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2007年11月11日 (日)

半世紀前の仲間と懇親会・デカの思い出話

約半世紀(47年前)一緒に勤務したK署の仲間の会。毎年1回その管内の老舗の料亭で開催している。知っている顔も何人か千の風になってしまって、ここの所しばらくご無沙汰してしまっていたが、宣告が間違いなければ来年は出られない。内々のお別れも含めて出席の返事を出した。その料亭昔は庭が相模湾に接していて景色は最高だった。、海水浴も出来、アサリも採れた。今は海は埋め立てられ工場が乱立し昔の風情はまったくない。店は当時のままで廊下を歩くと一足ごとに軋んで思い出を語りかけてくる。

管内に検疫所があって一般人は立ち入り禁止となっていた。顔を効かして大潮の時お昼休みそこの海岸に行くと30分ほどで麻袋に一杯アサリが採れた。採れたアサリを山間部に転勤した仲間のところに送って野菜と交換したこともあった。

狭いデカ部屋で、探偵は皆ベテランの先輩だった。一応デカ長で「ボースン」と呼ばれていた。大きな事件もなく専ら「ドロボウ」を追い掛ける毎日だった。ある日都内の捜査に出て遅くなりそのまま家に帰って、翌朝出勤してゆくと当直幹部のところに名前が書いてあった。当直主任が大物で、「何かあれば呼び出せばいいや」と呼び出しをしなかった。その人にはいまだに頭が上がらない。そんなことが許される長閑な家族的雰囲気だった。だから半世紀が経っても会合が続いているのだと思う。

強盗事件の実地検証に行って捕まえてきた「マムシ」を署の裏庭で蒲焼にしたが誰も食べる者がいなかった。1匹丸ごと食べてしまった。その後が大変。体中ホテッテ顔は真っ赤になってしまった。上司に昼間から酒を飲んでいる不謹慎だと叱られた。近況報告でそんな思い出話のついでに宣告のことにも触れた。篠笛を2曲吹いた。皆驚きの眼差しで聞いてくれた。

近況報告で長々と自慢話の後、亡くなった友人の悪口を得々とおしゃべりしていた人がいた。途中ストップを掛けたいのを我慢した。                           柔道4段の探偵仲間が昔のことを事細かに覚えていたのには驚いた。彼も胃がんの手術をして「負けてたまるか」を持って入院したと同病者でなければ理解できない話しをしていた。彼とはもっと色々昔話をしたかった。

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コメント

篠さん 
 お孫さんの結婚式までは、閻魔様も呼びには来ないよ。そのうち曾孫が産まれるまではダメだとか延長してくれるさ。マムシなんか平気で食ったやつなんか、さすがの大王も気持ち悪くて、呼ぶ気にならないね。
 最近忙しくて、コメントも書かなかったけど、そのうち、またやりましょうかね。

投稿: 異風坊 | 2007年11月11日 (日) 21時48分

ひとことで 半世紀!と言ってしまいますが
すごい歳月ですよね。私たちも 60年 70年と
続きますようにと願っています。篠笛さんも
まだまだ 大丈夫。たくさん篠笛を聴かせてください。今週 木曜日くらいから寒くなるとか? みなさまも 風邪には気をつけましょう

投稿: ふくろう | 2007年11月11日 (日) 21時53分

仲間がいっぱいいていいね。今度、捕まえた人も、来ちゃったりしてね。いい人に、生まれ変わってたら、いいね。

投稿: 藍弥生 | 2007年11月11日 (日) 22時38分

せいいっぱいお仕事をされた方々の充実感が感じられる篠笛さんとお仲間の交流の様子が、いきいきと伝わってきました。

投稿: なっちゃん | 2007年11月12日 (月) 01時31分

藍ちゃんのコメントで思い出した。
昭和30年代前半まだ新米の探偵だった時選挙違反で捕まえた人が、その後政治家で成功し偉くなったが、事あるごとに言葉を交わしていた。退職した時「本日あるのは、あなたのお陰。あの時の調べは心に残っている」と送別会をやってくれた。余り詳しく書けないのが残念。
75年も人生やっていると色々の仲間がいるよ。付き合いの基本は「心」

投稿: 篠笛 | 2007年11月12日 (月) 05時13分

へー、やっぱりそういうことも、あるんだね絵。だって、オギャーっていまれたときは、みんな、みんな、いい子だよね。はじめっから、悪い子は、いないもんね。

投稿: 藍弥生 | 2007年11月12日 (月) 13時03分

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