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2012年1月29日 (日)

高齢者・終末期医療の原則、胃ろう中止も選択肢に 学会が改定

高齢者・終末期医療の原則、胃ろう中止も選択肢に 学会が改定

(23,1,29朝日新聞)

23,1,29朝日新聞に高齢者終末期の医療について注目すべき記事が搭載いされていた。

いたずらな延命治療は拒否する旨のリビングウイルは常時携帯しているが。最期は自分で考え決めることだとはいえ色々難しそうだ。

肺がん手術の後言語障害・誤嚥など副作用に襲われ何本ものチューブにつながれ、勧められた「気管切開」を断った。それが今日に繋がっていると思うと複雑だ。

「高齢者の終末期医療とケアについて、日本老年医学会は28日、胃に管で栄養を送る胃ろうなどの人工栄養や人工呼吸器の装着は慎重に検討し、差し控えや中止も選択肢として考慮するとの「立場表明」をまとめた。最新、高度な医療をすべて注ぎこむことは必ずしも最善の選択ではないと判断した。表明の改定は11年ぶり。

 終末期医療の手続きなどを定めた法的ルールはない。この立場表明にも拘束力はないが、高齢者医療に携わる医師が治療方針を考える際の基本原則とするもの。具体的な手順などを定めたガイドライン(指針)を作る際のもとになる。

 まず、高齢者の終末期における「最善の医療およびケア」を「必ずしも最新もしくは高度の医療やケアの技術すべてを注ぎこむことを意味するものではない」と明記。高齢者の心身の特性に配慮し「残された期間の生活の質(QOL)を大切にするものだ」との考えを示した。

 その上で、高齢者が最善の医療およびケアを受ける権利の一環として「(おなかに穴を開け、管を通して水分や栄養剤を胃に送る)胃ろう造設を含む経管栄養や気管切開、人工呼吸器装着などの適用は慎重に検討されるべきだ」と指摘した。具体的には「本人の尊厳を損ねたり、苦痛が増えたりする可能性があるときは、差し控えや撤退を考慮する必要がある」と記した。」

旦取り付けてしまった

延命処置を

取り外すことは

勇気・決断・みんなの同意・・・

迷惑を掛けず・苦しまず・JBKはユメ・幻か?

苦しんで

金掛けて

迷惑掛けて

延命だけの医療に

明日はない

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コメント

苦しまず家族に迷惑をかけずに千の風になりたくて、「尊厳死の宣言書」を持ち歩いています。

投稿: 山猿 | 2012年1月29日 (日) 18時10分

管に繋がれてまで生きたくないですね。
きちんと、家族に伝えておかないと医師も困りますね。母親の死に直面したとき兄は延命を医師に願ったが姉が止めたそうです。女性の方がクールに対応するのかな~等考えました?

投稿: 梅 | 2012年1月29日 (日) 18時21分

様々の実体験者、篠さんからの終末期医療の在り方、重過ぎて心がうつろになります。が、誰もが考えなければならない大切なことですね。

午後、町内吟詠教室。いつまで続くこの寒さ。

投稿: 竹 | 2012年1月29日 (日) 19時52分

胃ろう処置をして ただ 生きているだけは 辛すぎると考えています。

元気なうちに 伝えるべきことは伝えておかないといけませんね・・・

投稿: ふくろう | 2012年1月29日 (日) 20時46分

聖路加の緩和ケアは、入る時点で、管は付けない約束をします。みんなで署名しました。それでよかったなあと、それが良かったなあと、おもっています。亡くなるときは、脳からエンドルフィンというモルヒネに似た物質が出て、けいれんや呼吸が不規則になっても苦しかったり痛かったりすることは、ないことが多いお話もしてくれました。このことは動物にも同じなので、亡くなる経過をあらかじめお伝えしておくと、みんな「先生の言った通りの順番だったから、落ち着いて最高の看取りができて良かった」と言ってくださいます。がんセンターと聖路加の日々は、教わることが多くて、父が私にだまって残してくれた財産の一つです。

投稿: 藍弥生 | 2012年1月30日 (月) 00時09分

父への延命措置は、先生のお話をよく伺った上で、しないことを選択し意識のあるまま、亡くなる数時間前まで話をしながら亡くなりました。
母は在宅で鼻腔栄養を選択しましたが、こちらは状態が良くなれば外すことを目標にしてのこと。
何度か外すことも出来ました。そんな事を繰り返しながら、それ以外の延命措置は行わず、最後のその日まで私を目で追いながら眠るように逝きました。
二人立て続け、そしてダブル看病、介護でしたが、私が倒れないように、先にダウンしてしまうことがないようにのみ、細心の注意を払いましたが、やはり十何年も続けば息切れもします。
母を看て下さった先生から、家族がダメになる前に不思議と患者さんが旅立つ、との話を聞いていました。
延命措置をお断りし、両親が自らの炎を自然と落としていくのを娘として見届けられたことは、幸せだったと今でも思っています。

投稿: 撫子 | 2012年1月30日 (月) 00時16分

あずみ野便り その29(1月29日)

今日のJBKで「延命」を考えるきっかけを与えてもらいましたが難しいテーマですね。「延命処置」の言葉の意味はわかりますが、身近での経験がないので自分の言葉でコメントが書けません。

