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2011年10月31日 (月)

深まった秋・スポーツセンター

深まった秋

朝晩寒くなってきて一気に秋が深まってきた。

あちこちに飛び散った大文字草の種が植木鉢の中で根付き、可愛い花を咲かせて存在感を誇示している。

白とピンクを同じ鉢植え混んでみたがどちらかが駄目のようだ。

植物の世界も縄張り争いが激しいようだ。

残った柿を全部収穫。来年を期待して、思い切った剪定。施肥。

スポーツセンター

午後スポーツセンターへ。

センター入り口で救急隊員と鉢合わせ。70代の男性が泳いでいるうちに倒れたらしい。

タンカに載せられて首が痛いといっていたから。意識ははっきりしていた。救急隊員との会話を聞いていると家族はいないらしい。

ゆっくり水中歩行をして早めに引き上げる。

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2011年10月30日 (日)

恵ちゃんとデイト

恵ちゃんとデイト

恵ちゃんから久しぶりお誘いのデイト。

恵ちゃんなりに情報を集めて今日のデイトとなったようだ。

西口で野田岩のウナギをご馳走になってプレゼントも貰う。

バーちゃんには誕生プレゼント。

安月給にしては結構な出費となったようだ。別れ際ソット穴埋め。

あちこち歩いて疲れた。

帰りは小雨が降り出した。

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2011年10月29日 (土)

ムべの人気・堆肥の詰め替え

ムべの人気

お天気もいいし庭作業日より。

ハム子が手伝いに来てくれ一緒にやらないわけにはいかない。

畑に出ていると何人もの人がムべに足を止めて話し掛けてくる。

褒めてくれた方を見て手が好いていると一枝切って差し上げることにしている。そんなことをしていてほとんどなくなっているのに気がついたときは手遅れ。

残しておいた柿も欲しそうに褒めるが柿は数が少ないのであげられない。

堆肥の詰め替え

畑の隅に穴を掘って落ち葉などを米糠と混ぜて作っていた堆肥を掘り起こし下の方をすでに植えたあるブロッコリーの根元に施したり空いている畑に撒いて次の準備。

空いた穴にムべなど伸びた枝を剪定していれ米糠と混ぜた新しい堆肥造りに挑戦。

野菜造りも大変。「来年は減らしたら」と言うハム子の意見を取り入れることにした。

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2011年10月28日 (金)

松本の姉仮退院?・和ちゃんハワイ旅行

松本の姉仮退院?

松本の甥から電話。「何かあったか?」と一瞬悪い方に考えてしまったが「入院時と比べて偉い快方に向かったとはいえないが落ち着いてきたので来週あたり一度2日くらい仮退院してみてはどうか」と主治医から話があったとのこと。

寒さに向かう信州での年寄りの闘病は楽ではない。

正直ホッと胸をなでおろした。元気になってほしい。

和ちゃんハワイ旅行

昨晩遅くに、和ちゃんが突然顔を見せて「明日から友達とハワイに行ってくるよ」と言って来た。

急なことで母親から借金したらしいことも匂わす。少しカンパ。

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2011年10月27日 (木)

二俣川個人レッスン・ココロちゃんと夕食・「奇跡の人」

二俣川個人レッスン

ナンやカンダと練習量ゼロ。これじゃ申し訳がないと思うが仕方がない参加することに意義あり。

来春の発表歌のことなど相談が主体となった。

ココロちゃんと夕食

練習の後約束してあったココロちゃんと生前母親のこころちゃんと会食したことのあるレストランSで撫子さんも誘って夕食。

S先生もレッスンが終わってから顔を出してくださった。

ココロちゃん赤ちゃんができて入籍し落ち着いたのか一段と美人になった。

こころちゃんが自分の病気のことより二人の子供ことを心配していた。こころちゃんが亡くなられて3年。ココロちゃんも精神的に成長していて安心した。

こころちゃんがこの席にいたらどんなにか喜ぶだろうにと感慨無料。何はともあれ節目時に声をかけてくれたのが嬉しい。

「奇跡の人」

こころちゃんはすい臓に転移したガンを抱え、主治医に診放れながら必死でガンと闘った。

築地の国立がんセンターですい臓がんの専門医の講演があって、こころちゃんと藍チャンのお父さんに声をかけた。

その講師が話の導入部分で「再発・すい臓に転移した場合余命半年以内」と驚くべきことを平然と言い切った。

「あの医師はあくまで統計を見て話しているだけ。患者の年齢、環境で変わるもの。気にすることはない」と二人とも平然としていた。

こころちゃんは主治医に「これ以上の治療は無理」と診放されても「後三年と言われながら何年も生きている腰さんにあやかって「奇跡の女になる」

と医者が驚くほどマーカーの数値が上がっても漢方薬に切り替えるなど最後の最期までガンとの闘いを諦めなかった。

JBK友の会の立ち上げに尽力し、「千の風になって」が有名になる前にこのCDを送ってくれた。話し始めるときりがない。

「葬式は腰さんの篠笛で」と言う遺言で葬式の時篠笛を吹き涙の弔辞を読んだ。

そんな思い出の話が主体となったが、ココロちゃんはしっかりしていて「母の分まで頑張って長生きしてくださいね。来年4月にはこの子が生まれます。抱いてやってくださいね。」とこっちが慰められ励まされた。

