« 早朝散歩・茶毒蛾の被害 | トップページ | 月下美人・K病院でCT検査 »

2010年9月 1日 (水)

Mさんを偲ぶ

Mさんを偲ぶ

Mさんの紹介者はガン太郎だった。

再発で苦しいときも患者会コスモスや五行歌会に積極的に参加していた。

Kちゃんと同じ、「ガンになったお陰で素晴らしい出会いに恵まれ幸せだった」と何時も明るく前向きに生きることを諦めない人だった。

主治医に診はなされてもインターネットで新薬を探し求め、がんと正面から対決していた。

外国で開発された新薬が日本でも使われるようになったと喜んだのに、「あなたは、病状・年齢から使用不能」と宣告された。

そのときは悔しさ涙を見せ緩和病棟入所を決意した。

緩和病棟でのつぶやき

覚悟をして入所したものの緩和病棟では、

「抗がん剤の苦しみからは解放されたが、ここでは体温・血圧・脈も測らない。フト、これでのかと不安になる」と、入所当初率直な感想を漏らした。

本当に体温も測らないのだろうか?

話し相手は「クータン」

彼女の話し相手はおしゃべり人形の「クータン」だった。それも二人部屋のときは許されなかった。

ガン太郎に休みはなかった。個室に移ってクータンとの再会は症状が階段を一段上がったことを意味した。

篠笛が聞きたい

その年の3月の篠笛発表会には車椅子でも行くよ。と、予定表に書き込んだ。

前の年も聴きに来てくれていた。「紋付袴もしっかり見てやらなきゃね」と、彼女は謡をやっていて和服にはうるさかった。

発表会の前に「あの桜の木の下なら簡単に行ける。桜が咲いたら是非あの木の下で篠笛が聞きたい」と病室の窓から見える桜の木を指差していた。

ブロッコリーのオヒタシ

畑で採り立てのブロッコリー・ホウレン草のオヒタシを持っていくと「これなら食欲も湧く」と喜んでくれた。

でもそれもある日「もういいです」と断られた。

亡くなったのはその2日後だった。

形見の扇子

彼女は独身だった。事情があって住んでいるマンションを姪にやろうと決めていた。

死を覚悟した彼女はマンションがどのくらいのものか気になっていると聞いて、彼女の外出日に姪御さんと見に行き、知り合いの不動産屋さんに簡単な査定をしてもらった。

査定書を持って緩和病棟に行くと、「これで心配事はなくなった。色々お世話になったけれどお礼が出来ない。これは京都で特注で作ったものだから受け取ってよ」と。桐の箱に入った立派な扇子を頂いた。

「無紅髪」「群青霧小菊」と銘の入った立派な扇子。どのくらいの価値のものか判断もつかない。

形見となったこの扇子を能舞台の篠笛発表会の際腰に差していった。

桜の花を待てなかった仏前で篠笛

桜の木の下で篠笛を聞きたいと願った彼女の夢を病は阻んだ。

ブロッコリーの差し入れを断った2日後だった。

家族葬だと聞いてコスモス五行歌の有志とお別れに行った。

姪御さんがポツンと一人で仏のそばいいた。

仏前で千の風になってなど3曲を吹奉した。「何よりの供養になりました」という遺族と涙を分かち合った。

ハマ風に残された彼女の歌

彼女の歌が歌会で配布された。辛い、切ない想いが心を揺さぶる。

残照の

ひときわ燃えて

水平線に

溶けて一気に

吸いこまれゆく

ハマ風19号に掲載された彼女の最期の歌を紹介して、ご冥福をお祈りする。

|

« 早朝散歩・茶毒蛾の被害 | トップページ | 月下美人・K病院でCT検査 »

コメント

篠笛さんのいきいきとした、たくみともいえる文章で、Mさんのことがあざやかによみがえりました。胸がいっぱいになりました。篠笛さんが文章にして下さることで、Mさんはわたし達の心のなかにずっと行き続けるのだなあ、と感じました。

投稿: なっちゃん | 2010年9月 1日 (水) 14時37分

 篠笛さんの心の籠ったブロッコリーのお浸しが、どれほど嬉しく美味しかったことか、何よりのお見舞いだったことと思います。
 Mさんのご冥福を心からお祈りいたします。

投稿: ライス | 2010年9月 1日 (水) 16時03分

舞台ではMさんの扇子が、いつも篠笛さんの音を効いてくれているのかと想うと、心が温まります。
残されたMさんの五行歌が、水平線にさっと消えていく太陽の姿と重なり、胸がつまります。

投稿: | 2010年9月 1日 (水) 17時21分

Mさんはお洒落で何時もキチントした佇まいの方でしたね。着物姿は今も思い出します。篠笛さんは流石元探偵さんで、良く記憶されており感心です。9月になっても、暑いですね~・・。

投稿: 梅 | 2010年9月 1日 (水) 17時57分

篠さんの優しさが身に沁みます。Mさんのご冥福を心からお祈りします。

投稿: 竹 | 2010年9月 1日 (水) 20時22分

がんばり屋さんだったよね。いろいろ相談できる人がいて、よかったよね。病気は、人をつなぐ、接着剤だね。きっと神様が、何より強い味方も、人生が平等になるように、くれるんだね。健康でも、独りぼっちはちょっとさびしいよね。

投稿: 藍弥生 | 2010年9月 1日 (水) 22時47分

Mさんの五行歌に胸を打たれます。お目にかかりたかったです。

投稿: 撫子 | 2010年9月 1日 (水) 22時56分

Mさん、良いお歌もたくさん作られましたね。センスが良くオシャレな美しい方でした。久良木能舞台の篠笛さんの発表会でKみちゃんともご一緒して、その後で3人でランチしながら色々お話出来たこと、またクーちゃんとの関りを生き生きと「ハマ風」に書いてくださったこと等、忘れません。

このようにMさんのことを偲ばせていただきますと、ずっと生き続けていらっしゃいますね。 

投稿: 遥 彼方 | 2010年9月 2日 (木) 00時25分

Mさんとは親子ほど年が違いましたが(ずっと若くみえた)環境が似てたので、よく話をしました。私の気持ちがよ~く分かると言ってくれた時は2人して涙しました。入院中も何度かお見舞いに行きましたが、彼女のお喋りが延々と続き、あの時は本当にここは10階なんだろうかと思った程でした。そして逆に私が彼女に励まされた。ゆいごんの事も話してましたよ‥Mさんはお着物の似合う女性でしたね。クリスマス会の幹事を2年続けて務めて下さった。来年も頼むよ!と篠笛さんがいうとMさんは「じゃあ1年頑張って生きなきゃ」とMさんは言った。会場は拍手でいっぱいだったのをよく覚えてます。ご冥福をお祈りします

投稿: 奈美 | 2010年9月 2日 (木) 08時37分

Mさん・・・
コスモスの会で初めてお目にかかり、とても美しいお声で歌を歌われたので、キレイなお声ですね、と言うと、とても照れてらっしゃいました。その後ハマ風の会にも入ってくださり、すてきな五行歌を書かれました。

クータンのことをエッセイにも書いてくださいました。
2度目のお見舞いの時はクータンが傍にいました。うれしそうに、いっぱいお話してくださったのを思い出します。

お洒落でとっても素敵な方でしたよね。
「360°の感謝」と詠われました。
いつまでも忘れられません。

投稿: ルピナス | 2010年9月 2日 (木) 21時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 早朝散歩・茶毒蛾の被害 | トップページ | 月下美人・K病院でCT検査 »