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2010年8月31日 (火)

ヤサイの日・早朝散歩4736歩・月下美人

ヤサイの日早朝散歩4736歩

今日はヤサイ(野菜)の日。一杯野菜を食べてもりもり元気になろう。早朝散歩でラジオから聞いた豆知識。

今朝は一番近いK駅まで歩いてみた。

帰りの坂道には参った。止めるわけにはいかない。朝だけで、「4736歩」

これも肺の運動になるだろう。と、下り坂で「エデンの東」を口笛で吹いてみた。音にならない。

月下美人

塩爺さんのところから嫁に来た「月下美人」が一輪蕾を付けた。

去年咲いたが今年は駄目かと思って諦めていた。

昨日一輪の蕾を発見した。

この花孔雀サボテンと違って花はたった一晩の命。これから目が離せない。

早速玄関内に取り込んだ。楽しみが一つ増えた。

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2010年8月30日 (月)

早朝散歩・人生相談

早朝散歩

早朝散歩昨日畑仕事やり過ぎの祟りか。ふくらはぎが張って思うように歩けない。3200歩で切り上げる。

植え付けたブロッコリーの苗にタップリ水やり。

新しいベッド搬入が日曜日と決まった。ベッド周りの片付け。

いらない物が一杯出てくる。シュレッターに掛けても一定の時間が来ると自動的に止まってなかなか動こうとしない。

知らない時に撮った写真が結構多く処置に迷う。迷った物はかまわずシュレッターへ。

JBKに書き残したいようなネタも出てくる。楽しみながらやっているから、部屋が片付くまでには時間がかかりそう。

でも暑い中畑仕事より健康的。

人生相談

寝付いたころを見ていたかのように久しぶり「人生相談」。

内容を聞いてみると本人にとってはかなり重大なこと。

いい加減な返事もできない。

相談窓口、無料弁護士相談、本人の心構え・・・など一通り話すと時間も結構掛かる。

終っても、頭が冴えて眠りを妨げる。

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2010年8月29日 (日)

在宅死を貫いたTさん ・ブロッコリー畑植え付け完了

ブロッコリー畑植え付け完了 

早朝散歩を3200歩で切り上げ。昨日下地を造った畑にブロッコリーの苗を植え付けた。

深さ30センチの穴を50センチ間隔で掘って、堆肥、牛糞、など元肥を入れ土を掛けてよくかき混ぜその上に苗を植えしっかり土を掛けて押さえつけタップリ水をやっていく。一本一本に支柱を立て、回り全体を含めタップリ水をやって作業終わり。

中腰の姿勢が続くから病み上がりには結構重労働。

時期をずらして、も少し苗を増やしてもよさそう。

緊急入院日誌

在宅死を貫いたTさん

9時消灯で病院の夜は長い。消灯を待っていたかのように始まるうめき声。睡眠導入剤を飲んでも眠るどころではない。

瞑想の中に浮かんだ千の風になった先輩たちのことを整理してみた。

Tさんは「負けてたまるか」が連れてきた戦友。

在宅死を選び実行した人。

Tさんには色々励まされ、学んだ。

篠の闘病記には欠かせない方。

在宅死を望む人は多い。

ピンコロリと逝けば問題ないが、寝たきりになって自宅で過ごすのは、一週間から10日くらいが限度、それ以上になると家族にかかる負担が多すぎる。在宅で最期を迎えるということは大変なこと。

健康な家族(複数の)の協力なくしてできるものではない。そんなことをTさんから学び、今回の入院で特に再認識した。

「負けてたまるか」のファン

「負けてたまるか」が出版された時各マスコミが大きく取り上げてくれた。

Tさんは多発性骨髄ガンと診断された時「負けてたまるか」を読んでくれ、私が地区センターで区の生涯学習の会で講演をしたとき、Uちゃんと聞きに来てくれた。それが切っ掛けで知り合った。まさに「戦友」である。

元気なうちはがん患者の会「コスモス」や「虹の会」にも顔を出していた。

講演の際習い始めの篠笛を吹いたが上がってしまったこともあって曲にならなかった。

彼女は「片肺で声の代わりに笛を吹こうという発想・精神がいい。その内吹けるようになりますよ」と励ましてくれた。

その後も何度かお会いする機会があった。

八幡様の寒牡丹

鎌倉の八幡様の寒牡丹を見ようと誘ってUちゃんと3人で鎌倉に行った。

ところがその年に限ってやっていなかった。

境内を散策した後、池のほとりの茶店でお茶を飲んだ。

そのとき何曲か篠笛を吹いた。Tさんは目頭を押さえて聞いてくれた。

在宅死

Tさんは意志の強い人だった。「病院で最期は迎えない」「負けてたまるか」と、在宅死を選ばれた。最期まで自分の思いを貫き通した。

「在宅ホスピス」と簡単に口にするが、病む本人も、それより家族の心労はまた別のもの。言葉で言い尽くせない。深い愛情・真心・絆で結ばれていなければできない。

ご主人が出来た方で、部屋の全てを病人用に改良するなどあらゆるものを犠牲にしてTさんの願いを叶えてやった。なかなかできることではない。

手紙

彼女は絵手紙を勉強していて時々素敵な絵手紙をくれた。

彼女が寝たきりになってUちゃんと見舞ったときも、帰るとき「絵手紙待っているよ」と声を掛けると笑顔で頷いていた。それが最期だった。

増富温泉

Tさんはラジューム含有量日本一とか言われる山梨の増富温泉にもよく足を運んでいた。

増富温泉はKちゃん、Mさんも常連だった。

篠も一時月一回3泊4日くらいの予定で通った。だが、3人が相次いで千の風になってしまったのと、バアチャンが体調を崩してここ一年ばかり行っていない。

体調が戻れば冷泉治療にも挑戦して見ようを思っている。

温泉の近くを流れる河原に流木で譜面台も作ってある。

葬式の段取りも自分で

彼女は葬式・墓石など最期のことまですべて自分で段取りを決めて家族に言い残していた。

在宅死を望む人は多い。 

だが、最期を自宅で迎えるということは大変なこと。健康な家族(複数の)の協力なくしてできるものではない。彼女からそれを学んび、今度の入院で再確認した。

参り

Uチャンとお墓参りに行ったこともあったが最近はご無沙汰のまま。

涼しくなってきたらUちゃんを誘って、Kちゃん、Tさんのお墓参りに是非行きたいと思っている。

Uちゃんも秋田で頑張っているようだが、頭に入れておいてください。お願いします。 

ホスピス

死は人生最後の最大事業。誰もが納得する締め括りは難しい。篠は、在宅介護・ゆめクリニックのT先生とQOL研究会のパネリストとしてご一緒させていただいて以来、「最期はお願いします」と予約はしてある。 

