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2007年12月31日 (月)

19年度重大ニュースまとめ

19年度重大ニュース纏め

10大ニュースを重大ニュースとして書きっ放しで終わろうと思った。一口で言えば「皆さんのお陰です。有難うございました」で終わること。長々と続くものは読んでくださる方がいないと分かっていても、何か解説がしてみたくなった。一年の締めくくりだが、来年のことは分からない。様々な思いを込めて慌ただしく纏めてみた。

ブログ「JBK友の会」一年間更新

年の初めに「藍弥生の世界」に刺激されて、立ち上げたブログ「JBK友の会」は書き始めてから休むことなく更新し続けた。記事数416、コメント数1801、アクセス総数49482、 一日平均アクセス数140,53と予想外の反響だった。慣れないことから不手際、ご迷惑もお掛けしたこともあった。

色々ご批判もあった。が、連日心ある方々のコメントに励まされ、慰められ、奮起して継続できた。人の情けと思いやりを再確認できた。

あつかましくも,同じ病と闘っている方の少しでも参考になればと、余命宣告された年寄りの生き様をありのまま書くと宣言したが、文章に出来ない部分もない訳ではなかった。宣告された余命が平均寿命までに延長されたものの本番はこれから。最後の闘いは始まったばかり。どこまで書き続けることが出来るか自信はない。少なくてもブログを書くことによって「負けてたまるか」の精神を少しは維持できると思う。温かいご声援有難うございました。これからもよろしくお願いいたします。

11回目の入院・余命延長

「肺がん。あと3年」と宣告されて33年目、今回は「質の悪い前立腺がん。ステージ4-D、余命2年」。手術不可、全治なしと通告された上で、内分泌療法(ホルモン療法)が始まった。治療費は一回行くと3万円から4万円。しかし、増富のラジューム温泉療法なども効果があったらしく1年経過したところでマーカーは驚くほど減少した。でも、ゼロにはならない。11回目の入院で全身麻酔の針生検の結果、前回4箇所から発見されたがん細胞は一箇所からも発見されなかった。主治医は笑いながら、年齢的に、癌でなくても何があってもおかしくない。と但し書きつきで余命を平均寿命(79歳)まで延長・訂正した。

年が明けて直ぐ血液検査がある。千の風になるまで病院と縁が切れない。人前では余禄の人生何時お迎えが来てもいいや。と見栄を張って見せるが、漠然とした不安には絶えず付き纏われている。手の痺れなど副作用のようなものも段々増して来た。しかし、余命延長で正直ホット一息入れることが出来た。辞めていたアルコールも乾杯のビールくらいは飲むようになった。(こう書くと孫に叱られそう)

薬は最悪2年で効かなくなる場合もあるという。残された余命をどう生き抜くかが課題。一日一日を大切に、悔いなく生きること。願いは一つ負けてたまるかで「JBK」。

コメント会(月見草の会)

今日現在コメント数1801。ブログを一年間続けて来られたのはコメントの励ましがあったらばこそである。8月30日、コメント数が1000を超え、桜木町ワシントンホテルでコメントを書き込んでくださった有志の方と昼食会を開催。物珍しさもあって25名の方が参加してくださった。私自身始めてお目にかかる方もいたがそんなことはまったく関係なく楽しかった。

コメント会をやろうと言い出して企画してくれたのはこころちゃんだ。その前のコメント会を目前に入院、車椅子でも参加すると言っていたのに、突然千の風になられてしまった。有志はコメント会の終了後その場所からお通やに参加した。葬儀一式は故人の遺言で「音楽葬」で執り行われた。機会があれば増富温泉山中で聞いてもらうはずだった「ねんねころいち」をお通やの席で吹いた。ご家族は涙で聞いてくださった。こころちゃんが書き込んでくれたコメントは、いつでも、キーボードをポンと叩くと蘇ってくる。まさに眠ってなんかいない。

2000になったときまた皆さんにお目にかかれるのが楽しみ。

何人もの人が千の風に

年末受け取った訃報の葉書は49枚。悲しいことにコメントに連日書き込みをして下さったこころちゃん初め何人もの方が千の風になられてしまった。こころちゃんが新井満さんのCDを送ってくれたときは無名に近かった「千の風になって」は昨年NHK紅白で歌われてから超ヒットソングになった。今年の紅白でも歌われる。先生に篠笛用の譜面を書いていただき少しは歌らしく吹けるようになった。篠笛を吹くとき必ずこの曲を入れるるようになった。十八番にしようと目下練習中。

増富温泉療法

増富温泉を知ったのは偶然とはいえ不思議な因縁を感じる。A社のS記者のお通夜の帰り乗ったタクシーの運転手さんが、「風邪ですか?」としわがれ声を聞きとがめた。酒の勢いもあって声が失われた経緯を話した。「山梨の増富温泉ラジューム量が豊富で、家の女房は医者に見放されて途方にくれている時紹介されて行く様になった。その医者がびっくりするるほどがんが消えてしまって、ピンピンしている。騙されたと思ってこの温泉に行ってみなさい」と勧められた。

S氏は2回も篠のことを天声人語で取り上げてくれた人だった。彼のお通夜の帰りのタクシー運転手さんの話に不思議な因縁を感じた。S氏の遺言だと思った。患者会の仲間にそれとなく聞いてみると既に何人かの人が通っていると言うことだった。主治医から薬、放射線全てやった。これ以上は体力が続かない。と見放され、落ち込んでいたいたこころちゃんにも話し彼女も通いはじめた。

33度の冷泉に30分以上浸かりながら先輩たちから聞かされる闘病・人生訓は味があった。湯壷はまさに人生修行の場となって心まで洗われる思いだった。1月から3泊4日で6回通ったが、入院や町内会の役員の仕事が重なったり、こころちゃんが千の風になったこともあって、夏以降行っていない。寒い時は路面が凍ってタクシーも嫌がる。来年3月町内会の役員も年季が明ける。4月になったら再開。静かな山の川原に流木で譜面台を作ってある。来年は篠笛を吹きながら雑念の整理をしようと考えている。

がん細胞が縮小したのは増富温泉療法も一つの効果に繋がったと思う。何でもいいと思えば実行する。これが長生きに通じているような気がする。

月見草

文章の仲間から「珍しい白い月見草」だといって苗を頂いて育てた。花は日が落ちて暗くなるのを待って、純白に咲き出して朝方日の出ころにはピンク色に変身して終わる。なんともいえない不思議・可憐・優雅な花。すっかりこの花の魅力に取り付かれてしまった。秋口追肥をやったところ勢いを盛り返し霜を避けて今でも蕾をつけて話し相手になっていてくれる。

日が落ちてから咲くのは蝶や昆虫に純白を汚されまいとする月見草の生活の知恵かもしれない。花を見て調べるまで月見草は黄色い花を咲かせる「宵待ち草」「おおまつよいくさ」と思い込んでいた。太宰治も間違えていたことも今度始めて知った。霜除けのため棚からベランダに移した。窓を開けて直ぐ目の前に鉢を置いて眺めている。夕闇迫ってきたころ咲き始める月見草を相手に篠笛を吹くのが楽しみの一つとなった。まさに奇跡。今夜も可憐な花を一輪咲かせてくれた。

