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2010年9月30日 (木)

シミドウ篠笛教室

シミドウ篠笛教室

緊急入院でご迷惑を掛けてしまって、久しぶり。

それなのに藍ちゃんの行きつけの日本蕎麦屋さんで退院祝いをやってくれた。

色々あって篠は練習はしてないが皆さん持ち歌を上手に吹いてくれた。

S先生もシミドウの方に来てくださって懇切にご指導していただいた。

ナンコーさんの差し入れの行列のできるケーキ、先生の差し入れのクッキー、

ハム子て造りのケーキと美味しいおやつが沢山あって楽しく美味しい教室だった。

山猿さん、撫子さんは所要で欠席。藍ちゃんご夫婦、ナンコー、純ちゃん、篠、先生と小人数。

美味しい物を食べるときは小人数がいい・・・。と誰かが呟いたかな?

夕食は西口で軽くおすしで済ませた。

明日は鶴ヶ峰「篠笛を楽しみま専科」教室。

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2010年9月29日 (水)

バアチャン退院・早朝散歩

バアチャン退院

一週間は顔を洗ってはいけないらしい。

「全体が明るくなった。今まで見えなかった遠くのお寿司のオーダー表の字がはっきり見えるようになった」と大喜び。

目薬を幾ら注しても目を大きく開けていられないなどと心配していたが、うまくいってよかった。

廊下で会う看護師さんが皆顔見知り。

入院中よく話した同病者がいるかと名札を見たが誰もいなかった。

退院祝いはバアチャン希望で行きつけの回転すし。

早朝散歩

さわやかの陽気で歩数も伸びた。6、761歩。

明日はシミドウ篠笛教室。

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2010年9月28日 (火)

異風坊さんの「死ぬもんか、食道がんと闘う」・バアチャン手術・成功

異風坊さんの「死ぬもんか、食道がんと闘う」

異風坊さんのブログ・アピタル「死ぬもんか、食道がんと闘う」に篠が実名で登場。

食道がん手術のあと感染症などで三途の川から無事戻ってきた彼の闘病記。

正直言って、よくぞ戻ってきたな。というような状態だった。

彼のブログはこの欄で紹介しましたが、辿り付くまで大変です。

是非探し当ててコメント書き込んでください。

バアチャン手術・成功

なんだかんだと心配のようで大したことでもないのに、何度も電話がかかってきた。

午前中に無事手術は終わった。午前中自宅に訪問者の予定があって手術は長男に立ち会ってもらった。

夕方ハム子・和ちゃんと見舞う。心配していた手術がうまくいってご機嫌。明日退院の帰りどこで昼食をするかを心配していた。

ハム子の希望で久しぶり焼肉で夕食。

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2010年9月27日 (月)

バアチャン入院8(白内障手術)

バアチャン白内障手術のため入院。(2泊3日の予定)

K病院。

白内障の手術は入院しなくても日帰りでもできるが年も年だからと入院にしてもらった。

手術は簡単なもので心配することはないんだが、落ち着かない。

バアチャン留守にするのはたった二日だが、あれやころれやと心配らしい。

パンは、お漬物は、ヤサイは、豆乳は、ヤクルトは、・・・・・と繰り返し細かい指示が繰り返される。

偶然にも病室は篠が先日21日間入院したと同じ病棟で顔見知りの看護師さんが「どうしたの?」と心配してくれた。これだけでも安心。

手術は明日で明後日は退院。

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2010年9月26日 (日)

早朝散歩・「肺炎球菌ワクチン」・ホウレン草の種蒔き

早朝散歩

朝晩涼しくなってついにカーディガンーを出した。気持ちよく眠れた.

つい寝過ぎた。早朝散歩数は5525歩。

よく晴れてはいるが大山連峰の向こうに聳える富士山は、靄って頂上付近が微かにしかみることができない。

垣根の剪定をしていると。「危ないじゃないですか」と大きな声を掛けられビックリしてみると。山猿さんだった。脚立が不安定だと心配してくれたのだが、大きな声の方がビックリした。

ホウレン草の種蒔き

昨日畑を均し準備したところに、昨晩から「クド石灰を溶かした中に一晩つけておいたホウレン草の種を蒔いた。こうすると90パーセント発芽する。

若干連作地と重なるところもあるが、弊害のないことを祈る。

「肺炎球菌ワクチン」

今朝のA紙で一ページを使った広告が目に付いた。

家のバアチャンの説だと去年「肺炎球菌ワクチン」の予防注射をしてあったから、ジイチャンは助かったのよ。が説得力を持ってきた。

広告によると肺炎は日本人の死因第4位。肺炎でなくなる人の95パーセントが65歳以上だそう。

有料だが自治体によっては補助金を出しているところもあるそうだ。

インフルエンザーの予防注射のとき一緒名やってもらえばいい。

一回打つと5年間は効果が継続するそう。

詳しく知りたい方は

「0120-66-8910」肺炎球菌感染センター。月~金         9時~17時

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2010年9月25日 (土)

庭仕事・イチロウ選手10年連続200本安打・中国漁船衝突事件で逮捕した船長を釈放・大相撲白鳳優勝

庭仕事

朝の内小雨が降っていたが午後はすっかりいいお天気になった。

畑に覆いかぶさっていた植木類を選定してホウレン草を蒔くところを日当たりがいいようにした。

やり始めると止められない。ボケなど棘のあるものがあって作業ははかどらない。ゴミ袋7袋分。後は明日。

イチロウ選手10年連続200本安打。

シアトル・マリナーズに所属するイチロー(本名:鈴木 一朗〈すずき いちろう〉

10年連続200本安打を達成した。

中国漁船衝突事件で逮捕した船長を釈放

沖縄県・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で逮捕した中国人船長を、那覇地検が船長を釈放。

 仙谷由人官房長官は24日午後の記者会見で、那覇地検が容疑者の中国人船長の釈放を決めたことについて「刑事事件として刑事訴訟法の意を体してそういう判断に到達したという報告なので、了とした」と述べ、検察独自の判断との立場を強調した。