JBKが出来なかった場合、ホスピスを選ばざるをえない。

バアチャンでは一日だって無理と分かっているからだ。

何とかなるさ。果報(JBK)は寝て待て。

一周忌

Tさんの一周忌にUちゃんと参列した。東急東横線沿線のK院。

境内のあちこちに銀杏の実が落ちていた。

お腹を膨らませたカマキリが一匹墓石の日溜りで何処に行こうか思案していたのがなんとも印象的だった。

「命日は15日だが3日は結婚記念日なので和尚さんに頼んでこの日を選んだ」というご主人の挨拶で始まった。

参列者は仕事仲間のUちゃん、Tさん、Aさん、それに教え子などと親戚で、篠は異色の存在。祭壇に飾られていた遺影は普段の笑顔のTさんで今にも話しかけてくるようだった。

Tさんが可愛がっていた孫のHチャン4歳、お葬式の時はむずかっていたがすっかり成長していた。Tさんが入院中見舞いに行った少し話をしたのを覚えていた。 

一番好きなのは?」と問いかけると「一番好きなのはおばあちゃんよ」と迷わず答えてくれた。この一言を是非、千の風に載せてTさんに聞かせたいと思った。

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2010年8月28日 (土)

早朝畑仕事・ベッド買い替え

早朝畑仕事

早朝散歩は控えめにして涼しい内に畑仕事に専念。

昨日農協で買ってきたブロッコリー20本の植え付け。

畑の下準備ができていないが、時期を失するわけにはいかない。なるようになれ。

これまで連作もOKと聞いてきたが昨夜ネットで調べるとブロッコリーは連作禁止作物の中に入っていた。

サア大変狭い畑のやりくりがつかない。

モロッコインゲンの支柱が畑の真ん中にドンと居座ったまま。

去年ブロッコリーを植えなかったところを選び、20株分の植え付け場所を確保。

支柱の撤去。雑草除去、畑の掘り起こし、堆肥まき、(石灰まきは省略)ここまで来たとき流れる汗が目に入ったのを機会に作業中止。

続きは明日。

美味しいブロッコリーが皆さんに届くのは10月か11月ころ。

ベッド買い替え

今使っているベッドは昔ハム子が使っていたお古。

今回入院で「個室を使ったと思って新しいの買いなよ」ハム子のアドバイスを受けてリクライニングベッドに」買い替えることにした。

丁度区内の家具やさんが5パーセント引きのセールをやっているからと、これもハム子の情報。

バアチャンもと言うので同じものを2台買うことになった。

リクライニングベッドで2台となるとバカにならない。

個室代21日分でセールで5パーセント引きで少しお釣りが来た。

行き付けのお蕎麦屋さんで信州の辛味大根ソバ。バアチャンとハム子はそれぞれ好きな物を食べていた。

午後昼寝タップリ。

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2010年8月27日 (金)

民主党党首選に小沢一郎幹事長が出馬。ブロッコリーの苗(高島屋)

民主党党首選に小沢一郎幹事長が出馬。

管首相との一騎打ちとなった。

どっちがなろうと代わり映えはしないが、検察審査会の結果でで起訴となったらどうするつもりだろうか。

今日のA紙の社説全部納得。出だしから最後まで「ソウダソウダ」と納得しなが読んだのは始めて。この調子で続けてもらいたい。

早朝散歩4430歩

今日は出かける予定があったから少し歩数を減らした。

散歩中のお友達が出来そう。

ブロッコリーの苗(高島屋)

いろいろ買い物があってハム子の運転で高島屋へ。

帰り農協でブロッコリーの苗を20本買ってきた。「いつ植えるの?」とハム子に聞かれたが朝の散歩を減らしてでもやらなかればなるまい。

ブロッコリーとキャベツを食べていると肺がんの予防になるらしい。この間どかのTVでやっていた

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I画伯が院展に入選

シミドウ教室のI画伯が院展に入選

I画伯は昨日もシミドウでS先生の指導を受けられている。

「一生懸命練習しておられるのを音色が教えてくれた」と先生からお褒めのお言葉を頂戴している。

院展入選は仲間として大変嬉しいニュース。

I画伯おめでとうございます。

撫子さんがメールで知らせてくれたので、メールをそのままコピーで添付します。

みんなで揃って観にいくのが楽しみ。

「お父さん、元気~?
シミドウ教室、皆、一生懸命頑張ってたよ
鬼の師匠!?優しい師匠!は自宅から念力で弟子を操っているらしい!

さて、市橋さんの院展入選の快挙!スゴイ弟子を持っちゃったね。
東京だけど、ブログネタにお送りしますね。
幸子
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
市橋さんの素敵な絵をご覧になりたい方は、会期・会場は下記の通りです。
早く観たいですね~。楽しみ、楽しみ
題名は「いちばん星(ケナガクモザル)」です。
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再興第95回院展
<会期>平成22年9月8日(水)より20日(月・祝)まで(休館日なし)
    午前10時より午後6時半まで(午後7時閉場)
    最終日は午後5時まで(午後5時半閉場)
<会場>東京 日本橋三越本店 本館・新館7階ギャラリー
今まで秋の院展会場となっていた上野の東京都美術館は
 改修工事のため、今年から会場が変わりました」
以上

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2010年8月26日 (木)

