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2012年2月29日 (水)

Gセンター診察日・検査結果異常なし

Gセンター診察日・異常なし

生憎の大雪の中Gセンターへ。

自転車は駄目。傘を差して滑らないように一歩一歩注意しながらゆっくりゆっくり歩く。いつもの三倍の時間が掛かった。

それでも待合室は一杯。

検査結果異常なし

診察前の血液検査結果マーカー数値に異常なし。

「この検査結果を見る限り、前立腺がんで直ぐ死ぬことはない。脳梗塞など他の病気に注意だね」「今の薬が効かなくなっても。効かなくなった時から二年は大丈夫。雪道で転ばないように。」

一本8万1、820円の注射。

O先生にご挨拶して、5センチ以上も積もりあたり一面銀世界の雪道を恐る恐る帰る。

最悪後二年と

余命宣告されて

内分泌療法が効いたのか

五年目

もう少し生きていていいらし

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2012年2月28日 (火)

庭の仲間(冬野菜)

庭の仲間(冬野菜)

寒い寒いと言っても春はそこまで来ている。

ホウレン草、ブロッコリー,春菊などはお互い競うように成長を続け、青物野菜の高騰の影響で存在感を高めている。

冷たい風を避けて日が上がってから収穫。バーちゃんもご機嫌。

明日はGセンター診察日。なんだか雪らしい。

寒さ

跳ね除け

春告げながら

競うがごとく

冬野菜

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2012年2月27日 (月)

家で死ぬと言うこと

家で死ぬと言うこと

2月25日NHKドラマスペシャル「家で死ぬと言うこと」題名に惹かれ観てしまった。

「余命三ヶ月」と宣告された一人暮らしの老婆の生き方、終わり方。送る人送られる人の心のあり方。

娘婿が一ヶ月の休暇をとって看病に当たる。家族も必死だ。

病院を嫌いながら痛みに耐えかねて一旦は入院したものの最期は思い出の詰まった自宅で迎える。

現実はああはいかない。

このドラマを見て在宅死を選びぬいた戦友Tさんの最期を思った。

昔の日記からTさんの闘病を追ってみた。

在宅死を選んだTさん

Tさんは先生でまったく面識はなかった方。「負けてたまるか」ガンが連れてきた戦友。在宅死を選び実行した人。

Tさんには色々励まされ、教えて貰った。

篠の闘病記には欠かせない方。

在宅死を望む人は多い。

ピンコロリと逝けば問題ないが、寝たきりになって自宅で過ごすのは、一週間から10日くらいが限度、それ以上になると家族にかかる負担が多過ぎる。在宅で最期を迎えるということは思っているより大変なこと。

健康な家族(複数の)の協力なくしてできるものではない。そんなことをTさんから学んだ、

「負けてたまるか」のファン

「負けてたまるか」が出版された時各マスコミが大きく取り上げてくれた。

Tさんは多発性骨髄ガンと診断された時「負けてたまるか」を読んでくれ、私が地区センターで区の生涯学習の会で講演をしたとき、梅ちゃんと聞きにと来てくれた。

それが切っ掛けで知り合った。まさに「戦友」である。元気なうちはがん患者の会「コスモス」や「虹の会」にも顔を出していた。

講演の際習い始めの篠笛を吹いたが曲にならなかった。

彼女は「片肺で声の代わりに笛を吹こうという発想・精神がいい。その内吹けるようになりますよ」と励ましてくれた。

その後も何度かお会いする機会があった。

八幡様の寒牡丹

鎌倉の八幡様の寒牡丹を見ようと誘って梅ちゃんと3人で鎌倉に行った。

ところがその年に限ってやっていなかった。

境内を散策した後、池のほとりの茶店でお茶を飲んだ。

そのとき何曲か篠笛を吹いた。Tさんは目頭を押さえて聞いてくれた。

在宅死

Tさんは意志の強い人だった。病院で最期は迎えたくない「負けてたまるか」と、在宅死を選ばれた。最期まで自分の思いを貫き通した。

「在宅ホスピス」と簡単に口にするが、病む本人も、それより家族の心労はまた別のもの。言葉で言い尽くせない。深い愛情・真心・絆で結ばれていなければできない。

ご主人が出来た方で、部屋の全てを病人用に改良するなどあらゆるものを犠牲にしてTさんの願いを叶えてやった。なかなかできることではない。

絵手紙

彼女は絵手紙を勉強していて時々素敵な絵手紙をくれた。

彼女が寝たきりになって梅ちゃんと見舞ったときも、帰るとき「絵手紙待っているよ」と声を掛けると頷いていた。それが最期だった。

増富温泉

Tさんはラジューム含有量日本一とか言われる山梨の増富温泉にもよく足を運んでいた。

増富温泉はKちゃん、Mさんも常連だった。

篠も一時月一回3泊4日くらいの予定で通ったが、3人が相次いで千の風になってしまったのとバアチャンが体調を崩して、しばらく行っていない。

温泉の近くを流れる河原に流木で譜面台も作ってある。

体調が戻れば冷泉治療にも挑戦して見ようと思っている。

葬式の段取りも自分で

彼女は葬式・墓石など最期のことまですべて自分で段取りを決めて家族に言い残していた。残された家族はすべてその通り実現した。

一周忌

Tさんの一周忌に梅ちゃんと参列した。東急東横線K院。境内のあちこちに銀杏の実が落ちていた。

お腹を膨らませたカマキリが一匹墓石の日溜りで何処に行こうか思案していたのがなんとも印象的。

「命日は15日だが3日は結婚記念日なので和尚さんに頼んでこの日を選んだ」というご主人の挨拶で始まった。

参列者は仕事仲間のUちゃん、Tさん、Aさん、それに教え子などと親戚で、篠は異色の存在。祭壇に飾られた遺影は普段の笑顔のTさんで今にも話し掛けて来るようだった。

Tさんが可愛がっていた孫のHチャン4歳、お葬式の時はむずかっていたがすっかり成長していた。でも「死」がどんなものかは理解していなかった。Tさんが入院中見舞いに行ったのを覚えていた。