なんとも不可思議な結末だ?。

一度弱腰になるとこの先どこまでも付け込まれはしないか心配する向きもある。

大相撲白鳳優勝

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2010年9月24日 (金)

Gセンター・ペット検査

Gセンター・ペット検査

前夜23時以降の食事禁止。朝食抜き。糖分を含んだ飲み物禁止。過激な運動セーブ。検査開始11時50分。その一時間前に必着。・・・。検査時間は2時間。取り直しがあればさらに1時間から2時間。色々の制約がついている。

朝だけハム子に送ってもらう。

慎重な検査

狭い部屋で看護師から丁寧な説明を受ける。

検査用の注射を約一分掛けて静脈注射。それから身動きもできないような細長い部屋に移動。椅子に腰掛けて一時間掛けて500ミリリットル(持参した物)の真水を飲む。

大きなドーム型の機械のある部屋のベッドに縛り付けられ、約25分間ドームの中を行ったり来たり。この間身動きは禁止。気が小さい人はこの雰囲気に参ってしまうだろう。

「お宅に小さな子供さんや妊婦さんがおられましたら一日間は近付かないようにしてください」帰り掛けそんな注意があった。

検査結果の資料が纏まるのに約一週間かかるそうだ。

疲れた。

ペット検査

ガン細胞は通常細胞に比べ、約38倍のブドウ糖を消費する性質がある。そこでブドウ糖に似た検査薬(FDG)を体内に注入し、その集まり具合を画像化すれば体の深部の比較的小さいガンを検出する。これをPET検査・陽電子放射線断層撮影法)というのだそうだ。

便秘

検査を前にした食事や運動制限などが祟ったのか今朝の便秘には参った。

生まれて始めて経験する便秘。トイレに一時間座って見えない敵と格闘。

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2010年9月23日 (木)

好きな物を食べるようになって元気になった「ラブちゃん」・お彼岸のお中日

好きな物を食べるようになって元気になった「ラブちゃん」

雨の天気予報で早朝散歩は無理かと思っていたが曇り。

試験場コースの途中で会ったワンちゃん「ラブちゃん」が擦り寄って離れない。

身体をなでながら奥さんの話を聞く。

「12歳で今年はじめ急に痩せ始め、医師から

(肝臓がん。手術はできない。長くないから。好きな物を何でも食べさせてやっていい)

と言われ、ハムやソーセージなど好物を好きなだけ食べさせたところ太ってきて、元気に散歩も出来るようになった。不思議ですね。一緒に散歩するようになって私も元気になれました」

人間もそうかもしれない。あれもこれも駄目だと制限しないで好きな物を好きなように適度に採ることで免疫力アップに繋がるかもしれない。

早朝散歩で拾ったいい話。

家を出る時間が微妙に違って「ラブちゃん」と会うチャンスは偶然の一致を願うより仕方がない。でも、その偶然に賭けるのも楽しみの一つ。

お彼岸のお中日

あちこちお参りをしたいところがあるが・・・。午後から雷を伴う嵐らしいということで中止。午後確かにとの予報通り雨になった。気持ちよく昼寝と決めた。

明日はGセンターでペット検査。

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2010年9月22日 (水)

大阪地検検事を逮捕 ・朝の畑仕事・昔仲間と半世紀ぶりの会話

大阪地検検事を逮捕 

 郵便不正事件に絡み、厚労省・村木厚子元局長が偽の証明書を発行した罪などに問われ、無罪判決を受けた事件で、最高検は21日夜、証拠の一部を改ざんした疑いが強まったとして、大阪地検特捜部の主任検事・前田恒彦容疑者(43)を証拠隠滅の疑いで逮捕した。極めて異例のスピード逮捕。

あってはならないこと。どうしたらこうしたことができるのか不思議。信じられない、徹底して追求すべきだ。

でも、あれは一体誰がやったんだろう??

という疑問は残る。コッチも一緒に追求して明らかにしてもらいたい。国民の税金だもの。

朝の畑仕事

散歩の後、耕してあった畑にレタス・チンゲン菜の種を蒔き、ブロッコリーの苗を植え付けた。

ブロッコリーは先日植え付けたのが旅行中虫にやられ消毒したのが,消毒液が濃すぎたらしく半分以上薬害で駄目になってしまった。

昔仲間と半世紀ぶりの会話

昨日、竹さんから昔の仲間のSちゃんが入退院を繰り返している.。「負けてたまるか」を読んで頑張っている。

と、聞いて早速電話した。半世紀ぶりだろうか。

まだ20代後半のころ横浜市内のK署で半年一緒だっただけだが、仕事もしたし、アサリ取りをしたり、よく飲んだ。

最も充実した時代で話は尽きない。懐かしかった。

早く元気になられて一杯飲みながら昔話がしたいもの。

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2010年9月21日 (火)

一日遅れの父の日・サンマのお刺身

一日遅れの父の日

ハム子主催の一日遅れの父の日。

農協でホウレン草、レタス、など冬野菜の種を買う。

和ちゃんも誘って、この前美味しかったK病院そばの讃岐うどんの店で昼食会。

天ぷらがおいしかった。

サンマのお刺身

昔の仲間からサンマを沢山送っていただいた。

料理上手のハム子に連絡。

お刺身にしてもらった。

お礼に何匹か持たせた。

美味しかった。

明日は塩焼き。

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2010年9月20日 (月)

敬老の日・恵ちゃんとデイト・散歩数8930歩。

敬老の日

ハム子から食事会の誘い電話。俺は恵ちゃんとのデイトだし、バアチャンの都合で明日になった。

電話がかかってくるだけいい方かもしれない。

恵ちゃんとデイト

久しぶり恵ちゃんからデイトの誘い。

狙いは秋物のスーツが欲しかったらしい。秋になったら・・・そんな約束をしたのかしないのか定かではないが仕方がない。

目的の物を手にしてご機嫌になったのか、フカヒレラーメンをご馳走してくれるという。久しぶり二人でラーメンを食べた。払うというが払わせるわけにはいかない。気持ちだけ貰っておく。

バアチャンから頼まれた肉まんを買って恵ちゃんと別れて帰る。

散歩数8930歩

今日はデパートをあちこち歩いた分歩数が伸びた。朝の散歩数と合わせ8930歩。

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2010年9月19日 (日)

早朝散歩・コメント返し

早朝散歩

涼しくなって身が引き締まる思い。Gセンター付近を一回り。

朝だけで5150歩。今日の予定数を越えた。

夕方涼しくなってから1時間畑を耕す。まだ無理はきかない。

コメント返し

「大変だとは思うがコメントの簡単でもお返しがあればいい」そんな声を何人の方から聞いて暇があれば無理のないところで、お返しを書き込むことにした。簡単に!