緊急入院日誌・千の風になって・早朝散歩5156歩

緊急入院日誌

千の風になって

最近「篠笛を楽しみま専科」の仲間などが「千の風になって」を持ち歌にしようとしている人が多くなった。

「千の風になって」には忘れてはならない深い想い出が込められている。

今朝もアイポットでこの歌を聞きながら。早朝散歩。

すい臓に転移した患者の寿命

Kちゃんとはがん患者会コスモスで知り合った。

彼女は再発・転移箇所がすい臓で他にも転移が疑われていた。

ある時築地のガンセンターのすい臓がんの専門医の講演があると聞いて、藍ちゃんのお父さんご夫婦も一緒に聴きに行った。

その先生開口一番「再発・転移箇所がすい臓の場合余命は半年?」と衝撃的な発言に私もビックリした。

本人たちはどんな思いで聴いたのだろうか。

一番前の席で奥さんと並んで身を乗り出すようにして医師の話を聞いていた、藍ちゃんのお父さんは

「あれは医者がこれまでのデーターで喋ったもの。ガンの進行は年齢によっても異なる。寿命は人それぞれ違う」

と平静に受け止めておられた。あれはご自分にもそう言い聞かせながら、横で心配そうに聞いていた奥さんに気を遣っていたのかもしれない。

だがガンセンターの医師の話は現実となった。

しばらくしてKちゃんは主治医から「これ以上の治療は、あなたの体が受け付けない」と治療中止を宣告された。診離された訳である。

彼女は密かにホスピスを探し始めていた。Gセンターにしようかどうか迷っていた。

奇跡の女

「コシさんは後3年と言われ30年以上も生きている。その奇跡を私に分けた頂戴。私は奇跡の女になるんだ。」

彼女は「お笑い療法士」の資格を持っていた。その仲間の伝で都内の大学病院の漢方薬治療に切り替えた。

医者が驚くような腫瘍マーカーの数値上昇も無視していた。

病は彼女の願いを跳ね除けてダンダン進行していった。

添え書きなしで送られてきたCD

ある日彼女から何の添え書きもなく「千の風になって」のCDが送られてきた。

それは彼女のダイニングメッセージだったのだ。それに気ずかず何の気なしに「ありがとう」の一言で受け取っていた。

当時まだ「千の風になって」は余り知られてなかった。

その年のNHK紅白で秋川雅史歌手が歌い一躍有名になった

歌詞を読めば読むほどKちゃんの言葉として蘇ってくる。

腫れ上がった足

彼女は全身に蔓延ったがんの痛みに耐えかねてホスピス入所を決心した。

「私の病気を治せなかった病院の世話になりたくない」と皆が進めるGセンターを避けて横須賀の病院に入院した。

仲間と一緒に見舞いに行くと

「この痛みから逃れるなら何でもする」

と初めて弱音を見せた。

タオルケットを跳ね除けて浮腫で踝が見えなくなるほど腫れ上がった足を見せた。

一緒に行った友人や家族もいた。

その目が気になってマッサージをしてやれなかった。

それが今も悔いとなっている

音楽葬

横須賀の病院に入院して間もなく。

長女から「お世話になりました。母が今朝亡くなりました」と言うメールが届いた。

Kちゃんは家族にリビングウイルを伝えていた。

「葬儀告別式は音楽葬。コシさんに笛を吹いてもらいたい」

それが遺言だった。

音楽療法士の仲間に僧侶とソプラノ歌手がいた。僧侶はピアノも弾く多彩な方だった。この二人が中心で葬儀・告別式は行われた

弔辞・篠笛演奏

お通夜の日。Kちゃんが企画してくれたJBK友の会のコメント衆の会合「月見草の会」が桜木町のホテルで行われていた。

「お通夜はごく近親者で」というこれもKちゃんの遺志だった。有志数人でお通夜に参列した。

「オイ、元気を出せよ」と呼びかけたくなるような穏やかに眠っていた。

告別式でKちゃんとの想いを込めた弔辞も、こみ上げてくる涙で声にならなかった。

でも篠笛はしっかり吹奉できた。

お墓で篠笛吹奉

49日が過ぎてご主人・長女と共に日野墓地に参拝した。

そこで、千の風になって、荒城の月、江戸子守唄などKちゃんが好きだった曲を吹奉した。

「また来るね」と言ったがそれ以来訪れていない。

でも今でも千の風になってを吹くとき、ご冥福を祈りながらKちゃんに捧げるつもりだ吹いている。

笛の中にKちゃんが住み付いているのだ。

早朝散歩5156歩。

今朝の早朝散歩はアイポットで千の風になってを聞きながらGセンター周辺を一回り5156歩。

Gセンターの窓からKちゃんが覗いているような気がした。

帰ってからのシャワーは最高。

これからゲ・ゲ・ゲのキタロウを見て昼寝タイム。

今日も暑そう。

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2010年8月25日 (水)

緊急入院日誌「照明灯」

緊急入院日誌

「照明灯」

K紙のFさんが「照明灯」で篠の闘病記を纏めてくれた。

それが搭載されたのが偶然にも緊急入院の当日だった。

売店で買って持って行った新聞を、診察の際O医師に見せた。驚いていた。

その記事が切っ掛けでスムースに入院が決定したようにも思う。

病室もナースステーションに一番近く、しかも窓側のベッドだった。

「照明灯」ではブログや五行歌や篠笛のことまで書いていただいた。篠が好きな歌を2首も載せていただいた。

素敵な出会い

人の情け

生きる喜び

みんな病の

プレゼント

締め括りに使った歌はまさに今回の入院の出来事を予想していたような締めくくりとなっている。

いかに死ぬべきかを

いかに生きるべきかに

変えた

人の情けと

固い絆

大勢の方に励まされ「仮」がつくにしろ医師が驚くほどの回復で

家に帰ることができ、経過も良好。

皆さん本当に有難うございました。

照明灯は五行歌機関紙「ハマ風」にも搭載してくださるそうだ。

長生きしなくてはいけない。

絶望の淵を

彷徨う心に

希望と

勇気の光

照明灯

Fさんありがとう。

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2010年8月24日 (火)

第一回目の外来診察・梨本勝(65歳)肺がんで死亡

第一回目の外来診察

ハム子の運転でK病院へ。採血・レントゲンの後診察。

「血液検査結果もレントゲンも退院するときより胸水も少なくなって改善していて申し分ないです。歩いておられるのが一番いい結果に繋がっているのだと思います。無理しないようにこれからも歩いてください。モット改善すると思います。