「一番好きなのは?」と問いかけると「一番好きなのはYおばあちゃんよ」と迷わず答えてくれた。この一言を是非、千の風に載せてTさんに聞かせたいと思った。

墓参り

梅チャンとお墓参りに行ったこともあったが最近はご無沙汰のまま。

体調が許せば、Kちゃん、Tさんのお墓参りに是非行きたいと思っている。ここで、改めてご冥福を祈る。

ホスピス

死は人生最後の最大事業。誰もが納得する締め括りは難しい。

最期はホスピスと決めても治療はしなくても意外に金が掛かる。治療に金を使い果たしホスピスに入る金が足りずに一般病棟で最期を迎えなくてはならなかった人もいる。

篠は、在宅介護・ゆめクリニックのT先生とQOL研究会のパネリストとしてご一緒させていただいて以来、「最期はお願いします」と予約はしてある。

JBKが叶わなかった場合、ホスピスを選ばざるをえない。

バアチャンでは一日だって無理と分かっているからだ。

何とかなるさ。果報(JBK)は寝て待て。

ドラマの主人公がトイレも自由にならなくなったとき、家族に「お家に帰りましょう」と告げられた時の嬉しそうな顔が印象的だった。

最後をあんなふうに締めくくることができたら最高だが・・・・。ドラマの中でのこと。

締めくくりはそう簡単には行かないのが現実。どうしましょう

最期と頼る

ホスピスも

入所費は高額

地獄の沙汰も金次第

意外に難しい在宅死

誰もが望む

家で死ぬ ことの

難しさを推進させる

生き方の変化と

核家族化

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2012年2月26日 (日)

撫子さん応援

撫子さん応援

今日篠笛発表会では撫子さんが亡きご両親を偲んで「青葉の笛」を演奏した。

二番目で客席のまん前に煩いのがデンと座っていてちょっと緊張したようだがしっかりと最後まで吹き切ったところは流石。

和服がまた一段と素敵だった。

今日もハム子に送ってもらった。

藍チャン夫婦、西田さんはじめ仲間が大勢応援に来ていた。一本の竹が繋ぐ絆の強さ。

スパゲティー昼食

横浜駅で山猿さん、ふくろうさん、撫子さん、春代ちゃんとスパゲティー昼食。話は色々弾み楽しかったし、美味しかった。

午後タップリ昼寝。

一本の

竹が繋ぐ

絆の強さ

冴えた音色が

天国まで

サチよ

素敵な青葉の笛

届いたよ

いい話し相手ができて安心

時々聞かせてね

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2012年2月25日 (土)

篠笛発表会

篠笛発表会

横浜能楽堂で開催。

生憎朝から冷たい雨。ハム子が会場まで送ってくれる。

本式の能舞台で演奏できるなんて夢のよう。

緊張している周りの人の音色を気にすることなく練習もタップリできた。

笛、五行歌、コメントの仲間が大勢が応援に駆けつけてくれた。

恵ちゃんも忙しい中を駆け付けてくれた。嬉しかった。

みんな「紋付袴」を褒めてくれた。「格好に負けないようにね」そんな声援を背中で受け流し落ち着き、度胸は揺れることなく顕在だったようだ。

着慣れない袴のすそが邪魔になった。特に階段の上り下りには気をつけた。

着替え室でライスさんが一人で紋付袴に着替えていた。見習わなくてはと思うが、もう手遅れ。

「竹田の子守歌」S先生と二重奏。

「上手に吹こうと思うな練習と笛を信じ、赤ちゃんを寝かせるように心で吹け。」先生の教えをもう一度言い聞かせて舞台にあがった。

心配することはなかった意外とつつがなく終了。でも流石に疲れた。

ご声援してくださって皆様ありがとうございました。

上手に吹こうと思うな

練習と笛を信じ

赤ちゃんを寝かせるように

心で

訴えよ

明日は撫子さんの応援。

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2012年2月24日 (金)

和ちゃん来訪・篠笛練習・白足袋

和ちゃん来訪

和ちゃんが、暇ができたから。とひょっこり顔を出した。

PCで分からないところを何箇所か教えてもらう。

でもお友達と昼食の約束があるからと直ぐ帰ってしまった。

ハルキ君のところへの添付をやってもらう。

純ちゃんの息子さんがパリーで働いているらしい。パリーに行ったら寄ってと言っているよ。と純ちゃんから送られたファックスを渡した。

藍チャン、市橋画伯が載っている朝日新聞を見せると凄い著名人の方たちとなぜ知り合いなの?と聞かれ「笛の仲間だよ」と言うと驚いていた。

篠笛練習

なんだかんだと言ってもいよいよ発表会は明日。最後の練習をしてみた。

もう運を天に任せるしかない。度胸と心臓が頼り。

朝着付けやさんが来て、ハム子が送ってくれることになっている。

白足袋

明日は雨らしい。家から着物で出掛けるとすると白足袋の予備があった方がいい。昨日先生からそんなアドバイスを戴いた。家には一足しかなかった。自転車で買いに出かける。なかなか売っている店がなかった。あちこち探し回って昔呉服店をやっていた店を探しあてようやく買うことができた。

練習をいくらやっても

合格点は出てこない

本番前の練習はほどほどに

先生のアドバイスが

逃げ道

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2012年2月23日 (木)

