リビング・ウイル・Living Will)とは尊厳死の宣言書
藍ちゃんにお答えします。
リビング・ウイル・Living Will)とは尊厳死の宣言書のことです
JBKとは深い関わり合いがあり、これまでに何回か取り上げておりますが、質問がありましたのでお答えします。
2回も余命宣告をされた私は、バアチャンと一緒に1990年、日本尊厳死協会(03-3818-6563)に入会し、この宣言書を常時携帯しております。今度お会いした時お見せしますね。
時々、「身内の者が医者に見放され、かなり危険な状態になった。病人に、万が一に備えリビング・ウイルを書かせたい。前に聞いたことがあるが、どうしたらよいか?」と言う相談を受けることがある。
一人の人間が死ぬと言うことは、その時期によっては遺産相続などにも影響し、簡単に口を挟めることではない。まして何本ものチューブで繋がれた病人に、本人の意思ならば別だが、第三者が介入してこれを書かせるのは問題。
私の考えではこれは病で倒れ重態になってから作成するものではなく、健康な時に作成しておくものだと考えている。
何も尊厳死協会に入会しなくても、下記の内容の文章に自筆で署名、押印、日付け、を書くだけでいい。そうしておくことでお世話になった医療関係者に迷惑を掛けることを防げる。植物状態のまま生かされ続ける心配もなくなる。一度装着したチューブを外すことは難しい。
安楽死か殺人かが法廷で問われる時、問題になるのは本人の生前の意思である。
お迎えはいつの日か必ずやって来る。これを機会にこのブログをコピーして自分のリビング・ウイルを造ってみてはいかが。家族などの立会人の署名も連記できればよりベター。
尊厳死とは
傷病により「不治かつ末期」になったとき、自分の意思で死に行く過程を伸ばすだけに過ぎない延命処置をやめてもらいたい、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えることです。
尊厳死の宣言書
(リビング・ウイル・Living Will)
私は、私の傷病が不治であり、且つ死が迫っている場合に備えて、私の家族、縁者ならびに私の医療に携わっている方々に次の要望を宣言いたします。
この宣言書は私の精神が健全な状態にあるときに書いたものであります。
従って私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、または撤回する旨の文章を作成しない限り有効であります。
1 私の傷病が、現代の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診 断された場合は徒に死期を引き延ばすための延命処置は一切お断りいたします。
2 但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施してください。
そのため、たとえば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても一向にかまいません。
3 私が数ヶ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持処置を取りやめてください。
以上、私の宣言による要望に忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げるとともに、その方々が私の要望に従った行為一切の責任は私自身にあることを付記いたします。
年月日
署名
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コメント
すっごく参考になりました。
正常な判断ができなくなった状態の父をみて、やはり何事も、自分が健全な状態の時に語っておきたいことがあるだろうなぁと思いました。
投稿: 夏海 | 2008年8月30日 (土) 12時38分
教えてくれてありがとうございます。自分や周りにいる愛すべき人達は、いつまでもいてくれるって、願望とともに思い込みがちです。私も分かりきっているのに、両親はいつもいてほしい、いてくれるって思おうとしていました。
だからいなくなった時の反動は大きいし、両親にも大きな心配を抱えさせたまま逝かせてしまいました。
これからの自分自身にも当てはまること。周りの人に迷惑をかけないように、今のうちから心掛けておこうと思います。
篠笛さん、頼りにしてま〜す!
投稿: 撫子 | 2008年8月30日 (土) 13時05分
私も尊厳死協会に入っています。
この夏体調を崩した時、医師に雑談の中でそのことを話したら「死は誰にでも何時やってくるか分からないのでそういう心がけは大事ですね」と言ってました。
投稿: 梅 | 2008年8月30日 (土) 15時39分
わーい!聞いてよかったー!半日かかっちゃったよ、っていってたけど、ほんと、元気な時に、頭も心も体も普通の時に、書いて、また、書き直したっていいんだしね。高校生くらいでも、授業の中にあってもいいよね?そしたら、1日1日、丁寧に過ごすかもね?とりあえず、簡単なものをまず、書いてみるね。あとで、足したり、削ったりして、すこしずつ、完璧なのにするね。書いたら、みてね。お答え、ありがとうございました。
投稿: 藍弥生 | 2008年8月30日 (土) 19時19分
藍ちゃんと夏海ちゃんのブログからお邪魔して、初めてコメントさせて頂きます。
私がやっていたラグビーは、死、半身不随、植物人間が珍しくないスポーツです。
毎夏、菅平には200を越すチームが合宿を組み、1~3名はそうなります。
そのため、尊厳死とは、別の観点で、「生前遺書」とか「決意書」を書きます。「自分の意志でやった事なので結果については全ての責任を負い、自分以外の何人(なんぴと)たりとも責任を問われない。」を冒頭に条文を並べるますが、その中に、たいてい、「延命処置は無用」を入れます。
「覚悟して生きる」ことが重要だと思います。
投稿: 笑顔と感謝といい気持ち | 2008年8月31日 (日) 09時58分
夏海さん
参考になってよかった。
「夏海のひろば」にJBKを宣伝してくれてありがとう。お褒めに恥じないように頑張りますね。
撫子さん
余り真剣に考えないでね。それより、チャンと篠笛練習や、やることやって遊びましょうね。
梅ちゃん
尊厳死協会の会員で、そんな覚悟をしているとは知らなかった。
藍ちゃん
参考になってよかった。
話を聞いたときはそう思っても、私はまだ・・・と思ってしまうのが人間。
笑顔と感謝といい気持ち |さん
いらっしゃい。
ラグビーは激しいスポーツだとは思っていたが「遺書」まで書いてやっているとは知りませんでした。
覚悟して生きていきます。
投稿: 篠笛 | 2008年8月31日 (日) 15時32分