来週CTを撮ってペット検査をするかどうか決めましょう。」

と至極いい結果。

先生に負けて丸かを進呈。

診察が終って3Aの病棟に行ってみた。看護師さんたちがみんな元気になったのを喜んでくれた。科長さんにお礼の手紙と「負けてたまるか」を渡す。

病室は大幅のベッド移動があってすっかり変っていた。

奥の病室のYさんも隣の病棟に移って、会いに行くと喜んでくれた。今日午後手術。

愉快な「アサタチのFさん昨日入院していたが、会えなかった。

行きつけの蕎麦屋さん休み。別の蕎麦屋は美味くなかった。

午後は昼寝に時間タップリ。

梨本勝(65歳)肺がんで死亡

芸能レポーター、タレント梨本勝(65歳)肺がんで死亡。

ニュースを見て和ちゃんが「おじいちゃんは大丈夫だろうか」と心配してくれているらしい。

梨本さんこの間までTVに出ていたと思ったのに、65歳はまだやりたいこともあっただろうに、無念だったと思う。肺がんでは人事思えない。ご冥福をお祈りする。

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2010年8月23日 (月)

緊急入院日誌・山猿ブログ・お見舞いメール・「負けてたまるか」との再会・「みんなの希望の星・今死なれては困る」

緊急入院日誌

入院中いろいろの方から励ましを戴いた。お礼も申し上げていない。有難うございました。

山猿ブログ

山猿さんが私が入院以来一日も欠かさず毎日手書きの「山猿ブログ」に詳しく書き残してくれた。

篠が知らないことまで色々書き残して励ましてくれた。

面会に来られる人も整理してくれた。お蔭で大変助かった。

励ましの言葉を書いて持ってきてくれた色紙を見て、看護師さんが「素敵な字、私も一枚書いてもらいたいわ」と言っていたが実現しなかった。

奥さん手造りの梅干、煮豆は食欲を誘ってくれた。

本当に有難うございました。

大勢の方にお見舞いに来ていただいた。病室の人が「あなた何者ですか?」と驚いていた。

でも、それをブログに書くと整理が難しくなる。というアドバイスを頂き。JBKで特定の方以外、お名前を書いてお礼を申しあがられなかった。

S先生や篠笛を楽しみま専科の方々、五行歌の美女三人の先生方、I画伯等シミドウ教室の方々、デカの仲間たちなど皆さん本当に有難うございました。改めて御礼申し上げます。

お見舞いメール

撫子さんは連日のように携帯に励ましメールをくれた。病室では携帯は禁止。

マナーモードにしてパジャマのポケットに忍ばせて着信信号を待った。

藍ちゃんは毎日病院宛にEメールで「お見舞いメール」や手紙をくれた。

Eメールは専用の封筒に入れて配達してくれる。配達してくれる病院の事務員と顔見知りになって廊下で会っても挨拶するようになった。

Eメール見舞いは病院でも始めてらしく、病院中の評判になった。

ハム子はメールを、皆さんから頂いたはがきなどもまじえて一冊のファイルを作ってくれた。

ない気ない一言に随分励まされた。

「負けてたまるか」との再会

藍ちゃんが「この本で大勢の人が生きる希望と勇気を持った。純ちゃんが見つけてくれた。

自分でよく読んで立ち直れ」と送ってくれた。

改めて読み直してみた。

「肺ガン切らねば後3年」と当時としては珍しいきつい宣告を受け手術台に上って後遺症で声を失って絶望の淵を歩いたころを思い出した。

なるほどと思うようなことが随所に書かれていて、作者は誰だろうかと思ったほど。

遺書代わりに第3冊目を纏めてみようと改めて思った。

ベッド脇に置いてあったのを看護師さんが本の表紙の「肺がん刑事の長生き闘病記」「元神奈川県捜査一課長」の文字を見て「本当なの?」と驚いていた。

是非読んでみたいと当直の時借りに来る人もいた。

この本はO先生にサイイン入りで差し上げるつもり。

「みんなの希望の星・今死なれては困る」

A紙のSさんが山猿さんと見舞いに来てくださった。

彼も大病して地獄から生還した奇跡の人。現職時代からの長い付き合い。

「実は9月からA紙の「アサヒコム」で闘病に関することを書くことになっている。篠さんには実名で出てもらうことになっている。

「故」では様にならない。

病に苦しんでいる人の希望の星なんだし是非生きていてもらわなければ困るよ。」

となんとも厳しいがありがたい励まし。

「ヨーシ」と言う気にさせられてしまった。

新聞に載るのは9月になってかららしい。どんな記事か今ら楽しみ。

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2010年8月22日 (日)

緊急入院日誌/

緊急入院日誌

エデンの東

病院の面会時間は平日は午後2時から8時まで。

面会時間が終る5分前ころ、なんとも悲しい・寂し気な雰囲気を持った「エデンの東」の音楽が流される。

痛みや苦しみに耐えながら面会の人を待った病人は別れを惜しむ。

面会人のなかった人は今日は来なかったと諦める。

ややボケの始まったかに見える老人がいた。老人は月単位の余命宣告を家族が受けていたらしかった。

夜中に突然「痛い。苦しい」と大きな声で怒鳴り出すこともしばしば。

看護師さんは老人のベッドがよく見えるようにと、ベッドごとナースステーションの前の物置の前に運び出すことがあった。

そんな時は「窓もない物置の前に連れ出され不安で仕方がない」とはっきり抗議を忘れない。

老人は朝食が終ると、看護師さんの顔を見ると「今何時?」と聞く。奥さんの来るのを待っているのだ。

奥さんがよくできた方で毎日必ず2時には面会に来て、病人の我が儘を聞いていた。

「エデンの東」の音楽が流れると奥さんは帰りの支度を始める。

ところが老人はボケた振りをしているがそうではない。

「トイレがしたい、腰が痛い」と用事を言いつけ帰りの邪魔をする。毎日そんなことの繰り返し。奥さんは「私がここで参るわけにはいかない」と笑顔で病人の我が儘を聞いていた。

途中で部屋の移動があってその部屋を出た。

老人は2泊3日の外泊が許され、私が退院の日の午後帰って来る予定だった。

私が帰る時廊下に奥さんの姿が見えた。挨拶に行くと一泊しただけで「病院に帰りたい」と本人が言い出し帰って来たと言う事だった。老人にも挨拶をしたが目がうつろだった。

帰っても気になる老夫婦。睦ましい夫婦愛にもいつか訪れる悲しい別れ。そこに立ち会わず退院できたのは神様のお恵みかもしれない。

「エデンの東」には私自身深い思い出がある。

今後この曲を聞くたびこのご夫婦を思い出すだろう。

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早朝散歩・3冊目に挑戦開始

早朝散歩

早寝早起きで体調は元気を取り戻しつつある。

昨晩夢の中に色々の人が尋ねてきて熟睡できなかった。

また5時から和ちゃんが予約しておいたレンターカーが借りに行くと「20歳では駄目だ。と言われた。どうしようという相談。結局コッチの予定をキャンセルして家の車を貸すことで一件落着。

