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2011年7月19日 (火)

あんもん会『馬鹿な指揮官。敵より怖い]

あんもん会

『馬鹿な指揮官。敵より怖い。(孫子の兵法)』

16日JBKであんもん会を記事にしたところ『あんもん会』って何の会?という問い合わせが何人の方からあった。

これを機会に書き残しておくことにした。

あんもん会は殉職した若いデカとブンヤさんとをつなぐ貴重な記録が秘められている。

父・子デカ

私のデカ仲間Sさんは優秀な殺し担当のデカさん。長男のM君は父親のようなデカになりたいと自ら進んでデカになった。

そのM君が92年7月8日、大和市内で連続強盗致傷事件で指名手配されていた男を追跡中、拳銃で撃たれ殉職した。

事件概要

機動捜査隊員M君は拳銃使用の連続強盗事件で指名手配中の犯人追跡を命じられた。

『拳銃使用連続強盗事件』だから拳銃携行の許可願いを申し出た。

ところがどういうわけか防弾チョッキの着用は認められたが、拳銃携行は認められなかった。

拳銃を振りがして逃走する犯人を警棒で追跡したM君。

撃たれた銃弾は防弾チョッキの隙間からM君の心臓に命中即死という痛ましい事件だった。

M君は新婚ほやほやだった。

父親のS氏は本部の無線で一部始終を傍受していた。

M君を射殺して逃走した犯人はその後も事件を繰り返していた。

親の嘆き

「拳銃使用連続強盗事件犯人の追跡に拳銃携行を申し出たのに防弾チョッキ着用を認めながら拳銃携行を認めなかった指揮官の指揮はおかしい。

拳銃を持っていればあんな死に方はしなかったはずだ。

相撃ちならまだ諦めもつく。少なくても犯人を取り逃がすことはなかったはずだ。

上司の顔色ばかり伺って現場の声を無視したやつに殺されたようなものだ。無念だ。

毎晩夢で『親父のハジキを貸してくれよ」倅にそう言われて悔しくて仕方がない。

事件後涙で訴えるS氏の怒りはもっともだと思った。

その指揮官はよく知っている人。

拳銃使用の連続強盗犯人を追跡するデカに拳銃携行の許可をしない指揮なんて考えられないことだ。

なぜか当時は警察官の拳銃使用に慎重で使用には幾つもの厳しい条件があった。

それにしても考えられない話だと思った。

「あん・もん会」命名の経緯

M君の七回忌の時Y紙のI記者がM君を偲ぶ記事を書いてくれた。そのことがきっかけでその時の集まりの会の名前を作ることになった。

「あん・もん」の「あん」はI記者の名前の頭文字。「もん」はM君のお父さんSさんの通称名の頭文字。

事件を風化させない意味を含めてSさんとブンヤさんの名前の頭文字の二つをあわせて作った。

ネットで紹介された、20回忌

あれからちょうど二十年。ヤフーのネットで『殉職警察官・鈴木将人』で検索すると命日の日、機動捜査隊で今年20回忌が行われた旨の記載があった。

感激して機動捜査隊長に電話した。

「事件を風化さてはいけないという思いで命日に部長と将人君のお墓参りをしてきました。あれから20年。隊員であっても事件を知っている人は少ない。しっかり引き継いでいきたい」

そんな話を聞いて感激を新たにした。『もんちゃん』(Sさん)と再会した時の土産話ができた。

できるだけ扱った事件についての詳しい話や裏話はしないことにしている。

でも、Sさんも亡くなってこのことを知っている証人が少なくなってきた。この事件は風化させてならないという想いであえて書き残すこととした。

Sさんと将人君ノご冥福をお祈りする。

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コメント

S先輩デカさんとは、捜査第1課のコロシの兄弟班で一緒、将人息子デカさんとは機動捜査隊で一緒の勤務をしました。将人君の七回忌法要を担当させて頂きました。あらためてご冥福をお祈りいたします。

投稿: 山猿 | 2011年7月19日 (火) 20時05分

あんもん会の経緯は、以前に篠笛さんから伺い、場違いな私が伺っては・・と思いながら、皆さんにお誘い頂いて一昨年初参加させて頂きました。本当にありがとうございました。
神奈川精鋭部隊の皆さんにお目にかかれただけでも、冥土の!?土産になりました。
命がけで私達の生活を守って下さった皆さんに、ただただ、感謝です。
そして、殉職された鈴木将人さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます(_ _)