都立大前篠笛教室・美味しいソバ発見

都立大前篠笛教室

生憎の雨の中、25日の発表を控え都立大前の豪邸で篠笛特別教室。S先生が来られて特別舞台を想定して手取り足取りで指導してくださった。

「竹田の子守唄二重奏」「ゆっくりゆっくり、寝ている赤ちゃんを起こさないように・・・」そんなご指導だった。

美味しいソバ発見

撫子さんのところに最近投げ込まれたチラシを見て行ってみた。民家を改築した古風なお蕎麦屋さん「衾(ふすま)」。衾はここの古い地名だそうだ。

駅からちょっと遠いが一度いけば忘れられない味。

酒のつまみもおそばも格別美味しかった。また行ってみたくなる店だった。

先生ありがとうございました。撫子さんお世話になりました。

子守唄

寝ている赤ん坊の

眼を覚まさないように

ゆっくり ゆっくり寝息に合わせて 

それが極意

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2012年2月22日 (水)

眼圧23・25・和ちゃんとデイト・暗譜?

眼圧23・25

眼がしょぼしょぼするし薬もなくなってきたので掛かり付けの眼科へ。

眼圧が23・25で(前回は18だった)医師が驚いていた。

今日から薬を強いのに替えてくれた。また来週行く事になった。

寝不足、PCのやリ過ぎ?

PCを新しくして夢中になり過ぎたのがいけなかったのかもしれない。それだといいが・・・・。

和ちゃんとデイト

和ちゃんが就職前にフランス旅行に行く計画中と聞いて三悠会副長が壮行会をやってくれた。

伊勢佐木町の行きつけのおすし屋さん。和ちゃん小遣いも貰ってご機嫌。

「就職してしまえば海外旅行なんてできないからね」と言うのが旅行の理由。

母親にかなり借金をしているらしい。

暗譜?

発表会が迫ってきて暗譜で吹いてみる。覚えたつもりがところどころ度忘れしているところがあって慌てる。本番でそうなればそうなった時・・・。と覚悟を決める。

明日は撫子さん宅で最後のお稽古。

今朝は朝刊を見てから寝込んでしまってカーネーションを見損なってしまった。早くは発表会が終ればいいと願う。

認知症かな?

気になる

忘れたことさえ

忘れる

物忘れ

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2012年2月21日 (火)

光母子殺害事件、元少年の死刑確定・時間にルーズな奴

光母子殺害事件、元少年の死刑確定へ上告棄却

 

山口県光市

で1999年に母子2人が殺害された事件で、殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪に問われ、二審で無期懲役となった。差し戻し後の控訴審で死刑となった元会社員大月孝行被告(30)(犯行時18歳1か月)について、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は20日、被告の上告を棄却する判決を言い渡した。死刑が確定した。

この裁判を通じて、従来被疑者の人権ばかりに重きを置いていた観があった裁判に(被害者の権利)が大きく取り入れられるようになった。

死刑確定の裁判結果を、「この裁判に勝者はいない。殺されたものは生き返ってこない二度とこうした事件が起こらないように祈る」

と感想を述べていた、突然幸せを奪われた、被害者の夫の言葉は重い。

時間にルーズな奴

ある銀行員から取引変更内容手続きの説明に午前中伺う。と連絡があった。12時回っても現れない。聞き間違いかと思って昼食を食べ始めた。

12時8分チャイムが鳴った。

遅れた理由の説明もなければ謝罪もない。いきなり話を始めようとした。午後人と会う予定があったので今日もお帰り願った。

この銀行去年の暮れにも同じようなことがあった。その時も午前中に伺います・と言うことだった。きたのは11時55分。挨拶が(間に合った)で頭にきてお帰り願った。それを思い出した。

携帯電話は何のために持っているのか。始から年寄りを馬鹿にしているのか?と思った。

「時間にルーズな奴を信用するな」

先輩に教わった教えは大切にしなければね。

こんな社員でも銀行は儲かっている。不思議だ。

犯人が

逮捕されても

あの子は帰ってこない

仏前に報告に行った際

複雑な表情だった両親を想う

少年(18歳未満)は

人を殺しても

死刑にならない

だからやった

そんな言い訳を許してはならない

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2012年2月20日 (月)

庭作業・スポーツセンター・戦友

庭作業

ホウレン草・ブロッコリー収穫

青物野菜がなくなってきたよ。バーちゃんの注文で、ホウレン草・ブロッコリー収穫。ついでに目に付いた雑草採り。

中腰作業で長くは禁物。ほどほどで切り上げる。

スポーツセンター

風もなく穏やかなお天気。久しぶりスポーツセンターへ。

水中歩行を中心に90分。さっぱりした。

寒さのせいかがらがらゆっくりジャグジーで手の痺れ対策のマッサージができた。

戦友から元気を戴く

散歩仲間のOさん「畑にも姿が見えないしここにも来られないので心配していましたよ。と話し掛けてくれた。

彼の精神力には教えられる。

末さんと同じ病で話を聞くと末さんより容態は悪いようだった。

プールの中の彼には病の影はまったく感じられない。彼を見ていると気力は体力・免疫力を高めることを教えられる。

笛の練習

いよいよ発表会が迫ってきた。少し練習。

一箇所忘れていたところを発見。

異常気象を

乗り越えて

いつもより甘みを増して

エールをくれる

冬野菜

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2012年2月19日 (日)

