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2007年12月31日 (月)

19年度重大ニュースまとめ

19年度重大ニュース纏め

10大ニュースを重大ニュースとして書きっ放しで終わろうと思った。一口で言えば「皆さんのお陰です。有難うございました」で終わること。長々と続くものは読んでくださる方がいないと分かっていても、何か解説がしてみたくなった。一年の締めくくりだが、来年のことは分からない。様々な思いを込めて慌ただしく纏めてみた。

ブログ「JBK友の会」一年間更新

年の初めに「藍弥生の世界」に刺激されて、立ち上げたブログ「JBK友の会」は書き始めてから休むことなく更新し続けた。記事数416、コメント数1801、アクセス総数49482、 一日平均アクセス数140,53と予想外の反響だった。慣れないことから不手際、ご迷惑もお掛けしたこともあった。

色々ご批判もあった。が、連日心ある方々のコメントに励まされ、慰められ、奮起して継続できた。人の情けと思いやりを再確認できた。

あつかましくも,同じ病と闘っている方の少しでも参考になればと、余命宣告された年寄りの生き様をありのまま書くと宣言したが、文章に出来ない部分もない訳ではなかった。宣告された余命が平均寿命までに延長されたものの本番はこれから。最後の闘いは始まったばかり。どこまで書き続けることが出来るか自信はない。少なくてもブログを書くことによって「負けてたまるか」の精神を少しは維持できると思う。温かいご声援有難うございました。これからもよろしくお願いいたします。

11回目の入院・余命延長

「肺がん。あと3年」と宣告されて33年目、今回は「質の悪い前立腺がん。ステージ4-D、余命2年」。手術不可、全治なしと通告された上で、内分泌療法(ホルモン療法)が始まった。治療費は一回行くと3万円から4万円。しかし、増富のラジューム温泉療法なども効果があったらしく1年経過したところでマーカーは驚くほど減少した。でも、ゼロにはならない。11回目の入院で全身麻酔の針生検の結果、前回4箇所から発見されたがん細胞は一箇所からも発見されなかった。主治医は笑いながら、年齢的に、癌でなくても何があってもおかしくない。と但し書きつきで余命を平均寿命(79歳)まで延長・訂正した。

年が明けて直ぐ血液検査がある。千の風になるまで病院と縁が切れない。人前では余禄の人生何時お迎えが来てもいいや。と見栄を張って見せるが、漠然とした不安には絶えず付き纏われている。手の痺れなど副作用のようなものも段々増して来た。しかし、余命延長で正直ホット一息入れることが出来た。辞めていたアルコールも乾杯のビールくらいは飲むようになった。(こう書くと孫に叱られそう)

薬は最悪2年で効かなくなる場合もあるという。残された余命をどう生き抜くかが課題。一日一日を大切に、悔いなく生きること。願いは一つ負けてたまるかで「JBK」。

コメント会(月見草の会)

今日現在コメント数1801。ブログを一年間続けて来られたのはコメントの励ましがあったらばこそである。8月30日、コメント数が1000を超え、桜木町ワシントンホテルでコメントを書き込んでくださった有志の方と昼食会を開催。物珍しさもあって25名の方が参加してくださった。私自身始めてお目にかかる方もいたがそんなことはまったく関係なく楽しかった。

コメント会をやろうと言い出して企画してくれたのはこころちゃんだ。その前のコメント会を目前に入院、車椅子でも参加すると言っていたのに、突然千の風になられてしまった。有志はコメント会の終了後その場所からお通やに参加した。葬儀一式は故人の遺言で「音楽葬」で執り行われた。機会があれば増富温泉山中で聞いてもらうはずだった「ねんねころいち」をお通やの席で吹いた。ご家族は涙で聞いてくださった。こころちゃんが書き込んでくれたコメントは、いつでも、キーボードをポンと叩くと蘇ってくる。まさに眠ってなんかいない。

