「夢のようだ」と繰り返し言いながら流した涙が首筋に伝わってきた。

その時玉串料を捧げ、何人かの方と昇殿参拝をした。神主さんが祝詞を捧げる時兄の名前を一番先に呼ばれた。それまで、堪えていた涙が一気に噴出した。母の涙は参列者全員に広まった。

家に2泊した。手術したことを隠していたが声が出ないという状態は隠しようがない。だが、母は病気のことも声のことも一言も聞かずに帰った。母の日記に一言、「丈夫ならいい」と書かれていた。

母は田舎に帰って尋ねて来る人毎にその昇殿参拝の感激を語ったという。老齢になって参拝の出来なくなった母の代参は母との約束。親孝行と名の付くことに縁がなかった私のせめてもの親孝行の真似事。後何回参拝できるか分からない。元気なうちはこの約束だけは守っていきたいと思う。こうして元気でいられるのは母たちが守ってくれているからだと思う。

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コメント

泣きながら、読みました。何も言わずに帰ったお母さんみたいに、なりたいなあと思いました。日記の一言、丈夫ならいい って、ほんとね。命があれば、なんでもできるもんね。お母さん譲りなんだね、書くことは、真剣に生きること。

投稿: 藍弥生 | 2007年8月16日 (木) 07時29分

子を思う親心、親との約束を果たそうとする老いた子心。最近失われたものを感じた。お元気で。

投稿: なみだ | 2007年8月16日 (木) 09時22分

子を思う母の切ない気持ちと、篠笛さんの母を思う気持ちと、靖国神社が、三位一体となって心にせまって来ました。なっちゃんも郷里の老親を靖国神社に案内したくなりました。

投稿: なっちゃん | 2007年8月17日 (金) 19時52分

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