恵ちゃんから明日デイトのお誘い。

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2010年9月18日 (土)

雪割り草の植え替え・ふたひらの会

雪割り草の植え替え

昨日の残りを片付けてしまう。途中用土が足りなくなって大騒ぎ。

全体の3割がおかしくなっていた。夏場の一番面倒見なくてはならないときいなかったのだから仕方がない。

生き残った鉢が、来春どんな花を咲かせるか楽しみ。

ふたひらの会

坂本先生が広瀬雅英先生と久良岐の能舞台で「ふたひらの会」・篠笛の発表会。

バアチャンは心配そうだが、切符は買ってあるし、JR

磯子駅

前で美女3人組と待ち合わせもしてある。

受け付けにニイニと先生のお母さんがおられた。

先生が椅子席を予約席としてとってくれてあった。隣はお母さんだった。元気で少しお話もできた。

AC教室のOさん夫婦、など知っている顔も何人か合った。

鯉沼先生とチョットお話しすることができた。みんなに紹介すると「大先生なのにえらぶったところがない。優しい先生」と手放しで褒めていた。

ライスさんも見えてふくろうさんが近くに椅子を用意してやった。

演奏曲はおけさ子守唄、中国地方の子守唄、など素敵だった。

特に「千灯路」は心に響いた。

アンコールが個人レッスンで習っている曲ばかりを集めてあって、聞き惚れた。心が洗われた感じ。行ってよかった。

夕食会

帰りは上大岡まで歩き中華で軽い夕食。みんなにご馳走になってしまった。

夕食を食べ終わって疲れていることに気がつきそこからタクシー。正解だった。

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2010年9月17日 (金)

雪割り草の植え替え・管改造内閣発足・押尾学被告に懲役2年6ヶ月の実刑判決

雪割り草の植え替え

雪割り草の先生の話だと植え替えは8月中にやった方がいい.。と言うことだったが今年は仕方がない。

50鉢ばかり植え替え.2割が根をやられていて来年の花は望めそうもない。少しでも残っただけよしとしよう。

後半分残った。明日の仕事。

管改造内閣発足

脱小沢色が鮮明だといわれるが・・・?

押尾学被告に懲役2年6ヶ月の実刑判決

 合成麻薬MDMAを一緒にのんで死亡した東京・銀座のクラブホステス、田中香織さん(当時30)を救命しなかったとして、保護責任者遺棄致死罪などに問われた元俳優、押尾学被告(32)の判決公判が17日、東京地裁で行われた。山口裕之裁判長は、懲役2年6ヶ月年(求刑懲役6年)の実刑を言い渡した。

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2010年9月16日 (木)

雨で早朝散歩中止・篠笛個人レッスン

雨で早朝散歩中止

雨で早朝散歩中止。その代わりコメントにお返事コメントを書きこんだ。

雨も降り出すとナカナカ止んでくれない。

庭作業が気になる。

篠笛個人レッスン

練習はしていないし、音も満足に出てこないが、久しぶり個人レッスンに行く気になった。兎に角吹いてみた。

「入院前より音色がよくなったね。」と煽てられ、青葉の笛。知床旅情、琵琶湖周航の歌、かあさんのうた、七つの子、夕焼け小焼けなど立て続けに吹いた。

撫子さんが来て、ウサギウサギ、あかとんぼ、ゆうやけこやけ、ふるさと、かあさんのうたを二重奏。

久しぶり思い切り吹いてスッキリした。

帰りは流石に疲れタクシー。

バアチャンは眼科の診察。

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五行歌横浜歌会山猿さん一席入選

五行歌横浜水曜歌会山猿さん一席入選

昨晩行われた五行歌横浜水曜歌会の提出歌のコピーがファクスで送られてきた。

山猿さんが第一席、撫子さんが第3席入選。

ご両人おめでとうございました。

第1席 山猿こと金川孝己作

悔し涙は頬を刺す

悲しい涙は肌に冷たい

嬉しい涙は

温かくて

エエナー

第3席 撫子こと岡田幸子作

地球という

でっかいキャンバスに

パステルカラーの

力作を残す

真っ赤な太陽の引き際

欠席歌 篠笛作

そんなに泣くなよ

別れは

悲しむものじゃない

想い出造りの

スタートさ

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2010年9月15日 (水)

Gセンター診察日・植木の悲鳴

Gセンター診察日

行く時はハム子に送ってもらった。

検査がないから処方箋だけ。

M医師とはガン太郎抜きの話が続く。

「アイポットなに聞いてるの?」

イヤホーンを外して渡すとしばらく聞いて「母さんの歌」だと分かったようだ。

「来年この曲を能舞台での発表曲に考えている。」

「昔の歌はいいね。時間と場所によっては聴きに行ってもいいよ・・・」

「よく練習しておきましょうね」

「24日ペット検査が入っているね」

「いよいよ大詰めの検査かもね・・・」

「次回は採血があるから時間がかかるよ」

これで診察終わり。

注射の後、O先生、S室長に挨拶。

帰りは歩く。

病み上がり、旅の疲れがまだ残っている。僅かな坂道でもきつい。

午後は昼寝。

植木の悲鳴

昼寝の後庭に出て鉢を手にして驚いた。雑草の根が伸びて盛り上がっている。肝心の植木は雑草に追いやられ悲鳴を上げている。見てしまうとそのままにしては置けない。

藪蚊と闘いながら雑草取り。

ガンも雑草のようなものかもしれない早目・早目に除去しなければ根が鉢の奥深く伸びてとり難い。一日や二日で終る作業ではない。

途中で切り上げる。

五行歌横浜歌会

Iさんから欠席歌でもいいからと好意的なメールを頂き、ギリギリ速成を送信した。

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2010年9月14日 (火)