2000になったときまた皆さんにお目にかかれるのが楽しみ。

何人もの人が千の風に

年末受け取った訃報の葉書は49枚。悲しいことにコメントに連日書き込みをして下さったこころちゃん初め何人もの方が千の風になられてしまった。こころちゃんが新井満さんのCDを送ってくれたときは無名に近かった「千の風になって」は昨年NHK紅白で歌われてから超ヒットソングになった。今年の紅白でも歌われる。先生に篠笛用の譜面を書いていただき少しは歌らしく吹けるようになった。篠笛を吹くとき必ずこの曲を入れるるようになった。十八番にしようと目下練習中。

増富温泉療法

増富温泉を知ったのは偶然とはいえ不思議な因縁を感じる。A社のS記者のお通夜の帰り乗ったタクシーの運転手さんが、「風邪ですか?」としわがれ声を聞きとがめた。酒の勢いもあって声が失われた経緯を話した。「山梨の増富温泉ラジューム量が豊富で、家の女房は医者に見放されて途方にくれている時紹介されて行く様になった。その医者がびっくりするるほどがんが消えてしまって、ピンピンしている。騙されたと思ってこの温泉に行ってみなさい」と勧められた。

S氏は2回も篠のことを天声人語で取り上げてくれた人だった。彼のお通夜の帰りのタクシー運転手さんの話に不思議な因縁を感じた。S氏の遺言だと思った。患者会の仲間にそれとなく聞いてみると既に何人かの人が通っていると言うことだった。主治医から薬、放射線全てやった。これ以上は体力が続かない。と見放され、落ち込んでいたいたこころちゃんにも話し彼女も通いはじめた。

33度の冷泉に30分以上浸かりながら先輩たちから聞かされる闘病・人生訓は味があった。湯壷はまさに人生修行の場となって心まで洗われる思いだった。1月から3泊4日で6回通ったが、入院や町内会の役員の仕事が重なったり、こころちゃんが千の風になったこともあって、夏以降行っていない。寒い時は路面が凍ってタクシーも嫌がる。来年3月町内会の役員も年季が明ける。4月になったら再開。静かな山の川原に流木で譜面台を作ってある。来年は篠笛を吹きながら雑念の整理をしようと考えている。

がん細胞が縮小したのは増富温泉療法も一つの効果に繋がったと思う。何でもいいと思えば実行する。これが長生きに通じているような気がする。

月見草

文章の仲間から「珍しい白い月見草」だといって苗を頂いて育てた。花は日が落ちて暗くなるのを待って、純白に咲き出して朝方日の出ころにはピンク色に変身して終わる。なんともいえない不思議・可憐・優雅な花。すっかりこの花の魅力に取り付かれてしまった。秋口追肥をやったところ勢いを盛り返し霜を避けて今でも蕾をつけて話し相手になっていてくれる。

日が落ちてから咲くのは蝶や昆虫に純白を汚されまいとする月見草の生活の知恵かもしれない。花を見て調べるまで月見草は黄色い花を咲かせる「宵待ち草」「おおまつよいくさ」と思い込んでいた。太宰治も間違えていたことも今度始めて知った。霜除けのため棚からベランダに移した。窓を開けて直ぐ目の前に鉢を置いて眺めている。夕闇迫ってきたころ咲き始める月見草を相手に篠笛を吹くのが楽しみの一つとなった。まさに奇跡。今夜も可憐な花を一輪咲かせてくれた。

花言葉は、「無言の恋」。片思いを連想される花言葉は、夕方人目を避けたように咲くことからきているようだ。「ヒソカな恋」に相応しい花だ。

種をたくさん採った。来春どうなるかは分からないが、苗が生長してきた時にはご希望される方には差し上げようと思っている。

バアチャン検査結果異常なし

インフルエンザーの予防接種に行ったバアチャンが白血球が少ない(3000以下)からと接種を断られた。血液専門医で詳しく診察を受けた方がいい。といわれびっくりして紹介状を貰ってマリアンナで精密検査をしてもらった。結果は何処にも異常は認められず、体質的のものだろうと最終結論。落ち込んでいたバアチャンに元気が戻って大安心。「ジイチャンを遺して先に逝けないよ」バアチャン節復活。

