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2010年8月26日 (木)

緊急入院日誌・千の風になって・早朝散歩5156歩

緊急入院日誌

千の風になって

最近「篠笛を楽しみま専科」の仲間などが「千の風になって」を持ち歌にしようとしている人が多くなった。

「千の風になって」には忘れてはならない深い想い出が込められている。

今朝もアイポットでこの歌を聞きながら。早朝散歩。

すい臓に転移した患者の寿命

Kちゃんとはがん患者会コスモスで知り合った。

彼女は再発・転移箇所がすい臓で他にも転移が疑われていた。

ある時築地のガンセンターのすい臓がんの専門医の講演があると聞いて、藍ちゃんのお父さんご夫婦も一緒に聴きに行った。

その先生開口一番「再発・転移箇所がすい臓の場合余命は半年?」と衝撃的な発言に私もビックリした。

本人たちはどんな思いで聴いたのだろうか。

一番前の席で奥さんと並んで身を乗り出すようにして医師の話を聞いていた、藍ちゃんのお父さんは

「あれは医者がこれまでのデーターで喋ったもの。ガンの進行は年齢によっても異なる。寿命は人それぞれ違う」

と平静に受け止めておられた。あれはご自分にもそう言い聞かせながら、横で心配そうに聞いていた奥さんに気を遣っていたのかもしれない。

だがガンセンターの医師の話は現実となった。

しばらくしてKちゃんは主治医から「これ以上の治療は、あなたの体が受け付けない」と治療中止を宣告された。診離された訳である。

彼女は密かにホスピスを探し始めていた。Gセンターにしようかどうか迷っていた。

奇跡の女

「コシさんは後3年と言われ30年以上も生きている。その奇跡を私に分けた頂戴。私は奇跡の女になるんだ。」

彼女は「お笑い療法士」の資格を持っていた。その仲間の伝で都内の大学病院の漢方薬治療に切り替えた。

医者が驚くような腫瘍マーカーの数値上昇も無視していた。

病は彼女の願いを跳ね除けてダンダン進行していった。

添え書きなしで送られてきたCD

ある日彼女から何の添え書きもなく「千の風になって」のCDが送られてきた。

それは彼女のダイニングメッセージだったのだ。それに気ずかず何の気なしに「ありがとう」の一言で受け取っていた。

当時まだ「千の風になって」は余り知られてなかった。

その年のNHK紅白で秋川雅史歌手が歌い一躍有名になった

歌詞を読めば読むほどKちゃんの言葉として蘇ってくる。

腫れ上がった足

彼女は全身に蔓延ったがんの痛みに耐えかねてホスピス入所を決心した。

「私の病気を治せなかった病院の世話になりたくない」と皆が進めるGセンターを避けて横須賀の病院に入院した。

仲間と一緒に見舞いに行くと

「この痛みから逃れるなら何でもする」

と初めて弱音を見せた。

タオルケットを跳ね除けて浮腫で踝が見えなくなるほど腫れ上がった足を見せた。

一緒に行った友人や家族もいた。

その目が気になってマッサージをしてやれなかった。

それが今も悔いとなっている

音楽葬

横須賀の病院に入院して間もなく。

長女から「お世話になりました。母が今朝亡くなりました」と言うメールが届いた。

Kちゃんは家族にリビングウイルを伝えていた。

「葬儀告別式は音楽葬。コシさんに笛を吹いてもらいたい」

それが遺言だった。

音楽療法士の仲間に僧侶とソプラノ歌手がいた。僧侶はピアノも弾く多彩な方だった。この二人が中心で葬儀・告別式は行われた

弔辞・篠笛演奏

お通夜の日。Kちゃんが企画してくれたJBK友の会のコメント衆の会合「月見草の会」が桜木町のホテルで行われていた。

「お通夜はごく近親者で」というこれもKちゃんの遺志だった。有志数人でお通夜に参列した。

「オイ、元気を出せよ」と呼びかけたくなるような穏やかに眠っていた。

告別式でKちゃんとの想いを込めた弔辞も、こみ上げてくる涙で声にならなかった。

でも篠笛はしっかり吹奉できた。

お墓で篠笛吹奉

49日が過ぎてご主人・長女と共に日野墓地に参拝した。

そこで、千の風になって、荒城の月、江戸子守唄などKちゃんが好きだった曲を吹奉した。

「また来るね」と言ったがそれ以来訪れていない。

でも今でも千の風になってを吹くとき、ご冥福を祈りながらKちゃんに捧げるつもりだ吹いている。