お墓参り無事終了・民主党代表選・菅首相が再選

お墓参り無事終了

11日からの安曇野お墓参りを中心とした3泊4日の家族旅行も無事終った。

お墓参り、兄弟たちの家への立ち寄りなど予定はホボこなすことができた。

姉たちとの別れの挨拶は何時もより念入りにしっかりやってきた。

受ける方も何となくそんな感じ?だった。

お墓の周辺は早くも稲刈りが始まっていた。

篠笛を吹き始めるとみんなが手を休めて注目しているようだった。

車に乗っていることと支払いをすることが仕事だった。しかし、病み上がりには厳しい日程だったような気がする。正直疲れた。

折角、持参したノートパソコンを使いこなせなかったことは残念で仕方がない。

始めから調子がおかしかった。和ちゃんが見ても駄目だった。

それに、

第一日目宿泊した松本郊外のM山荘、

第2目の県境の山奥の昼神温泉のAホテルとも

山に囲まれていて電波の届かないところだった。

その意味で仕方がないという諦めが先行して気を遣うことがなかった。

第3日目箱根の強羅R@Sホテルではみんなも、私自身旅行の疲れがPCを開くのをやめろと言っていた。

そんな次第でご無沙汰してしまいました。

旅行中の話はオイオイ報告して行くつもりです。

明日はGセンター診察日。

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2010年9月11日 (土)

朝4時起床5時安曇野へ向かって出発

朝4時起床5時安曇野へ向かって出発

土曜日とあって中央高速が混むだろうということで、朝4時起床5時出発ということになった。和ちゃん、ハム子が運転。

最近早寝早起きの癖がついているので朝早いのは何でもない。

天気がよくて幸い。

今4時10分、バアチャンが起こしてくれた。

パソコンは昨夜から買っているうちに何とか少し言うことを聞くようになった。現地からの生の声をご期待ください。

では行って参ります

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2010年9月10日 (金)

和ちゃんが畑の手伝い・ノートパソコンの調子がおかしい・<郵便不正事件>村木元局長無罪

和ちゃんが畑の手伝い

珍しく和ちゃんが手伝いに来た。

明日の旅行を控えお小遣いが足りないらしい。

ハム子から「時給1000円くらいで仕事させてやってくれない」と内緒で話を聞いていたので草取りのところを少し残しておいた。

雑草の根が伸びているので始めスコップで掘り起こし雑草を取り除いてから畑を均しながら堆肥を鋤きこんでいく。なかなか根気のいる仕事。

ノートパソコンの調子がおかしい

旅行に持って行くつもりでノートパソコンの試運転を試みたが、インターネットに接続できない。

午前中和ちゃんが来た時見てもらえばよかった。

明日も和ちゃんが一緒なので見てもらうつもり。最悪の場合旅行中はJBKをお休みするかもしれません。

パソコンの故障であって、身体の報は順調ですからご心配しないで下さい。

<郵便不正事件>村木元局長無罪、検察主張認めず 大阪地裁

 実体のない障害者団体に、郵便料金割引制度の適用を認める偽証明書を作成したとして、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた厚生労働省元局長、村木厚子被告(54)=起訴休職中=に対する判決が10日午後、大阪地裁であった。横田信之裁判長は無罪(求刑・懲役1年6月)を言い渡した

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2010年9月 9日 (木)

雨の効果は抜群・鉢の移動・春菊種蒔き

雨の効果は抜群

元気がなかったイワヒバがみんな葉を広げて喜んでいる。まさに恵みの雨。

部屋にいてもクーラーをつけている時間が少なくなった。

庭に出ると藪蚊が群れを成して押し寄せてくる。思い切って消毒をした。

早朝散歩も5500歩。

鉢の移動

旅行中は自動散水装置に頼らざるを得ない。大事な鉢に水がよく掛かるように鉢の移動。

動かしてみると2ヶ月面倒見なかった反動は歴然。雑草が蔓延り枯れているものが幾鉢も出てきた。35年前肺の切除手術をしたとき記念に接木をした松が枯れてしまったのは残念のような気もするが、身代わりになってくれたんだなと労を労ってゴミ袋へ。

春菊種蒔き

時期的にどうかなと思うが、ブロッコリー、ホウレン草など連作を嫌うので仕方なく雑草を取り除いたところに一畝蒔いてみた。駄目元。

S氏I氏が顔を見せてくれた。

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2010年9月 8日 (水)

恵みの雨・旅行の準備・鈴木議員の実刑確定へ

恵みの雨

朝散歩に出ようとすると雨が降っていた。散歩を諦めパソコンを開いて直ぐ、道路を歩く人が傘を差していないのに気がついた。

急いで支度をし直して出かける。

Gセンターの前に辿り付いた時また雨が降り出した。点滴棒を押し美味そうにタバコを吸っていた二人連れが慌てて門の中に逃げ込んで行った。

止みそうもないので引き返した。それでも3700歩歩いていた。

これから明日にかけて本格的な雨になるらしい。

元気のなくなっていたイワヒバなど庭の住人は大喜び。

旅行の準備

安曇野墓参を兼ねた旅行。準備といっても土産は買って自動車のトランク。

下着など着替えは何枚・・とバアチャンの指示はうるさいほど。

ノート・パソコンは持っていくつもり。

鈴木議員の実刑確定へ=無罪主張の上告棄却受託収賄など4事件・最高裁

 受託収賄、あっせん収賄など四つの罪に問われた衆院議員鈴木宗男被告(62)の上告審で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は7日付で、被告側上告を棄却する決定をした。懲役2年、追徴金1100万円の実刑とした一、二審判決が確定する。

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開き直りが、免疫力アップ。がんを抑える(壮絶な闘病)

働き盛りの人が「末期がん・余命数ヶ月」と宣告されたときどうするか?

