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2012年2月27日 (月)

家で死ぬと言うこと

家で死ぬと言うこと

2月25日NHKドラマスペシャル「家で死ぬと言うこと」題名に惹かれ観てしまった。

「余命三ヶ月」と宣告された一人暮らしの老婆の生き方、終わり方。送る人送られる人の心のあり方。

娘婿が一ヶ月の休暇をとって看病に当たる。家族も必死だ。

病院を嫌いながら痛みに耐えかねて一旦は入院したものの最期は思い出の詰まった自宅で迎える。

現実はああはいかない。

このドラマを見て在宅死を選びぬいた戦友Tさんの最期を思った。

昔の日記からTさんの闘病を追ってみた。

在宅死を選んだTさん

Tさんは先生でまったく面識はなかった方。「負けてたまるか」ガンが連れてきた戦友。在宅死を選び実行した人。

Tさんには色々励まされ、教えて貰った。

篠の闘病記には欠かせない方。

在宅死を望む人は多い。

ピンコロリと逝けば問題ないが、寝たきりになって自宅で過ごすのは、一週間から10日くらいが限度、それ以上になると家族にかかる負担が多過ぎる。在宅で最期を迎えるということは思っているより大変なこと。

健康な家族(複数の)の協力なくしてできるものではない。そんなことをTさんから学んだ、

「負けてたまるか」のファン

「負けてたまるか」が出版された時各マスコミが大きく取り上げてくれた。

Tさんは多発性骨髄ガンと診断された時「負けてたまるか」を読んでくれ、私が地区センターで区の生涯学習の会で講演をしたとき、梅ちゃんと聞きにと来てくれた。

それが切っ掛けで知り合った。まさに「戦友」である。元気なうちはがん患者の会「コスモス」や「虹の会」にも顔を出していた。

講演の際習い始めの篠笛を吹いたが曲にならなかった。

彼女は「片肺で声の代わりに笛を吹こうという発想・精神がいい。その内吹けるようになりますよ」と励ましてくれた。

その後も何度かお会いする機会があった。

八幡様の寒牡丹

鎌倉の八幡様の寒牡丹を見ようと誘って梅ちゃんと3人で鎌倉に行った。

ところがその年に限ってやっていなかった。

境内を散策した後、池のほとりの茶店でお茶を飲んだ。

そのとき何曲か篠笛を吹いた。Tさんは目頭を押さえて聞いてくれた。

在宅死

Tさんは意志の強い人だった。病院で最期は迎えたくない「負けてたまるか」と、在宅死を選ばれた。最期まで自分の思いを貫き通した。

「在宅ホスピス」と簡単に口にするが、病む本人も、それより家族の心労はまた別のもの。言葉で言い尽くせない。深い愛情・真心・絆で結ばれていなければできない。

ご主人が出来た方で、部屋の全てを病人用に改良するなどあらゆるものを犠牲にしてTさんの願いを叶えてやった。なかなかできることではない。

絵手紙

彼女は絵手紙を勉強していて時々素敵な絵手紙をくれた。

彼女が寝たきりになって梅ちゃんと見舞ったときも、帰るとき「絵手紙待っているよ」と声を掛けると頷いていた。それが最期だった。

増富温泉

Tさんはラジューム含有量日本一とか言われる山梨の増富温泉にもよく足を運んでいた。

増富温泉はKちゃん、Mさんも常連だった。

篠も一時月一回3泊4日くらいの予定で通ったが、3人が相次いで千の風になってしまったのとバアチャンが体調を崩して、しばらく行っていない。

温泉の近くを流れる河原に流木で譜面台も作ってある。

体調が戻れば冷泉治療にも挑戦して見ようと思っている。

葬式の段取りも自分で

彼女は葬式・墓石など最期のことまですべて自分で段取りを決めて家族に言い残していた。残された家族はすべてその通り実現した。

一周忌

Tさんの一周忌に梅ちゃんと参列した。東急東横線K院。境内のあちこちに銀杏の実が落ちていた。

お腹を膨らませたカマキリが一匹墓石の日溜りで何処に行こうか思案していたのがなんとも印象的。

「命日は15日だが3日は結婚記念日なので和尚さんに頼んでこの日を選んだ」というご主人の挨拶で始まった。

参列者は仕事仲間のUちゃん、Tさん、Aさん、それに教え子などと親戚で、篠は異色の存在。祭壇に飾られた遺影は普段の笑顔のTさんで今にも話し掛けて来るようだった。

Tさんが可愛がっていた孫のHチャン4歳、お葬式の時はむずかっていたがすっかり成長していた。でも「死」がどんなものかは理解していなかった。Tさんが入院中見舞いに行ったのを覚えていた。