ガンが取り持つ不思議な縁。

相談2件

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2011年10月26日 (水)

三悠会役員会・なじみのおすし屋さん閉店

三悠会役員会・なじみのおすし屋さん閉店

野毛の行きつけのおすし屋さんが今月一杯で店を閉めることになった。

「これまで美味しいおすしを食べさせてもらったお礼に最後の夕食会をやろう」三悠会副会長から誘いがあった。

不景気の波は思わぬところに波紋を投げかけているようだ。

客筋も、店員も気持ちのいい人で美味しかったのに残念。

美味しいところをたくさん頂いてバーちゃん用にお土産を貰った。

お土産の話は最初あったので電話してバーちゃんは夕食を採らずに待っていて大喜び。

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2011年10月25日 (火)

昔仲間と夕食会・ココロちゃんから便り

異業種・昔仲間と夕食会

昔お世話になった異業種仲間と夕食会。伊勢佐木町の行きつけの料理店。

二人とも今なおY市の重要ポストで発言力を持つお偉いさん。普通ではソバに近寄ることさえできない人。

でも二人はそんなそぶりを微塵も見せない。昔話に時間を忘れる。

お偉いさんだが、Ipadには二人とも度肝を抜かしていた。埋蔵されている写真を見てまたびっくり。

料理が運ばれる間何曲か篠笛演奏。

一段落してところに挨拶に来た店主が「篠笛を聞きたい」お世辞だったかもしれないが酒のよいも手伝ってまた得意の、さくら。荒城の月、千の風になっての3曲を吹きまくった。

地位も名誉も関係なく勝手気ままに何でも話せた。

足元がふらつきタクシーを世話してもらって無事帰宅。

なんとも楽しかった。

ココロちゃんから便り

久しぶりココロちゃんからメールが届いた。(ココロちゃんはこころちゃんの長女)

『赤ちゃんができて、入籍した。母(こころちゃん)が好きだった店でランチでもいかが?』と言うもの。

27日篠笛個人レッスンのあと「こころちゃん」と行ったことのあるサンハート内のレストランで夕食をすることになった。

こころちゃんご存知の方ご希望があればここに申し込んでください。

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2011年10月24日 (月)

柿収穫・ホウレン草第一回目蒔く・スポーツセンター

柿収穫

畑の隅の柿が綺麗に色つき始め、この間からカラスがしきりに狙っている。

道路からも見えるので、バーちゃんが「去年はカラスにやられたよ。早く採った方がいいよ」と食べたそう。

狙っているのはカラスだけではない。頭の黒い人が一番狙っているようだ。

一応ネットを掛けてあるが、ネットからはみ出しているのを選んで3個収穫。

カラスが狙うわけだ。甘くて美味しい。

ホウレン草第一回目蒔く

ハム子が畑を整理してくれた後に第一回目のホウレン草を蒔いてみた。

ホウレン草は蒔く一日前にクド石灰を水で溶かした中に一昼夜つけていてから蒔くと発芽成績がいい。オフクロの教えだ。

ホウレン草は連作を気にするから連作障害防止薬を撒いたが、去年のところは避けてみた。

畑が狭いのでなかなか思うようにはいかない。失敗すればしたときのこと。と、もう二箇所時期をずらして蒔くことにしている。

おいしい野菜を食べるのも苦労する。

スポーツセンター

時間に余裕ができたのでスポーツセンターへ。

水中歩行30分ジャグジーマッサージ20分サウナ10分。帰り自転車で少し散歩。

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2011年10月23日 (日)

末さんを偲ぶ

末さんが逝って一ヶ月

昨日スポーツセンターで散歩仲間のOさんに会った。

末さんより前に食道がんの手術を受け・再発して放射線治療を受けたが元気だった。

Oさんの姿に末さんが重なった。

末さんが旅に出て一ヶ月が過ぎた。彼のブログ『死ぬもんか・食道がんと闘う』のコメントも少なくなって来た。

『熱燗が恋しくなってきた。ちょこっとやろうか?』と電話が掛かってきはしないかと思いながら久しぶりコメントを書き込んだ。

こんなことは残されたご家族には迷惑なことかもしれない。そんなことも頭の中をよぎらないわけではなかった。でも想いを書いてしまった。

俺の心の中ではあの素敵な笑顔は生き続けている。

書き込んだコメントを転載する。

「末さん

末さんが突然旅に出て早いもので一ヶ月が過ぎた。

末さんの闘病記『死ぬもんか食道がんとの闘い』に奥さんが『ありがとう』で締めくくった末さんの最期の闘いを書いて知らせてくださった。

涙なくしては読めなかった。写真がなんともいえなかった。

電話でお話もできた。

山猿さんと見舞いに行ったときはあんなに元気だったのに今でも信じられない。あの時病室で末さんが自分のカメラで写真を撮ってくれたよね。それに釣られて俺もカメラに収めた。そのままipadに残っている。