「末期がん・余命数ヶ月」と宣告され、開き直って職場復帰。2年3ヶ月生き抜いた男の生き様。(死に様)

発見時転移・元探偵仲間からの紹介

「43歳の現職が{肺がん・すい臓転移、手術不能。抗がん剤・放射線すべて許容量以上の治療をした後、余命は月単位}そんな宣告を受けて病院を飛び出し出勤もせず自宅で悩んでいる。

先輩の「負けてたまるか」を読んで感動している。一度本人と会って話を聞いてもらえないか」

病人の上司という元探偵仲間から突然の電話だった。

腰痛は肺からすい臓へ転移したがんだった

一面識もなかったが嫌も応もない。雨の降る日。行き付けの小料理屋で会った。

柔道選手というだけあって礼儀正しく、病気の経緯を淡々と要領よく語った。

「左腰部に激しい痛みが走ったのが始まりでした。柔道で痛めた古傷が原因と思いマッサージに通いました。

それが肺からすい臓へ転移したガンで、手遅れで手術もできない。と言われたときはショックでした。

調べると、昭和天皇様もすい臓がんでお亡くなりになられた。この病気の怖さを確認しました」

有名大学での治療

いろいろ調べ、有名なK大学病院に希を掛け入院。

10ヶ月間放射線・抗癌剤治療を許容量以上受けたが、髪の毛が抜け変わっただけ、癌は消えなかった。

後数ヶ月」の余命宣告

「病院ではこれ以上やることはない。後は本人の免疫力が勝負。最悪の場合数か月」

治療して治る見込みのなくなった患者は見棄てられる。(本当のようだ)

「家に帰って死を待て」それに等しい、事務的な医師の心ない、冷たい余命告知に逃げ出した。

職場復帰を勧める

彼は病院を出ても出勤せず家でぶらぶらしていた。

柔道で鍛えた体力のせいか、見た目は病人らしいところは見当たらなかった。

「家でぶらぶらしていても、癌は休んでくれない。このまま黙ってお迎えを待つより、仕事に戻ったらどうか」

と、篠の例をとって話しをするとその気になった。

出勤したが自分の机に見知らぬ人が座っていた

「先輩から励まされ、思い切って出て行くと、私の机に見知らぬ人が座っていた。

私の座るところがなかった。

 私の突然の出勤に驚いた職場では急遽机を用意してくれたが、居心地はよくない」

Sさんからの悲痛な電話だった。

職場としてはとんでもないことをしたわけではない。と思ったが、      

「重要なポストだから長く空席にして置く訳にいかなかったのだ」

「元気で出勤していくあなたを誰も止めることはできない。居心地が悪くてもそれがガンとの闘いなのだ。俺は声が出ないまま2年も居座り続けた。負けてたまるか」

かつて自分の経験を例に説得した。

小さくなった影    

 開き直った彼はそのまま職場に居座り続けた。

患者会にも誘い話し相手になっていた。

驚くことに、余命数か月と告知した医師が驚くほど影が縮小し元気に勤め続けた。

暮れの31日の夕方「田舎で造ったそばです」と手打ちのソバを奥さんと一緒に届けてくれた。そのほか盆・暮や旅行先の土産物を家まで届けてくれたりしていた。何時も奥さんと一緒だった。

眠った振りをしていた影

彼の開き直りにがんも驚いて退散したのかと思った。

病は眠った振りをしていただけ、徐々に彼の体内で勢力を伸ばしていた。

復帰二年目、再び骨盤に再々発した。

職場近くの専門病院に転院し保険の効かない「免疫療法」を受けた。

高額治療も効果はなかった。

職場復帰して二年三か月目、千の風になった。

享年四十六歳。働き盛りだった。

気丈だった奥さん

告別式のとき、奥さんになんと声を掛けようかと迷っていた。

奥さんの方から声を掛けてくれた。

「数か月と言われた命を、希望を持って一日一日大事に二年三か月生き延び、私たちには掛け替えのない日々でした。

旅行や田舎の人達との対話など、これまでには味わえない、よい思い出も一杯できました。

欲を言えば切りがありません。

納得して逝きました。有難うございました」 

慰めようとした奥さんから逆に慰められた。

もう一度勤務につきたい

奥さんは「納得して逝きました」と私を慰めてくれたが、寝たきりになった彼を見舞ったとき

「もう一度制服を着て勤務につきたい」「負けてたまるか」を手にし訴えた彼の無念の涙を今も忘れられない。

ご冥福を祈るのみ。

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2010年9月 7日 (火)

