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2011年10月16日 (日)

虹の会(がん患者会)・病のプレゼント

虹の会(がん患者会)

築地のがんセンターの関係者を中心に始まったがん患者会『虹の会』ふくろうさんから『山猿さんを誘って、久しぶりだから行ってみない?』と言われなんとなくその気になった。

東京駅北口徒歩1分の素敵なレストラン。幹事の骨折りで値段も安く、料理も美味しかった。

参加者22名。名前と顔が一致しない方もいたがほとんどの方が一度や二度は会ったことがある。

自己紹介で聞くと幾つも病を抱えながらガンと闘っている闘士。芯の強さを感じた。

「肺がん後3年」と宣告され手術後声を失い、退職勧告の追い討ちにあって絶望の道をさ迷っていた時新聞でこの会を知って参加するようになった。

患者の会では同じ悩みを持った人ばかりで、そこでは何でも話し、聞いてもらえた。癒され、励まされ、『死ぬまで生きてみよう・・・』と方向転換をすることができた。

その後神奈川県がんセンターでも『コスモス』が発足され家から近いこともあって、そちらに顔を出すようになた。

患者会にも問題点がない訳ではない。

顔見知りになって打ち解けた話ができるようになるのを待っていたかのように突然ガン太郎が連れ去ってゆく。

あるとき『ガンは病気。患者が闘う姿勢を持つことが大切。頑張りましょうね。』と虹の会の司会をされていた方が声を掛けてくれた。次の会ではその方の訃報が伝えられた。

その寂しさやショックから立ち直るのは容易ではない。

特に、同じ病の人に去られるのは、次の己の姿を重ねてしまう。

そんな別れが辛く嫌でどちらの患者会にも足が遠くなってしまう。

笛を吹く環境ではないだろうと言われ篠笛を持っていかなかったのが残念。

『年の割合になぜそんなに元気なの?』と聞かれた。自己紹介では時間の関係で38年に及ぶ闘病をしゃべり足りなかった。

コスモス20周年記念に800字で何か一言と言われ、ガンに取り付かれ生き延びてきた心の葛藤の一部を『病のプレゼント』と題したエッセイを投稿した。参考までその下書きの一部を添付する。

「病のプレゼント」                           

ガンとの付き合いは38年前、42歳の時から始まり平均寿命まで生き延びてきた。

職場の健康診断で『肺がん、後3年』と宣告。

左肺摘出手術。後遺症で声を失った。『声が出ないんでは職場復帰は無理』と「退職勧告」の追い討ち。

伝達者は信頼していた同僚だった。ガン宣告よりショックだった。

それが切っ掛けとなって『負けてたまるか』と開き直って職場復帰。

2年後中国の鍼治療で僅かながらしわがれ声が回復。激務に耐え定年退職まで踏ん張った。

5年前『前立腺がん・4~D、末期後2年』と再度余命宣告。これまで13回入院17回手術。「いつお迎えが来てもいいや』と38年間生きてきた。

涙で固めた愚痴を闘病記「はなしあいて」「負けてたまるか」と2冊の本に纏めた。

失われた声の代走者に篠笛を始め2教室の世話人を勤めるようになった。今日の会場にも笛の仲間が3人もいた。

一度ガンに取り付かれると再発、転移の不安に絶えず付きまとわれる。痛みや悩みを人に聞いて貰えるのは一度。度重なると相手にされない。患者会はそんな不安や悩み、ため息の捨て場、気楽に自分の思いを話し合え想いを共有できる戦友ができる。

患者会に顔を出している内いつの間にか「後3年と宣告され38年がんと闘い続ける、奇跡の人」などと紹介され、看板になった。それが重荷となった。

戦友がホスピス入に所して、旅に出るのを見送るだけ。何もできない無力感、悲しく、切なく会への足が鈍るようになって久しい。

代わりに「丈夫で、ボケずに、コロリンコ」を願ってブログ「JBK友の会」を立ち上げ、毎日更新しコメント仲間も増えてきた。

ガンがお付き合いの切っ掛けとなって増えた戦友との絆も広まっている。

コスモスニ十周年を切っ掛けに、皆さんとの再会を目標に鍛錬中。

素敵な出会い

人の情け

生きる喜び

みんな病の

プレゼント

みんなガンになんか負けないで踏ん張ろう。そんな思いを強くした一日だった。

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コメント

虹の会への出席ご苦労様でした。
天気にも恵まれ良かったですね!
私は法事があり失礼しました。
患者会は患者にとっては本当に頼りになる会ですね!私もがんセンターの患者会の伊藤さんの励ましは今でも忘れられれません。
未だ小さい会でしたが、心のこもった会でした。本日の会で、腰原さんに励まされた患者さんも沢山いたでしょう!
山猿さんのユーモア溢れるトークに心が和んだ事でしょうね!

