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2010年5月26日 (水)

英司君」の命日・照明灯・Gセンター診察日

英司君」の命日

今日は25年前亡くなられた、浦舟町路上強盗殺人事件の被害者勇気ある大学生「英司君」の命日。

この事件は路上強盗を目撃した大学生が犯人を追跡して捕まえ、浦舟町交番前で刺し殺された痛ましいい事件。

捜査一課長として捜査に従事した。いつまで経っても忘れられない、忘れてはならない事件。

この事件は「路上に散った正義」として東京都の中学校の社会科の教科書にも取り上げられた。

照明灯

神奈川新聞が今日「照明灯」で25年前のこの事件を記事にしてくださった。

記事を見て英司君のお墓参りを思い立ったが、注射の副作用かこれまでにない強い発作に襲われ断念した。

英司君の家に電話。お父さんの後お母さんに代わった。ご両親と話すことができた。

事件以来しばらく続けてお墓参りも、お宅にお尋ねすることが忘れようとしておられることを思い出し、お二人には辛いことではないかと思い止めていた。

お二人ともお元気だが年を取られた。それでも「あなたはどうですか」と私のことを気遣ってくださった。

体調が戻ってきたらお尋ねして篠笛を聞いていただくこと。

お父さんは囲碁の3段だそうで行って教えていただく約束をした。

25年経っても事件を風化してはならないといい記事にしてくださったF記者に敬意と感謝。

世の中みんな他人のことを思いやる心をなくしてしまっている。そんな中で正義のために尊い命をなげうった勇気ある英司君のご冥福を祈りながら千の風になってを吹奉。

Gセンター診察日

相変わらずの混雑。

「見つかったガンは、たちの悪い奴だったが、治療経過は順調。直に78歳になるね」

「いよいよ賞味期限切れですね」

「来年になってもう一度入院して検査して様子をみる。」

「先生お嬢さんの結婚式泣きませんでしたか」

「うん、チョットウルウル。」

「来年はお爺ちゃんですね。」

「そうなればいいね」

「来月は採血だから時間がかかるよ」

注射を打って、先日A社に3面トップで書かれた相談室S室長のところに表敬訪問。

O先生に挨拶。奥さんの篠笛が歌になってきたと喜んでおられた。

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コメント

 当時関東管区警察学校の教官として警察庁へ出向中でしたが、社会的反響が大きくしかも、犯人特定に至った捜査手法が実に巧妙で、捜査一課長の敏腕な指揮の様子が小平にまで伝わってきたことを思い出しました。
 ご両親にとってこの25年の歳月は厳しいものであったに違いありません。
 ご家族のご健勝と故英司氏のご冥福を心からお祈りいたします。

投稿: ライス | 2010年5月26日 (水) 19時08分

母の状態が落ち着いてきたので 我が家へ帰ってきました。
留守中のブログをゆっくりと読ませていただきながら 何も変ることなく普通であることの大切さを実感しております。
ハマ風32号の歌を載せていただき有難うございます。

投稿: ふくろう | 2010年5月26日 (水) 19時53分

今日は、心にしみるお話ですね。
昨日、しんみり聞いた篠笛さんの名言を歌会に出したのですが、力足りずあわやの1点でした。

「酒は殺して      
飲むんだ」
元捜査一課長  (デカチョウ)    
40年の夜を
グビリ と語る

えっ〜
と驚きましたが、皆さんに伝わらなかったようです。
悔しくて、残念です (T_T) 


投稿: アルキメデス | 2010年5月26日 (水) 19時57分

強い発作が気になります。大丈夫ですか。明日はシミドウ教室です。参加させていただきますので、よろしくお願いいたします。

投稿: 山猿 | 2010年5月26日 (水) 20時16分

英司さんのことを、いつまでも覚えていてくれる人がいる、ってご両親にとって、とても嬉しいことだと思います。
路上に散った正義を風化させない為にも、篠笛さんから教えて頂いた英司さんのことを忘れません。
ご両親さまとの再会、きっと英司さんも願われていることでしょう☆

投稿: 撫子 | 2010年5月26日 (水) 20時20分

[勇気ある大学生殺傷事件」、もう25年経つんですね。「照明灯」をかみ締めました。「紙製のさや」が今も瞼に浮かびます。
息子より5歳若かった平野英司さんのご冥福をあらためてお祈りします。

発作の後は大丈夫ですか?行事も多いようですのでどうかお大事に。
明日は子供の頃の[海軍記念日」

投稿: 竹 | 2010年5月26日 (水) 20時30分

誇らしい子供でなくても、生きていてくれたらなあ、って思っちゃいそうですね・・・。みんなに忘れられないのは、心の中で第2の人生が始まって、生きているんですね。
明日は、シミドQOL研究会、笛の日です。興味のある方は2時からです。

投稿: 藍弥生 | 2010年5月26日 (水) 21時52分

ライスさん
正直言って長いデカ生活で一番難しい事件だった。
事件が解決できたのは故英司君の導きだったと思う。
ご両親にとって25年は辛い悲しい年月だったと思う。25年経っても悲しい辛い想いは少しも消えていない。
今日も電話の向こうで涙を押さえておられるのが伝わってきた。

ふくろうさん
お母さん元気になられてよかったね。
看病の心が伝わってくる歌でした。

アルキメデスさん
老いた元デカのことを歌にしていただいたことで幸せです。
有難うございました。

山猿さん
ありがとう。今日のは特別だった。
地獄へ引きずりこまれるよう。というのはあんな状態を言うんだね。
でも大丈夫。グッスリ寝ていたら落ち着いてきた。
明日は大丈夫行きますよ。