秋風・突然の訪問者・高島屋へ・Sさんの「アピタル」

秋風

早朝散歩も一時のような暑さは感じられない。さわやかな秋風。

腰から上を雲の上に出した富士山を眺めながら足取りは軽い。気がつくと歩数は2000歩を越していた。

帰りは全部上り坂。流石に汗ダクダク。

突然の訪問者

昨晩お風呂にザブンと入った途端、洗面所に置いた携帯が鳴った。

出て見ると、「直ぐ近くまで来てます。チョコット顔が見たい・・・」Yさんからだった。

腰にバスタオル一枚巻きつけて気楽に玄関のドアーを開けてビックリ。彼一人と思っていたのに後ろに奥さんの顔があった。田舎に行ったお土産を届けてくれたのだ。

もうどうしようもない挨拶もソコソコドアーを締めた。

親しい仲にも礼儀あり、何か羽織るべきだったと反省仕切り。でも後の祭り。

Yさん奥さんに失礼しましたと謝っておいてください。

高島屋へ

土曜日から3泊4日の予定で安曇野へお墓参り。

和ちゃん・ハム子が運転。

お世話になるところへチョットした手土産。毎年のことだが小倉山のせんべいが喜ばれる。

和ちゃん買いたいものがあったらしい。そこまで来てしまうとコッチの作戦負け。

お昼は暑さ対策で、野田岩のうなぎ。

Sさんの「アピタル」

今日から始まったインテリーヤクザのSさんの「アピタル」には悪戦苦闘ようやく辿り着いた。

コメントしようとしたが、これがまたなんだか難しくて止めてしまった。

コメントはモット簡単に誰でもできるようにしたほうがいいと思う。そのようにアドバイス

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アサヒコム・「アピタル」の紹介

アサヒコム・「アピタル」の紹介

インテリーヤクザのSさんがアサヒコムに何か書くと聞いてJBKでも紹介した。話を聞いたときテッキリA氏の紙面に載るものと思っていた。

それが朝日新聞のネット、アサヒコムの医療サイト「アピタル」で今日9月7日スタートと分かった。

タイトルは「死ぬもんか 食道がんと闘う」で、週2回更新していく予定だそうです。

始めは彼が食道がん手術などで、生死の境を彷徨った経験談。

どこかに篠の出番もあるそうです。、

ネットで検索する手順がややこしいが彼が送ってきた、手順をそのままコピーして添付します。

是非辿りついてご覧になってコメントを入れてやってください。

<医療サイト・アピタル小生のブログ「死ぬもんか」までの手順>

  インターネット(ヤフーでもなんでも結構です)で、アサヒコムを検索

  ニュースサイトが出ます。

  ニュース、スポーツ、エンタメ、ライフなどの項目が出てきます。このうちのライフをクリック。

  今度は、住まい、ファッション、医療・健康などの項目が出てきます。このうちの医療・健康をクリック。

  パソコン画面を下にずらしていくと、ブログライターの顔が出てきます。この中に小生の顔写真があり、それをクリックすると、「死ぬもんか 食道がんと闘う」の記事が出てきます。

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2010年9月 6日 (月)

バアチャン白内障手術日決定・篠は緑内障が進行中

バアチャン白内障手術日決定

目薬がなくなってきた。

バアチャン白内障の手術をすることになったが、どこで手術するのかアチコチ迷っている。今日は行き付けの眼科へ二人揃っていくことになった。非常に混んでいた。

手術を依頼する病院を決め。紹介状を書いてもらって、ギリギリ午前の受け付けに間に合った。

バアチャン入院して白内障手術が決まった後も、いろいろの検査・検査で次の予約を取って開放されたが3時半。いつ呼ばれるか分からないから昼食もしないまま。

「今日はジイチャンに来てもらって助かったわ。私じゃこの半分もできなかった・・・」と嫌に神妙。

緑内障が進んでいる

バアチャンはよかったが、篠の方は先日の緊急入院灘が祟ったのか視野狭窄が進行したらしい。

「視野狭窄が進行している。白内障は手術ができるが、緑内障は進行を遅くらせるしか方法がないからね・・・」何時も紳士的で、この前はあと10年は大丈夫と冗談も言ったのに、今日は嫌に尊台ぶって脅かされた。しばらく診察に行かなかったからかもしれない。

目が見えなくなった時のことを考えるとゾットする。

お腹が空いて仕方なく行き付けのFRでお粥。

病院内をアチコチ飛び回って徒歩数は6000を超えた。

疲れたわけだ。

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2010年9月 5日 (日)

回転すしで浮かんだ仲間

おすし屋さん

回転すしのカウンターに座ったとき、お屠蘇の招待をしてくれた戦友の顔が浮んだ。

彼とはGセンター待合室で顔を合わせて以来、時々個人的にも話し相手になっていた。 

私鉄沿線の駅近くに一軒店を持った寿司職人さんだった。

看病疲れで奥さんを亡くし、暖簾分けをしたり散々面倒見た仲間もいたが長患いを見て、寄り付かなくなった。

頼りにしようとしていた者ほどいざと言う時頼りにならない。これも俺の人徳。と自嘲気味に笑っていた。  

健在のお母さんが心配

彼には80歳を越したお母さんが健在で老人会の仲間たちを大勢引き連れ手見舞いに来ていた。そんな見舞いを嫌っていたようだったが口に出しては言えないようだった。

「オフクロには散々迷惑を掛けてきた。あのオフクロを残して先には逝けない」

自分の病気よりお母さんのことが一番気掛かりだった。

主治医に突き放される

彼の思いとは別に病はどんどん成長を続けていた。

「放射線も抗がん剤も許容量を越えた。これ以上の治療続行は副作用の方が心配。治療を休み免疫力アップを待つより他に方法はない」            

彼は主治医にそんな言葉で突き放された。

大勢の患者が通らなければならない一番辛い最期の宣告

緩和病棟入所の相談

辛い決断を迫られ、ゆっくり会いたいと言ってきた。

「いろいろ考えたさ。もう逃げ道がないことは身体が承知している。家に居座っても皆に迷惑掛けるだけ。

放射線で焼けた後がジュクジュクしてオフクロガ毎日ガーゼの交換をしてくれたいる。逆縁は最高の親不孝だが、オフクロにこれ以上辛いことをさせられない。

お陰で疎遠になっていた倅ともじっくり話し合い、遺産分割もかたを付けた。

入退院の繰り返しで病院は何処に行っても顔パスだ。惚けよりましだよ」。

力なくおどけて見せた。

緩和病棟入所書類提出

「ホスピスへ入所書類を出したよ」

彼は私の顔を見るなり、さりげなく重大宣言をした。一か月前ホスピス入所の相談をしてきた時とは雰囲気が変わっていた。                  「あの世は嘘の通じない心の世界。心と心を通じ合った者とは再会出来る。あそこから嫌だと帰って来た人はいない。満更でもないさ」。     

「悔しいが、いつもあなたが言っている嘘みたいな真実を信じることにした。オフクロのことが心配だが仕方がない。

覚悟を決めると、不思議に落ち着き楽になった。向こうで会う人の名簿もできた。       

“一日一日を大切に”               