雪割り草の目覚め

雪割り草の目覚め

2月も半ばを過ぎたことを感じたのだろう。風もあって寒さは身に沁みる。

その中で寒さを押しのけて雪割り草が幾鉢か花芽を動かし始めた。

一つ咲き出すと釣られたようにあちこちの鉢で動きを見せる。

雪割り草は夏場の水遣りに失敗して大分枯らせてしまった。

花は去年より若干遅い感じ。満開になるのは3月半ば過ぎだろう。

実生苗の苗がどんな花を咲かせるか楽しみ。

もう寒いなんて言っていられない。日に何度も足を運ぶ。

咲き出した金のなる木の花が寒いのか後が続いて咲いてこない。

寒いなんて贅沢だよ

霜柱に脅かされながら

終日頑張っているのよ

春告げる 

花たちの厳しい眼差し

バーちゃんとが久しぶりピザが食べたいと言い出し行きつけの店でピザ夕食。

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2012年2月18日 (土)

天皇陛下の心臓手術、無事終了・恵ちゃんと世界ラン展

天皇陛下の心臓手術、無事終了

 東大病院(

東京都文京区

)で18日午前から行われた天皇陛下の心臓の冠動脈バイパス手術は同日午後、無事終了した。

恵ちゃんと世界ラン展

恵ちゃんのお誘いで東京ドームで今日から(26日まで)開催の世界ラン展へ。後楽園駅改札口で待ち合わせ。東京駅で丸の内線乗り換えに迷って少し遅刻。

あの子ももうジジは後がないかもしれないという思いがあってジジとの想い出造りの意味合いを含めているような気がした。

何時行っても花の世界は格別。

混雑でゆっくり花を見ることもできなかった。少し歩いてもう人混みで疲れてしまった。

長い階段は手摺もなく結構きつかったが(危ないから)と恵ちゃんが手を貸してくれて助かった。

想い出にパティオの仲間を一鉢買ってしまった。ドーム二階でホテルのランチバイキング昼食。

化粧品

恵ちゃんから手造りのバレンタインのケーキを貰う。お返しに何か買ってやろうとすると「私は枯らしてしまうから花が可哀そうだよ」(それより化粧品が欲しい)と言う。

帰り新宿高島屋へ。女性が化ける道具は一つや二つではないことが分かった。その値段にびくり。でもたまのことだし孫とのデイトができたことだし文句は言えない。

電車の中で鉢を見ているとソバにいた人が(素敵な花ですね)と褒めてくれた。これで満足。

ジイチャン

楽しかったね

来年も また来ようね

別れの挨拶

メロメロ

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2012年2月17日 (金)

デカ頭総会(山椒会

デカ頭総会(山椒会)

横浜西口ホテルK。デカ出身者で一応組織のトップになったものたちの会の総会。今や会員77名。本日出席者25名。最高齢者。

苦労をともにしたものたちがたまに集まって昔話をしようという趣旨の集まり。会の創設に携わった。(桶さんは千の風に、山ちゃん、相チャンは病気)

デカ経験者で頭になった者。で入会は会員の推薦と全員賛成が条件。

好き嫌いがあって全員賛成が厳しかったが最近は緩やかになってしまったようだ。新しい人で名前も顔も分からない人が多くなった。

乾杯の音頭

乾杯の音頭を指名され(山椒会)の由来について一くさり。

会の名前のゆかりを知らない人が多かった。

M銀行人質立てこもり強盗事件捜査従事者と隣り合わせ

抽選でAテーブルとなった。隣の席のUさん(現大学教授)は私が一課長になって初めての大きな事件M銀行人質立てこもり強盗事件の際裏口ドアー前で一緒に犯人説得に当たった人だと分かった。これまで話をしたこともなかった。

あちこちで色々の思い出話を聞かされた。

時間はあっという間に過ぎた。外は冷たい雨が降っていた。明朝は雪に変わるらしい。ホテル前でタクシーを拾った。

怖くてそばに近付けなかった

と言いながら

お酌をしていく人の

顔も名前も思い出せない

退職して25年時の流れとボケ進行か

年毎に減っていく

仲間

人混みの中の

孤独は

切なく 寂しい

相談二件

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2012年2月16日 (木)

篠笛個人レッスン・声の代走者

篠笛個人レッスン

サンハート篠笛個人レッスンの日。外は相変わらず寒く午後ちょっと粉雪が舞ったが止んでくれた。大事をとって自転車をやめバスにした。

日日を一日勘違いしていてバーちゃんに言われて気が付き遅刻しないで済んだ。そんなわけで練習不足。

発表曲「竹田の子守唄ニ重唱」みっちり教えていただく。

「まだ早いね。寝ている子の眼を覚まさないようにゆっくりゆっくりね」そんなご指摘を受けた。

声の代走者

肺がん手術の際失った声の代走者に篠笛を選んで10年。

いい先生に恵まれたことが幸いした。

薬の副作用か、老化か手の痺れで音色がかすれることがあるが、何とか代走者の役目を果たしてくれるようになって来た。

仲間も増えて今一つの生き甲斐となって命を繋いでいてくれる。

25日横浜能舞台で先生とニ重唱いい思い出になることだろう。

命の代償に

失われた声

声の代走者に選んだ篠笛が

千の風になった人との

連絡役となって命を繋ぐ

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2012年2月15日 (水)

五行歌横浜水曜歌会

今晩はJBKコメント衆の活躍が目立った。藍チャン、ライスさんが出席歌同点第一席、撫子さんが第二席だった。

お三方おめでとうございました。

寒いがもうこの先何度も出席できないかもしれない。足腰が言うことを利くうちにと終ってからの狸小路も魅力の一つで腰を上げた。

出席歌同点第一席 藍チャンこと藍弥生作

後味で

勝負!