撫子さん
ご両親も私の病気のことまで覚えていてくださって気を遣ってくださった。
お母さんと「篠笛を聞いていただく約束をしてよかった。勿論「千の風になって」を心を込めて吹くつもり。
これも悲しいけどデカの財産だね。

竹さん
思い出しましたよ。
現場に落ちていた凶器の物と思われるノートを破いて作った手製のさやから採取された「足紋(足の文様ー指紋と同じ)」が決め手でした。
おかしなやつを任意同行してきて身長を測るといって素足で体重計に上がらせ足紋を採取したこと。
足紋鑑定では竹さんのお世話になったね。

藍ちゃん
親にとっては子供はいつまで経っても子供。凶刃に奪われた子供のことは忘れよう年も忘れられるわけがない。
体調が戻ったら墓前で千の風になってを吹いてくる。
明日はよろしくね。

投稿: お篠 | 2010年5月26日 (水) 22時21分

記者にとっても、忘れられない、忘れてはならない事件です。

連日、200人を超える捜査員を動員、鮮やかな事件指揮で速やかに解決した捜査一課長の存在感は、とてつもなく大きなものでした。

事件現場を管轄する南署長として勇退されたことも印象的でした。「長い間、ご苦労さまでした」と、英司さんのお母さんから署長室に電話があったとのエピソードに感じ入りました。
事件当時、被害者支援という概念は世の中に、まだありませんでした。ましてや現場前の交番勤務員が検問で不在だったという「空き交番」の問題もありました。お母さんの贈る言葉は、「人はこころ」と説き、被害者に寄り添う捜査を実践されたからにほかなりません。

事件から25年。「千の風になって」の音色が、こころの中で響きました。

ご体調がすぐれないにもかかわらず、ご連絡をいただき恐縮です。くれぐれもご自愛ください。

投稿: しょうじん | 2010年5月26日 (水) 23時29分

しょうじんさん
「ブンヤさん」から25年も前の事件を取り上げてお褒め頂くなんてデカ冥利です。
「照明灯」よくぞ書いてくださった。
新聞を読んで、電話した時ご両親も「こんなに書いていただいて、中断していた「英司奨学金」が復活したのも記者さんのお蔭です。今でも奨学生から便りを頂きます。英ちゃんが蘇ってきたような気がいたします。
英ちゃんは生き続けています。」と感激しておりました。
新聞を見たご近所の方がお線香を上げに来ていてようでした。
本当に有難うございました。
そう言えば南署長室で退職のインタビューを受けている時「ご苦労様でした・・・・」と英ちゃんのお母さんから労いの電話を頂いたことも夢のような話です。
そうそう、ご昇進おめでとうございました。御社の人事異動の記事が今日の紙面に載っておりました。
ご昇進をお祝いしながら是非お目にかかって「実は今だから話せる・・・」当時の裏話をしたいものです。
照明灯事件を知っていなければかけない素晴らしい内容でした。
改めてもう一度有難うございました。

投稿: お篠 | 2010年5月27日 (木) 00時15分

英司さんの事件のこと、このブログで知って、胸がいっぱいになりました。冥福を祈りながら演奏された篠笛さんの「千の風になって」が、きっと天国まで届いたことでしょう。篠笛さんの人間味溢れるエピソードを、またひとつ知ることができました。

投稿: なっちゃん | 2010年5月27日 (木) 00時36分

 さすが、篠さん。捜査能力はいうまでもないことだけど、そのあとのことが、大切だよね。私が尊敬する理由だし、30数年間も付き合いが続いているのは、「それだから」だね。
 事件のたびに新聞記者も勉強させられる。忙しさに追われて、なかなか体の芯にまでしみこまないのが、惜しいけどね。

投稿: 異風坊 | 2010年5月27日 (木) 10時28分

強い発作という文字にどきりとしています。
雨の中、朗読歌会などでご無理されたのでしょうか。心配しています。
どうぞお大事になさってくださいね。

あの事件のことは忘れられません。自分の息子だったらと記事を読みつつ涙したことを覚えています。まさしく理不尽なことです。
ご両親の心中察してあまりあります。

篠笛さんが命日にお墓参りされていらしたこと、ご両親を慮ってやめられたこともすべて胸が熱くなります。

明日から九州の「風の大会」に行ってまいります。
篠笛はまだまだ音になっていません。夫は私の音を聴いていないので・・・練習しようとすると逃げますから・・・

投稿: ルピナス | 2010年5月27日 (木) 10時42分

なっちゃん
事件は犯人を検挙してしまえば終わりにはならない。
「英司を返してください」と涙で訴えたご両親の叫びは何年経っても忘れることができません。いつまで経っても忘れてはならない事件です。

異風坊さん
事件記者さんに25年経ってもこうして話題にしてもらうなんてデカ冥利に尽きるね。
でもあの事件は大変だったよ。
英司君はサッカー選手だった。ご両親の悲しみはそのまま・・・。
裏話もあるし今度ゆっくりやろうね。

ルピナスさん
長いことデカの仕事やらせていただいた中で心に残しておかなければならない事件だった。
朗読会の疲れなんて全く関係ないです。最高に楽しかったんですもの。
九州愉しい旅を。

投稿: お篠 | 2010年5月28日 (金) 00時31分

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