『死ぬもんか』は毎日開けてみてしまう。今でもコメントを書き込んでくださる方がいるが日に日に少なくなってきた。短いコメントの一文一文の行間に末さんの闘病記が、大勢の方に生きる勇気と希望をを与えていたことが窺える。

末さんのところに嫁ぐはずだった大文字草が今見事に花を咲かせている。なんだか末さんが尋ねて来てくれたかのようだ。

一緒に食べたムべの実も綺麗な紫色になって道行く人の評判になっている。

山猿さんも元気だ。会えば必ず末さんの話しが出てくる。

俺が代わってやれなくてごめんね。

『死ぬもんか・・・』にコメントを下さっている皆さん

末さんは『千の風』に変身したのです。皆さんのそばで皆さんを見守っていてくれています。

どうぞ『千の風になって』を口ずさんで時々想い出してやってください。あの歌詞の通りです。

陽気の変わり目です健康にご留意の上お過ごしください。」

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2011年10月22日 (土)

早朝ゴミ出し・スポーツセンター

早朝ゴミ出し

生垣などの剪定をしてゴミが山のよう。ゴミ集積場が一杯になる前に早く起きて雨の中ゴミ出し。

雨は容赦なく降っている。

家だけでゴミ袋20個分。押入れの奥から合羽を探し出して着て、車庫前とゴミ出し場を何回も往復。

予報では終日雨だったが午後は曇りに代わった。

いい運動になった。

スポーツセンター

雨が上がって自転車が動けるようになった。

スポーツセンターで水中歩行中心に90分タップリ汗を流す。

訃報

町内会のお年寄りが亡くなって家族葬で済ませたと回覧板。面識はない。ご冥福を祈る。

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2011年10月21日 (金)

ムべの絵手紙・春ラン植え替え(継続)・大物剪定

ムべの絵手紙

「ムべを写生させて頂けませんか」庭作業をしていると通りから妙齢なご婦人から声を掛けられた。

生垣になっているムベが紫色に色着き始めて人の足を止めている。

話を聞いてみると近くの地区センターで絵手紙の講習に参加しているがムべを素材にして書きたいとのこと。

色つきのいい実がついている手ごろの枝に菊の花も一枝切って添えてやった。

2時間もしたころか『こんなフウに書いてみました。貰ってください』と一文添え書きをした絵手紙を差し出すではないか。

ムべが生き生きとみごとに書かれていてびくりした。折角の作品を頂いていいものか躊躇していると『突然の無理なお願いを聞いていただいて嬉しかったのです。お宅様にと思って書いたのです。お名前が分らないので宛名は書いてありませんが受け取ってください』

畑にいたハム子が「折角だから頂いておけば」。と言うので受け取った。

咄嗟に畑のサニーレタスと『これも絵手紙の素材にしてください』と咲き始めたピンクの大文字草一鉢も差し上げた。

大喜びで帰っていった。

ムべが取り持つ楽しい交流。

春ラン植え替え(継続)

昨日やり残した春ランの植え替え。一鉢だけ季節はずれの花芽をつけているのを発見。この鉢は土の上部3分の1くらいを取り替えのみとした。

春ランは二日かかりで植え替え完了。

大物剪定

春ランの置き場として木陰を作っていてくれた大物の庭木の剪定。これを済まさないと植え替えをした春ランの置き場所ない。仕方なく山猿さんにお叱りを受けるのを承知で折りたたみの梯子を使って作業。

無事剪定完了。

バアチャンが心配なのか様子を見に来た。

車庫の横はゴミで一杯。明日の朝ごみ収集。寝坊していられない。

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2011年10月20日 (木)

春ラン植え替え

春ラン植え替え

庭木の剪定をしていると、木の下に置いてあった春ランが元気がない。

雑草も伸び放題の状態。時期的に少し遅い気がするが放っておけない。

剪定は後回しにして植え替え。

名札の残っているいいものほど弱弱しい。

木陰に置くのが一番よいと聴いて置き場所を庭木の下にしたのが間違い。

木の枝が邪魔になって目が行き届かなかったせいだ。

昼寝を抜きにして頑張ったが3分の1(15鉢)残ってしまった。

明日の仕事ができた。

少しやり過ぎ。疲れたわい。

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2011年10月19日 (水)