今朝からおかゆを少し柔らか目のご飯に切り替えた。

3冊目に挑戦開始

昨晩夢の中に色々の人が尋ねてきて熟睡できなかった。

尋ねてきた人は、オフクロ、こころちゃん、Mさん、Wさん、などみんな向こうへ行ってしまった人たち。

お迎えに来たのかなと思ったがそうではなさそう。

退院してから本格的に第3冊目に挑戦しようと原稿を書き始めたのを見て、私たちを忘れないでといっているようだ。

書くネタは十分あるような気がする。どうやって纏めていくかが問題。

高校野球も終ったし、最初は一日原稿10枚くらいを目標に纏めていきたいと思っている。

皆さんにも協力をお願いすることがあるかと思いますその際はよろしくお願いたします。本名は使いません。コメント名ならいいでしょうか?差しさわりのある方は教えて下さい。

これまでにも何度も書く書くと言っていながら延び延びになってきた。こうしてはっきり言わないと途中頓挫してしまいそうなので敢えて宣言したつもり。ご協力お願いいたします。

忙しくなってきた。

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2010年8月21日 (土)

高校野球・興南が優勝・早朝散歩・垣根の消毒

高校野球・興南が優勝

夏の高校野球・興南打線爆発13対1と大差で東海大相模を破り春夏連覇。東海大相模は及ばなかった。

高校野球のお蔭でベッド生活も飽きなかった。 

早朝散歩

早朝散歩を始めて4日目。毎日コースを変えて歩くようになった。

今朝は昨日高校野球の観すぎからだと思う、足が重く2700歩で切り上げる。

午後は高校野球決勝戦観戦。差がつき過ぎて途中で昼寝に切り替え。

垣根の消毒

生垣のモッコクに虫がついて惨めな姿になって気になって仕方がない。夕方涼しくなってから消毒。

薬が足りなくなって途中で中止せざるを得なかったが主なところはやったつもり。

ダンダンもとの生活に戻りつつある。皆さんのお蔭です。

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2010年8月20日 (金)

高校野球決勝戦は東海大相模対興南・横浜高島屋へ

楽しませた貰った高校野球も明日は決勝戦。

東海大相模対興南。楽しみ。

ハム子と高島屋へ

ハム子に誘われて和ちゃんの運転で横浜高島屋へ

早朝散歩2600歩。今日は高島屋に買い物に出掛けるから朝の散歩は控え目しておいた方がいい。と言うハム子の忠告を素直に聞いた。昨晩は午後9時就寝。早寝・早起き。早朝散歩で体調は良好。

少しは雰囲気の変わったところにも出てみた方がいいと言われ出掛けてみる。

人混みの中は疲れるがいい運動になった。

フカヒレラーメンの店でお粥、二人はそれぞれ好きな物を注文。

昼寝をしながら高校野球東海大相模対成田観戦。いい試合だった。

バアチャンはWクリニックで心電図。異常なかったらしい。

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2010年8月19日 (木)

朝の散歩・五行歌横浜水曜歌会

朝の散歩

朝の散歩をするようになって寝るのが早くなった。お蔭で調子もいい。

今朝は風もあって爽やか。これまでと別のコースを選んでみた。3000歩目標で取り敢えず1500歩のところまで行って引き返すことにした。

ふくらはぎの痛みは大分取れたが、しんどい。後から来た人にドン抜かれていくのは悔しいが仕方がない。

3100歩。シャワーの気持ちいいこと。ビール一杯飲みたいのをグッと堪える。

これで一眠りして高校野球をゆっくり観戦。

五行歌横浜水曜歌会

昨晩の五行歌横浜水曜歌会JBKコメント衆が大活躍と山猿さんからファックスが送られてきた。

入選者の皆さんおめでとうございます。また篠への同情票有難うございました。

第一席 遥彼方こと鈴木春野さん

柵も支柱も頼らず

この炎暑に

地表を這う

夏草の

強かさ(したたか)

第2席 撫子こと岡田幸子さん

いつの日にか

追い越したい

後ろ姿が

言っている

受けて立つぞ と

第3席ルピナスこと岡本まさ子さん

炎天に

よろめく足元から

これしき! と

アスファルトから生え出る

雑草がせせら笑う

同点第三席藍ちゃんこと藍弥生さん

どうでもいい

バカ話が

案外

重要なときが

ある

欠席歌第一席篠笛こと腰原常雄

覚悟を決めた

13回目の入院

医師の適切な診断・治療

家族・心友に支えられ

退院 感謝・感謝

誰が見ても作者は見え見え同情票の集積。でも嬉しい。

終った後山猿さん美人二人を引きつれ狸小路に行ったらしい。チョット残念。

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2010年8月18日 (水)

散歩・Gセンター診察日・M・Y銀行へ・散髪・五行歌水曜歌会欠席

散歩

朝5時半起床・散歩。少し遠回りをしてみたが坂道がきつかった。

足の筋肉がすっかり落ちて長い距離を歩くのはまだ無理と分かった。

今日はあちこち歩いたので今現在4529歩。午後は高校野球を見ながらゆっくり昼ね。

Gセンター診察日

Gセンター診察日。ハム子が車で送ってくれ医師の話にも立ち会ってくれた。

O先生の手紙を渡しながら今回の緊急入院の経過を説明。

「一応肺炎?と言うことらしいが、胸水の中からがんも結核菌も発見されなかった。その原因が不明。ペット検査をしたいと言っている。ペットはここでも出来るらしいので、できればここでお願いしたい」

「色々難しい問題もあるが、ここでできるように手配する。前立腺の方は落ちついているので治療はこれまで通り継続していく」

「ところでお孫さんは?」

「どうもうまくいかないらしい。お嬢さん結婚して孫は?」

「まだだが仲良くやっているようだよ。暑いから早く体力を回復して頑張って」

M医師はいつになくご機嫌でO先生への返事も書いてくれた。

後一本5万円の注射。

K病院のM医師から「よろしく」との伝言も伝えた。

和ちゃんを呼び出し雑炊外食

M・Y銀行へ

色々物入りがあったので預金の移動。ダンダン少なくなっていくのは寂しい。

散髪

H駅構内の1000円散髪へ。

五行歌水曜歌会欠席

今日は前回一席の撫子さんが司会だが欠席。

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2010年8月17日 (火)