仕事も

恋も

人生も

出席歌同点第一席 ライスさんこと米沢節郎作

還暦の

人を

若いと

感じる

年齢になり

出席歌同点第二席 撫子さんこと岡田幸子作

掌に掬った

銀世界

丸めてみれば

キュキュっと

笑う雪だるま

篠の歌はもう一歩及ばなかった。でも善戦した。

取って置きの夢

癌細胞

焼き殺すような

アッツアツの

最近JBKにコメントを書き込んでくれるようになった甥のハルキ君から「ブログを拝見すると叔父さんは女性ファンが多いようだけど、大丈夫なの?。

人間て幾つになってもその気は続くもんですか」ちょっと失礼な質問があった。

()には色々の形があるのよ。心の中では熱烈な恋をしてみたいと言う願望はあるよ。でもさ、枯れた老人の恋は夢の中や心の中でひそかに思うもの。幾つになってもそうした気持ちを持ち続けることが長生きの秘訣さ。とやり取りした時の歌。

好きな人を好きという気持ちは心の中に大切にしまったまま逝きたい。

狸小路

ライスさんが一席入選のお祝い会。狸小路に山猿さんライスさんを誘ってささやかに軽く乾杯。

八十になって

甥と

弾む話題が

燃える恋

これぞ

長寿の泉

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2012年2月14日 (火)

納得して逝ったのだろうか

納得して逝ったのだろうか

昨日がん患者の治療後を記事にした。

二人に一人ががん患者になる時代、いろんな反響があった。

深刻なのは藍チャンの知り合いの方のように働き盛りの人の場合だ。職を失うことは本人だけでなく家族全員の生活が掛かっている。

同じ状態で千の風になったSさんが蘇った。一度紹介したことがあるかもしれないが。

「友人ががん治療後職場復帰を躊躇し家でぶらぶらしている。話し相手になってくれないか」飲み仲間からそんな相談を受けた。仕事も違うし面識はなかったが会って話を聞いた。

彼は四十七歳県警の中堅幹部だった。すい臓癌が発見された時、既に肺に転移していて手術不能の状態だった。大学病院に十か月入院して抗がん剤・放射線治療を許容量以上受けたが、髪の毛が抜け替わっただけ、癌は消えなかった。

病院では「これ以上やることはない。後は本人の免疫力が勝負。最悪の場合数か月」「家に帰って死を待て」それに等しい、事務的な医師の心ない、冷たい余命告知に逃げ出した。治る見込みのない患者は診捨てられる。

職場にも病院から同じ通知が行っているだろう。家に帰ってもやることはない。悶々と過ごすだけ。と言う状態だと発病からそのときまでの経緯を淡々と要領よく話してくれた。

自分の机がなかった

「家でぶらぶらしていても、癌は休んでくれない。このまま黙ってお迎えを待つより、仕事に戻ったらどうか」俺の話に納得して出勤して行った彼から深刻な電話があった。

「先輩から励まされ、思い切って出勤すると私の机に見知らぬ人が座っていた。私の座るところがなかった。私の突然の出勤に驚いた職場では急遽机を用意してくれた」

「重要なポストだから長く空席にして置く訳にいかなかったのだ」

かつて自分が同じような経験をしたとき、友人から宥められた言葉をそのまま伝えた。

開き直った彼はそのまま職場復帰し、余命数か月と告知した医師が驚くほど影が縮小し元気に勤め続けた。

奥さんと一緒に旅行先の土産物を家まで届けてくれたりしていた。

 病は眠った振りをしていただけ、徐々に彼の体内で勢力を伸ばしていた。復帰二年目再び骨盤に再発した。職場近くの病院に転院し保険の効かない免疫療法を受けた。高額治療も効果はなかった。二年三か月目、千の風になった。四十七歳だった。柔道選手で礼儀正しいいい人だった。

納得した最期?

「数か月と言われた命を、希望を持って二年三か月生き延び、私たちには掛け替えのない日々でした。旅行や田舎の人達との対話など、よい思い出もいっぱいできました。欲を言えば切りがありません。納得して逝きました」

 葬儀場で、慰めようとした奥さんから逆に慰められた。

亡くなられる数日前見舞った。「先輩を見習って元気になってもう一度制服を着たい」カーテンを閉め切ったベッドで握手をしながらつぶやいた彼の言葉が今も忘れられない。

本当に彼は納得して旅に出たのだろうか。               

諦めを

先に歩かせないで

明日に向かって

今日一日を

楽しく生きてみようよ

退院して出勤すると

自分の机がなかった

復帰を喜んでくれた

仲間の言葉が

虚しく追い掛けてきた

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2012年2月13日 (月)

がん患者の治療後

がん患者の治療後

朝方軽い眩暈と吐き気に襲われ大事をとってベッドに終日避難。

寝てばかりいられないTVチャンネルを回しているとNHKローカル特報首都圏で鳥越俊太郎ががん治療後の患者の生き方、職場との関係を語っていた。

一度ガンに取り付かれると治療して元気を取戻しても元の職場へ戻ることはかなり難しいのが現実らしい。

治療方法もすすんでいるのに今だ(ガンイコール死)と考えてしまう風潮が強いようだ。今二人に一人ががん患者になる時代。

患者自身がガンに「負けてたまるか」と逃げないで闘うことを諦めないこと。

職場・医療関係者・家族・患者会など社会全体が患者を支え一緒になって闘わなければ勝ち目はなさそう。

(

ガンは人を選ばない。平等にやってくる。)だからみんなで闘おう。

彼が語った結びの言葉は印象的だった。

二度までも余命宣告され13回も入院しながら生き長らえている俺はまさに奇跡・不思議・幸運の繋ぎ合わせの賜物だった。今生きていられるのは諦めなかったことと、大勢の人の励まし・支えがあったからだと痛感したしだい。

残された命を大事に生き抜くことがご恩返しへの道だろう。

ガンは対象を選ばず

平等に突然やってくる

二人に一人がん患者

逃げないでみんなで闘おう

それが生きる道

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2012年2月12日 (日)