五行歌横浜水曜歌会・JBKコメント衆大活躍。

五行歌横浜水曜歌会・JBKコメント衆大活躍。

何が間違ったのか8月第一席になった関係で今晩は歌会の司会をすることになった。

この声でできるのかと心配してくださってマイクまで用意してくれた。

「そんなにやっしくしませんから、自然体で思う存分自由にやってください」と歌に絡めて励ましの声を掛けてくださった方もいた。

そんな細かい気遣い・優しさに感謝と涙がついて回る。

皆さんのご協力のお陰でスムースに無事終了。ありがとうございました。

今日は春野さん第一席、撫子さん第2席、篠笛第3席、ライスさん欠席歌第1席とJBKコメント衆大活躍。

入選者のみなさんおめでとうございました。

出席歌第1席 春野さんこと鈴木春野作

聴衆も

ほめ上手な母ひとり  

親守り唄にもなって    

時間もふっくら

昼下がりの独奏会

出席歌第2席 撫子さんこと岡田幸子作

どうしよう

と 言っても

始まらないから

こうしよう!

と やってみる

出席歌第3席 篠笛こと腰原常雄作

お願いです

そんなに

優しくしないでください

もう

流す涙がないんです

欠席歌第1席 ライスさんこと米沢節郎作

耳が遠く
目が悪く
足も弱くなって
夫婦の距離が
縮まった

狸小路

山猿さん、撫子さんと狸小路で軽く乾杯。うまい酒だった。

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2011年10月18日 (火)

ゴミ出し・柿に網掛け・生垣剪定(道路反対側)

ゴミ出し

昨日剪定したゴミが一杯。階段がきつくバーちゃんには無理。いつの間にかゴミ出しは俺の仕事になった。

ゴミ出し場に運ぶためいつもより早起き。

いつもゴミ袋が多い時は前日いったん階段下の車庫横に出しておくことにしている。

ところが最近早く出さないと親切な近所の人が黙ってゴミ出し場に出してくれるようになった。

そんなご迷惑を掛けたくない。

剪定した人が他にもいたらしくゴミ出し場はいつもよりゴミ袋で一杯。

散歩の人が「手伝いましょうか」と声を掛けてくれる。年寄りを労わってくれるそんな一言がこよなく嬉しい。

生垣畑側剪定

道路と反対側の畑側の生垣剪定。

ゴミ袋7個分。かなりすっきりした。

生垣のムべが色付きはじめた。「これアケビですか」と尋ねる人が多い。

柿に網掛け

畑の隅の富裕柿が今年も実を付けてくれた。

柿が実をつけるのは一年おきと言われている。

去年なったから今年は諦めていた。

剪定と肥料をタップリやったことが気に入ってくれたらしい。

15個と実が少ないから形は大きい。握りこぶしより大きい。

色付き初め、目立つようになった。電柱の上からカラスが狙っているのが分った。

去年はつつかれてせっかくの柿を3個ほど駄目にしてしまった。

からすには悪いが脚立を使って網をかけた。

葉が落ちると色も濃くなっておいしくなる。楽しみ。

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2011年10月17日 (月)

生垣の剪定・スポーツセンター・五行歌横浜水曜歌会出席歌送信

生垣の剪定

隣家が引越しをして境目の植木の伸びと、生垣が歩く人の邪魔になりはしないかと思うほど伸びてきた。思い切って道路側だけを剪定。

道行く人がみんな一声掛けてくれる。その応対が意外と作業の進行を妨げる。

ゴミ袋8個分。袋つめが思いの他大変な作業。

スポーツセンター

チョッと間を空けていたスポーツセンターへ。

バーちゃんは午前中庭作業のあとビールを飲んだことを咎め、プール行きに反対したが無視。

五行歌横浜水曜歌会出席歌送信

いつものことながら締め切りぎりぎり。

こんな状態でいい歌ができるはずがない。

参加することに意義があると、兎に角送信。

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2011年10月16日 (日)

虹の会(がん患者会)・病のプレゼント

虹の会(がん患者会)

築地のがんセンターの関係者を中心に始まったがん患者会『虹の会』ふくろうさんから『山猿さんを誘って、久しぶりだから行ってみない?』と言われなんとなくその気になった。

