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2010年1月 5日 (火)

ボースン

ボースン

「ボースン、おひさしぶりです。Hです。年賀状出したんですが、住居表示が変わったので配達できないと返ってきてしまいましたので、電話しました。」懐かしい声だった。

「ボースン」と呼ばれるのは半世紀ぶり。

H氏は昭和35年、篠が昇任して赴任したK署で一緒に仕事をした仲間。小柄だが温厚で署内の人望を集めていた。柔道が強く背負いが得意で道場では他を寄せ付けなかった。一緒に仕事をしたのは半年間だけだった。でもそれ以来年賀状のやり取りは続いていた。

「ボースン」英語・フランス語で「船では絶対的な権力者甲板長」の意。船乗りの間ではボースンは畏敬の念を持って呼ばれている。

普通探偵長、デカ長と呼ばれていたが、ミナト横浜では昔からデカ部屋を仕切る古参の巡査部長を「ボースン」と呼んでいた。

横浜駅東口近くには「ボースン」と言う居酒屋もある。

篠がデカになった頃はまだデカ部屋は畳の部屋で近衛騎兵隊上がりのデカ長が部屋の中央の欅の座机の前にどっかと座っていた。署内でもデカ長は特別扱いで警察署長も一目置いていた。このデカ長にデカのイロハを扱かれ・叩き込まれた。

「ボースン」と呼ばれ半世紀前が蘇った。

泥棒が逃げ込んだ後を追って山狩りに行き、捕まえてきたマムシを焼いて食べたのもあの頃だった。

NHK関係の取材

西口で高島屋まで待ち合わせ約2時間取材を受けたが、取材対象の話には合わないような風だった。終ってからのフカヒレラーメンは気に入ってもらえたようだ。

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コメント

篠笛さん、懐かしい呼び名ですね。確かにボースンと呼ばれる恐くて威厳のあるデカさんが居ました。恐いので中々部屋に入れませんでした。その後部屋長さんと呼ばれる人がいましたが、ずっと後でしょうか。ボースンも恐かったのですが、司法主任という恐いおじさんも一人居たような気がします。今はとても民主的ですね。

投稿: St.トロン | 2010年1月 5日 (火) 18時34分

「ボースン」懐かしい呼び名です。今は幻の呼び名になったでしょうね。NHKの取材内容楽しみにしています。お疲れ様でした。

投稿: 山猿 | 2010年1月 5日 (火) 18時36分

懐かしい方から、懐かしい呼び名でのお電話、嬉しいですね。ボースン、ってカッコイイ!今度から「ボースン」って呼ぼうか?(^。^)♪

投稿: 撫子 | 2010年1月 5日 (火) 18時50分

東口のボースン♪
オムライスとポテトのチーズ焼き♪
撫子さんと狙っています!
焼き鳥とボースン行こうね(^ー^)

投稿: 夏海 | 2010年1月 5日 (火) 18時57分

「ボースン」また一つ賢くなりました。
カッコイイねえ!
「上を向いて~」アンプで吹けるようになりたいで~す。

投稿: ふくろう | 2010年1月 5日 (火) 19時46分

ボスーン??いわれが良いですね!
「ボス!」も良いですが・・
デカの世界はテレビでしか知りませんが・・

投稿: 梅 | 2010年1月 5日 (火) 20時20分

 「ボースン」まっこと懐かしい呼び名です。 昭和42年頃まではまだその呼び名は、残っておりました。 今では、死語になっているのでしょうか。
 久し振りの電話でボースンと声を掛けられたHさんの気概が素晴らしいし、篠笛さんとの親しい関係が良く分かります。
 マムシを食った篠笛さん、最近では人も食ってらっしゃるんじゃないですか?

投稿: ライス | 2010年1月 5日 (火) 20時44分

懐かしい色々の言葉、畳のK字部屋など、青春時代の残像を鮮やかに思い出しました。
その時代を一緒に生きた懐かしい人々と、元支店長の通夜、告別式で会いました。
昔を知る人が少なくなっていくのは、やはり寂しいですね。

NHK関係の取材、お疲れ様でした。楽しみにしています。

投稿: 竹 | 2010年1月 5日 (火) 21時25分

活き活きとして、テンポの良く届いて来るので、本当に懐かしいのだなあと感じました。
鼻に抜けるように発音すると、まさにフランス男がイメージされてきます。

投稿: アルキメデス | 2010年1月 5日 (火) 21時42分

St.トロンさん
コワイボースンの上に「司法主任」がいたよね。デカから叩き上げで昇任する人が少なく司法主任は他の畑出身の人が多かった。
だからデカ長が実質的にデカ部屋を仕切っていた。古きよき時代を思い出すね。

