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2011年9月27日 (火)

末さんを偲ぶ

末さんを偲ぶ

末さんってどんな人。なぜデカとブンヤさんが親しいの?そんな質問があった。

末さんを偲ぶ意味もこめて質問に答える。

悲しい知らせ

『9月21日午前10時台風が荒れ狂う中奥さんと子供さんに見守られ眠るように旅立ってしまった。』

Tさんから電話で、奥さんから手紙で末さんの突然の死を告げる知らせを受け取った。

先日山猿さんと見舞った時は『退院祝いは佐山で』と元気だったのに。信じられなかった。信じたくなかった。

お便りを頂いて奥さんと電話で話すことができた。『荒れ狂う台風をよそに静かな眠るような旅立ちだった』と言うことがせめてもの救いだった。

今日末さんのブログ『死ぬもんか・食道がんと闘う』で奥さんから皆さんへの感謝と末さんの最期の状況が伝えられる記事が載った。本当に逝ってしまったのだ。

奥さん

ご愁傷様です。

ご丁寧なお言葉痛み入ります。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

本気で逝ってしまわれた末さんを悼み・偲ぶ。

末さんのプロフィル(死ぬもんか・食道がんと闘う)から

プロフィル

末吉正憲(すえよし・まさのり)

1946
9月、佐賀県生まれ。早稲田大学卒業後、朝日新聞社入社。青森支局を振り出しに新聞記者生活スタート。山形、宇都宮、新潟支局、東京本社デスクなどデスク在任104カ月。新潟支局長を経て、地域報道部部長代理、部長などを歴任。この間約7年。飲酒は毎晩、タバコは1日6070本を吸っていた。ベルマーク教育助成財団に出向、事務局長に就任して間もない200810月に食道がんが見つかった。手術は成功したが、肺塞栓症や縫合不全による縦隔炎を引き起こした。覚悟した家族は、葬式を考え始めた。しかし、懸命な治療の結果、九死に一生を得た。がんとの闘いは続く

9月21日死去享年65歳

食道がん手術・肺に転移

『肺に何箇所か転移して放射線と抗がん剤の治療を受けることになった。

誰にも言ってない。面会はすべてお断り。腰さんとTさんにだけは知っておいてもらいたい。ブログ『死ぬもんか・食道がんと闘う』は夏休みといことにする』

本人から突然の電話だった。

面会

抗がん剤治療2クール目が終わった時、調子もいいということで8月30日、山猿さんと見舞った。

高額な個室のベッドで自分のカメラでわれわれの写真を撮ってくれた。「かみさんががん保険に加入していてくれたお陰でこんな高い部屋に安心していられる。内助の効だね」

「医者は3クール目を考えているようだ。副作用もなかったしこの通り元気だから続けてやってもらおうと思っている」

「腰さん気をつけてな。腰さんの弔辞は俺がやって締めくくるから、心配ししないでもう少し長生きしなよ」など冗談を言いながら手持ちのカメラで俺たちを撮ってくれた。

時々する喉の奥に引っかかるような深い咳が気になった。が思っていたより元気だった。

思ったより重症

面会から帰って数日後

「実は抗がん剤治療の後の検査結果思っていたよりガンの方の勢いが強く早いようだ。3クール目の治療に入る。この際治療に専念する。しばらくソットしておいてもらいたい。」