東京駅北口徒歩1分の素敵なレストラン。幹事の骨折りで値段も安く、料理も美味しかった。

参加者22名。名前と顔が一致しない方もいたがほとんどの方が一度や二度は会ったことがある。

自己紹介で聞くと幾つも病を抱えながらガンと闘っている闘士。芯の強さを感じた。

「肺がん後3年」と宣告され手術後声を失い、退職勧告の追い討ちにあって絶望の道をさ迷っていた時新聞でこの会を知って参加するようになった。

患者の会では同じ悩みを持った人ばかりで、そこでは何でも話し、聞いてもらえた。癒され、励まされ、『死ぬまで生きてみよう・・・』と方向転換をすることができた。

その後神奈川県がんセンターでも『コスモス』が発足され家から近いこともあって、そちらに顔を出すようになた。

患者会にも問題点がない訳ではない。

顔見知りになって打ち解けた話ができるようになるのを待っていたかのように突然ガン太郎が連れ去ってゆく。

あるとき『ガンは病気。患者が闘う姿勢を持つことが大切。頑張りましょうね。』と虹の会の司会をされていた方が声を掛けてくれた。次の会ではその方の訃報が伝えられた。

その寂しさやショックから立ち直るのは容易ではない。

特に、同じ病の人に去られるのは、次の己の姿を重ねてしまう。

そんな別れが辛く嫌でどちらの患者会にも足が遠くなってしまう。

笛を吹く環境ではないだろうと言われ篠笛を持っていかなかったのが残念。

『年の割合になぜそんなに元気なの?』と聞かれた。自己紹介では時間の関係で38年に及ぶ闘病をしゃべり足りなかった。

コスモス20周年記念に800字で何か一言と言われ、ガンに取り付かれ生き延びてきた心の葛藤の一部を『病のプレゼント』と題したエッセイを投稿した。参考までその下書きの一部を添付する。

「病のプレゼント」                           

ガンとの付き合いは38年前、42歳の時から始まり平均寿命まで生き延びてきた。

職場の健康診断で『肺がん、後3年』と宣告。

左肺摘出手術。後遺症で声を失った。『声が出ないんでは職場復帰は無理』と「退職勧告」の追い討ち。

伝達者は信頼していた同僚だった。ガン宣告よりショックだった。

それが切っ掛けとなって『負けてたまるか』と開き直って職場復帰。

2年後中国の鍼治療で僅かながらしわがれ声が回復。激務に耐え定年退職まで踏ん張った。

5年前『前立腺がん・4~D、末期後2年』と再度余命宣告。これまで13回入院17回手術。「いつお迎えが来てもいいや』と38年間生きてきた。

涙で固めた愚痴を闘病記「はなしあいて」「負けてたまるか」と2冊の本に纏めた。

失われた声の代走者に篠笛を始め2教室の世話人を勤めるようになった。今日の会場にも笛の仲間が3人もいた。

一度ガンに取り付かれると再発、転移の不安に絶えず付きまとわれる。痛みや悩みを人に聞いて貰えるのは一度。度重なると相手にされない。患者会はそんな不安や悩み、ため息の捨て場、気楽に自分の思いを話し合え想いを共有できる戦友ができる。

患者会に顔を出している内いつの間にか「後3年と宣告され38年がんと闘い続ける、奇跡の人」などと紹介され、看板になった。それが重荷となった。

戦友がホスピス入に所して、旅に出るのを見送るだけ。何もできない無力感、悲しく、切なく会への足が鈍るようになって久しい。

代わりに「丈夫で、ボケずに、コロリンコ」を願ってブログ「JBK友の会」を立ち上げ、毎日更新しコメント仲間も増えてきた。

ガンがお付き合いの切っ掛けとなって増えた戦友との絆も広まっている。

コスモスニ十周年を切っ掛けに、皆さんとの再会を目標に鍛錬中。

素敵な出会い

人の情け

生きる喜び

みんな病の

プレゼント

みんなガンになんか負けないで踏ん張ろう。そんな思いを強くした一日だった。

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2011年10月15日 (土)

秋雨に篠笛

秋雨に篠笛

秋雨はなんとなく心を重くする。そんな気がする。

横殴りの雨がスポーツセンター行きを躊躇させる。

咲き出したピンクの大文字草を一鉢玄関先に取り入れる。

秋雨に揺れながら咲く可愛いピンクの花が『心を大きく持てよ』と諭してくれているような気がする。

この花を好きだった人々を偲びながら、久しぶりみっちり篠笛を吹いてみる。

笛の音が邪に揺れる心を洗ってくれる。

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2011年10月14日 (金)

大文字草の蕾・火災報知機吹鳴

大文字草の蕾

夏の暑さを凌ぎきった大文字草。成長がよかったものの中に可愛いピンクの蕾が見えてきた。

白色の大文字草の蕾も膨らみ始めている。

このところなんとなく虫の居どころが悪い管理人を慰めようとしているらしい。

これから毎日が楽しみ。

花を相手が一番いい。

シミドウでも入り口近くに置いてあったプランターの大文字草に蕾が見えていた。

火災報知機吹鳴

お勝手からバーちゃんの大声で駆けつけると、ガスレンジから煙が出ている。

昼食準備でガスレンジ使っていたところどこか操作を間違ったのだろう中のものが燃えて煙がボーボー。

窓を開けたが火災報知機に反応してしまってサイレンが鳴り出したがとっさにとめようがない。大事に至らず。ホッ。

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2011年10月13日 (木)