山猿さん
確かに今では幻となってしまったね。
あの頃の「ボースン」には力と威厳があったよね。

撫子さん
半世紀前は篠だって泣く子が黙るデカだった。
酒も柔道もソコソコ強かったしカッコよかったね。(ホントかな?)
・・・には弱かった。

夏海ちゃん
チャンと約束は守るからね。
撫子さんと時間調整してね。

ふくろうさん
格好いい時代もありました。
「上を向いて歩こうよ」の次は「千の風になって」などはいかがでしょうか。
遊んでいる暇はありませんよ。

梅ちゃん
「ボースン」何となく響きがいいでしょう。一人前のデカになったような気分に浸った時代もありました。
デカの中でも殺し専門のデカは、悲しく切ない心のひだを流れる涙の訳を情で解いて,言いたくない、話したくない「真実」を明らかにしていく辛い仕事でした。

ライスさん
昔の仲間はいいね。
電話一本で半世紀前にそのまま戻れるものね。
マムシを焼いたが誰も食べる人がいない。結局篠が一匹全部食べてしまった。その後が大変体中がほてって酒に酔ったようになった。「昼間から酒飲んで・・・」と上司に叱られた。

竹さん
昔を知っている竹さんならよく分かってもらえそう。
ホッチキスなどなく新米デカはお茶汲みとコヨリ造りが一番の仕事の時代でした。
侍がいたよね。

アルキメデスさん
本当に半世紀前をそのまま再現した会話でした。
古きよき時代の話を何分も続けておりました。

投稿: お篠 | 2010年1月 5日 (火) 22時22分

NHK,ごくろうさま。取材って大変だよね。こっちの伝えたいことと、向こうの受けがいいのとが違うことあるから音、不本意な形になることだってあるから、よく文章でもやり取りしたほうがいいよね?
上をむいて歩こうを、間違えた時は、「あ、前を向いて歩こう をやってしまいました」って言うね?

投稿: 藍弥生 | 2010年1月 5日 (火) 23時22分

「ボースン」いい響きですね!マムシってどんな味?厚みのある人生ですね!篠笛さん今年もどうぞよろしく!

投稿: JACKのママ | 2010年1月 6日 (水) 02時05分

「コヨリ」懐かしいですね。最初はなかなか撚れず、「コヨリ」の貯金が出来るようになって余裕が生まれ、書類を閉じるときの完成快感を味わった昔が、蘇りました。

ホチキスが出ても、しばらくは禁止されていましたし、ボールペンも相当の期間、禁止されていましたね。過渡期だったんでしょうね。

投稿: 竹 | 2010年1月 6日 (水) 07時41分

今回の記事を読ませていただき、ますます、
篠笛さんの次の本が待たれます。エピソード満載の素晴らしいご本になると思います。

すてきですねえ。「ボースン」ですか。
かっこよさが目に浮かびます。

投稿: ルピナス | 2010年1月 6日 (水) 17時42分

藍ちゃん
新年早々から藍ちゃんは篠笛吹いているね。その調子。「前を向いて歩こうよ」
明日が楽しみだね。

JACのママさん
お帰りなさい。こちらこそよろしくお願いいたします。
マムシってどんな味だったか忘れてしまった。
食べた後強烈に体中が火照ったのはいまだに忘れません。
12回も入院して元気でいられるのはあの時のマムシの効果が残っているかも知れませんね。(笑い)

竹さん
「お前の作ったコヨリは腰が強くて使いやすい」
先輩やデカ長から褒められたのも昔話。
コヨリを使ったデカは今では骨董品となってしまいました。
七夕様を飾る時コヨリを作ってやった時子供たちが驚いていたのを思い出しました。
今日郵便局に行った時何気なく見ていると一件記録を纏める時コヨリを使っていてビックリしました。

投稿: お篠 | 2010年1月 6日 (水) 20時09分

ルピナスさん
自分でも忘れていた「昔の名前・ボースン」こうしてみると格好いいですよね。
出来ればあの頃にタイムスリップして見たい気分です。
ここの所忙しくて本のことはすっかり忘れいました。頑張りましょう。
今日O先生のところにご挨拶に伺ったのですがお会いできませんでした。よろしくお伝えください。

投稿: お篠 | 2010年1月 6日 (水) 21時20分

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