ハム子と園芸店・「冬紫陽花」・信州辛味大根ソバ

ハム子と園芸店

25パーセントオフの広告が入っていたよ。お天気もいいし行ってみよううよ」ハム子からお誘いの電話。ベッドに馴染んだ重い腰を上げる。

畑・植え替え用の腐葉土、牛糞、鶏糞、クド石灰、薫炭などを購入。ハム子も同じようなものを購入。

帰ってから畑の仲間に寒肥をタップリ施肥。

新しい仲間「冬紫陽花」

園内を回っていると今の時期珍しい純白の山紫陽花が飛び込んできた。

この時期咲いてくれない紫陽花に見入ってしまった。

「冬紫陽花の新種」

新種で育て方は難しいかもしれないが眼が会ってしまった以上仲間に入れることにした。

もう一鉢ピンクの桜草の仲間(プリムラアクエリアス)の小鉢も添えた。

(プリムラアクエリアス)の鉢は手のひらに載るサイズ。寒さに弱いと言う説明書にしたがって、PC前の空間に置くことにした。

話し相手が増えた。花が一鉢あるだけで部屋全体が和む。

信州辛味大根ソバ

お昼は和ちゃんも誘って和ちゃんの希望で行き付けののお蕎麦屋さんで俺はお決まりの「信州辛味大根ソバ」で昼食。(ここのおそばはおいしいね)和ちゃんがいうように本当にうまい。

旧厚木街道を大和に向かって三ツ境駅の先、二ツ橋交差点を左折50メートルくらいの右側平屋の目に付かないそばや「あらき」。駐車場は店の前に3台くらい。月曜火曜が定休日。

25パーセントオフ

広告に釣られて

思わぬ

買い物

財布は空っぽ

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2012年2月11日 (土)

春告げる庭の仲間たち

春を告げる庭の仲間たち

寒い日が続いている。風邪をこじらせてはいけないと思うから外に出るのが億劫になってしまった。

それでもチョッコッと庭に出てみると、ブロッコリーは大きくなっているし、大文字草の新芽が伸びている。気が早い雪割り草はあたりの様子を伺うように可愛い花を開き始めている。

雑草はもう完全に春の様相を見せ大きくなっている。今だとそんなに苦労しなくても抜くことができる。霜柱が残っているところを避けて、少しやりかけたが、やりだすと切がないので中止。

寝てばかりいるから記事のネタもない毎日更新の悩み。

こういう時庭の仲間たちが助け舟を出してくれる。

寝てなんかいられないよ

もう立春過ぎたんだよ

出て来て

色々なお話聞かせてよと

庭の仲間たち

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2012年2月10日 (金)

クリニックへ

クリニックへ

先日行きつけのクリニックで調合していただいた薬(抗生物質)は3日分しかなかった。

その際連休に入る前に診察を受けるように、医師の指示があった。

咳やくしゃみが出なくなったお礼を兼ねてクリニックへ。

NHKのカーネーションを見てから寒風を押し切って自転車で一っ走りしたお陰で順番は一番。喉の腫れも落ち着いたらしい。

念のため痰きりの薬を5日分出してもらう。

昔は一日寝るともとに戻ったものだったが、年は争えない。

25日の発表会までには完璧にしておきたい。

庭の中仲間たちが気にならないわけではないが今日一日安静に努めることにした。

お迎えはいつ来てもいいや

と大見得切ってみたものの

丈夫で幕引きには

いつでも相談できる

ドクターが不可欠

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2012年2月 9日 (木)

篠笛個人レッスン・ハム子からオヤキの差し入れ

篠笛個人レッスン

発表会が近くなってきたのに風邪なんか背負い込んで咳が邪魔をして笛が吹けない。

ベッドで過ごす時間を多くしているせいか、熱は下がり咳も少なくなってきた。クシャミもしなくなったので先生にご迷惑をお掛けしないだろうと判断出席。

発表曲「竹田の子守唄」を先生と二重奏で教えていただく。

心配していた暗譜はマアマアだった。

かなり意識して遅めに吹いたつもりだったが、まだまだ早いとご指摘。後は背負っている赤ん坊が眼を覚まさないようにゆっくりの練習。

色々と

言い訳しなくても

練習をしたか しないかは

音色が

教えてくれる

ハム子からオヤキの差し入れ

「風邪で寝込んでばかりいると元気が出ないよ。オヤキ造ったから広津のおばあちゃんを思い出して元気になってよ。」

とハム子が野沢菜のオヤキを差し入れてくれた。

小さい時田舎に行くとバーちゃんが囲炉裏の脇でオヤキを造ってくれた。

珍しい光景でハム子はそばに座ってみていた。バーちゃんは御伽噺や俺の小さい時のエピソードなどを聞かせていた。

粉はじっくり捏ねて耳たぼ位の硬さがいいよ。と、オヤキの造り方などわかりやすく教えていた。それを思い出しては時々造って持ってきてくれる。

ハム子が造ったオヤキはおバーちゃんの味がする。

干し柿

かんぴょう

野沢菜オヤキ

かあさんの涙が滲んでいた

安曇野土産

皮の硬さは

耳たぼ程度

オフクロが

孫に教えた

オヤキの秘伝

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2012年2月 8日 (水)