その意味を今、切実に噛み締め過ごしている」

一か月前私が言い淀んだホスピスの実態、身辺整理、遺書など全てを理解していた。

医師への恨み言葉もなく、諦めから悟りの境地に踏み込んでいた。覚悟を決めた人のすざましさが感じられた。      

在り来たりの慰め言葉は掛けられない。 

孫の見舞い

娘が二人いてそれぞれに孫が二人いた。彼の唯一の楽しみだった。

何回か病室で顔を合わせた。

病院食は食べられなくなって栄養士の資格を持つ彼は自分で特殊のジュースを造って飲んでいた。

「孫のおやつ」にと子供が好きそうなお菓子を持っていくと涙を流して喜んでくれた。

「何もお返しができないが、もう俺は使えない」。と切手を何枚かどうしてもと握らされた。                      

おとその招待   

「お正月は外泊して市場から生きのいいのを仕入れて豪勢にやるよ。連絡する。来ないか。

篠笛を是非聞きたい。あんたと居るとあの世逝きも楽しくなるからさ」。                   

何回も咳ながら絞り出すように啖を出しティッシュで涙と鼻を一緒に拭き、重い話を冗談を交え淡々と続けた。    

「そうだな、旨い地酒を持って行くよ」。そう言うと、「ほんとだぜ」。                ほほ笑み、両手で握手を求めて来た手をしばらく離さなかった

「ご自宅にお帰りになった」

篠笛を吹きながら、彼とお屠蘇を飲めるのを楽しみにしていた。

それっきり連絡はなかった。

病室を訪ねたが彼の名札が見当たらなかった。看護師に訊ねたが「ご自宅にお帰りになられました」と言うだけだった。

駅前の店に行ってみた。名前が変わっていた。あのまま旅に出たことが分かった。

ご冥福をお祈りするのみ。

慰めようとしない方がいい        

涙を隠しソッと

  思いやる心が大切

  逝く人の

  思いは複雑

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早朝散歩・ベッド搬入・5パーセント割引分で回転すし

早朝散歩

今朝早くベッドが搬入されるという知らせが業者からあって、散歩は少なめ(3700)にした。

ベッド搬入

今朝リクライニングベッドが搬入された。

昨日ベッド周りを中心に掃除を始めたがごみの多いのに驚く。

掃除機が直ぐ詰まってしまう。でもやらなければならない。バアチャンは早々と片つけてしまっている。

俺の部屋は俺にしか片付けられない。

慣れるまで落ち着かない。でも、部屋も少しは片付いたし、調子はいい。

5パーセント割引分で回転すし

ベッド2台と付属品を入れると結構の値段。その5パーセント。バカにならない。

バアチャン発案で割引分で行き付けの回転寿司へいくことになった。

美味しかった、とバアチャン満足。

我が家は平和そのもの。諸々の神様そして皆様に感謝。

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2010年9月 4日 (土)

多剤耐性菌・早朝散歩

「多剤耐性菌」

「多剤耐性菌」普段余り聞きなれない言葉。

今朝各誌が大きなニューとして伝えている。

帝京大病院(東京都板橋区、1154床)は3日、ほとんどの抗生物質が効かない多剤耐性菌アシネトバクター・バウマニに患者46人が院内感染し、27人が死亡したと発表した。

うち9人は死亡と感染の因果関係が否定できないという。

感染経路は調査中だが病院関係者が疑われているらしい。

それだけではない。こうした事案は保健所に報告義務があるのに病院によって隠蔽されていたことが感染拡大の大きな原因ではないかといことだ。

多剤耐性菌は不通どこにでも存在する菌で、病人、老人など免疫力が低下した者が感染するらしい。

徹底した捜査・対策が望まれる。

早朝散歩

朝は風が涼しくさわやかな気分に誘われえて,ハム子の家の近くまで足を伸ばした。丁度2000歩。回り道して今朝だけで4766歩。シャワーが汗と共に疲れを洗い流してくれ気分爽快。

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2010年9月 3日 (金)

早朝散歩・「篠笛を楽しみま専科」鶴ヶ峰教室参加・千草の長女Nが「ちよだ文学賞で大賞を受賞」

早朝散歩

今日は「篠笛を楽しみま専科」鶴ヶ峰教室参加する予定だったし、O先生も山猿さん同様、大病の後だから無理しないでと言われたので少なめにした。

昨日は5588歩。O先生も驚いていた。

「篠笛を楽しみま専科」鶴ヶ峰教室参加

しばらく休んでいた篠笛練習を再開。病院で一緒だったWさんが見学に来られるということもあって、いい機会と久しぶり鶴ヶ峰教室に顔を出してみた。(結局Wさんは見えなかった)

S先生も来て下さって生き返ったよう。

10名の参加。初心者コースは音出し、さくら、荒城の月。

持ち歌コース各人が勝手に選んだ好きな曲を一曲ずつ吹いたが先生もビックリするほどみんなが練習しているのを音色が教えてくれた。篠は流石に見学だけで専ら皆さんの歌を聞かせていただくことになった。

帰りはまだ暑い最中、何時もの中華で昼食(海鮮お粥)。みんなの勧めもあってタクシーにした。

疲れた。午後はタップリ昼寝。

千草の長女Nが「ちよだ文学賞で大賞を受賞」

「ちよだ文学賞で大賞を受賞しちゃいました。夢のようです」と、嬉しいメールが飛び込んできた。

近く正式発表があってY紙にインタビュ記事が載るらしい。

モトモト文学的才能があってこれまでにもアチコチに応募していた。

賞金が大きいらしい。

めでたい話。仲間を集めて受賞祝いをしなくてはならない

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2010年9月 2日 (木)