花言葉は、「無言の恋」。片思いを連想される花言葉は、夕方人目を避けたように咲くことからきているようだ。「ヒソカな恋」に相応しい花だ。

種をたくさん採った。来春どうなるかは分からないが、苗が生長してきた時にはご希望される方には差し上げようと思っている。

バアチャン検査結果異常なし

インフルエンザーの予防接種に行ったバアチャンが白血球が少ない(3000以下)からと接種を断られた。血液専門医で詳しく診察を受けた方がいい。といわれびっくりして紹介状を貰ってマリアンナで精密検査をしてもらった。結果は何処にも異常は認められず、体質的のものだろうと最終結論。落ち込んでいたバアチャンに元気が戻って大安心。「ジイチャンを遺して先に逝けないよ」バアチャン節復活。

足腰の老化は致し方ないが、増富へのお供を楽しみに張り切っている。しばらくは我が家の平和も安泰。

町内会役員

4月1日から町内会の役員。大した仕事らしきものはないが不在の時に限って、訃報など何かが起こる。役員会も町内会長の喋るのを聞いているだけ。たまに意見を求められることもあるがたいしたことではない。留守の時は一時隣やほかの人に頼んでみたが余り迷惑を掛けられない。増富温泉行きも夏以降中止した。後任の役員も強引な説得で決まった。

孫のボーイフレンドと県警本部見学

惠ちゃんがテレビの前で「オジイチャンの跡を継ぐ」と公言したが。大学に進学してあちこちアルバイトをしながら社会見学をした結果。警察官は断念したらしい・その代わりボーイフレンドに警察官は会社が倒産することもない、真面目にやっていればジイチャンのようになれる。将来安定している。などと説得してその気にさせたらしい。警察がどんなところか勉強のため知り合い二人に頼んで見学を申し込み二人で特別コースを見学した。

本人も前向きに気持ちが動いたらしい。合格して警察学校の入校式には同行することになった。今からその日が待ち遠しい。楽しみが増えた。

警視の不祥事発覚のニュースで気が変わらなければいいがと心配。

篠笛演奏・五行歌

薬の副作用と年のせいか手の痺れが段々酷くなってきたが篠笛の魅力は絶ち難く続けていきたい。千の風になってが少し歌らしく吹けるようになって患者会や時には葬式でも頼まれて吹くようになった。田舎の墓前演奏は村でも評判になってきたらしい。

今年の春久良木能舞台での発表会では水上勉の晩鐘を吹いた。来年は横浜能舞台での発表会。こころちゃんのお通やで吹いた奈良の古謡「ねんねころいち」を吹くことに決めて練習中。大枚をかけて造った紋付袴をもう少し着てみたいもの。来年5月横浜で開催される五行歌全国大会「風の大会」にも演奏を依頼されている。もの寂しく心が落ち着かないとき篠笛は心の底から慰めてくれる。篠笛を習いたいと言う人が増えてきた。

古希を過ぎて挑戦した篠笛と五行歌は素晴らしい出会いを運んでくれた。ともすれば落ち込みやすい残りの人生に一味付け加えてくれた。来年も頑張ろう。

皆さんのご声援に心から感謝申し上げます。来年もよろしくお願いいたします。

皆さん健やかに素晴らしい新春をお迎え下い。有難うございました。

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介護用電動ベッドで老女焼死・穏やかな年末

穏やかなお天気。長男の運転で年末の買出し。どこも慌ただしい。昔は年始の挨拶に来てくれる人が多かった。夕方になるとつまみが何もなくなってしまうことがあった。そんな経験から、お正月は継ぎ足しができるおでんが定番になった。おでんの種に奮発して蟹を加えた。孫たちようにはすき焼き用の肉を奮発。

介護用電動ベッドから出火老女焼死(神奈川ニュース)

横浜市磯子区内で介護用電動ベッドから出火。半身不自由の老女(83歳)が焼死という痛ましい事故(事件)があった。老女は左半身が不自由でヘルパーの介護を受けていた。出火当時は一人だった。ベッドは10数年前から使っていた、電動で上体を起こす機能があるタイプ。寝台の下に取り付けてあるモーター付近の燃焼が激しいと言う。磯子署で詳しい原因を捜査中。

緩和ケアー病棟から、「ホウレン草のおひたし、美味しかった」と初めてのメールが届いた。道が一本繋がった。

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2007年12月30日 (日)

年越しをする月見草・厳しい年の瀬

いよいよ押し迫ってきた。予報に反して好天気。玄関、8畳間など中心に大掃除。バアチャンは指揮官。石垣の上から道路にはみ出している皐月の葉を箒で払ってやる。役目を終えた葉がヒラヒラ舞いながら頭の上にも落ちて道路を埋める。月見草は花を完全には咲ききれずに蕾のままピンク色に変身を始めた。ヤッパリ寒さは堪えるようだ。一旦部屋の中に入れてみたが、なぜか元気がない。自然に逆らってはいけないと思いまた外に出してやった。まだ蕾が幾つか残っている。お正月用に力を蓄えているのかもしれない。目が離せなくなった。今年はこの花に随分癒された。

霜に震えながら

ひたすら

花開こうとしている

宵闇の中の

月見草

Gセンター。お正月でほとんどの人が外泊。残酷なほど孤独の中にポツンと残っていて歓んでくれた。元気なのが何より。淡々と心境を話してくれた。ナースから現在の病状について詳しく知りたいか?と聞かれたらしい。聞きたい気持ちはある。どうせいい話しはないのだから聞きたくない。二つの心が揺れ動いた。結論は聞きたくない。にした。覚悟は出来ていても聞けば聞いたで気にしない訳にはいかない。今更ここで道は変えられないのだから聞かない方がいい。と、人事のように遺書やお墓の話しまで平然と話してくれた。誰でもがいずれ通る道、教えてくれているのだと思った。ただ相づちを打つだけだった。

「一度ジックリ篠笛が聞いてみたい」帰り掛け、そう言って励ますことを忘れない。この人には何時も何かを教えられる。逆に励まされてしまった。

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2007年12月29日 (土)

19年度重大ニュース

小雨。折角冬眠に入ったイワヒバが目を覚ましてしまった。可哀そうに寒さに震えている。数が少ない時は不要になった箪笥の引き出しに収納したもの。一旦冬眠に入ったものは寒さに弱い。来春冬眠明けが心配。

月見草は家の中に取り込んで少し元気を取り戻したようだが花を開く気配を失ってしまった。

浅田真央優勝。薬害肝炎訴訟全面解決。よかった。福田首相中国訪問。しっかりやって来いよ。

寒空で庭作業は中止。パソコンに向かって、我が家の19年度重大ニュースを選んでみた。10選び出すとなると結構大変。ニュースというほどでないものもあるが、なんとか10を選出してみた。後二日何があるか分からない。あえて順位は付けないことにした。己が千の風になったときはどうするつもりだろう・・・?何故選んだか、一つひとつのコメントは後日。

ブログ「JBK友の会」一年間更新。

11回目の入院。余命延長

コメント会(月見草の会)

何人もの人が千の風に

増富温泉療法

月見草

バアチャン検査結果異常なし

町内会役員

孫のボーイフレンドと県警本部見学

篠笛演奏

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2007年12月28日 (金)

ルビーの指輪

パキスタン。ブット元首相暗殺。日本はまだ平和か?