PC少し同調の兆し・五行歌

PC少し同調の兆し。

PCと遊び過ぎたからだろう。眼が疲れ肩こりが酷くなり、風邪までしょってしまった。

二日ほど使いこなした古いデスクトップにして、新しいPCに触るのを休んでみた。

お陰で眼の疲れは大分よくなった。薬が効いたようで熱も下がってきた。

風が冷たくて庭作業は中止して二日ぶり新しいPCに触れてみた。

完全に使いこなすまでにはまだまだだが少しずつ同調の兆しが見えてきた。

何事も焦らず、ホドホドが大切。

五行歌提出

五行歌の横浜水曜歌会、ハマ風投稿歌姉の分と一緒に送信。

毎日更新しているJBKにその時々の五行歌を添付すようになった。それも褒めてくださる方もあって、何でもかんでも五行にして続けている。

何気なく目の前に見える風景をさらりと詠めば五行に纏められる時がある。

なぜか、歌会やハマ風投稿歌となると迷ってしまう。

便利さは抜群

うそ・誤魔化しが効かない

余分な気遣いは無用

正確な操作だけが

PCと付き合いのコツ

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2012年2月 7日 (火)

風邪?クリニック

風邪?クリニック

ここ二~三日のどが痛み咳が出る。たいしたことがないので放っておいたが一向に治る気配がない。

「年寄りは早め早めに医者に診てもらった方がいいよ。悪い風邪も流行っているようだから」

とバーちゃんに急かされ雨の中自転車も乗れないから歩いて近くのクリニックへ。

熱は37,1分。ちょっとだるかったのは熱のせいで、風邪らしい。

肺炎にならないように用心のため抗生物質を少し飲んだ方がよいとの診断。家で昼寝。

大事をとった明日予定されていた火付盗賊改役の役員会は欠席することにした。

一つにも

もしや

再発かと

思う切なさ

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2012年2月 6日 (月)

散歩再開・

散歩再開

続けていた早朝散歩体調不良を理由にしばらくベッド就寝に切り替えた。

先日、脳ドックの結果脳に異常がないことが判明した。

足のふらつきは脳ではなく運動不足と自己診断。寒い朝を昼間に変更して近間の散歩から開始することにした。

太陽が雲隠れしたまま風は冷たい。

出発したものの途中で雨が降り出して早目に切り上げる。前途多難の予感。

この雨で春に一歩近付いてくれればいいが。

時間をもてあまし仕方なく国会中継。腹が立つだけ。

金のなる木の花が一つ二つと咲き出した。

元気になってよかったね

笑顔で

一声掛け追い抜いていく

遥かに年上の

散歩仲間

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2012年2月 5日 (日)

畑作業・ブロッコリー・ホウレン草収穫

畑作業・ブロッコリー・ホウレン草収穫

お日様がかくれんぼ、気温は上がらず「寒い」

上の畑のバケツに張った氷は積み重なって2センチほどの厚さになってしまった。地面に這わせてあるホースはコチコチに凍ってしまっている。水遣りは困難。

そんな寒さを跳ね除けてホウレン草が伸びて間引きをしてやった。

凍っていることもあっててなかなか抜けないほど紅い根が張っていた。

葉を伸ばして根元を保護し霜や寒さから守っている。根は赤みを帯びて深く伸び進み甘さを蓄えていく。でも寒さの影響で成長は遅い。寒さを凌いだホウレン草は一段と甘みを増していく。

ブロッコリーも一緒に収穫

「野菜が高くて手が出なかったのよ」

バーちゃんは大喜び。

2月終わりころから3月になるとじゃんじゃん収穫できそう。乞うご期待。

さやえんどうも網に手を伸ばし始めた。

みんなにクド石灰など寒肥を少しずつ施肥。

雪割り草も蕾が増えてきた。大文字草も枯葉を押しのけて可愛い芽が大きくなってきたのがはっきり分かるようになってきた。

庭はこれからが楽しみ。昨日暖房のきき過ぎたところに長くいたせいか喉が痛むが、寝てなんかいられない。

異常気象の影響か

野菜高騰

消費税値上げの追い討ち

庶民の家計は火の車

「負けるな頑張れ」と庭野菜

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2012年2月 4日 (土)

PCの反乱続く・恵・和ちゃん誕生会

PCの反乱続く

新しくノートPCを買った。電気店で設定をすべてやってもらった。

店のカウンターでは順調に動いたのが、家に帰って起動させると、うんともすんとも言うことを聞かない。

これまで使っていたデスクトップまでが動かない。JBKの更新もできない。

Ipadは言うことをきいてくれたので昨日のコメントは全てipadの世話になった。

夜が明けるのを待って、OCNのサービスセンターなどに問い合わせてみた。

原因が判明した。

「パスワードを入力しなさい」と表示が出て打ち込んだとき「つ」を

TSU}と打たずに「TU」と打ち込んでしまっていた。字は細かいし慣れないローマ字でこの間違いに気が付くまで往生した。

新しいPCを使いこなすまでには時間が掛かりそうだ。

眼にも悪いしこの辺でPCは卒業しろと言うシグナルかもしれない。

恵・和ちゃん誕生会

三悠会副会長主催の恵・和ちゃんの誕生会をかねた夕食会。

西口のイタリアンレストラン。シェ・フルール。

あわびの踊りヤキが絶品だった。

ハム子の差し入れ

副会長にお世話になるからとハム子がお赤飯とケーキを作って持ってきてくれた。

ジイちゃん

曾孫の子守してもらうんだから

長生きしてね

そんな一言に

無条件降参

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2012年2月 3日 (金)

鶴ヶ峰篠笛を楽しみま専科・PC買い替え

鶴ヶ峰篠笛を楽しみま専科

寒いせいか欠席者多く出席者5名。

Fさんから嬉しい報告があった。

「古い友人を見舞った際元気を出せよ。と枕元で篠笛を吹いたところ(俺がもしもの時は笛を吹いてくれ)と頼まれ承諾。不思議なことにその直後に亡くなられた。

奥さんから(家は無宗教だからお坊さんは呼ばない。夫と約束だから笛を吹いてもらいたい)と依頼された。

偲ぶ会には200人もの人が集まった。その中で「荒城の月」を吹奏し弔辞もやった。みんなが感動してくれた。笛をやっていてよかったとしみじみ思った。

鬼さんから(音が抜ける)と再三指摘されてきた。前回ライスさんからちょっとしたアドバイスを受け、その練習をしたところ自分でも分かるようないい音色が出るようになった。」