シミドウ篠笛教室・狸小路

シミドウ篠笛教室

久しぶりシミドウ教室。

笛を持つとしゃきっとなるから不思議。

音出しの後お決まり、さくら、荒城の月。

後は持ち歌披露。みんな練習の成果を音色で教えてくれた。

シミドウご夫婦は明日からの韓国での国際会議に出席とのこと。

練習の後各人が持ち寄ったお茶菓子で反省会。

今日は新人が一人見学に来られた。院長先生に音だしを担当していただいた。

狸小路

帰り山猿さん・撫子さん・夏海ちゃんと狸小路で軽く乾杯。

チョウ楽しい時間。

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2011年10月12日 (水)

眩暈・隣組の家の引越し・再起への切っ掛け

眩暈

今朝なんとなく眩暈がして庭にも出ないで横になって静まるのを待った。

昨日畑仕事をやり過ぎたのと眼鏡が新しくなってパソコンをやり過ぎたせいかもしれない。

一日ベッドのお世話になった落ち着いてきた。

年を考えて何をするにもホドホドにしなくてはいけないと思った。

隣組の家の引越し

ここに引っ越してきた当時からのお付き合いをしてきた隣組の方がS市に新しい家を作って近く引越しをすすると挨拶に来た。

先日の地震で壁の一部が落下したり老朽が目立っていた。

再起への切っ掛け

この家はオンナの子が二人。俺が肺がん手術で声を失って自宅療養中遊び相手になってくれた。

『おじちゃんもっと大きな声出さないと誰も遊んでくれないよ』次の日の遊ぶ約束をして別れ際、ハッパを掛けて励ましてくれた。

この子のハッパで声がなくては子供とも遊ぶことができないかとショックだった。でもそれが、『負けてたまるか』と再起への切っ掛けとなった。

この子も今では二人の子供の親になっている。

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2011年10月11日 (火)

散歩仲間ラブ千の風に・続・ハム子のお手伝い・パソコン用眼鏡

散歩仲間ラブちゃん千の風に

庭作業をしていると通りからご婦人が『可愛がって頂いたラブが亡くなりました』と丁寧に挨拶をしてきた。

13歳眠るように逝ったとの事。火葬にした後鎌倉光明寺の動物墓地に葬った。

毎月10日が埋葬の日でその日は全国あちこちから来る。お坊さんも二人も来て盛大に供養が行われるそうだ。

ラブも全身ガンで医者に診離されたようだった。

早朝散歩で知り合った。用便がやっとの状態の散歩中でも私の姿を見つけると奥さんの手を振り切って擦り寄ってきた。

マッサージが好きで手を止めると口や手で催促するし草が可愛かった。

ある時バス停で待っていると突然ラブが奥さんの手を振り切った私のところにやってきた。服装が変わっていて奥さんは気がつかなかったらしい。ラブは遠くから私を見つけたらしい。

最近あわないので心配していた。

冥福を祈るのみ。

続・ハム子のお手伝い

今朝また早くからハム子が草取りに来てくれた。

先日遣り残してあったのが気になるということ。午前中、お付き合い。

後二回くらい来ないといけないといって帰っていった。

パソコン用眼鏡

先日注文したあったパソコン用眼鏡が出来上がってきた。

連絡を受けて自転車で受け取ってきた。

従来の眼鏡より見やすくなった感じ。金を掛けただけのことはある。

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2011年10月10日 (月)

警察学校初任科同期生会・ハマ風10月投稿歌送信

警察学校初任科同期生会

和26年10月神奈川県警察学校に入校した当時の同期生会。

270名いたのが集まったのは31名。

亡くなった人の他、病で出てこられない人も多いようだった。

来年60年を迎えるに当たって、来年を最後にこの会を一応止め、後は有志懇親会に切り替えてはと提案があってみなが賛同した。

篠笛演奏

カラオケが始まってトップバッターで篠笛演奏。

篠笛を知っている人は少なくみな意外な顔をしていた。

荒城の月に拍手が鳴りやまず、アンコールに変わって結局3曲続けて吹いた。

もっと聞きたいと言う人もいたが・・・ほどほどにした。

笛のお陰で一躍チョウ有名になった感じ。

ハマ風10月投稿歌送信

「10月はハマ風の投稿ですよ」昨日山猿さんに言われて慌てた。

急遽思いつくまま作って送信。

だんだん重荷になってきた。恥の上塗りを重ねないうちに引退すべきかもしれない。

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2011年10月 9日 (日)