ルビーの指輪

今年のNHK紅白で歌う歌が発表になった。寺尾聡が歌う「ルビーの指輪」には探偵だったころの思い出が隠されている。Y市内の娘さんが空き巣に大事な婚約の「ルビーの指輪」を盗まれた。結婚式を間近に控え悲嘆にくれる娘さん、おろおろする両親の姿。現場臨検に立ち会った探偵たちは「大丈夫必ず結婚式までには取り返してやるから」と、大見得を切ってしまった。仲間にも呼びかけ総力で組織捜査を進め、結婚式直前に犯人を逮捕し盗まれた指輪は花嫁の指に戻った。海外の新婚旅行先からも夫婦連名の嬉しさいっぱいの便りが届いた。

Y氏のI記者が、捜査経緯を上手く、嬉しいエピソードとしてルビーの指輪をはめて喜ぶ花嫁の写真を中心に、囲みの記事に纏めてくれた。まさに探偵冥利に尽きる話。あの時の夫婦、捜査に関わった探偵もどこかでキットこの歌を聞くに違いない。

マッサージのクレジットカード少し残っていて期限今日が最後。寒い中二俣川まで自転車ドライブ。下手糞で行かない方がよかった。

今晩は寒いのでバアチャンと寄せ鍋。寒さのせいかベランダの月見草の蕾が途中で止まってしまった。明日を持とう。この月見草の種を道連れの仲間に入れることに決めた。

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2007年12月27日 (木)

年末を飾るか?月見草

「夕べは退職して初めて会うという人もいて、長い間疑問に思っていた裏話が聞けたり、皆が自由におしゃべりできて、チョウ楽しい酒だった。またやろう」電話やメールで楽しさが再現。

酔えば酔ったで

争えば争ったで

楽しかったな

誰にも

明日があった

娘の運転で農協朝市。昼食はハンバーカー。地区センターで碁一勝一敗。静かな一日。

耳が遠くなった人から電話が来たがなんとしても話しが繋がらなかった。

先日ベランダに移動した月見草が、寒さの中震えながら蕾を膨らませている。僅かな追肥に応えようとしているらしい。多分明日の晩は可愛い花を見せてくれそう。この花には今年長い間楽しませてもらった。

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2007年12月26日 (水)

探偵仲間と忘年会

中華街でコロシのホシを一緒に追い掛けた探偵仲間8人と忘年会。心の絆でがっちり結ばれている仲間、無礼講で今だから話せると言った裏話に花を咲かせた。皆が「余命宣告」のことは知っていても口には出さない。が、病気のことを気遣ってくれているのが肌で感じられた。

酔いが回ってくるとつい本音が出てくる。来年のまだ未定の行事で祝辞と篠笛演奏を依頼された。正面からそれまでは千の風になっては困る。と何回も励まされた。こうして励ましてくれていることが分かり嬉しかった。話に乗っかって、「負けてたまるか」の由来話しもつい喋ってしまった。皆が知らない話しだったようだ。ここで話しておかないと真実が消えてしまう。チョッと飲み過ぎたかな。

「ねんねころいち」「千の風になって」「荒城の月」を思いっ切り吹いた。来春の再会約束して解散。まったく酒を飲まない人が車できていて自宅まで送ってもらった。実に楽しい酒だった。

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2007年12月25日 (火)

孫達とクリスマス・デイト

恵ちゃん和ちゃんとデイト。高島屋で待ち合わせ。クリスマスプレゼントの買い物。「いいものの方が長持ちして何時までも着られるよ」そんな言葉につい納得させられてしまった。二人の喜ぶ顔が何よりの代償。

山悠会役員と長者町でふぐ鍋。今年初めて。白子焼き、おかゆは最高の味だった。サンタのおばちゃんに感謝。帰り二人に誘われて高島屋の4Fの若い女の子しかいないようなところでお茶。

インテリーヤクザのFさんからカレンダーを送ってもらう。仕事を離れて19年も経っているのに律儀なプレゼントに感謝。一年間、感謝の気持ちを忘れずに使わせてもらう。

こころちゃんのお父さんから過日Gセンターでこころちゃんの音楽葬(通や・告別式)を仕切ってくれた方のコンサートがあって、熱唱を聞き感激した旨のお便りを頂いた。(このコンサートはこころちゃんが患者会の仲間と企画したものか続いているのだそう)イワヒバが元気で育っているとの添え書きが嬉しかった。

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2007年12月24日 (月)

薬害肝炎訴訟・霊感商法

薬害肝炎訴訟、首相一律救剤を表明。ようやく重い腰を上げた。でも,まだまだこれから。

がん対策基本法の成立に尽力した山本孝史氏が死去

がん対策基本法の成立に尽力した民主党参院議員の山本孝史氏が22日午後11時50分、胸腺がんのため東京都内の病院で死去した。58歳。自らがん患者であることを参院本会議で告白。与野党の厚労族議員に働き掛け、がん対策基本法と自殺対策基本法の成立に尽力した。いい人は早死にする。惜しい人を亡くした。ご冥福をお祈りする。 

警視の霊感商法・田舎から抗議電話 

田舎の親戚から「昔は神奈川県警といえば評判よくて、そこに身内がいることで鼻が高かった。最近は不祥事と言えば神奈川県警で肩身の狭い思いをしている。どうなっているんだ。」と怒りの電話。

「地道にコツコツ仕事をしている探偵を粗末にして、ペーパーテストだけで人を判断し、上の言いなり、オベッカ野郎を優遇してきた付けが回ってきたのさ。組織や人事のあり方にも問題がある。不倫を16年も見逃してきた、上司・同僚も同罪だ。」一緒になって怒ってみたが腹の虫は収まらない。

「やっている本人は自業自得だけど。家族が可哀そう、分かっていて何も言えなかったのか、相談する人がいなかったのかね。最近県警の話も下火になってきたのに。ジイチャンも肩身狭いね」バアチャンは女の立場から冷やかし気味に見ていて、関連のテレビが始まると二階までわざわざ教えに来る。

終日・年賀はがきの作成何とか目途が付きそう。篠笛練習。 

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2007年12月23日 (日)