笛の中にKちゃんが住み付いているのだ。

早朝散歩5156歩。

今朝の早朝散歩はアイポットで千の風になってを聞きながらGセンター周辺を一回り5156歩。

Gセンターの窓からKちゃんが覗いているような気がした。

帰ってからのシャワーは最高。

これからゲ・ゲ・ゲのキタロウを見て昼寝タイム。

今日も暑そう。

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コメント

秋田でゲ・ゲ・ゲを見ています。
Kちゃんは同じ主治医だったので私も良く話しました。ポレポレ通信を発行したり、皆のために頑張ってもくれました。「落語」のcdを持って行ったのが最後になりましたね~。
5156歩・・凄いです。

投稿: 梅 | 2010年8月26日 (木) 08時28分

 今日の記事を読んで込み上げるものを抑えられませんでした。 Kさんのご冥福を心からお祈りします。
 今日も熱そうだから決して無理をしないで下さい。

投稿: ライス | 2010年8月26日 (木) 08時53分

Kちゃんのこと 思い出しますね~お通夜の席でソプラノ歌手が100曲を生で歌われるのには 感動しました。
早朝からの5000歩を超えるウオーキングどうぞお気をつけて ゆっくりと・・・ね。

投稿: ふくろう | 2010年8月26日 (木) 09時18分

Kさんのご冥福をお祈り致します…共に闘った癌友が千の風になる事は誠に切ないですね‥これを読むと私の友人と重なります。彼女とはコスモスで知り合いました。次々と転移してました。昨春、Gセに入院した時は「これが最後の治療です」と宣言されたそうです。退院後は通院で抗がん剤をしてました。彼女も笑い療法士の資格を持ってました。入院中は更にカウンセリングの勉強もしてて関心しました。そして9月。予約してあったGセの10階に入院。よりによって彼女の9月の誕生日に余命宣告。月単位です‥と言われたんです。お見舞いに行くと車イスで下まで見送りに来てくれた。笑顔が素敵な女性でした。ブログも亡くなる3日前までつけてました。

投稿: 奈美 | 2010年8月26日 (木) 10時13分

ぽれぽれ通信に、イラストつきの五行歌書いて・楽しく生きる7つのポイントのセミナーやって,Kちゃんのお願い、少しずつ、かなえています。7つのポイントは、いろんなところでお話しています。空から、見てるでしょ? 最期にあったとき、ありがとう、って、会えてよかったです。

投稿: 藍弥生 | 2010年8月26日 (木) 12時12分

ひとりの方を想って吹く笛の音色は、どんなでしょう。
こんど「千の風になって」を聴くときに、このブログを思い出したいと想います。

投稿: アルキメデス | 2010年8月26日 (木) 15時42分

5年前に、65歳で千の風になった、妹の闘病生活を思い出しました。Kさんのご冥福をお祈りします。早朝散歩5千歩以上は、かなりきついですね。無理にならない様にお願いします。

午後、町内防犯パトロール、猛暑のせいか参加者少数。

投稿: 竹 | 2010年8月26日 (木) 19時48分

本日のシミドウ教室は、やる気満々でどなたも積極的に18番を吹かれていました。みなさん自宅練習の成果を出されて、S先生もびっくりされていました。

投稿: 山猿 | 2010年8月26日 (木) 20時57分

千の風になって・・・これを吹くと、
辛いの、まだ・・・。
だから、なるべく、まだ吹かないの(_ _)

投稿: 撫子 | 2010年8月26日 (木) 21時29分

今日のシミドウ教室はS先生以下
8名の出席で盛会でした。
鬼先生がいればもっと盛会だった
と思います。
体力をつけ次回には是非ご出席を
お待ちしております。
帰りに有志で寄り道しましたが、
S先生は笛だけでなく歌も大変上手
なことが分かり驚きました。

投稿: ナンコー | 2010年8月26日 (木) 22時14分

Kちゃんの思い出が、篠笛さんの名文でよみがえってきました。Kちゃんはもういないけれど、篠笛さんの演奏と文章のなかで、ずーっと生き続けているように感じました。

投稿: なっちゃん | 2010年8月26日 (木) 23時20分

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