今日の音色はまったくこれまでとは別人が吹いているような素晴らしかった。思わずみんなが拍手を送った。

他にも持ち歌を披露したがみな素敵な音色だった。

謹んで故人のご冥福をお祈りする。

PC買い替え

ハルキ君とコメントのやり取りをするようになったが、ハルキ君から送信されてくる添付書類が開けられない。

受信器械がハルキ君より古いのが原因と分かった。電子機器の開発は進んでいて二年経つと噛みあわなくなるらしい。

古機器(XP)から新機器(7)に送信したものは接続できるが、新機器から古機器に送信した添付書類などは開示できないらしい。

ハルキ君とのやり取りは激しくなることが予想されることからこの際最新式のノートPCと買い換えた。

買い換えたまではよかったが、インターネット接続には古いPC購入時に入力した認証IDと認証パスワードなどが必要と言われた。探してもどこにも見当たらない。身辺整理・整理で必要なものまで廃棄してしまっていた。NTTに紹介したが、これがいい加減で必要事項の回答書類が手元にとどまで三週間も掛かった。

ベストの彼女(まりえちゃん)が、接続・立ち上げに失敗するといけないから書類が届いた時持っていらっしゃい。との親切な指示。

一昨日漸く書類が届き今日PCを持ち込み入力してもらいようやくインターネットと接続できた。

これですべてかOKと思っていたがそれが間違い、新しいソフトなどが組み込まれていてまったく思うように動いてくれない。

後は機械の操作を覚え慣れるだけ。何事も挑戦。笛の発表会も近付いてきた。寝てなんかいられない。忙しくなってきた

最新式と言われた

高い買い物も

二年が寿命とは

八十年動き続けた

俺はノーベル賞

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2012年2月 2日 (木)

シミドウ篠笛教室。

シミドウ篠笛教室は、藍チャン夫妻が仲間で、シミドウの休診日の午後診察室を開放していただいて笛を愛する仲間が集まる素敵な会。

一応まとめ役として世話人代表になっている。

特徴は教本に沿って指導していくと言うのではなく、それぞれが自分が好きな歌を選んで練習し、持ち歌にしてみんなに披露して講評し合う、切磋琢磨の会である。

練習をしたかしないかは音色が教えてくれる。みんなの前で吹くということがいい刺激になっているようだ。

練習終了後持ち寄ったお菓子を摘みながらのお茶会がまた和気藹々で楽しい。

今日はお茶会の代わりに玄米食会食となった。

笛に興味のある方は誰でも参加は自由。

初心者は世話人の院長さんが隣の診察室で親切に音出しから指導してくれる。

自然食昼食会

今日は篠笛練習の前に藍チャンの知り合いの自然食レストラン()で自然食会食となった。

いつもの集合場所の駅からナンコーさんの車に山猿さん、撫子さん、ふくろうさんと同乗させてもらう。

ナンコー-さんには帰りも面倒見てもらう。ありがとうございました。

「更」は普通の住宅をそのまま客席にしたこじんまりとした店。

五行歌仲間のOさんが発見して藍チャンに紹介したらしい。Oさんも前掛けを掛けて手伝っていた。店長さん始皆さん素人なのがいい。

玄米食におかずは全部野菜で肉類は一切なし。まさに年寄りむき。

料理も美味しかった。最後初めて飲むタンポポコーヒーは健康にいいらしい。

持ち歌発表

店にいたお客さんの了解を取ってその場を篠笛教室として藍チャンの司会で練習開始。

音出し替わりに「さくら」「荒城の月」を合奏した後それぞれが持ち歌披露。場所が変わったせいなのか普段の音色が出てこない人もいた。

事件小話

参加者のうち3名が元デカと分かって店のお客さんの若夫婦までが「本物のデカの話を聞きたい」と所望され少しおしゃべり。

美味しかった、楽しかった。

明日は鶴ヶ峰篠笛教室。

好みの歌を

吹き競い

笛が

広める

音色の絆

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2012年2月 1日 (水)

春の伝達・蕗の薹

春の伝達・蕗の薹

今年も一ヶ月アッという間に終ってしまった。

ハルキ君の安曇野便りに刺激されて久しぶり畑の様子を見て回った。北風が強く外には長くはいられない。

日当たりのいいところの落ち葉を掻き退けてみると、霜柱を押しのけて蕗の薹がチョコッと顔を覗かせていた。

この蕗の薹の元祖は俺が家を建てたとき、カーさんが村のお宮様の横から戴いてきて「ご利益があるよ。庭の隅に植えておきな」と持たせてくれたもの。

信濃路の蕗の薹は降り積もった雪に守られて春早々に芽を出す。

蕗は根が深く延びて他の作物の邪魔になる。これまでに狭い畑の中を何回か移植してきたが生き続け、毎年春安曇野の香りを届けてくれている。

蕗の薹と蕗と二回楽しませてくれる。

蕗の薹を見るたび根っこの泥を落とさないように新聞紙に包んでくれたカーさんを思い出す。

梅・桜・桃の花芽はまだ硬いが。棚では雪割り草がピンクの蕾を覗かせている。

安曇野は雪らしい。

気かや

こっちはみんな

仲良くやってるよ

カーさんの便りを載せて

蕗の薹

春の

伝達を

競うがごとく

雪割り草と

蕗の薹

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