投稿: 梅 | 2011年10月16日 (日) 17時44分

お江戸まで、お疲れさまでした!
篠笛さんの「負けてたまるか!」精神が、
同志の方はじめ多くの仲間の励みになって
います。
これからも笛を吹き吹き、元気のプレゼントを振りまいて下さいね♪
不肖の娘は、いつも元気をもらってばかりでスミマセン(^^ゞ

投稿: 撫子 | 2011年10月16日 (日) 19時47分

ふくろうさんの御声がかりで、初参加させていただきました。皆さまは、本当に「癌患者ですか」と疑いたくなるほどの、御元気な方達ばかりに驚愕いたしました。そして、皆さまの笑顔の素敵なこと、まるで明るい花園に舞い降りた一匹の鶴の心境でございました。皆さま楽しい1日有難うございました。

投稿: 山猿 | 2011年10月16日 (日) 20時37分

お久しぶりです。その後パソコンやipadの調子はいかがでしょうか。
今日は久々にまとまった時間がありましたのでブログを拝見させて頂きました。毎日かかさず凄いですね。
またお困りの事ございましたらご来店おまちしています。

投稿: ベストまりえ | 2011年10月16日 (日) 21時16分

遠路 早くから 本当にお疲れ様でした。
山猿さんにも参加して戴き 一層会の雰囲気が明るく楽しく 直ぐに 仲間になっていました。
梅ちゃんのおっしゃる通りです!
本当に 有難うございました。

投稿: ふくろう | 2011年10月16日 (日) 21時31分

虹の会、初めて知りました。ブログを読みながら何度か胸が痛みました。

父、妹をガンで失い、今弟が闘病中の私にとっては、身近な問題です。「負けてたまるか」の精神を持ち続けて、弟を励ましたいと思っています。

投稿: 竹 | 2011年10月16日 (日) 22時08分

東大の獣医さんと、桜・荒城の月・ドナドナ・エーデルワイス、の特訓をしました。フルートを中高時代にしていた人なので、音はきれいでびっくり。楽譜も一度教えたら覚えちゃうのです。父がガンにならなかったら…笛やってなかったかもだね?

投稿: 藍弥生 | 2011年10月16日 (日) 22時26分

あらためて、いろんなことを思い出したり、考えさせられる篠笛さんのエッセイです。寄稿、ありがとうございました。記念冊子は予定より遅れて、来年の3月か4月にできあがります。「コスモス」にも時にはお顔を見せてくださいね。

投稿: なっちゃん | 2011年10月17日 (月) 00時14分

久しぶりの虹の会で楽しいひとときを過ごさせて頂き本当に有難う御座いました。
思いがけず山猿さんにお会い出来篠笛様とのコンビでのユーモア溢れたお話はテレビの「笑点」メンバーに負けないくらいでしたね。自分自身はとんちもユーモアもありませんけれど、「笑点」見るのは大好きなのです。又いつか皆様にお会い出来る日を楽しみにしております。

投稿: おこわ草 | 2011年10月17日 (月) 04時47分

梅ちゃん
今度開催される時は連絡するから梅ちゃんも顔を出してよ。
体験者の話は一番参考になるんだよね。

撫子さん
山猿さんと野次喜多道中さながらの一日だったよ。
山猿さん、ふくろうさん、おこわ草さんと笛の仲間がいるのにみんなが驚いていたようだった。
笛を吹くのは無理だろうと言うことで笛を持っていかなかったことが残念だった。

山猿さん
ご苦労様でした。
皆さん山猿旋風に吹かれ驚いていたようですよ。

ベストのまりえちゃん
お久しぶり。ipadの調子は上々。
虹の会にも持って行ってみんなに見て貰ったよ。そのうちお邪魔するね。

ふくろうさん
声を掛けてくれてありがとう。
山猿さんも喜んでいたよ。
次回は笛の合奏をやろうね。

竹さん
病が取り持つ不思議な絆。大事にこの輪を広めて生きたいと思っております。

藍チャン
東大出の素敵な仲間ができたね。今度紹介してよね。
お父さん・ガン太郎・笛に感謝だね。

なっちゃん
虹の会は一緒に行ってくれる仲間が連れて行ってくれたようなものです。
行けばいったで色々勉強になりますね。
そのうちコスモスにもお邪魔したいと思います。

おこわ草さん
楽しい虹の会でした。
笑点は私も好きでよく見ています。
笛も頑張ってください。
着物素敵でしたよ。

投稿: お篠 | 2011年10月17日 (月) 07時48分

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