クリスマスパーティー・緩和病棟お見舞い

緩和病棟お見舞い

日曜日で3人部屋の2人は外泊。思っていたより元気で色々話してくれた。外出する際介護タクシーを利用すると親切で普通のタクシーより安いらしい。でも、まだ台数が少ないので思っていたときに予約が取れないという不便さがある。

喜んでくれて次から次と話しを続けるものだから、つい長居をし過ぎてしまった。頑張り屋さんだから無理していたのかな。前回行った時外出中だったことを大変気にして謝っていた。また、近日中に来ることを約束。

孫の家でクリスマスパーティー

孫主催のクリスマスパーティーに招待。孫のボーイフレンドが車で送迎してくれた。娘(孫の母親)の誕生日と重なって合同。「おかしな日に生まれて損をしてきた」と毎年娘はぼやいている。篠笛を持っていって「テルーの唄」「荒城の月」「千の風になって」を吹いた。楽しい時間はアッという間に過ぎる。

高校女子駅伝、バアチャンの田舎の学校が接戦に競り負け2位。悔しがっていた。

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2007年12月22日 (土)

引き出しの中の想い出

時々冷たい雨がぱらつく嫌な天気。庭作業も出来ない。暇を持て余し篠笛練習の後、棚、引き出しの整理に取り掛かった。そんな様子が分かるのか時々掛かってくる電話で中断される。

30年も昔扱った事件についての取材電話。若い妊婦が被害者で思い出すのも悲惨で忍びない痛ましい事件だった。被害者家族からは今更思い出したくないと取材を断られたと言う。そんな痛ましい事件をあからさまにすることも憚られる。都内で起きた類似事件と関連させて記事にしたいらしい。それにしてもどこかから20年も前に辞めた探偵を探し当てたものかと感心。取材は丁重にお断りをした上で、腕次第、相手次第で話が聞けるかもしれないところを何箇所かアドバイスして、勘弁してもらった。

引き出しの中に

潜んでいた

想い出

今更

何処にも捨て場所がない

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2007年12月21日 (金)

警視関連の霊感商法

警視関連の霊感商法

現職県警・警視関連の霊感商法で、県警本部まで捜索を受けた。前代未聞の出来事。昇任試験を一度も落ちたことがなくてトントン拍子に出世街道を歩いた所謂エリートとか言われているが、「心の教育」がまったく無視されていたのではないか?。これでは県民のための奉仕なんて出来る訳がない。

こんな奴を警視にした組織・上司の責任は重大だ。家にも帰らず女のところに入り浸っていたとか、周りで注意するものがいなかったのか?絆とか仲間意識が感じられない。考えるとこいつも親友や話相手がいない哀れな奴だ。上も下も徹底的に叩き直すべきだ。

ニュースをドラマのシーンのような感じで見ていた。事件の摘発が検察や、警視庁などよそからでなかったことが只一の救い。なまじ隠し立てしないでこの際溜まっている膿は綺麗に掃除すること。再出発はそこから始まる。

また当分外にも出られない。田舎にも帰れない。「元」が着くと一緒・仲間に考えれれてしまう。真面目に職務に励んでいる人たちが可哀そう。

不祥事防止・具体的一方法。携帯電話の所持禁止。

便利さが仇となっている。おかしな奴には携帯電話の所持を禁止して、帰宅、出勤、外出などの際自宅電話で報告させ、随時勤め先からも確認電話をする。勿論転送通信は出来ないようにする。案外効果があるかもしれないよ。

馬鹿なことを・・・と。やる勇気はないだろうな。そういう奴に限って「人権」を盾にする。考えるだけであほらしくなってくる。

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2007年12月20日 (木)

緑茶5杯、進行前立腺がん半減 ・農協朝市 

緑茶5杯、進行前立腺がんのリスク半減  

緑茶を1日に5杯以上飲む人は、1杯未満の人より、ほかの臓器にも広がる進行性の前立腺がんにかかるリスクが半分になる。そんな調査結果を厚生労働省の研究班がまとめた。緑茶に含まれるカテキンが発がんを抑えるほか、腫瘍(しゅよう)の広がりを妨げたり、がんが転移する際に多く現れるたんぱく質を抑制したりするようだ。(神奈川ニュース)厚生労働省もたまには仕事をしているようだ。

農協朝市

娘の運転で農協朝市。場所は16号線都岡交差点直ぐ近く、16号線の1本裏通りの「都岡農協」。水曜日はお休み。バアチャンのお供で荷物運び。お供をするようになってスーパーなどの野菜の値段に自然に目が向くようになった。確かに2割3割くらい安くて何より新鮮だ。花や野菜類の苗も売っている。昼食お粥。

惠ちゃんはお友達と湯沢へスキー。和ちゃん風邪も大分よくなったらしい。

県警本部の現職警視課長が霊感商法に関係しているとの驚くべきニュース。警視が連帯保証人になっている女のマンションが手入れを受け、警視も辞めたようだが、辞めればいいというものじゃない。ここまで落ちたのか?なんとも情けない。

また、夜中に目に激痛。パソコンと遊びすぎか?何かがおかしいようだ。

寒さで外には長くいられない。篠笛をジックリ吹けた。

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2007年12月19日 (水)

五行歌横浜歌会

五行歌横浜歌会久しぶり3席入選。思い掛けない高得点。コメントも「大人の寂しさ、複雑で、意味深長」と、心の奥を覗き込まれたような的確なものだった。

一人ぽっちに

慣れたのに

寂しさを連れてきた

恵まれ過ぎる

出会い

今日の提出歌は、余命宣告を受けた時「静かに、安らかに千の風になるには、夫婦、親子を含め全てのしがらみを断ち切り孤独に徹することだ」と言う先輩の言葉に共鳴しそれを実行しようと、心の準備体制に入った。

もともと「長生きの秘訣は、嫌な奴とは付き合わないこと」と公言してお付き合いは絞ってきたのに。篠笛、五行歌、盆栽、患者会、ブログ・・・・と手を拡げ過ぎた。次々思いやりのある素晴らしい出会いに恵まれ関係を断ち切るどころか、人の情けが心に食い込んで和の輪は広まってしまった。この人たちとの別れを思うと辛く、寂しく、身辺整理どころではなくなってしまう。そんな、最近の贅沢な悩み、心境をそのまま正直に書いたのが共感を得られたのかもしれない。

2次会に声を掛けられた。今年最後だから出席のつもりだったが・・・。騒音の中に置き去りなるのは耐えられない想い。一人ぽっちの修行をしなくてはそのときになったとき惨めなのが分かっている。これ以上寂しさを背負うのは嫌だった。狸小路のヤカンで乾杯。一人ぽっちの酒には涙、情け、欲、・・・人生の全てを飲み込む味がある。

今日昼間、木枯らしをものともせず咲き続けてくれる月見草を2階のベランダに移した。ここだと夜中でも椅子に座ったまま窓を開けるといつでも話ができる。今も、一輪帰りを待っていてくれた。ひょっとするとこのまま春先まで咲き続けてくれるかもしれない。花の心にうそはない。なんとも、贅沢な話し相手だ。チョッとヤカンが効き過ぎた。

