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2012年2月14日 (火)

納得して逝ったのだろうか

納得して逝ったのだろうか

昨日がん患者の治療後を記事にした。

二人に一人ががん患者になる時代、いろんな反響があった。

深刻なのは藍チャンの知り合いの方のように働き盛りの人の場合だ。職を失うことは本人だけでなく家族全員の生活が掛かっている。

同じ状態で千の風になったSさんが蘇った。一度紹介したことがあるかもしれないが。

「友人ががん治療後職場復帰を躊躇し家でぶらぶらしている。話し相手になってくれないか」飲み仲間からそんな相談を受けた。仕事も違うし面識はなかったが会って話を聞いた。

彼は四十七歳県警の中堅幹部だった。すい臓癌が発見された時、既に肺に転移していて手術不能の状態だった。大学病院に十か月入院して抗がん剤・放射線治療を許容量以上受けたが、髪の毛が抜け替わっただけ、癌は消えなかった。

病院では「これ以上やることはない。後は本人の免疫力が勝負。最悪の場合数か月」「家に帰って死を待て」それに等しい、事務的な医師の心ない、冷たい余命告知に逃げ出した。治る見込みのない患者は診捨てられる。

職場にも病院から同じ通知が行っているだろう。家に帰ってもやることはない。悶々と過ごすだけ。と言う状態だと発病からそのときまでの経緯を淡々と要領よく話してくれた。

自分の机がなかった

「家でぶらぶらしていても、癌は休んでくれない。このまま黙ってお迎えを待つより、仕事に戻ったらどうか」俺の話に納得して出勤して行った彼から深刻な電話があった。

「先輩から励まされ、思い切って出勤すると私の机に見知らぬ人が座っていた。私の座るところがなかった。私の突然の出勤に驚いた職場では急遽机を用意してくれた」

「重要なポストだから長く空席にして置く訳にいかなかったのだ」

かつて自分が同じような経験をしたとき、友人から宥められた言葉をそのまま伝えた。

開き直った彼はそのまま職場復帰し、余命数か月と告知した医師が驚くほど影が縮小し元気に勤め続けた。

奥さんと一緒に旅行先の土産物を家まで届けてくれたりしていた。

 病は眠った振りをしていただけ、徐々に彼の体内で勢力を伸ばしていた。復帰二年目再び骨盤に再発した。職場近くの病院に転院し保険の効かない免疫療法を受けた。高額治療も効果はなかった。二年三か月目、千の風になった。四十七歳だった。柔道選手で礼儀正しいいい人だった。

納得した最期?

「数か月と言われた命を、希望を持って二年三か月生き延び、私たちには掛け替えのない日々でした。旅行や田舎の人達との対話など、よい思い出もいっぱいできました。欲を言えば切りがありません。納得して逝きました」

 葬儀場で、慰めようとした奥さんから逆に慰められた。

亡くなられる数日前見舞った。「先輩を見習って元気になってもう一度制服を着たい」カーテンを閉め切ったベッドで握手をしながらつぶやいた彼の言葉が今も忘れられない。

本当に彼は納得して旅に出たのだろうか。               

諦めを

先に歩かせないで

明日に向かって

今日一日を

楽しく生きてみようよ

退院して出勤すると

自分の机がなかった

復帰を喜んでくれた

仲間の言葉が

虚しく追い掛けてきた

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コメント

余命1ヶ月と言われた父。自宅に何度も帰りながら8ヶ月頑張って逝きました。
余命を父にはハッキリとは伝えなかったけれど、親しい友人にだけ「もう、帰れないかもしれないな…」と漏らしたことがあったそうですが、私達には一言も言いませんでした。家族との密な時間を過ごしながら、訊いたり言ったりして家族が困ることは、全部自分の胸に納めたまま旅立ってしまいました。
本当に納得して旅に出たのか、今でも分かりませんし、もっと何かできなかったか、と
思う気持ちは人それぞれですが、私の中で
消えることはないと思います。
今日のブログを読んで、今週末の月命日に
お参りに行き父に聞いてみようかな、などと思ったりしています(^-^)

投稿: 撫子 | 2012年2月14日 (火) 16時28分

父、妹、弟の3人が厳しい闘病生活の末、癌で旅立ちました。いずれも十分に話し合えたとは思いませんが、それぞれ与えられた環境の中で立派な人生だったと思っています。

働き盛りで旅立たれたSさんのご冥福をお祈りします。

午後、町内防犯パトロール。

投稿: 竹 | 2012年2月14日 (火) 19時22分

奥様の言われた通りですね。
人生、長短は問題ではないと思います。
告知を受けた後も職場復帰を果たし仕事も果たし、家族にも思い出を沢山作り旅立ったので立派な人生と思います。私も父が42歳で亡くなりましたが、幼い子を抱え、母は苦労したと思いますが子供たちは父を尊敬しています。すい臓がんへの対策を早くして欲しいですね~