「里山の日誌」に篠の20歳の時(昭和27年当時)の写真が搭載・ハム子畑の草むしり手伝い・スポーツセンター

「里山の日誌」に篠の20歳の時(昭和27年当時)の写真が搭載

10月8日の甥広津のハルキ君のブログ「里山の日誌」に篠の20歳の時(昭和27年当時)の写真が搭載された

警察学校を卒業して国家地方警察神奈川県警に始めて新設された特別機動隊に配属になった。

その第一期生になった。主たる任務は天皇陛下、総理大臣(吉田茂)の警衛・警護だった。

この写真は親友のG君とふるさとの両親に送るように上司が撮ってくれたもの。

この写真は安曇野の両親の許に送って篠の手元にはない貴重な写真。こんな時代もあったんですよ。

ハルキ君の記事に正直泣かされた。

ハム子畑の草むしり手伝い

朝早く畑にだれかいるとおもったらハム子が草取りをしてくれていた。

『草があまり多くて見ていられなくなった。叙勲などで忙しいだろうから手伝いに来た。』

と言うことで小さな草まで綺麗にとってくれた。

いくら娘でも付き合わないわけには行かない。午前中一杯付き合って畑の整理。

お陰で遅まきの枝豆、ナスの木を全部整理できた。

これでほうれん草、えんどう豆などが植えられる。

スポーツセンター

昼食後昼寝をしてから汗を流しにスポーツセンターへ。

水中歩行40分、ジャグジー20分、サウナ10分。

思わぬ美味しい差し入れもあって枝豆と一緒につまみでビール。

今晩はよく眠れそうだ。

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2011年10月 8日 (土)

秋の叙勲発表・ルピナスさん・ライブ

秋の叙勲発表

秋の危険業務従事者叙勲が決まって新聞に発表になった。

県内で255人の受賞。

「瑞宝単光賞」長生きしていれば誰でももらえるもの。正直言ってなんだか感激は少ない。

通知では

11月4日に警察本部で伝達式が行われ、

11月9日皇居で天皇陛下の拝謁が行われる

新聞発表があって内緒にしておくわけにもいかない。

お祝い会を計画してくれる方がいて、その関係で10月30日予定していたコメント会・月見草の会は中止することとなった。

また大勢の方にご迷惑をお掛けしてしまう。

頭が痛い。

あちこちの方からお祝いの電話を頂戴し。恐縮の限り。

皆さんありがとうございました。

「注」

危険業務従事者叙勲(きけんぎょうむじゅうじしゃじょくん)とは、「危険業務従事者叙勲受章者の選考手続について」(平成15.5.20 閣議了解)に基づき、自衛官警察官消防吏員等危険性の高い業務に従事した者を対象に叙勲する栄典制度である。

瑞宝章は、「国家又ハ公共ニ対シ積年ノ功労アル者」に授与すると定められ(勲章制定ノ件31項)、具体的には「国及び地方公共団体の公務」または「公共的な業務」に長年にわたり従事して功労を積み重ね、成績を挙げた者を表彰する場合に授与される(「勲章の授与基準」[1])。

ルピナスさん・ライブ

五行歌のルピナスさんが藤沢で五行歌のライブ。

会場は藤沢のチョッと分りにくいところ。満員の盛況。

山猿さんと顔を出す。

帰り大船の昔よく行ったおすし屋さんで夕食。美味しかった。

疲れた。

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2011年10月 7日 (金)

篠笛鶴ヶ峰教室・小澤一郎緊急入院(結石?)・秋の叙勲

篠笛鶴ヶ峰教室

地震で休校となったり合宿があったりして久しぶりの教室。

箱根合宿の話でしばらく持ちっきり。

音だし、さくら、荒城の月の後、それぞれの持ち歌披露。

自分で選んだ好きな歌だけあって素晴らしい音色でみんなが聞きほれた。

行きつけの店で会食。

小澤一郎緊急入院(結石?)

昨日の裁判の後ほえた後腰痛で緊急入院。結石で一週間くらいの入院の予定らしい。

神様は怒っているのか?

秋の叙勲

秋の叙勲が決まって明日(8日)の新聞に発表されるらしい。長生きしていれば誰でももらえるもの。ご迷惑をおかけする、困った。

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2011年10月 6日 (木)

二俣川個人レッスン・クリニック副院長医大教授に

二俣川個人レッスン

久しぶり個人レッスン篠笛教室。

ボケが酷くなって時々教室の日を忘れてしまうことがある。

それを心配して撫子さんが『今日は教室だよ』とメールで知らせてくれた。持つべき物はいい仲間。

手のしびれもあってそれを理由に練習は皆無の状態。

もっぱらipadに納められた先日の鎌倉演奏会の写真の話で盛り上がった。

途中から撫子さんも呼んで写真観賞。

最後少しは練習をと言うことで撫子さんとウサギ、赤とんぼ、ふるさとなど合奏。

撫子さんの青葉の笛を聞いて帰る。

クリニック副院長T医大教授に

行きつけのクリニックに薬をもらいに行く。狭い待合室に胡蝶蘭や高価なバラの花が置かれて賑やか。

看護師さんの話だと副院長がT医大の准教授から教授昇進したお祝いだということ。

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2011年10月 5日 (水)

歯医者・パソコン用めがね

歯医者

今日は下の歯石取り、雨で自転車は使えず歩き。

痛みはないと分っていても器械が回りだすと体全体がこわばってしまう。

約30分綺麗になって開放。

歯の治療はひとまず今日でおしまい。様子見と言うことになった。

パソコン用めがね

最近目がちかちかするようになった。歯医者の一階下が眼鏡屋。老化は歯、目、・・と来るとからかわれてその気になった。

立ち寄って検眼をしてもらった。大分老化が進んでいるということでパソコン用のめがねを新調することとした。パソコン用に特別に作られたレンズがあるらしい。レンズが違うらしい。2万9800円也。