ナースステーションから一番近い病室・一番遠い病室

緊急入院日誌

ナースステーションから一番近い病室

最初入れられたのはナースステーションから一番近い6人病室だった。

誰が見ても一目で重病と分かる人たちばかりだった。

そこの一員になって覚悟を決めざるをえなかった。

6人の内で歩いてトイレに行けるのは重い酸素ボンベを引きずっても篠一人だった。

後で聞いた噂を総合すると3人が月単位の余命を宣告されているらしかった。

歩けないから食べるも、排便もベッドの中。一人が排便をすると誘われたように連鎖的に始まる。

それが食事時に重なると最悪。

付き添いがいない人は看護師さんが気がつかないと匂いは続き、逃れようがない。

「痛いよう・苦しいヨー・・・」など悲痛な叫び声が夜昼関係なしに続く。これが地獄なのかもしれないと思った。

ナースステーションから一番遠い病室・愉快な人

内容的に公開するのが躊躇われるが「書くよ」と約束してしまったので・・・・。

順調に回復を続けていると、向かいベッドのKさんの容態が急変。タンが切れず呼吸もおかしくなって奥さんが呼ばれその日から急遽隣ベッドを空けて奥さんが一日中泊まり込みで付き添うことになった。

その余波を受けて篠の部屋移動が決まった。

病棟の一番端の部屋でナースステイションからもトイレからも一番遠かった。

それぞれに抱える病気は重いものらしかったが、この部屋は明るさが溢れていた。それぞれがトイレも食事も自分でできる人たちだった。

ベッドの前と隣が明るく愉快な人で笑いが耐えなかった。

隣ベッドのFさん(62歳)は朗らかな人で何時も部屋中に笑いを提供していた。

ある朝「ワアー・・・立ったたッた。まだ大丈夫だ」と大騒ぎ。

「どうしたの?」と聞くと

「立ったのよ」と言うので、膀胱が詰まって管を挿入している人がまさかと思った。「本当かい?」と言うと、ズボンを下げて「イチモツ」を出して見せるではないか。

確かに立派な姿に驚いた。

それだけではない。退院支度をしていると、「あなたのブログにこのことを是非書いてよ。実名は困るが、見た人の反応が知りたい」

と真面目な顔。

このことがあった翌々日「たちの悪い進行がん発見。前立腺・膀胱全部摘出・人工排尿」と厳しい宣告を受けた。

追い討ちを掛けるように友人が千の風になって、明るい人だがショックは隠せない。

世の中には愉快な人もいるものだ。

この人一旦仮退院して再入院まず抗がん剤でがんを小さくしてから手術。全部終了するのに5ヶ月か掛かるそうだ。

人事ではなく聞いた。

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朝の散歩2000歩・未開封のEメール247通・ボケは本物

朝の散歩2000歩

退院疲れで昨日は1000歩も歩いていない。

足の筋肉か落ちて階段の上り下りがきつい。

朝,アイポットをお供に散歩2000歩。

散歩をするなら朝涼しいうちだよ。ハム子に懇々と言われ今朝4時30分に起きた。

郵便局、行きつけのクリニック、花好きなお友達、地区センターなどを回ってきた。

病院の廊下と違って起伏があって汗ダクダク。

途中で百日紅、ムクゲ、サギ草などが頑張れと声援を送ってくれていた。

シャワーが気持ちよかった。

今日はこれで高校野球をゆっくり観戦できそう。

バアチャンはS病院へ通院で午前中は一人で留守番。

未開封のEメール247通

帰ってPCを立ち上げて驚いた。未開封のEメール(JBKのコメントを含む)が247通も溜まっていた。皆さんのご声援に改めて感謝。

ほとんどがコメントだがこの数字を見て安心?した。コメントへのお返しコメントは不可能と分かった。

皆さんそう言う訳ですからお許しください。

ボケは本物

夜中に小便に行こうとした。が、ベッドの傍にあるはずのスリッパがない。アチコチ探している内に少しチビッテしまった。

仕方なく裸足でいくことを決心。立ち上がって病院ではないことに気がついた。

ボケは徐徐に進行しているのかもしれない。

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2010年8月16日 (月)

お蔭様で退院しました。有難うございました。

お蔭様で今日退院できました。

最初から言い訳で澄みませんが昨晩病棟で話もしたことがある方が、千の風になって、一晩中眠れませんでした。

帰って直ぐベッドに横になって寝込んでしまいました。ご挨拶が送れ申し訳ありませんでした。

皆様には本当にいろいろとお世話になりました。有難うございました。

まだ自分の家に帰ったと言う実感が湧かず落ち着きません。

徐々にこの生活に慣らして入院中の出来事などご報告していきたいと思います。

今日は先ず寝かせて下さい。

本当に有難うございました。

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2010年8月15日 (日)

仮退院まで後一日・色々あった一日

体調に変化なく明日の退院は間違いなくなった。

でも昨日厳しい診察を受け落ち込んでいる同室者のFさんを見ると余り表情に出すことはできない。

昨夜ハム子と和ちゃんがアイポットを入力して持って来てくれた。

和チャンがベッドに並んで座り私の夕食を食べるるのを見ていて、山猿さんの奥さんが造った煮豆を食べてみたいと言う。2つばかり摘まんで口に入れてやると「美味しい」を連発。もっとやろうとすると「おジイチャンのがなくなるから」と遠慮した。

ハム子が造ってきてくれたアサリの味噌汁が美味しかった。

同室者のFさん昨日携帯を大きいトイレに落とし地変な騒ぎ。どうも元に戻らないらしい。

アイポットで(母さんの歌)を聴いているとWさんが、篠笛に興味を示し見学に来る気になったらしい。篠笛をぜひ聴きたいと言う人が増えた。

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2010年8月14日 (土)

退院は仮退院・天国と地獄・お見舞い・お願いを

仮退院

「退院」を喜んでいたが、先生の話をよく聞いてみると、喜んでばかりいられないことが分かった。今回は抗生物質の効果と患者の驚異的運動量(歩行)が功を奏して胸水が抜け肺が元気を折り戻した。