投稿: 梅 | 2012年2月14日 (火) 20時45分

今日のブログを読んでるうちに、涙が溢れてきた!
久しぶりに出勤した職場で、自分の机がなかった時のSさんの気持ちに思いを致す時、言い知れぬ憤りを覚えます。
Sさんは、篠笛さんに会ったことで、随分救われたことと思います。
Sさんのご冥福を心からお祈り致しますm(_ _)m

投稿: ライス | 2012年2月14日 (火) 20時49分

告知なんてとんでもない 50年も前に逝った父は 納得には程遠いだったろうと思います。
重たい問題ですが 避けては通れないことですね~

投稿: ふくろう | 2012年2月14日 (火) 21時35分

郷里の唯一の姉が舌癌で手術し、その後胃ろう手術、とうとう胸部と腹部に水が溜まりだして、本日の連絡では胸部の水に血液が混ざりだした。昨年、入院中に3回も見舞ったが、千の風になる前にもう1度顔が見たくなり来週中に帰省することとしました。

投稿: 山猿 | 2012年2月14日 (火) 22時07分

ハルキ様へ。 短命であられたお兄様のご冥福をお祈りいたします。お兄様が御母上に抱かれたセピア色の御写真は、私が持っている写真と重なり合います。私は数カ月で母の胸から引き離されてしまいました。昨夜その写真を取り出してしげしげと眺めましたが、セピア色が濃厚に変化していました。 

投稿: 山猿 | 2012年2月14日 (火) 22時23分

納得だけでなく、感謝の気持ちで、みんなにノートに手紙を書いてくれた父に、生き方も死に方も教わりました。にっこり笑って、ありがとうで、風のようにそっと、締めくくりたいです。

投稿: 藍弥生 | 2012年2月15日 (水) 00時38分

あずみ野便り その45(2月14日)

納得して逝ける人っているんでしょうか?
もうこの世に未練の無い自暴自棄の人、幸せに人生を歩まれ死を受け入れた人でしょうか。
志半ばではなかなか「納得」は出来ないんじゃないですか。今日の記事は重くて、納得のコメントが書けません。

山猿さん
お姉さまのご病気心配ですね。一日も早いご回復を願っています。
兄の写真を見ていただきありがとうございます。兄は10才上でしたので山猿さんより3、4才下でしょうか。家に残るたった1枚の兄の写真です。亡くなる10日前に写真館で撮り、戦地の父に送ったと母から聞きました。

母は稲や野菜などの世話をしながら、目に見える成長を楽しみにして90年生きてきました。弱々しくても生命の輝きにあふれる新芽の時があり、やがて役目を果たし土に返る時が必ず来ます。

兄は新芽の時に亡くなってしまいましたが、その悲しみに立ち止まらず、10年の歳月をかけオレを産んでくれた母には、感謝の気持ちでいっぱいです。

投稿: 広津のハルキ | 2012年2月15日 (水) 03時36分

竹さん
悲しい切ない別れを思い出させてしまいましてごめんなさい。

撫子さん
また悲しい思い出を蘇らせてしまってゴメンね。
亡くなられた方は残った人がこうして思い出してくれることでその人心に帰ってくることができるそうです。
お父さんも今晩は(幸や元気にやっているね)と撫子さんのところに帰って来ていると思うよ。
発表曲「青葉の笛」をタップリと聞かせてやってね。

梅ちゃん
辛いことを思い出させてしまいましたね。ゴメンね。

ライスさん
柔道の選手で礼儀正しいいい人でした。生きていればいい話し相手になってくれたと残念です。
出勤していって自分の机がなかったときの気持ちは想像するだけで涙が込み上げてきます。
俺も同じような経験があって人事とは思えなかった。
復帰してからご夫婦で何度も家に来てくれました。いい人を失いました。

ふくろうさん
重たい話でごめんなさい。考えたくなくても一度は必ず遭遇しなければならないことだからね。

山猿さん
お姉さん大変な状態だね。医者さえ何もできない状態。周りの方々のご心境お察しいたします。
どうぞお見舞いに行って来てください。

藍チャン
藍チャンのお父さんはもう悟りきっていたよね。
あの境地に到達できたのは藍チャンを中心に一族が結束して家族の絆がしっかり築かれていたから安心して到達できたと思うよ。
心配事は一つおバーちゃんのことだったがそれもみんなに任せておけば大丈夫と確信していた。
緩和病棟であんなに穏やかに対話ができた人はいない。
「人間生きたように死ぬ」ちょっと理解できなかったある哲学者の言葉が藍チャンのお父さんを見て分かった。
俺の主治医ってこと忘れないで、藍チャン元気で長生きしてね。

ハルキ君
広津のババなんかは白寿の祝いを目の前にして逝ってしまったが納得して逝った組じゃないかと思う。
マアこの問題は産まれた以上避けて通れないことだからじっくり考えてみるべきことかもしれない。
余命宣告を二回も受けている俺なんかは人事は思えないことなんだよ。
でも考えてもどうすることができないことなんだよね。

投稿: お篠 | 2012年2月15日 (水) 09時29分

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