足腰の老化は致し方ないが、増富へのお供を楽しみに張り切っている。しばらくは我が家の平和も安泰。

町内会役員

4月1日から町内会の役員。大した仕事らしきものはないが不在の時に限って、訃報など何かが起こる。役員会も町内会長の喋るのを聞いているだけ。たまに意見を求められることもあるがたいしたことではない。留守の時は一時隣やほかの人に頼んでみたが余り迷惑を掛けられない。増富温泉行きも夏以降中止した。後任の役員も強引な説得で決まった。

孫のボーイフレンドと県警本部見学

惠ちゃんがテレビの前で「オジイチャンの跡を継ぐ」と公言したが。大学に進学してあちこちアルバイトをしながら社会見学をした結果。警察官は断念したらしい・その代わりボーイフレンドに警察官は会社が倒産することもない、真面目にやっていればジイチャンのようになれる。将来安定している。などと説得してその気にさせたらしい。警察がどんなところか勉強のため知り合い二人に頼んで見学を申し込み二人で特別コースを見学した。

本人も前向きに気持ちが動いたらしい。合格して警察学校の入校式には同行することになった。今からその日が待ち遠しい。楽しみが増えた。

警視の不祥事発覚のニュースで気が変わらなければいいがと心配。

篠笛演奏・五行歌

薬の副作用と年のせいか手の痺れが段々酷くなってきたが篠笛の魅力は絶ち難く続けていきたい。千の風になってが少し歌らしく吹けるようになって患者会や時には葬式でも頼まれて吹くようになった。田舎の墓前演奏は村でも評判になってきたらしい。

今年の春久良木能舞台での発表会では水上勉の晩鐘を吹いた。来年は横浜能舞台での発表会。こころちゃんのお通やで吹いた奈良の古謡「ねんねころいち」を吹くことに決めて練習中。大枚をかけて造った紋付袴をもう少し着てみたいもの。来年5月横浜で開催される五行歌全国大会「風の大会」にも演奏を依頼されている。もの寂しく心が落ち着かないとき篠笛は心の底から慰めてくれる。篠笛を習いたいと言う人が増えてきた。

古希を過ぎて挑戦した篠笛と五行歌は素晴らしい出会いを運んでくれた。ともすれば落ち込みやすい残りの人生に一味付け加えてくれた。来年も頑張ろう。

皆さんのご声援に心から感謝申し上げます。来年もよろしくお願いいたします。

皆さん健やかに素晴らしい新春をお迎え下い。有難うございました。

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コメント

篠笛の君へ
 今年の最後を飾るにふさわしい総決算のブログ。書斎を整理していたら、偶然にも篠さんの佳品「母の茶断ち」のコピーが出てきました。篠さんも、お母上にならって、「月見草」の如く、新年も、気力、体力共に充実して頑張り抜きましょう。良いお年を、切に願っています。

投稿: 言語楼 | 2007年12月31日 (月) 21時28分

篠さん、皆さん、よいお年を!

投稿: 則天去私 | 2007年12月31日 (月) 21時50分

こんなデカさんがいるとは今日まで知らなかった。今日から篠笛デカを見逃せなくなった。長生きしてガンに苦しめられている多くの人々に力を送ってもらいたい。神奈川県警にもこんな凄いのがいたことが不思議。

投稿: 陽炎 | 2007年12月31日 (月) 22時00分

私は、まだ、2色刷りができないのに(娘が入れたときだけ、カラフル、大小、地図、バナー、リンク)篠さんは、すごい!今日のベストテンは、カラフルだし、中身も味濃いし、脱帽。支えてくれる人,みんなが,逆に励まされてる。元気の人も、もっと元気にさせてくれる。そんなわけで、応援団長、勝手にやってます。

投稿: 藍弥生 | 2008年1月 1日 (火) 00時49分

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