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2010年9月 8日 (水)

開き直りが、免疫力アップ。がんを抑える(壮絶な闘病)

働き盛りの人が「末期がん・余命数ヶ月」と宣告されたときどうするか?

「末期がん・余命数ヶ月」と宣告され、開き直って職場復帰。2年3ヶ月生き抜いた男の生き様。(死に様)

発見時転移・元探偵仲間からの紹介

「43歳の現職が{肺がん・すい臓転移、手術不能。抗がん剤・放射線すべて許容量以上の治療をした後、余命は月単位}そんな宣告を受けて病院を飛び出し出勤もせず自宅で悩んでいる。

先輩の「負けてたまるか」を読んで感動している。一度本人と会って話を聞いてもらえないか」

病人の上司という元探偵仲間から突然の電話だった。

腰痛は肺からすい臓へ転移したがんだった

一面識もなかったが嫌も応もない。雨の降る日。行き付けの小料理屋で会った。

柔道選手というだけあって礼儀正しく、病気の経緯を淡々と要領よく語った。

「左腰部に激しい痛みが走ったのが始まりでした。柔道で痛めた古傷が原因と思いマッサージに通いました。

それが肺からすい臓へ転移したガンで、手遅れで手術もできない。と言われたときはショックでした。

調べると、昭和天皇様もすい臓がんでお亡くなりになられた。この病気の怖さを確認しました」

有名大学での治療

いろいろ調べ、有名なK大学病院に希を掛け入院。

10ヶ月間放射線・抗癌剤治療を許容量以上受けたが、髪の毛が抜け変わっただけ、癌は消えなかった。

後数ヶ月」の余命宣告

「病院ではこれ以上やることはない。後は本人の免疫力が勝負。最悪の場合数か月」

治療して治る見込みのなくなった患者は見棄てられる。(本当のようだ)

「家に帰って死を待て」それに等しい、事務的な医師の心ない、冷たい余命告知に逃げ出した。

職場復帰を勧める

彼は病院を出ても出勤せず家でぶらぶらしていた。

柔道で鍛えた体力のせいか、見た目は病人らしいところは見当たらなかった。

「家でぶらぶらしていても、癌は休んでくれない。このまま黙ってお迎えを待つより、仕事に戻ったらどうか」

と、篠の例をとって話しをするとその気になった。

出勤したが自分の机に見知らぬ人が座っていた

「先輩から励まされ、思い切って出て行くと、私の机に見知らぬ人が座っていた。

私の座るところがなかった。

 私の突然の出勤に驚いた職場では急遽机を用意してくれたが、居心地はよくない」

Sさんからの悲痛な電話だった。

職場としてはとんでもないことをしたわけではない。と思ったが、      

「重要なポストだから長く空席にして置く訳にいかなかったのだ」

「元気で出勤していくあなたを誰も止めることはできない。居心地が悪くてもそれがガンとの闘いなのだ。俺は声が出ないまま2年も居座り続けた。負けてたまるか」

かつて自分の経験を例に説得した。

小さくなった影    

 開き直った彼はそのまま職場に居座り続けた。

患者会にも誘い話し相手になっていた。

驚くことに、余命数か月と告知した医師が驚くほど影が縮小し元気に勤め続けた。

暮れの31日の夕方「田舎で造ったそばです」と手打ちのソバを奥さんと一緒に届けてくれた。そのほか盆・暮や旅行先の土産物を家まで届けてくれたりしていた。何時も奥さんと一緒だった。

眠った振りをしていた影

彼の開き直りにがんも驚いて退散したのかと思った。

病は眠った振りをしていただけ、徐々に彼の体内で勢力を伸ばしていた。

復帰二年目、再び骨盤に再々発した。

職場近くの専門病院に転院し保険の効かない「免疫療法」を受けた。

高額治療も効果はなかった。

職場復帰して二年三か月目、千の風になった。

享年四十六歳。働き盛りだった。

気丈だった奥さん

告別式のとき、奥さんになんと声を掛けようかと迷っていた。

奥さんの方から声を掛けてくれた。

「数か月と言われた命を、希望を持って一日一日大事に二年三か月生き延び、私たちには掛け替えのない日々でした。

旅行や田舎の人達との対話など、これまでには味わえない、よい思い出も一杯できました。

欲を言えば切りがありません。

納得して逝きました。有難うございました」 

慰めようとした奥さんから逆に慰められた。

もう一度勤務につきたい

奥さんは「納得して逝きました」と私を慰めてくれたが、寝たきりになった彼を見舞ったとき

「もう一度制服を着て勤務につきたい」「負けてたまるか」を手にし訴えた彼の無念の涙を今も忘れられない。

ご冥福を祈るのみ。

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コメント

患者にとって取り戻したい日々は、平凡だけれどもいつも通りの自分の場所なんですね。日常ほど輝くものがないことを、篠笛さんの匠な文章で、あらためて知らされました。すてきなお話を、ありがとうございます。

投稿: なっちゃん | 2010年9月 8日 (水) 10時42分

限られた命をどう生きるか?一日一日の貴重さを痛感しています。「納得して逝きました」との奥さんの言葉、篠さんの存在の大きさが身に沁みます。

投稿: 竹 | 2010年9月 8日 (水) 18時33分

 篠笛さんの要所要所での的確なアドバイスが、本人のみならず家族全体が救われ、送る側も十分納得して送りだすことが出来たことと思います。

投稿: ライス | 2010年9月 8日 (水) 21時02分

みんな誰でも,動物達も、限りがあるんだよね,命って。だから,毎日大事に過ごそうね。

投稿: 藍弥生 | 2010年9月 9日 (木) 00時49分

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