ただ、その原因がなにかはこれからの検査。

一時退院して体力を回復させ、再入院してペット検査、気管支鏡などで陰の正体を付きとめるのはこれから。そんなことらしい。

今日もレントゲン検査。

天国と地獄

同室者で月曜日一緒に退院が決まっていたFさん。昨晩家族が呼ばれ、

「これまでの検査結果進行の早い、前立せんがん。前立腺・膀胱を全部摘出手術をする。尿は人工的に排出する。他に転移の可能性も考えrので、その前に抗がん剤による治療をする。全部終了するには5か月間」

そんな厳しい診断結果を聞いて元気者ののFさんもショックを隠せない。

他人ごとではない。

訪問の方ありがとうございました。

昨日は元気になってというブログを見られた方が来てくださった

コスモスのO夫妻、Hさん、山猿さん、撫子さん、Jチャン、そえにバアチャン、長男、ハム子。

皆さんそれぞれ励まし、お気遣い頂きありがとうございました。

山猿さんは手書きの山猿ブログにサクセスのことなど篠が知らないことまで詳しく書いてきてくれた。

「入院したと聞いてがんセンターに行ったが名前がなかった。どこいるのか?」と言う電話が2本もあった。

ありがたいことだ。

みなさんありがとうございます。

お願い。

誠に勝手ながらバアチャンの調子も悪いので自宅へのお見舞いは固く御辞退もうしあげまう。

勝手なことを申し上げて申し訳ございません。すいません。

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2010年8月13日 (金)

退院に向けて体力アップ・Mちゃんから篠笛の申し込み

退院話が現実的になってきて、一日の歩行目標を3500歩にアップ。昨日は3557歩と目標を達成した。

昨日AさんTさんが山猿さんから聞いたと来てくれた。お二人とも昔さんざんお世話になった方。積もる話をしたかったが、長居は禁物と帰られた。嬉しかった。

ハム子がシジミの味噌汁等持って来てくれ夕食も美味しく頂けた。

恵ちゃんも関西方面のお友達と楽しい旅行をしてきたと旅の荷物を持ったまま来てくれた。お土産に「しのふえ」と刺繍で名前が書き込まれたタオルのハンカチをもらった。

どうもまだ左手が不自由でキーボードがうまく打てない。

Mちゃんから(私の結婚式で篠笛を吹いてください」とチョウ嬉しい便りを頂いた。

その優しい心遣いにオロオロしてしまった。

何としてもそれまでは生きていなければという思いが湧いた来た。

頑張ろう。

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2010年8月12日 (木)

胸水を抜き取る針抜ける

今朝からの検査結果良好ということで胸水を抜くため肺に差し込まれていた針

を抜いてもらった。

これで熱が出るかどうか様子を見ることになった。

針を差し込んであった付近になんとなく痛みが残っているが、退院に向かって何歩も前進。

熱が出なければ一旦退院して、改めて肺の上部にある陰の正体確認のため、ペット検査、肺の内視鏡検査をすることになる。

何があっても兎に角入院時の苦しみからは解放された。

みなさんのご声援のお陰です。本当にありがとうございました

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快調継続・今日の検査結果が楽しみ。

体温も平常。今朝の検査結果がよければ胸水を抜く管が取れそう。

点滴から飲み薬に変わったせいか、昨日から便がないのが気がかりだけ。

みなさんのご声援に感謝いたします。

高校野球神奈川代表「東海大相模」初戦突破。

政界の暴れん坊ハマコウこと元衆院議員浜田幸一、背任で逮捕のニュースでTVが大騒ぎ。

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2010年8月11日 (水)

希望

昨日山猿さんがインテリーヤクザのSさんを案内して来てくれた。

お粥には最高だからと、山猿さん奥さん手造りの梅干しを差し入れてくれた。早速夕食に御馳走になった美味しかった。

Sさんは忙しいところをハッパを掛けに来てくれたらしい。

「近くA紙で記事を書くことになった。その中に病と闘いながら色々やって長生きしている篠さんも実名で取り上げる計画だ。

「故」では様にならないから是非生きていて欲しい。

篠さんの場合はただ生きているだけで、病と闘う人たちに勇気と希望を与えているんだからな。

何としてももう少し生きていかなければという気が湧いてきた。

生き抜いて彼が書く記事を読むのが楽しみになってきた。踏ん張りましょう。

昨日は色々の方から励ましを頂いた。みなさんありがとうございました。

昨日は3250歩いた。今朝は今現在510歩。

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山猿さん神奈川川柳壇に入選

8月8日神奈川新聞

堀井勉 選

「我が国の行く末如何パオル君 」 保土ヶ谷区  金川 孝己

山猿さんは篠が入院以来手書きで「山猿ブログ」なるものを書き続けてくれている。

昨日きてくれた時、黙ってNO3号を置いて帰った。その中にこの新聞の切り抜きが添付されていてびっくり。

こうして皆さんにご紹介することになった。

山猿さん改めて入選おめでとう。

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2010年8月10日 (火)

足ふろ。洗髪・夕方体温上昇

一昨日和ちゃんに足が臭いと叱られた話を看護師さんにすると、美人の看護師さんが、バケツに熱い湯を汲んで持って来てくれ約30分足湯。あと指一本一本まで綺麗に洗ってくれた。

時間が余ったと言って髪まで洗ってくださった。

さっぱりして気分壮快。感謝感激。

体調回復も順調と言うことで薬の管理も今日から自分ですることになった。

飲み薬は10種類、朝・昼・晩仕分けをする作業はやってみると大変。

これも退院に備えての訓練らしい。入院以来体重が減り続けているのが少し気がかり。

今朝は、採血があってこの後レントゲン。

沢山のみなさんからコメントを頂き感謝しております。お返しコメントができず心苦しく思っています。

肺に差し込んだ胸水を抜く管も今週中には抜いてもらえるらしい。

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2010年8月 9日 (月)

久しぶりの雨。

御蔭様で体調はすこぶる良好。

昨日部屋が変わった。前の部屋とは全く違った雰囲気。

夕方ハム子、恵ちゃん、和チャンが揃って顔を見せてくれた。

和チャンにはPCのご機嫌の悪いのは「おじいちゃんのやり方が原因だ」開口一番厳しい指摘。まさにその通りだが、何と言われようが動くようにしてもらわぬことには、時間をもてあます。