投稿: 撫子 | 2011年7月19日 (火) 22時10分

孫子の兵法は、戦争だけでなく人生すべてに通用しますよね。

大事な命が失われたこと、忘れられてほしくはないです。

篠笛さんがこうして書いてくださることが、ご供養になると思います。

山猿さんとも深いご縁のある方だったのですね。思い一入ですね。

投稿: ルピナス | 2011年7月19日 (火) 22時40分

将人君のことは直接には知りませんが、Sさんとは座間署の強行犯係りで一緒でした。 大事なご子息をこの様なかたちで失ったSさんの無念さは、計り知れないものがあったことと改めて怒りがこみ上げてまいります。
Sさん及び将人君のご冥福を心からお祈りいたします。
この事件の経緯を、紹介していただき有難うございました( i _ i )

投稿: ライス | 2011年7月19日 (火) 23時40分

あんもん会のみなさんのために・・・千の風になって、を吹きますね。親にとっては、自分のあとをついてきたばかりに、おなじ仲間の指示の狭間にゆれて、それでもなお正義感を持って、正面から立ち向かって、、、考えても、せつないですね。

投稿: 藍弥生 | 2011年7月19日 (火) 23時55分

機動捜査隊で二十回忌、の記事は、神奈川新聞で拝見しましたが、「あんもん会」との関係は知りませんでした。有難うございました。ご冥福を心からお祈りします。


投稿: 竹 | 2011年7月20日 (水) 06時40分

山猿さん
もんちゃんは、一直線の性格。理つめの調べで否認のホシをあっという間に落としてしまうデカの中のデカだったよね。
倅がデカになってくれたと喜んでいた笑顔が忘れられない。

撫子さん
会ってみて分ったと思うが一見極普通のおじさんに見えるが、一旦ことがあると命を投げ出す。それがデカなんだよね。

ルピナスさん
「上司は部下を選べるが、部下は上司を選べない。」
デカは、厳しい組織の掟の中で命を懸けなければならないのです。
惜しい若者を失いました。
関係者が現存する中で、書き残すのにためらいもありました。でもルピナスさんのように理解してくださる方の目に留まってよかったです。
元同僚が20周年回忌を立派にやってくれたことがメッチャ嬉しいです。

ライスさん
ここに書くに書けない裏話がまだ続くのだが、それは今度会った時詳しく聞いてもらうね。

藍チャン
千の風になってを吹いてくれてありがとう。
Sさん、将人君の無念さ、切ないよね。
馬鹿な無配慮の指揮官・・・・今考えても腹が立って仕方がない。

竹さん
思い出せば思い出すほど悔しく切ない事件でした。
お二人のご冥福をお祈りするばかりです。

投稿: お篠 | 2011年7月20日 (水) 07時43分

あれから20年ですか。当時、社会部で事件取材の中核にいました。犯人は将人さん射殺のあと警視庁管内に逃走、民家に立てこもったあげくに逮捕されたと記憶します。7回忌のことを篠さんから聞き、篠さんの指摘と同じ思いで記事にさせてもらいました。「あんもん会」に集う面々と同じ思いが、神奈川県警機動捜査隊にも脈々と受け継がれていたことに、感嘆させられました。父・もんさんは事件当夜、捜査1課の当直で、現場から警察無線で流れる、機動捜査隊本部への緊急報告で息子の死を知ったのではなかったかと記憶します。その無念さやいかばかりだったか。お二人のご冥福と神奈川機捜の方々の奮闘をお祈りいたします。

投稿: 安正 | 2011年7月20日 (水) 10時37分

安正さん
貴重なコメントありがとうございます。
『もんちゃん』の怒り、無念さは計り知れないものでした。
7回忌になっても将人君のことを大きな記事にしてくださったことに感謝しております。
今回20回忌ということでタブーとしていた事件裏話に触れてしまいました。
安正さんはじめ心ある方に父子の無念さ・悔しさの一端を分っていただいて感謝しております。
(父子の無念さ・悔しさを受け継ぎ、篠もいまだに怒っているのです。)

ここに書けなかったことについては次回のあんもん会で是非聞いていただきます。
二人のご冥福をお祈りして千の風になってを吹奉。

投稿: お篠 | 2011年7月20日 (水) 12時27分

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