カナコは妊娠中に胎盤剥離になり次男は帝王切開でした。1400グラムの超未熟児でとり出され直ぐに保育器に入れました。何本ものチューブにつながれ生命維持に必要な最小エネルギーで、2ヶ月間は「生きれる保証」をしてもらいました。体重が1グラムでも増えていると嬉しかったことを思い出しました。
彼はこの春二十歳になります。身長180、体重73、立派に成長出来たのは、保育器が命をつないでくれたおかげと思っています。テーマとは外れたコメントですみません。


投稿: 広津のハルキ | 2012年1月30日 (月) 06時17分

病院と家族が、より丁寧に話し合いができる為の改定文書になったのだろうと思います。
病院の方向性や、受け入れ制限の基準として、「胃ろう」の境界線の気配を感じていました。
その時の状況は様々であり、どれも一生。
即決即断を迫られる状況の中で、本人ではなく、対応する家族の心のとりまとめが必要なケースが多いことを感じます。
迷いの中の選択肢を、医者がどんな風に提供できるのか、医師個人の素養に任せていた部分を、医学界全体で、猶予ある選択の方向性を後ろ盾に示す必要が現実にあるのだろうと読みました。
「こうしてほしい」という本人の文書が一番に受け取られるので、それを記している皆さんは、意見を尊重されると思います。
メソメソ泣き虫の娘を知っている私の両親は、結局私の心が落ち着くまでの時間を、娘の判断に託してくれた逝き方でした。
両親の生き方の選択として感謝しています。
もし・・・
万一・・・
そんなことが起こっても
許してあげてねぇ~
(^-^)お願い♪

投稿: 夏海 | 2012年1月30日 (月) 10時43分


山猿さん
俺も「尊厳死の宣言書」を常時携行している。デモさ、一つの気休めかもね。
もしも山猿さんと一緒の時そんな事態になったらポケットに入っているからお願いしますね。

梅ちゃん
誰しも望むのはJBKなんだけど。思いはあっても実現は至難のようだね。
梅ちゃんの友人のTさん在宅死を選んだが、ご主人・家族に恵まれていたからできたことだよね。
もう人事ではなくなってきた。
先日紹介した石川啄木の「・・・・よせよせ問答」の歌を思い出す。

竹さん
いずれ誰にも平等にやってくる最期の締め方はなかなか簡単ではなそうですね。
取り敢えずは生きることにしましたが、どうしましょうかね。

ふくろうさん
誰しもが考えることはおんなじですね。ども、実際は様々なようですね。用意だけはしておきたいものと考えております。

藍チャン
死を前いじっと見据えて命を全うした藍チャンのお父さんの真似はなかなかできない。
聖路加の緩和病棟のベッドの上で書かれた藍チャンたちに宛てた手紙の中で人生に必要な「カキクケコ人生訓」をしっかりした字で書き残してあった。
お見舞いに伺ったとき無しつけにも人生訓の「コ」の恋をしなさい。に付いて「お父さんは・・・」と尋ねたところ否定も肯定もせず苦笑いでごまかした少年のような微笑は今でも忘れられない。
家族はみんな元気で仲良くやっている。何も心残りはない。自分がいなくなっても何も心配はない。悟りの域の人だった。あんなふうに店仕舞いができたらいいね。

撫子さん
切ない・悲しいこと思い出させてしまってゴメンね。
お父さんもお母さんも撫子さんの心の看病に感謝し満足して旅に出ていかれたんだ。
撫子さんも元気になったしご両親の分まで楽しく長生きしようね。
思い出したとき、切ないとき、悲しいことが合ったとき笛を吹いてあげようね。
みんなが一緒。一人じゃないよ。

ハルキ君
できることなら触れたくないこと。でも誰でもいつかは対峙しなければならない問題。
突き詰めていくと生と死は生まれたものには絶対切り離すことのできない問題。
最期はジジの様に逝ければ最高。
池上正太郎が何かの本で言っていた。「死を考えて生きるのは「薬味」のようなもの一味変わる。」言い回しや表現は違うかもしれない。こんな風なことを言っていてなるほどと思ったことがある。
俺もこの前緊急入院した時は10本近い管につながれた。
入院する前救急車の中で酸素をとり付けられた。
ベッドはナースステーションの一番近くで、ベッドに移されると同時に心臓の動きを計る器械があっという間に付けられナースステーションに動きが常時見られるようにセットされた。つぎは肺に穴を開けてそこから肺にチューブを差し込み固定して肺の中に溜まっていた血液を24時間抜き取るようにされた。そうされてしまうとトイレ、食事すべて寝たままでなければできない。
あの時「延命処置はいらない」なんていえないし考えてもいなかった。
もし「管」を拒否していれば今日の俺は存在していないことは間違いない。
あの時は俺も家族も死を考えた。
誰と誰に連絡するか葬式の準備をしたらしい。
こんな状態は「腎臓内血管破裂」のときも同じようだった。
こんな修羅場を幾度となくくぐって三途の川の途中から帰って、生きているわけよ。簡単には死ねない。死なない。
生きているだけで意味があると言うわけ。

投稿: お篠 | 2012年1月30日 (月) 10時50分

夏海ちゃん
貴重なコメントありがとう。
今度またゆっくり聞かせてね。
この話は実体験者の夏海ちゃんにしてもらうべきだったね。
お母さんはありがとうと言って千の風になられた。
夏海ちゃんの咄嗟のジョーク・突っ込みそして素敵な笑顔に叶うものは何もないよ。
これからもよろしくね。

投稿: お篠 | 2012年1月30日 (月) 11時32分

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