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2007年12月18日 (火)

「ガン対策施策に関する意見交換会(県庁)

県庁新庁舎F8議会大会議室で開催された「ガン対策施策に関する意見交換会」へ出席。出席者は議員さん、医師会など医療機関関係者、患者会関係者、など25名。19年4月1日施行された「ガン対策基本法」に基づく県条例作成に当たって関係者の意見を聞きたいと言うことらしい。一応神奈川がんQOL研究会代表と言う形。コスモスからHさんが出席。それぞれの人は各会の代表と言うことで用意したペーパーを読み上げるだけと言った決まりきったお役所向けの発言で参考になるものはなかった。

「こうした会議がもたれることに驚き。あえて言わせていただければ、法律や条令でガンを撲滅できるとは思っていない。でも公の機関でこうした会議がもたれることには患者としては大歓迎。11回の入院16回の手術で余命宣告された患者としては、施設など箱物の増設もいいが、患者の心を診てくれる医療関係者を沢山育成してもらいたい。お世話になった医療関係者に最期(ありがとう)と感謝の言葉を遺して終わりたい。

知人が緩和ケアー病棟に移った途端体温検査もないというのはいかにも見放されたと言う感じで寂しく切ない。医療に心が欲しい。そんな意味のことを言ったが、何人かの議員さんが深く頷いただけ。

西口狸小路でお払い。

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2007年12月17日 (月)

篠笛教室・コスモス・クリスマスパーティー

篠笛教室。大先生「幻の笛」低音部分が練習の時は吹けても先生が前におられると出てこない。指の動きから、呼吸の仕方など細かいことをミッチリ教えてもらった。勉強になった。指の痺れのことを話すのも気が引けて黙っていた。これから難しい曲になると無理のようだ。それを知らされた。

コスモス・クリスマスパーティーのことS先生にお願いしてあったこと引き継いでおられ、快く途中で帰らせてもらう。

風邪でドタキャン欠席2名。出席者23名。お忙しい中をO先生も出席してくださって、会は和やかだった。10月定例会に始めて出席した時はまったく元気のなかった方がご夫婦で来られ「コスモスに来て元気を頂いた」と素晴らしい笑顔で体験を話してくださった。皆が「別人かと思った」と言うほど明るかった。ふと、去年は元気だったのに、千の風になってしまった人の顔が過ぎっていった。

司会のOさんに煽てられて「ねんねころり」「千の風になって」「島原の子守唄」の3曲を吹いた。アルコールが入っていて少しとちったが皆黙った聞いてくれた。ワシントンホテルにいた探偵仲間が9月退職。新しい人が来ていて挨拶した。この人も奇しくも、30年も昔一緒に仕事をしたことがある人で、1時間時間オーバーなど色々わがままを聞いてもらった。

和ちゃんが昨晩から熱を出して寝込んでいるらしい。風邪らしいが、大分落ち着いた様で安心。

パソコンにエラーメッセージが入って消えない。OCNへ電話。1時間30分丁寧に教えてもらい何とか動くようになった。機械ものはチョッとおかしくなると、梃でも動かない。便利で不便。

明日は県庁。「ガン対策施策に関する意見交換会」へ出席。

悲しい知らせもあった。

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2007年12月16日 (日)

年賀状作成・咲き続ける月見草

終日パソコンで「テルーの唄」を聞きながら、年賀状作成に取り組む。途中プリンターのインク切れ、先日新しくしたばかりで操作が分からず四苦八苦。慣れない細かい作業は意外に疲れる。まだ時間はある。ゆっくりやることにした。

気晴らしに外に出ると、夏場は日中花を見せなかった月見草が、木枯らしに晒されながら何かもの言いた気に咲いていた。夏ごろよりピンク色が薄くなった。伸びた枝が風に揺れるさまは、なんともいえない風情がある。一人で見て終わってしまうのは惜しい気がする。

木枯らしの中

一途な想い秘め

健気に

咲き続ける

月見草

明日は篠笛教室、今年最後、大先生。コスモス・クリスマス会。

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2007年12月15日 (土)

デカが育てた柿物語・佐世保猟銃乱射

デカが育てた柿物語

暮れになると毎日のように何枚もの黒枠の便りが届く。予期せぬ人が千の風になられた知らせに驚く。A市のAさんのご家族からは、単に「喪中につき」と言うだけで亡くなられた方のお名前が書かれていなかった。A氏は数年前に亡くなられたが奥さんとは手紙や電話のやり取りがあった。差出人は始めてみる名前。不吉な予感がして電話した。ご長男から「母が4月に亡くなりました。母が話し相手になっていただくのを楽しみにしていました」と聞かされた。

昭和45年ごろA署の刑事・防犯課長として2年勤務した。そこでA氏と出合った。A氏は長患いの治療後遺症で歩行がかなり困難となってしまった。そんなA氏の処遇に上級幹部は頭を悩ませていた。デカ部屋に新しいポストを新設して一緒に仕事をすることになった。デカ部屋は二階でエレベーターもなく車椅子も使えない。どうしても自力で階段を上がらなければならない。彼は朝早く車で出勤し這うようにして2階に辿り着き、不自由な体で後から出てくる後輩たちにお茶を入れたりして気を遣っていた。若い者の中には心ない者もいて体の不自由なA氏を、からかうような言動があった。それをきつく咎めたことからA氏は二人きりになったとき身の上話をするようになった。「3人の幼い子供が成長するまでは、どんなことがあってもへたばる訳にはいかない。」とポツリポツリと心情を話してくれた。

当時A市はヤクザの親分が県会議員になるような町だった。A氏は病で倒れる前は優秀な探偵で土地の情報に詳しく、色々アドバイスしてくれ何度も助けられた。2年で本部に転勤になったが、年賀状以外にも折に触れ、時には夫婦合作の絵手紙などをくれていた。本部に転勤して2年目「肺がん。切らなければ後3年」と宣告を受けた。手術後遺症で声を失った上退職勧告の付録までついて、私の長い闘病生活が始まった。その長い闘病の支えになったのは不自由な体を時には哀れみや、からかいの目に遭遇しながら頑張り抜いたA氏の姿だった。

何時ごろからか定かではないが、暮れ近くになると、庭で採れたと言って美味しい柿が送られてくるようになった。彼が亡くなってからも続いた。奥さんに電話で御礼を伝える時亡くなられたA氏のことなど昔話をするのを楽しみにしておられる様子だった。

「屋敷に植えた柿は俺の人生を見守ってくれた。子供たちもつつがなく成長した。定年まで勤められたのは、課長さんのお陰、柿ができたら必ず送るように。これが主人の遺言でした」去年電話した時、「道路拡張で柿の木が切られることになってしまった。送れるのは今年で最後です」そのときも色々昔話をした。今年柿が届かないのはそのせいだと思っていた。篠笛が上手く吹けるようになったとき一度お尋ねして聞いていただくことになっていた。それが果たせなかったのは残念。ご冥福をお祈りするのみ。