出来上がるのに一週間。

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2011年10月 4日 (火)

電話販売・水中歩行(3)

電話販売

! 買取や

このごろ『たんすの中に眠っている指輪、ネックレス、などを高く買い取りますよ。』

という電話や訪問が煩いほど頻繁に来るようになった。

二束三文で買い取ってトラブルも多いらしい。

撃退法『ああ残念さっきみんな売ってしまって何もないよ』というだけ言って電話を切ってしまう。

2 墓地の販売

TVでいいところやっている時に限って鳴る電話。『近くに公園墓地ができました。宗教に関係なく安心ですよ』

之は頭にくるね。

『墓は幾つも要らないよ』で切る事にしている。バーちゃんは何も言わずにガチャンと切ってしまう。

墓といえば昔買い替えができると思って愛川町の山の中を買ってしまった。孫たちはお参りに行くのに遠すぎる。と近くにしろというが買い替えができない。ということを最近になって知った。環状5号線ができて便利になることを願うのみ。

入ってしまえば誰が来てくれたかどうか分りはしない。墓は入る人より残された家族の都合が大きく左右するようだ。

水中歩行(3)

水中歩行はまさに精神鍛錬の場でもある。唯歩けばいいと言う物ではない。

プールの水位は胸あたりまでしかない。。ひざを落として肩まで水につけて足を大きく上げて延ばせてできるだけ遠くへ延ばして、水を掻き分けるように前に進む。同じような方法で後ろ歩き横歩きもする。時々ふらふらするが転倒の心配はない。

歩きながら指の屈伸運動をやり腹式呼吸もやる。遊んでいる暇はない。インストラクターは少し違った教えをしているようだが俺は俺竜を通している。

元気で長生きするのも楽じゃない。

一ついいことは家に帰って入浴をしなくていいということ。

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2011年10月 3日 (月)

スポーツセンター(2)・プリンター故障

スポーツセンター(2)

スポーツセンター2日目。

まだ2日目本当は疲れているのになんだか足取りが軽くなってきた感じがする。

センターに行くまでの道すがらところどころに金木犀の香りが頑張れよと声援を送ってくれる。

風もなく自転車は快適。少し遠回りして帰る。

90分の制限時間が気なって仕方がない。

水中歩行30分、ジャグジー20分、風呂20分。

プリンター故障

この間からプリンターの調子がおかしくて折角撮った写真の現像ができない。何とかしなくては・・・と思っても、なかなか言うことを聞いてくれそうもない。

最近ipadばかりに取りこんでいるので焼き餅を焼いているのかもしれない。

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2011年10月 2日 (日)

スポーツセンター

スポーツセンター

去年緊急入院以来休んでいたスポーツセンターへ今月から行くことにした。

安曇野の旅行に同行したハム子が「歩き方がふらふらしている。運動不足だね。杖つくのはまだ早いスポーツセンターで水中歩行でもやりなよ」と発破を掛けられてその気になった。

90分6000円コースにした。

14ヶ月ぶりである。

散歩仲間のOさん、敬老の集いで歌を歌ったおばあさんなど顔なじみの人もいて『どうしていたの?』と心配してくれていた。

ジャグジーと水中歩行を少し軽めにやって早目に引き上げる。

今晩はよく眠れそう。

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2011年10月 1日 (土)

金木犀開花・鎌倉海蔵寺横笛の会・ムギトロで乾杯

金木犀開花

夜明け前新聞を取りに玄関のドアーを開けるとプーンと懐かしい香りが庭一杯に漂っていた。香りを追っていくと金木犀に辿り付いた。

小枝を切って緩和病棟に持って見舞ったこともあった。

木の周りに先に逝ってしまった戦友たちの姿やこの花をこよなく愛した人たちの面影が並ぶ。

自然は時として残酷でもある。

鎌倉海蔵寺横笛の会

10月1日午後1時30分から

鎌倉の海蔵寺で鯉沼先生・坂本先生の横笛の会。「心月皓純」

出演

     横笛 鯉沼広行、坂本真理  薩摩琵琶  田中 之雄

演目

浄雲、おけさ子守唄、青葉の笛,津軽山唄による幻想、ぬまたばの,風の詩、まほろば、篠の音取り,笛吹き童幻想曲、篠笛と枇杷のための奏

会場にどこからともなく金木犀の香りが流れていた。

素晴らしかった。

ACの人たち何人かと会った。

ムギトロで乾杯

山猿さん、撫子さん、ふくろうさん、夏海ちゃん、ナンコウさんたちと合流。

帰り鎌倉の行きつけの店で『ムギトロ』で乾杯。話は弾んで楽しかった。

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