深刻な電話があった。

声を聞いたのはこれが最期となってしまった。

あんないい人が、まだ65歳。

付き合いの始まり

末さんが本部のキャップになったころ俺は丸カンの代理だった。

当時A社とは現幹部がかかわった不祥事を巡って戦争状態だった。「A社の記者とは口をきくな、名刺交換もするな。」そんなお触れが秘かに流れていた時期だった。

当時肺がん手術で声を失い余命宣告をされ、『声が出ないんでは職場復帰は無理』と職場から退職勧告を受けていた俺は職場への反発もあった。

『どこに行っても名刺を受け取ってもらえない。お茶も出してもらえない』末さんからそんな話を聞きながら

「事件を書くのはブンヤさんの仕事。書かれて困るようなことをする方がおかしい。唯ことさら大げさに取り扱ってくれるなと言うことじゃないかな」

『ニュースになるのはそれだけ立場を認めていると言うことなんだがね』などと、なんとなく話が会って話し相手になった。

そんなことから付き合いが始まった。

新潟支局で教養

末さんが新潟支局長になってから『取材される方からみたマスコミ』とか言うことで若い人に話しをしてくれと依頼があって新潟に行って2時間くらい何か話をした。

終ってから末さんの行きつけの店に案内され地酒を冷でしこたまご馳走になった。酒には自信があったが二日酔いではなく三日酔いの経験を始めて味わった。

本社に戻られてからも同じような依頼があって二日間築地に行った。

シェ佐山での食事会

今年6月仲間が俺の誕生会をシェ佐山でやってくださった時も体調が優れない中を顔を出してくれた。

食欲はあったし弁舌もさわやかだった。

これが最期の食事会になってしまった。

ここの料理を気に入ってくれて『退院祝いは佐山で』と言っていた。

いい人から順

冗談に言っていた『いい人から順』を立証してしまわれた。

もっと色々話し合いたかった。新潟から佐渡への旅行も案内してくれることになっていた。何より俺の弔辞をやってくれることになっていたのに残念だ。

色々書けば切りがない。混乱しているのだろう、考えもまとまらない。

心をこめて千の風になってを吹奉しご冥福をお祈りしする。

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コメント

末吉さんの笑顔を思い浮かべながら、夕方、裏の公園で東京方面に向かって、千の風を吹きました。ご冥福をお祈りいたします。

投稿: 山猿 | 2011年9月27日 (火) 21時26分

お彼岸に逝ってしまわれたのですね~
とっても 心優しく あたたかい心の持ち主だったのですね。

殆ど同年代としては 悔しいです。

私も 心をこめてオカリナで千の風を 吹きます。
心よりご冥福を お祈りいたします。

投稿: ふくろう | 2011年9月27日 (火) 21時35分

丸カンの代理時代がお付き合いの始まりとか?30年以上前でしょうかね?とするとどこかですれ違ったりしてたんでは?今日は何回か涙を拭きながら読ませて頂きました。

家内に、奥様のご挨拶を読んで聞かせていましたが、途中で声が詰まってしまいました。
Sさんのご冥福をお祈りするのみです。

投稿: 竹 | 2011年9月27日 (火) 22時14分

篠さん。いろいろありがとうございます。篠さんの話は、末さんが、どれだけ頼りにしていたことか。末さんのあの笑顔と心を支えたことと思います。
自分は死の瀬戸際にいるのに、私の病を心配してくれるような人間なんです。思い出が多過ぎて、ここには書けませんが、本当にいい先輩だった。
末さん。ゆっくり休んでね。そのうち行くから。

投稿: 則天去私 | 2011年9月27日 (火) 22時53分

震災のあと、JBKに怯えたコメントをした私に、末吉さんがメールを下さいました。
以下が末吉さんから私へのエールです。

「テレビやラジオをよく見て、聞いて、行動することが大切だよ。
それと、食料や飲料水の備蓄など、一応準備しておけばいいさ。あんまり、イライラしたり、緊張していると、肩こっちゃうからね(笑い)
被害受けるときは、みんなおんなじだよ。リラックスして、その時に備えよう。
頑張ろう‼」

「聞き分けのいい妹で、安心します。焦るのが一番ダメ。
あれもこれも考えたら、頭がおかしくなるので、すぐできること、ゆっくりできることを、仕分けしていくことが大切。
すぐできることを、少しずつやっていくと達成感もあるし元気になる。
頑張ろうよ‼ そして、一段落したら、おいしいビールで乾杯だ‼」

励ましのメールを頂き、心が落ち着きを取り戻した自分がいました。
読み返すと、優しいお顔が浮かんできます。
悲しくて仕方がありませんが、末吉さんの分まで頑張らないと、又お空でも心配かけちゃいますよね。
聞き分けのいい妹は、頑張ります。
見ていて下さいね・・・

投稿: 撫子 | 2011年9月27日 (火) 23時39分

笑顔が素敵な魅力ある方でした!
元気で戻られることを信じていただけに、ショックでした。
ご冥福を心からお祈りいたしますm(_ _)m

投稿: ライス | 2011年9月27日 (火) 23時46分

ペットの秘密の本のこと、新聞に紹介してくれたり、一緒に何かできそうだね、って、いつもそっと応援してくれたね。そうそう、みんなで新聞作ったよね。活字が大好きで、ずっと活字の中で、言葉を選んで、生きてきた末吉さん、書き続けて伝えていくことが、私との約束にするね。今までたくさんありがとう。奥様とみんなで、シェ佐山で、末吉さんの思い出のエピソード、伝える会が、いつかできたらいいな。

投稿: 藍弥生 | 2011年9月27日 (火) 23時51分

末吉さんのブログで奥さまのご報告を読んで
JBKで篠笛さんの記事と、
みなさんの思い出に残るコメントも読んで・・・
6月にお会いした時の笑顔を思い浮かべ、
何枚かの写真を見ながら、
もっともっとお話したかったなぁと心に思いながら
涙がポロポロ止まりません。
みなさんの思い出を聴かせていただく事で
末吉さんの人となりを通して・・・
いろいろと教えていただいている思いです。
みんなのこと、あの笑顔で見守っていてください。
心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿: 夏海 | 2011年9月28日 (水) 01時15分

山猿さん
8月30日一緒にお見舞いに行ったときは、次か次と色々の話をして本当に病人かと思うほど元気だったよね。
篠笛演奏キットとどいたと思うよ。あの笑顔にもう合えないのかと思うと寂しいよね。

ふくろうさん
オカリナ演奏ありがとう。キット届いているよ。

竹さん
笑顔を絶やさず言うべきことはきちっと言う。筋を通す人でした。
酒が好きでよく飲みました。

則天去私さん
いい人に先を越されてしまったね。
畑は違うのに、何でも話すことができたし、何でも話してくれた。本当に残念だね。
あなたを信じ頼りにしていたよ。

撫子さん
心から優しい人だったよね。
いい話し相手、飲み仲間、戦友だった。
寂しく悲しく切ないよ。
出きることなら代わってやりたかった。

ライスさん
「いい人から順」を実証して逝ってしまった。
悲しいね。寂しいね、切ないよ。

藍チャン
「末さんの思い出・エピソード伝える会」実現したいね。
その時は篠笛演奏頼むね。
俺も長生きしなくっちゃね。

夏海ちゃん
人生のあり方を笑顔で教えてくれた仲間です。
惜しい人に先を越されてしまった。

投稿: お篠 | 2011年9月28日 (水) 07時55分

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