月下美人・K病院でCT検査

月下美人咲く

塩爺さんのところから嫁に来た「月下美人」が一輪咲いてくれた。

去年咲いたが今年は駄目かと思って諦めていた。

先日一輪の蕾を発見し、玄関内に移して観察を続けていた。

この花孔雀サボテンと違って花はたった一晩の命。

それも昨晩午後10ころ花びらを広げ始め、朝方5時には萎んでしまった。たった7時間の命。

トイレに起きるたび写真は何枚か撮った。

ブログに載せたいがその技術がないのが切ない。

K病院でCT検査

CT検査。11時40分の予約。朝食は早目に済ませてくるようにとの指示。

ハム子に運転を頼む。

CT検査結果は良好。だが7ミリくらいの影が一つあるのが気になる。この大きさだとペット検査で引っかからないことがある。(やっても無駄)保険が効かないと10万くらいかかる。どうしますか?」

とコッチに選択を任された形。お金の問題じゃない。とにかくやってもらいましょう。ということになった。

Gセンターの予約が直ぐ取れないので9月下旬に予約してもらうことになった。

ついでに胸水を抜く時開けた穴を縫った糸を抜いてもらう。今日からお風呂にジャブジャブ入っていいことになった。

病室に顔を出してみた。気にしていた人の名札が消えていた。同じ年で奥さんに散々甘えていた人だった。

帰り讃岐天ぷらうどんで昼食。

午後はタップリ昼寝。

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2010年9月 1日 (水)

Mさんを偲ぶ

Mさんを偲ぶ

Mさんの紹介者はガン太郎だった。

再発で苦しいときも患者会コスモスや五行歌会に積極的に参加していた。

Kちゃんと同じ、「ガンになったお陰で素晴らしい出会いに恵まれ幸せだった」と何時も明るく前向きに生きることを諦めない人だった。

主治医に診はなされてもインターネットで新薬を探し求め、がんと正面から対決していた。

外国で開発された新薬が日本でも使われるようになったと喜んだのに、「あなたは、病状・年齢から使用不能」と宣告された。

そのときは悔しさ涙を見せ緩和病棟入所を決意した。

緩和病棟でのつぶやき

覚悟をして入所したものの緩和病棟では、

「抗がん剤の苦しみからは解放されたが、ここでは体温・血圧・脈も測らない。フト、これでのかと不安になる」と、入所当初率直な感想を漏らした。

本当に体温も測らないのだろうか?

話し相手は「クータン」

彼女の話し相手はおしゃべり人形の「クータン」だった。それも二人部屋のときは許されなかった。

ガン太郎に休みはなかった。個室に移ってクータンとの再会は症状が階段を一段上がったことを意味した。

篠笛が聞きたい

その年の3月の篠笛発表会には車椅子でも行くよ。と、予定表に書き込んだ。

前の年も聴きに来てくれていた。「紋付袴もしっかり見てやらなきゃね」と、彼女は謡をやっていて和服にはうるさかった。

発表会の前に「あの桜の木の下なら簡単に行ける。桜が咲いたら是非あの木の下で篠笛が聞きたい」と病室の窓から見える桜の木を指差していた。

ブロッコリーのオヒタシ

畑で採り立てのブロッコリー・ホウレン草のオヒタシを持っていくと「これなら食欲も湧く」と喜んでくれた。

でもそれもある日「もういいです」と断られた。

亡くなったのはその2日後だった。

形見の扇子

彼女は独身だった。事情があって住んでいるマンションを姪にやろうと決めていた。

死を覚悟した彼女はマンションがどのくらいのものか気になっていると聞いて、彼女の外出日に姪御さんと見に行き、知り合いの不動産屋さんに簡単な査定をしてもらった。

査定書を持って緩和病棟に行くと、「これで心配事はなくなった。色々お世話になったけれどお礼が出来ない。これは京都で特注で作ったものだから受け取ってよ」と。桐の箱に入った立派な扇子を頂いた。

「無紅髪」「群青霧小菊」と銘の入った立派な扇子。どのくらいの価値のものか判断もつかない。

形見となったこの扇子を能舞台の篠笛発表会の際腰に差していった。

桜の花を待てなかった仏前で篠笛

桜の木の下で篠笛を聞きたいと願った彼女の夢を病は阻んだ。

ブロッコリーの差し入れを断った2日後だった。

家族葬だと聞いてコスモス五行歌の有志とお別れに行った。

姪御さんがポツンと一人で仏のそばいいた。

仏前で千の風になってなど3曲を吹奉した。「何よりの供養になりました」という遺族と涙を分かち合った。

ハマ風に残された彼女の歌

彼女の歌が歌会で配布された。辛い、切ない想いが心を揺さぶる。

残照の

ひときわ燃えて

水平線に

溶けて一気に

吸いこまれゆく

ハマ風19号に掲載された彼女の最期の歌を紹介して、ご冥福をお祈りする。

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早朝散歩・茶毒蛾の被害

早朝散歩

暑さのまま9月に突入.。流石に朝は涼しくなって気持ちがいい。

山猿さんに少し歩き過ぎだとご注意を受けたので少し自重。今朝の散歩4400歩。

それにしても一雨欲しい。イワヒバが水を幾らやっても葉を丸めたままで元気がない。

茶毒蛾の被害

今年の蚊はしつこく刺された後いつまでも腫れて痒みがとまらない。

異常気象のせいか毒蛾の発生も見逃せない。

塩爺さんも悩まされているらしい。

茶毒蛾は、椿、山茶花、茶につきやすい。年二回発生する。

注意しなければならないのは脱皮した脱け殻が残っているとそれに触れても刺されたと同じ被害にあう。

山茶花、椿、茶の剪定やその近くで作業する際は消毒した後水で洗い流してから作業をするようにしている。

長袖シャツで襟首はキチンとボタンをかける。

長ズボン

手袋着用

眼鏡を掛けたほうがいい、毒蛾の毛が目に入ると大変。

刺されたと気がついたときはすかかず、ムヒ、キンカンなどを持っていて直ぐ塗る。

毒蛾の害を知っているところの幼稚園などでは山茶花、椿、茶は植えていない。

篠も庭の山茶花、孫が草取りに来てくれた時被害にあったことがあった。バアチャンはか切ってしまいなよと言うが、新築祝いに頂いた物で実はどうしようか困ったいる。

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