佐世保で猟銃乱射、2名死亡6人負傷事件。犯人自殺。巻き添えの負傷者は不運では済まされない。銃の取締りの強化が叫ばれる。

昨日頂いたウチョウランの植え付け。来春が楽しみ。

拍子木叩いて、町内会防犯パトロール。寒くなってきた。

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2007年12月14日 (金)

農協朝市・楽しい仲間の忘年会

惠ちゃんの運転で農協の朝市、バアチャンのお供。新鮮な野菜が普通の店よりかなり安い。最近では週一回買い出しに行くのが常となった。帰り余り物の整理をしてくれと言われ娘の家で昼食。漬物、サラダ、サツマイモケーキ、美味しかった。

夜はS先生、Kさん、探偵仲間のK,さんNさん自称インテリーヤクザのM氏など多彩なメンバーが集まって中華街で忘年会。ほとんどが初対面なのに何十年ものお付き合いのような終始和やかな雰囲気で、皆不思議がっていた。女将さんの手造りオフクロの味が最高だった。

S先生方向音痴らしく携帯で誘導して、フウフウいいながら辿り着いた。そして、「笛吹き童子」「故郷」「荒城の月」3曲も吹いていただき皆感激。篠の出番はなかったが、笛を持参したのは正解だった。

M氏は別席がある中を無理して顔を出していただいた上に、声を方ばっかりに大変気を遣わせてしまった。

Nさんから「ウチョウラン」の種芋をたくさん頂いた。早速明日植え付け、忙しくなる。

今日も充実した一日。無事終了。思い出に残る、楽しい酒だった。

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2007年12月13日 (木)

久しぶりの雨・年賀状作成着手

久しぶりの雨。畑仕事も一休み。それでも気になって傘をさして棚を覗くと月見草が2輪雨露を着て咲いていた。これが今年最後の花かと観察すると蕾が3つ咲く準備態勢をとっていた。種を採り蒔きした鉢には小さな苗がビッシリ顔を覗かせている。このまま年越しして来年花を咲かせるまで成長してくれるのか、チョッと心配。

年賀状作成に取り掛かる。コピー機を買い換えて始めての作業。説明書の字が小さくて眼鏡をかけても読めない。印刷を始めるまでに半日掛かった。手の混んだものはやめにしたが、全部終わるまでには幾日も掛かりそう。なかなか大変。

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2007年12月12日 (水)

Gセンター診察日・町内防犯パトロール

Gセンター診察日。待ち時間を利用して原稿の見直しをしようと、予約時間より1時間早く受付を済ませた。ところが驚き、5分も待たないうちに呼び出し。「何かの間違いでは?」と言いながら診察室に入ると、普段余り笑顔を見せたことのない主治医が「今日は混みそうだから何も問題のない人は速めに済ませることにした。次回は来年。採血があるからこうはいかないけど」「この間の検査結果もよかったし、いいお正月迎えられそうだね。まあ人間何時何があるか分からないけどね」始めて冗談を言いながら処方箋を書いてくれた。その間2分。注射もスムース。驚くほど早く終わった。Gセンターでは明日午後2時30分からコンサートをやるそうで、飾り付けをしていた。

緩和病棟に行ってみた。受付のおばさん、いつも、私が名前は腰。原と言って腰とお腹をポンと叩くのを覚えていて、その仕草を真似しながら「しばらくね。」とわざわざ事務所から出てきて「尋ね人さんは外泊して帰って来るのは今日の夕方。差し入れ物は預かって冷蔵庫に入れておくから一言何か書いて」と紙まで持ってきてくれた。至れり尽くせり。あの人もコスモスに来られなかったが外出できるようになってよかった。

余り帰りが早いものだから、「調子悪いの?」と、バアチャンびっくりしていた。

昼寝をしていると和ちゃんが、塾に行く途中この間の物理の試験の点数がよかったからと答案を持って報告に来た。しばらく色々話して行った。答案は難しくて見ても何が何だか分からなかった。ジジのあとを継ぐように勧めてみたが体よく断られてしまった。

20時から拍子木を叩いて町内の防犯巡回。今晩出た中では最高齢者。あちこちでクリスマスの飾り付けをやっていて綺麗。15日もう一度やって、葬式でもない限り役員の主な行事は終わり。

方々からクリスマス会、忘年会のお誘い。

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2007年12月11日 (火)

コスモス定例会余韻・トイレ修理

コスモス定例会のこと、昨日は疲れて書けなかったことを思い出して書こうとしたがほとんど忘却。北海道から来られたH教授のマント姿が印象的だった。東京にマント専門店があるらしい。東京の大学院生には、手紙の返事の代わりにサイイン入りの「負けてたまるか」を差し上げた。

チョッと早目に着いたお陰で、普段顔は合わせているが話しをしたことのなかった人とも話ができた。「三年と宣告されて三十三年生きているパワーの半分でもあやかりたい。奇跡は起こると信じて前向きに、楽しく生きています」「医者がなんと言おうが奇跡を信じて生きることを諦めるな。ガムシャラに生きることだけを考えろ。と言われたことを信じて元気にやっています。」などと余命宣告同様のことを言われ落ち込んでいた人が、笑顔で語りかけてくれた。嬉しいことを聞かせて貰い、すっかりいい気分になってしまった。確かにコスモスに来られる人は意識改革というか、病状は進んでも明るく踏ん張るようになっていくのが救い。

コメントは書き方も分からないから書き込まなが、ブログを見るのが毎日楽しい日課になった。と言う人が何人もいた。下手糞な文章でも一人でも楽しみに読んでくださる人がいてくれればそれで満足。病人の心は病人にしか理解できない。分からない人は分からないでいいんだ。

ガンになったことは不運だったが

不幸ではなかった

素晴らしい

出会いに恵まれ

心が豊かになった

と言って千の風になったこころちゃんの最期の言葉が蘇ってくる。

トイレのモーター故障で全面修理。普段あまり掃除の行き届かないところが暴きだされ、慌てて掃除しようとしても長年の垢は直ぐには取り除けない。新しいのは最新式でドアーを開けるとセンサーで自動的に便座も開閉し瞬間保温もする。工事費含めて10万円。後百年もすれば「万能細胞」の実用化が進み、人間の臓器もこんな風に取替えが出来るようになるかもしれない。長生きしよう。

連日の疲れを癒そうと篠笛吹きながら終日ゴロゴロ。明日はGセンター。

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2007年12月10日 (月)

篠笛教室・コスモス定例会

篠笛教室。越後獅子・幻の笛。先日突然教室をやめた人が、今日、突然復帰。皆が大歓迎。色々事情があるらしい。よかった。よかった。3月の発表会の申し込み皆一斉に提出。難しい曲を選んでいる。例によって有志で昼食会。