「一番好きなのは?」と問いかけると「一番好きなのはYおばあちゃんよ」と迷わず答えてくれた。この一言を是非、千の風に載せてTさんに聞かせたいと思った。

墓参り

梅チャンとお墓参りに行ったこともあったが最近はご無沙汰のまま。

体調が許せば、Kちゃん、Tさんのお墓参りに是非行きたいと思っている。ここで、改めてご冥福を祈る。

ホスピス

死は人生最後の最大事業。誰もが納得する締め括りは難しい。

最期はホスピスと決めても治療はしなくても意外に金が掛かる。治療に金を使い果たしホスピスに入る金が足りずに一般病棟で最期を迎えなくてはならなかった人もいる。

篠は、在宅介護・ゆめクリニックのT先生とQOL研究会のパネリストとしてご一緒させていただいて以来、「最期はお願いします」と予約はしてある。

JBKが叶わなかった場合、ホスピスを選ばざるをえない。

バアチャンでは一日だって無理と分かっているからだ。

何とかなるさ。果報(JBK)は寝て待て。

ドラマの主人公がトイレも自由にならなくなったとき、家族に「お家に帰りましょう」と告げられた時の嬉しそうな顔が印象的だった。

最後をあんなふうに締めくくることができたら最高だが・・・・。ドラマの中でのこと。

締めくくりはそう簡単には行かないのが現実。どうしましょう

最期と頼る

ホスピスも

入所費は高額

地獄の沙汰も金次第

意外に難しい在宅死

誰もが望む

家で死ぬ ことの

難しさを推進させる

生き方の変化と

核家族化

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コメント

あずみ野便り その58(2月27日)

祖父母は「家で死ぬ」ことを実践しましたよね。
祖母は3ヶ月間床に伏せっていましたが、寝たきりって訳ではなく、一緒にお茶をのんだり夕飯など食べてました。
叔父さん叔母さんに大事にされ、母も毎日献身的な看護をしていました。祖母は幸せな最後だったと思いますし、母もしてあげられることは全てしてあげたので満足だったと思います。

母は今も、叔父さんに「床ずれひとつ無いきれいな身体だった」と、褒めてもらったことを誇りにしています。
祖母と母の間にはオレには入れない「深い愛情と絆」が確かにありましたね。

投稿: 広津のハルキ | 2012年2月27日 (月) 19時05分

昨年千の風になった妹の亭主は、大腸ガンで亡くなったのですが、最期を、自宅で迎えました。
長男の嫁が良くできていて、家に帰りたいという義弟を「私が見ます」と言って連れて帰り、息を引き取るまで不眠不休の看病を続けました。 妹は、嫁にとても感謝しています。

投稿: ライス | 2012年2月27日 (月) 21時05分

私もNHKのドラマ、家内の希望で一緒に見ました。篠さんとTさんとの交流は、涙を噛みしめながら読ませて頂きました。

ただ神仏にすがるのみの情けない思いが痛切です。

投稿: 竹 | 2012年2月27日 (月) 21時25分

あの ドラマは泣きながら 見ました。
いろんな事を考えさせられました。

昨日 ラジオで ・・・絶対に一人では最後までは無理だから それまでに 少しでも負担を軽くしておきたいと・・・。
なるほどと思いながら 聴いていました。

投稿: ふくろう | 2012年2月27日 (月) 21時44分

3年間ボケて後半の1年半は寝たきりになった、妻の母親を自宅で看取った。最後の日、容体が急変し手首を握って脈をとると、だんだんと弱くなり数分のうちに途絶えた。その後、首筋の頸動脈が2回ぐらい脈打って止まった。両眼の瞼を開いてみると瞳孔が散大していた。生前から「我が家の畳の上で・・」と願っていたことを叶えてあげて、本当に良かったと思った次第であります。

投稿: 山猿 | 2012年2月27日 (月) 22時30分

両親の看病、介護の年数を数えてみれば、18年という年月が流れていました。
父は最後は病院でしたが、それまでかなりの長い月日を自宅で過ごしました。自然療法も沢山しました。枇杷の葉の温湿布等、日課になっていました。
母はずっと自宅で最後まで。「入院しなくていいよ。ずっと家にいようね。」と言った時、「ほんとうかい?いいのかい?」と嬉しそうに言った母の顔は忘れることはできません。実際、私の方が倒れるかと思った時も何度もありましたが、看てよかった、と今でも思っています。
また、同じことをするかと問われれば、迷わず「する」と思っています。

ところでハルキさん、写真をご覧になってガッカリしないで下さいね〜。
篠笛さん、なるべく若く写っている写真をお願いしま〜す(^_-)

投稿: 撫子 | 2012年2月28日 (火) 00時19分

父のお世話になった聖路加は、保険がきくお部屋だったので、全国一律、1日、3750円でした。1割負担。ありがたい幸せな時間でした。

投稿: 藍弥生 | 2012年2月28日 (火) 00時50分

ハルキ君
広津のジジ・ババは理想的な幕の引き方だったと思う。
ハルキ君が言うようにババも3ヶ月寝込んだのに床ずれが一つもなかった。
俺は職業柄長患いの後亡くなった仏様を数え切れないほど拝んできたからその仏様が最後家族にどんな看取られ方をしたのか分かる。ババはまったく床ずれがなかった。
ハルキ君のお母さんの看病の賜物だ。心から感謝しているよ。
ジジ・ババのような幕引きは難しいよね。どうしてそれが実現できるのか決め手がない。深く考えると憂鬱。