「おじいちゃんの病気の原因の一番はPCのやり過ぎだからね。おばあちゃんも母さんもみんながそう言ってるよ。」

ずしんとくる発言。

忠告を取り入れPCとの付き合い方を検討する時期かもしれない。

前にいた部屋の方の容態が急変、急きょ家族が呼ばれ昨夜から奥さん異例の病人の隣ベッドに泊まり込むことになった。

この病棟には個室がない。個室のあるところだと看護師も変わるので緊急措置でこうなったらしい。

篠のベッド移動もその一環らしい。

締めくくりはなかなか難しい。

靴下を取り替えていた和ちゃんが、顔をしかめるくらい異様な臭い。そういえば入院以来一度も入浴していない。

今日は足湯をお願いした。

和ちゃんは伊豆方面へ、恵ちゃんは「おじいちゃんが元気になったから、関西へかねてからの計画通り行けるようになった」とそれとなく旅行の話をされると、色々面倒見もらっているから財布が軽くなっても仕方がない。

今朝から雨で少しは凌ぎ易くなってくれるだろう。

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2010年8月 8日 (日)

昨日はPCの反乱で発信できず。病状は回復傾向

昨日苦労して病状を纏めて送信したが・・・・・どうしても画面が出てくれなかった。

扱いに慣れて生意気にちょっとおかしな所に触ってしまったのが気に入らなかったようだ。今日は和ちゃんが様子を見に来てくれることになっている。また叱られそう。

昨日胸水を抜いていた管をピンセットで完全に閉鎖して一時的に抜き取りを中止して様子

ことになた。

閉鎖当初発熱があったものの徐々に落ち着きを取り戻してきた。

入院以来昨日まで続いた抗生物質も昨日で中止、今日から飲み薬になった。

今朝は平常に戻った感じ。一日2500歩は続けている。歩く人で病棟中で知らない人がいくなった。

高校野球郷土代表松本工業は一回戦で敗退。

高校野球が始まって時間を持て余すことが亡くなった。

みなsン荷は大変励ましを頂き、回復の原動力になっております。

もうひと踏ん張り頑張ります。

元気になったので今までナースステーションに一番近い部屋だったのを今日あたり一番遠い部屋に移されるかもしれません。

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2010年8月 7日 (土)

胸水の抜き取り一時中止

回復状態が改善されてきたので先日来胸に針を差し込んで胸水を抜いていたが、体力回復状況が良好なのでチューブを途中で中断して胸水の抜き取りを一時的に中止して様子を見ることになった。体温の上昇はあるものの異常はなさそう。

この状態を3日くらい続けてて異常なければ抜き取りの針を抜いて管から解放される。

退院に向けて一歩前進と言うところ。

ハム子がアサリの味噌汁を造って持って来てくれた。美味しかった。

みなさん励ましのコメントありがとうございます。

お休みなさい。

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2010年8月 6日 (金)

胸水を抜く針差し替え

昨日は胸水を抜く針の差し替えはしないことになっていたが今朝になって急遽差し替えをすることになった。

そのためか熱も少し出て気分優れず。

昔の仲間から応援メッセージを頂いた。感謝感謝。

新しいPCあまだ言うことを聞かない。

病室で2人の入れ替えがあって落ち着かない。

みなさんの激励に励まされています。本当にありがとうございます。

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2010年8月 5日 (木)

順調さ継続

昨日に引き続き回復は順調。

レントゲン検査の結果、胸水を抜く針の差し替えもしなくてよくなった。回復の速さに医師も驚いていた。

一日2500歩の歩行と抗生物質のこうからしい

今日も今現在2588歩。山猿さんがいろいろの情報を持って来てくれた。

ハム子が果物などを持って来ていろいろ話し相手になってくれた。

新しいPCの扱いに馴染めず、コメントが読めない。

明日また挑戦します。

いろいろ世話になって申し訳ありません。

今日は二俣川の新笛個人レッスンの日だった。

新人が二人入ってきた。

みなかなり重症?。

お休みなさい。

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順調さ継続

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2010年8月 4日 (水)

体調回復すこぶる順調

8,4

体調すこぶる順調今日も和ちゃんとハム子が来てくれた。

昨晩新しいパソコンの使い方を教わったが途中で操作を間違えて動かなくなった。

SOSに応えてくれた。

和ちゃんの指導で何とか動くようになった。

がんセンタ^からこれまでのGTMRIのコピーを貰ってきてくれた。

M医師が「状況を話してくれ」と詳しく聞かれ予想していなかったことで戸惑ったらしい。

明日またCT検査。

パソコンの扱いが不慣れで、ご心配おかけしました。これから少しずつ勉強して病状などもご報告していきたと思っております。

コメントへのコメントは左手が点滴でつながれていたりして、とても無理だと思います。

色々ご激励ありがとうございます。

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2010年8月 3日 (火)

パソコン直りました。

パソコンが故障していましたが、かっちゃんの活躍でようやく新しいパソコンを使えるようになった。

31日からブログをお休みしていましたが、今日からまた少しずつ書き込みができると思います。入院以来つけていた「サンソ」が昨日ようやく外され一歩前進した。肺から抜いている胸水の色も赤みが取れた。

主治医から胸水で小さくなった肺を大きくするには歩くことが一番。と言われ、毎日2500歩を目標に歩き始め、おとといは3000歩。昨日は2500歩。今日もその予定。歩いているおかげで先生も驚異的な回復力とほめられた。うれしい。

この回復の要素は3点。

1、胸水がよく抜けている。

2、抗生物質が効いている。

3、なによりも本人の歩行をはじめとする努力。

こんな優等生見たことがないとほめられた。

ブログを4日間お休みしてみなさんにご心配をおかけしました。またメール・コメント・お手紙等をいただきありがとうございました。

明日からは新しいパソコンの操作になり、状況などをご報告をしていきたいと思います。

いろいろありがとうございました。

とくにかっちゃんには頭が上がりません。

まだ操作不慣れなのでかっちゃんに頼んでやってもらうので、失礼することがあると思いますのでご容赦ください。

みなさんとお会いする日を楽しみにしています。

お休みなさい。

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