コスモス定例会

今日は初めての方が多かった。北海道の看護学校のH教授と都内の大学院生が特別参加。緩和病棟の方も見えるかと思っていたが、調子が思わしくないらしく欠席。      先月始めて出席された時かなり落ち込んでおられた方、今日は別人ような笑顔で出てこられた。お一人おひとりの話を聞くと、重い内容。でもOさんの見事な司会で皆最後は笑顔で終わった。

北海道から来られた先生と大学院生を交えて有志で夕食会。坂道を自転車で帰るのを皆が心配してくれた。

疲れた顔をしているらしく皆にどうしたの?と聞かれた。寝不足かな?。

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2007年12月 9日 (日)

緩和病棟見舞い・ハコベ物語

皇太子妃雅子様44歳の誕生日。マスコミの扱いも小さくなった。

穏やかな日曜日。Uさんと緩和病棟へお見舞い。緩和病棟はなじみのコースになったが何時行っても独特の雰囲気。

文化放送の藍ちゃんの「宏子先生の動物クリニック」を聞きながら、ホウレン草の混み入ったところを間引いて、おひたしにしてお団子と一緒に差し入れ。美味しそうに食べてくれた。使うことが少なくなったオリジナルのテレホンカードも意外に歓んでくれた。抗がん剤を中止したせいか食欲が出て元気そのもの。見舞いは長くて10分。と思っていたが、1時間10分ほとんど一人で話し続けた。立ち上がるタイミングがつかめなかった。それだけ元気と言うこと。                                             薬と縁が切れたのはいいとして、「検温も血圧測定もないのは何かもの寂しいね」と笑いながら話してくれた。体温くらいは・・・と思うが。そんなものだろうか。明るく、前向きに生きようとしているこの人にはいつも物凄いパワーを貰ってきた。自転車のペタルを踏みながら元気になって生還することを祈った。

ホウレン草の間に生えたハコベの成長の方が早く、ホウレン草が負けそう。雑草は取っても取っても次から次出てくる。成長しないうちに取らないとホウレン草の根に絡みついた根っこは取りきれない。残った根からまた次の芽が伸びてくる。この強靭な生命力が羨ましい。

通り掛りの人がハコベについて親切丁寧に教えてくれた。ハコベは春の七草のひとつ。戦争中は疎開先で貴重な野菜だった。島崎藤村も「子諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ 緑なすハコベは萌えず ・・・」と詠んでいる。藤村はハコベを好きだったのかもしれない。子供の頃小鳥を捕ると餌として食べさせていた。小鳥が食べるくらいだから毒はない。「ヒヨコの草」とも言われる。花言葉は「ランデブー」(小鳥がこの花に集まってくることかつけれたらしい。)この人喋り出すと知識の全てを話さないと終わらない。畑にいると思わぬところで色々教えられる。

友人の知り合いが魚屋を開店してと言ってマグロを沢山送ってくださった。早速孫に連絡お裾分け。 

今日も恙無く終わりそう。明日は篠笛教室。コスモス。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

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2007年12月 8日 (土)

大東亜戦争勃発記念日 ・死刑執行・名前の公表

大東亜戦争勃発記念日 

12月8日。大東亜戦争勃発記念日。真珠湾奇襲攻撃大成功・提灯行列で祝って国中が湧いた日。八紘一宇・鬼畜米英。欲しがりません勝までは。そんなスローガンにまったく違和感を覚えなかった。この日を境に世界中が戦争に引き込まれた。日本国民だけで320万人の命が失われた。その人たちの犠牲の上に今日があることを忘れてしまっている。敗戦を終戦と言い換えて、誤魔化すことを覚え、今になっても靖国神社、沖縄戦集団自決などあやふや。民主主義の名の下に義務と責任を忘れ、言いたい放題・したい放題。平気で人を殺めるようになった。日本人は「心」「大和魂」を原爆で焼かれてしまった。

参議院第一党の党首が国会開会中だというのに、手下を40人も引き連れ外国訪問して得意になっているようでは、日本は救えない。少しはやるかなと思ったが、考えるとあの人も元を辿っていくと同じ穴の狢。日本はどうなる?。

そんな中、徴兵制度復活を唱える知事が現れた。頼もしい話。徴兵制度復活までしなくても、国会議員・公務員(特に上級職公務員)を対象にした叩きなおし制度は必要だ。こんなことを書くと下らないとお叱りを受けるかもしれない。政治向きの話はしたくはない。でもたまには年寄りの愚痴だ、黙って聞いて頂きたい。

死刑執行・名前の公表 

死刑執行された中に忘れられない名前があった。T。死刑を反対する人もいる中で、名前の公表は是か非か。被害者にも死刑囚にも家族がいる。死刑囚の家族もある意味では被害者。忘れようと、この長い年月をどんな思いで過ごしてきたことか。それぞれの家族の心を想うと複雑。「完オチ」の後のTの笑顔はまだあどけなさが残っていた。本人は死を持って罪を償った。残された家族は様々な想いを背負って、また今日から新しい人生がスタート。

謝って

済めば警察は要らない

命で償っても

亡くなった人は生き返らない

切ないね

様々な想いを込めて篠笛を3曲。少しは落ち着いた。

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2007年12月 7日 (金)

安売りチラシ・買い物のお供

新聞のチラシで安売りがあるとか言うことで娘の運転でバアチャンのお供。農協からスーパーを回って結構の買い物。娘の家に寄って昼食。丁度和ちゃんが試験から帰ってきて荷物運びを手伝ってくれて助かった。最初からそのつもりだったらしくいなりずし、海苔巻きが作ってあった。恵ちゃんも学校は午後からで皆でわいわい言いながら食べる食事はまた格別。

和ちゃんが甲斐甲斐しくお手伝いをするのには驚き。「和ちゃんよくやるね」とバアチャンが褒めると「ジイチャンの前ではいい子しないとね」と皆で大笑い。二人の肩のマッサージもしてくれた。バアチャンは感激していた。

和ちゃんが余り薄着なので着ていたセーターを着せてみると何とか着られる。パリーで旅行チケットが余って買ったバーバリーのセーター。バアチャンは「お対で買った物なのに・・・。」と、チョっつ残念そう。和ちゃんも昔は人が来ると恥ずかしがって股下に隠れたのに、もう背丈は10センチ近くも越されてしまった。

三悠会役員会。

中山教授の「万能細胞」が脚光を浴びている。一日も早い実用化が望まれる。

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2007年12月 6日 (木)

霜を避けて咲く月見草

畑に一面霜が降り、外に置きっ放しの洗面器に2ミリくらいの氷が張っていた。      寒さが好きなのか2番目に蒔いたホウレン草、少し落ち込んでいる気持ちを察しているのか元気がいい。厚めの所をおろぬいて昼おひたしにしてみた。まだ寒さが本物でないから甘味は少ない。でも、無農薬、自然栽培の味は格別。

一昨年安曇野のお墓参りの帰り採ってきた紅葉の寄せ植えが見事に紅葉した。先輩の教えを守って、夏2度葉刈りしたのがこの見事な紅葉に繋がったと想う。早速カメラに収めてみた。