ライスさん
妹さんのご主人羨ましい最期を迎えられましたね。
そんなお嫁さん珍しいね。

竹さん
患者会に長いこと関係しているので色々の方の最期に付き合ってきました。話を黙って聞くだけ、他に何もしてあげられないもどかしさ、心残りです。

ふくろうさん
考えさせれるドラマでしたね。
どうしましょうかね。
Tさんはふくろうさんもお会いになられたことがありますよね。

山猿さん
寝たきりの病人を長い間看病して診送ることの大切さ・大変さ経験者でなければ分からないことばかりと思います。
お母さんは満足して旅に出られたことと思いますよ。
一口に一年半と言うけれど大変でした。
奥さん共々ご苦労様でした。頭が下がります。

撫子さん
悲しく切ないこと思い出させてしまってご免ね。
18年の長期の介護言葉では言い尽くせないことだったと思う。大変だったね。
でも、撫子さんに「家にいようね」と言われて「ホントウかい?いいのかい?」と言って喜ぶお母さんの嬉しそうな顔が眼に浮かび思わず涙。
撫子さんのホントウの優しさは長い看病で得た貴重な体験に基づいているんだね。
松本の姉は「この方の手紙には心がにじんでいて自然に癒される」と貰った手紙を毎日読み返しているらしい。
看病される側に立って看病する。
お父さんお母さんの心がそのまま撫子さんの心に残っているんだね。
大事にしようね。

藍チャン
藍チャンのお父さんの最期は見事だった。
できればお父さんのように最期みんなに「ありがとう」を言って締めくくりたい。
看取られる人、看取る人との心の絆が強く結ばれていたかだと思う。見習いたい。
保険がきかない病院もあるようだよ。

投稿: お篠 | 2012年2月28日 (火) 07時54分

皆さんのコメント、じっくり心に留めました。私の母も1月30日に自宅で看取ることができました。かねてから周囲の方、たとえばデイサービスのスタッフやショートステイの施設長さんの面接、事務の人たちとのコミュニケーションのなかで、「いざというときには私は母を自宅で看取ります」と繰り返しいっていたので、後はそのタイミングでした。そのとき、いつもは眠っているような自分の直感を働かせて(本当にいざというときに働いてくれてたすかりました)母をショートステイの施設から車で連れ帰りました。訪問診療の先生は週末は鎌倉のご自宅に帰られますが、施設に向かう電車の中で(本当は携帯を電車の中で使うのは非常識ですが)とにかくご自宅に戻られる前に母を診察していただかねばと必死ですがるように電話したら、すでに保土ヶ谷までお帰りでしたがユーターンしてもどってくださって、施設から連れ帰った母を診てくださいました。訪問介護の方にも、もし長引くようだと私の仕事にも穴をあけられませんから、連絡して万全の体制をとりましたが、施設から帰宅して三日後に、とても穏やかで平和な死を見取りました。テレビの番組はもしかしたら再放送でしたか。私も以前にその番組を見て、「ああいいなあ」と見取られる方の気持ちが伝わってきて涙でみた覚えがあります。そんなとき、施設の方から「ご自宅で看取りたいといってきたのはあなたが初めてです。こちらの施設でも看取りをいたしますのに」と言っていただきましたが、どうも他人様のいる前では「ちがうんだよなあ」という感じでした。亡くなる5分前まで、二人で微笑み合えて、そしてちゃんとさよならも言えました。
これって、私への「ご褒美」だと思います。また、母は、しっかりと斎場の会費も完納して、すでに10年以上そのままでしたし、生保もきっちりしていましたから、その点でもあっぱれな幕引きだと思います。香典も花もお供物も隣の叔母からさえ一切を辞退して、娘二人と妹の家族とで、いろいろ考えて葬式も無事に済ませました。びっくりしたのは、そのあとで、私が銀座の画廊で展覧会をしたら、総持寺のお坊様と訪問診療の先生がいらしてくださったことです。ふつう、患者の家族が展覧会をしてもいらしくださるのでしょうか。お寺さんも身内でもない私の展覧会にお忙しい体なのにいらし下さって、私はまたご恩返しの種が増えました。

投稿: つくののおサル | 2012年2月29日 (水) 11時56分

つくののおサルさん
お母さんお亡くなりになれれたこと存じませんでした。ご愁傷様です。
いい先生に恵まれ静かに旅立たれ納得された最期だったようですね。
心からお悔やみ申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。
今晩は千の風になってを吹奉させていただきます。

投稿: お篠 | 2012年2月29日 (水) 15時28分

篠先生、千の風になっての演奏ありがとうございます。よろしくおねがいいたします

投稿: つくののおサル | 2012年2月29日 (水) 20時40分

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