先日は季節はずれなのに月見草が咲いてくれた。いつも、盆栽や植物に癒されている。一番無難。植物はどんな環境に置かれても何も文句も、愚痴も言わない、出しゃばっても来ない。人間にはとてもこの真似はできない。                          なんでもないことなのにチョッと何か言われれば、柳のように上手に受け流したり無視することが出来ない。気にしたり愚痴ったりで哀れ。悟りの道は手も届かないはるか彼方。JBKの道は険しい。でも、「負けてたまるか」と、植物がソット教えてくれて、明日に繋がる。

冷え切った心を

癒してくれるのか

枯れ葉で霜を防ぎ

恥ずかし気に咲く

月見草

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2007年12月 5日 (水)

年末年始・もろもろ準備

年賀ハガキを買いに行った帰り、クリニックを覗くと意外に待合室に人が少ない。ナースは顔馴染み。毎年年末は混雑する。薬だけでも貰おうと顔パスで座った。それが大きな判断ミス。予め診察券を出してから、あちこち用事を済ませた人が後から後から現れたちまち待合室は満杯。結局昼過ぎになってしまった。

「血圧162の90、血糖値も増加している。これ以上になると危険信号よ。これから年末年始は気をつけてよ」と、やんわり釘を刺された。29日から6日までは休み。その分を見越して薬を出してくれた。Gセンターでよく見かける人がいた。声を掛けようとしたが、先方が話したがらい様子だったので止めた。Gセンターに行っていることを人には内緒にしている人もいる。

このところ何かと物入りでキャッシュカードの口座残高が寂しくなった。と,バーちゃんが気にしている。仕方がない自転車で二俣川の銀行を回って3時ギリギリセーフ。

南天の実が真っ赤に色付き、ヒヨドリが騒いでいる。正月のお飾り用のものはネットでカバーを掛ける。

今日も一日無事終了。くだらないこと書くな!。書いたら読み直せ。と忠告してくれる人もいるが、他人様には下らないことかもしれないが、一言何か書くことが今日一日生きた証と思っている。脳軟化進行中の年寄りのすること思いやりの心で見守ってもらいたい。

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2007年12月 4日 (火)

新型「万能細胞」国が支援、実用化へ

新型「万能細胞」国が支援、実用化へ(読売ニュース)

京都大のグループが、あらゆる臓器・組織の細胞に変化する能力を持つ「ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)」の作製に世界で初めて成功したのを受け、iPS細胞利用を中心に据えた再生医療の実用化研究に本格的に乗り出すことを決めた。 内閣府も早期の臨床応用のための枠組みを早急に策定し、国内での研究を加速するよう支援してゆく方針らしい。

副作用でがん細胞が発生しないような研究成果も出ているようだ。

金額や、期間限定などせずに必要な資金はジャンジャン出して援助して欲しい。

どこかの国でクローン人間の発表後ガセと分かったことがあった。

焦らず、急いで研究を進め、がん治療などへの実用化の一日でも早いことを祈る。

サッカー日本代表監督に病気で倒れたオシム氏の後任に岡田武史氏が決定。

ラクビー名門・関東学院大学ラクビー部大麻栽培事件、既に逮捕起訴された2人の他に12人も吸っていたらしい。一体どうなっているのだろうか?おごり。

今日はありがたい酒を飲んだ。

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2007年12月 3日 (月)

篠笛教室・野球北京オリンピック出場を決める

篠笛教室。越後獅子。幻の風。年末のせいか生徒が少なくみっちり教えてもらう。幻の風は新しい指使いが出てきて痺れる指が馴染まない。

有志で昼食。

朝方突然の鼻血。なんとなく体が重い。寒いのでセーターなどで防寒対策を取りすぎたせいか。それに昨晩の疲れもあるのかもしれない。真直ぐ帰って昼寝。

夏から咲き続けていた「月見草」追肥が効いているのか、寒空の中で咲いている。もう休んでいいよ。と声を掛けてやりたい。

野球・星野ジャパン昨晩韓国に勝って、今晩台湾と対決。逆転で大勝(10対2)。北京オリンピック出場を決める。

ハマ風「故郷紹介」の原稿締め切りが明日に押し迫ってしまって慌てている。

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2007年12月 2日 (日)

探偵仲間の叙勲祝い・マッサージ代

間違ったマッサージ代

昨晩ミカンを持って遊びに来た和ちゃんが、嫌がらずに丁寧に全身マッサージをしてくれた。駄賃のつもりで引き出しの中に在った昔の記念硬貨をあげた。やる方も、もらう方も500円硬貨だと思っていた。家に帰った和ちゃんから「ジイチャン知っていてくれたの?5000円だったよ。姉ちゃんもお母さんも騒いでいるよ。返そうか」

そんな電話があった。「神様がそうしてくれたのだから、返さなくていいよ。また来てやってね」バアチャンは「いよいよボケは本物だね」と腹を抱えて笑っていた。我が家にまた一つ笑いのネタが増えた。

探偵仲間の叙勲祝い

今年の春と秋、叙勲の栄に浴した、殺し専門の探偵の仲間「捜査一課会」(会員150名)の合同祝賀会の幹事。参加者83名。受賞者は17名(出席者11名)。体調不良で欠席の人もいたが盛大だった。そうそうたるメンバーの一人ひとりが「あの事件、この事件」と思い出を語り時間はアッという間に過ぎた。

篠の余命宣告が一部でかなりオーバーに宣伝されているところもあることが分かった。詳しく聞きたい人には(JBK友の会)を見るようにブログの宣伝。でも、ブログを知っている人が少ないのには驚き。

事務局は受賞者が多く、お祝いの工面に苦労したらしい。こうした会は裏方の苦労があることを忘れたならない。人数が多く何かと気疲れで二次会はお断りして帰る。早すぎて、バアチャンが「どこか調子悪いの」と驚いていた。

明日は篠笛教室。

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2007年12月 1日 (土)

師走・篠笛発表会の演奏曲決定

今朝方突然左目が急に痛み出し寝不足。久しぶり畑にも出ないでノンビリした一日。

篠笛を自己満足しながらタップリ吹けた。来年3月の能舞台での発表会の歌は、こころちゃんのお通やで吹いた「ねんねころいち」奈良県の古謡(子守唄)に決めた。来年こそは紋付袴姿だけでなく篠笛も素敵だったと言われるように今から練習に取り組んだ訳。

ついに12月に突入してしまった。総括するのはまだ早いが、色々のことがあり過ぎた。長く、短い一年。「余命2年」と宣告されて「儲けの人生どうなってもいいや」と開き直って見せたが正直言って、かなり堪えた。来年は篠笛を吹きながら、先日の検査で僅かに延びた余命の使い道をノンビリ考える。これもまた楽しそうだ。

和ちゃんがミカンのお裾分けを持ってきて、全身マッサージをしてくれながら色々話してゆく。二俣川のマッサージより上手。

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